犴と鮫   作:鷲谷ヒメリ

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切り落とした髪に価値はあるか
抜け落ちた羽根に価値はあるか
剥がれた鱗に価値はあるか
生きる身体から分たれたものは
遺灰のように怖ろしい


風切り羽根の行方

 空を斬り裂く音がした。

 刃が振るわれた音ではない。刀よりも鋭く重いドルドーニの蹴り上げが、一護が放った月牙天衝を真正面から蹴散らした音だ。半ば牽制の意図で放ったものとはいえ並の席官ならば軽く蹴散らす一撃を、最も容易く打ち破られれば一護も流石に動揺を隠せない。

「クソッ、刀抜かずにコレかよ!」

 舌打ちする一護の額から冷や汗