鍛えられた剣に勝る
一つ。出逢った時もそうだが、大変にお喋りであること。ハリベルが一つ声かけすればアメミトは濁流のように十も二十も返してくるので、ハリベルは偶に……否、殆ど毎回彼女の言葉に圧倒されるのが常態化していた。ハリベルと出逢うまでは長らく独りでいた為に話し相手に大変飢えていた反動なのかもしれないが、逆に今までよく正気でいられたものだと思う。最も、
二つ。
「どうせ生きるなら楽しい方がいい」
アメミトのこの言葉が、今でもハリベルの頭の片隅に居座って離れずにいる。
三つ。これは破面という希少中の希少種である時点で想定して然るべきではあるが、強い。とにかく強い。具体的には一度、互いの力量を把握するべきだとダメ元で提案したところ快く了承され、転倒した状態で剣を突きつけられたら負けのルールで手合わせをした時に実感した。結論だけ言うと、ハリベルは赤子の手を捻るように頭からひっくり返されて負けたのだが、あまりに一瞬のことすぎて理解が追いつかなかったほどである。
他にもいくつか知ったこと、わかったことはあるものの、挙げていけばキリがないので割愛するが、総評として酷く変わり者の破面である。というのがアメミトに対する現在のハリベルの心象であった。
襲い掛かられ、返り討ちにし、二人で山分ける形で喰らった
「———それでだ、ティア。私が個人的に考えるに
「長い。三行で」
「そんなバッサリ!?」
大袈裟な反応を見せるアメミトに呆れたような溜息を吐いて、ハリベルは左手で目元の横に掛かる髪を払った。アメミトの長ったらしい話は、要約するとつまり。
「……それは、バラガンを———虚園の王を名乗る男をどうするか、という話か?」
「……鋭いな」
アメミトは一瞬目を丸くして、すぐにニヤリと笑う。ハリベルはそれを見て思わず、うわ、と声を漏らしてしまった。
「バラガン・ルイゼンバーンの畏怖と力による支配は、一時的な統率には向くだろう。だが、恒久的に、永続的に治める為には恐れだけでは反感を生み出し続けるだけだからな。民の生存を保証する規律があってこそ、国は、社会は永く存在することが許される。だからと言って、短絡的にバラガンを排せばいいというわけでもないし、そもそもアイツ無駄に強いから斃すのも一苦労だし……難しいよなあ」
「斃すのは前提なのか」
「うん」
「うん、じゃなくて」
意味を持たない呻き声のような声を吐き出して、ハリベルは砂の上に座り込んだ。アメミトのことは嫌いではないのだが、口数が決して多くはないハリベルにとっては小休止を適度に取らねば疲れる相手なのも確かである。
ぴょん、とアメミトは座っていた亡骸の上から跳ねるように立ち上がった。そろそろ行こうか、と促され、ハリベルも右手の両手剣を突き立て支えにし、砂を払いながら立つ。
「さて、私の理想的な虚園の実現のために私たちがこれからすべきことがあるとすれば、同志を集めることだろう。あの骸骨ジジイは強さもさることながら配下に多くの大虚を従えている。中には最上級大虚や、
「とすると、最低でも味方に引き込むなら中級大虚が望ましい……って、待て。私たちって言ったか?お前の理想に私を巻き込もうとしてないか?おい、アメミト?」
「さあ、行くぞティア!私たちは理想という新大陸を求める船乗りだ。この常夜の砂の海を進むために力という船を手に入れ、友という帆を張り、信念という舵輪を回すぞ!」
「アメミト!!」
アメミトが駆け出した。ハリベルが珍しく声を張ってそれを追いかける。
「待ってくれティア!
「
「おいおいおい
「全てにおいてお前の方がズルだろうが!!それを斬られたら私の立つ背がないんだが!?」
最上級大虚と破面による戯れ合いが、砂漠の砂を抉り取り飛び散らせる。霊圧を嗅ぎつけて近付いてきていた何体かの中級大虚が、怯えて身体を小さくし震えていた。
追い追われを続けるうち、アメミトはだんだん可笑しくなって走りながら笑っていた。ハリベルも釣られて、怒りはとっくに霧散してケラケラ少女のように笑っていた。陰鬱とした常夜の虚園で、二人だけが陽気に真昼のような暗闇で生きている。それがお互い、どうにも可笑しかった。
虚弾と流水の弾丸が飛び交う鬼ごっこの最中、アメミトの
「何か見つけたのか?」
ハリベルが問う。
「ああ。中級大虚の群れ……いや、これは一人を複数人で囲んでるのか」
「何体」
「囲ってる方は六人」
「行くか?」
「
「それはそう。乗った」
相談と決定からは二人とも早かった。アメミトはいの一番に響転で駆け出し、ハリベルは両手剣の剣先を身体の後ろ側の砂地に向け高圧水流を噴射して飛ぶ。思っていたより遠くない場所に、獲物はいた。
アメミトは腰に提げた二刀を抜く。大衆がイメージする刀よりも幅広の刀身が顕になり、虚園を照らす月の光を反射して白く輝いた。獲物は探査回路が囁いた通り中級大虚が六体。それぞれ虎と、キリンと、水牛と、猫と、蚯蚓と、ガゼルの姿をしている。囲われていたのは鹿の姿をした中級大虚。息を切らしているものの、まだ大きな怪我はしていないらしい。間に合ったのならば何よりである。
アメミトはまず、対応が面倒くさそうな蚯蚓の中級大虚へ迫った。響転で背後に周り、項に該当する部分へ二刀を振り抜く。飛び散った血は気にも留めず、斬り裂かれた項に
次に狙いを定めたのは、鋼皮の硬そうな水牛。蚯蚓が倒れて巻き上がった砂の向こうからアメミト目掛けて突っ込んできたのを、風に吹かれる旗のようにひらりと躱して右手の刀を逆手に持ち、そのまま水牛の胴体へ突き刺した。
「き、サマァ……!!?」
「お、私のこと知ってる口か?」
水牛が自分の方を振り返って、驚愕の眼をするのを視認したアメミトはそのまま腕を引いて、突き刺した刀を横一線に動かした。金髪と、ピーコックグリーンのジャケットに赤い斑点が散る。
砂塵が晴れ、蚯蚓に続いて水牛も斃されたことを認識した残りの中級大虚達は、同時に下手人の姿を見て口々に、馬鹿な、と呟いた。
「よ……くもやってくれやがったな!!廃食のアメミト!!」
「その呼び方やめてくれないか?ダサいから」
猫が逸って、アメミトに飛び掛かる。アメミトは右手の刀を順手に戻して迎え撃とうとした。それよりも早く。
「おい、その通り名は初耳だぞ」
高圧水流の推進力で上空をカッ飛んできたハリベルが、落下の勢いを使って上から猫を真っ二つに叩き斬った。
「言うわけないだろ。廃食なんてダサいし」
トン、とアメミトは左肩に左手の刀の峰を乗せる。それに対してハリベルは両手剣を振って、血と水の混ざった液体を砂の上に払い落とした。
「まあ……綺麗な言葉では実際無いな」
「だろ?折角ならもっと格好つく異名の方がいい。例えば暴食とか、二天一流とか」
「暴食はもういるんだよな……それこそバラガンのところに」
「じゃあそいつ殺して私が暴食の名前貰うか」
「過激過ぎる。そんなにその廃食とかいう文字の並びが嫌か」
「当たり前だろ」
「即答〜〜〜っ」
背後から迫っていたキリンの顔面に左で裏拳を叩き込んで、ハリベルは呆れたように肩をすくめた。それから弧を描くようにして素早く踵を叩きつける形で蹴り飛ばし、ダメ押しの虚閃を放って胴体を打ち抜く。
「そもそも廃食なんて、何したらそう呼ばれるようになるんだお前」
絶命したキリンの首を断つハリベルが訊ねた。アメミトは記憶を掘り返すように、刀を逆手に持った右手を顎下に持ってくる。
「中級大虚の頃は他の大虚の食べさしとか、なんか一人で勝手に死んでた奴とか探して食べてたから……屍肉漁りしてるとこ見たやつがいたんだろ」
「それだけでそんな風に言われるか?」
「後は獲物横取りしたくらいしか心当たりがない」
「どう考えてもそれだろ由来」
虎は牙を剥き出して怒りと恐怖で戦慄いた。殆ど無傷で雑談に興じる余裕すら見せる二人の姿を視認して、自身が捕食者から被食者へ転落したことを認識したその瞬間、燦光する
響転で目と鼻の先まで接近したアメミトは、右の刀を振り上げて顎を裂き、左の刀で前脚を削いだ。悲鳴を無視して刀身を重ねた二刀を開いた口に捩じ込み、力任せにこじ開け腹まで引き裂く。噴き出す血で、アメミトの金髪が赤く彩られた。
ドシャ、と砂地に落ちた惨殺死体にガゼルが膝から崩れ落ち、引き攣るような情けない嗚咽を漏らして命乞いをした。
「や、やめてくれ!頼む……!そこのメスには、もう手を出さない……!!だから命だけは……!!」
アメミトは冷たい眼差しでガゼルを見下ろす。
「なぁ、ティア」
「なんだアメミト」
アメミトはスイ、とガゼルから囲われていた鹿の中級大虚に目を向けた。一部始終を茫然と見ていた鹿の中級大虚は、驚いて思わず後ずさってしまう。アメミトは特に気に留める様子もなく、指だけガゼルに向けて。
「このクソッタレ、あっちの娘にずっとやらしい目向けてやがったんだよな」
「ほう」
「その上で他の連中と結託して袋にしてたじゃん。許せないよなあ?」
「うんまあ、正直苦しんで死んで欲しいくらいには」
「念入りに殺すか」
「賛成」
彼らの最大の不幸は、偶然近くに最上級大虚である彼女たちがいたことである。
「
月の光を反射する二つの刃が、ほぼ同時に振り下ろされた。
「分け方だが……とりあえず私4、ティア2な」
「ふざけるな。3、3だ」
無造作に散らばった中級大虚らの死骸を一箇所にまとめて、アメミトとハリベルは互いの取り分を意見し合っていた。
「私の方が早く着いていたから私の方が多いのが道理だろ」
「響転でかっ飛ばすのはノーカンだ、馬鹿」
アメミトは早い方が多く取り分を貰うべきと主張するのに対し、ハリベルは平等に分けるべきだと反論する。あーだのこーだの、取っ組み合いの喧嘩になりかけたところで鹿の中級大虚が申し訳なさそうに口を挟んだ。
「あ、あの……」
ハリベルの髪を掴んだアメミトと、アメミトの仮面の下の頬を引っ張るハリベルが同時に鹿の中級大虚の方へ顔を向ける。ヒャイッ、とおっかなびっくりな様子の鹿の中級大虚に、アメミトは空いている方の手の指を鳴らして言った。
「ああ、すまない。アンタを忘れてたな。じゃあ私3、ティア1、この子2で」
「えっ」
「圧倒的に私だけ少な過ぎる!!せめて全員平等に2:2:2だこのアンポンタン!!」
「いや、あの、違いま……っ!」
あれ、違うの?アメミトがハリベルの髪を掴んでいた手を離して首を傾げた。ハリベルも左手をアメミトの頬から離し、中級大虚へ目を向ける。
中級大虚はゆっくり息を吐いて、意を決したように顔を二人へ向けた。
「た、助けてくれてありがとうございます!!あの、それで……あたしを、お二人の配下として連れて行ってくれませんか!?」
アメミトとハリベルは一瞬目を丸くして、顔を見合わせる。
「どうする、ティア」
「連れて行くのは構わないが……」
「でもなぁ……」
ヒソヒソと声を小さくして話し合う。緊張した様子の中級大虚は、それにだんだんと不安そうな表情を露わにした。
二人は一通り相談を終えると、アメミトはジャケットの襟を正し、ハリベルは掴まれて乱れた髪を直すと中級大虚へ向き直る。中級大虚は一瞬で硬直して、息を呑んだ。
「悪いが、配下にはできない。というか、私たちは配下を欲していない」
アメミトが言った。中級大虚は絶望したように、そんな、と呟く。それを見たハリベルが、話は最後まで聞けと続けた。
「アメミトはある理想のために、志を同じくする仲間を求めている。欲しいのは手足として動く配下ではなく、理想を共有する同志だ」
「ティアもだろ」
「
「ぇ……あ、アパッチです。エミルー・アパッチ」
「そうか……では、アパッチ」
ハリベルは左手を中級大虚———アパッチに差し伸べる。
「私たちと共に、虚園の新しい在り方を築くために進む朋友になってくれ」
アパッチの目が大きく見開かれた。ハリベルの後ろではアメミトが腕を組んで、穏やかな顔で見守る姿勢を取っている。アパッチは戦慄いて、込み上げるものが爆発しないように抑え込みながら搾り出すように。
「……っ、はい!!」
全力の肯定を表した。
気の置けない友達といると、ちょっとアホになるよね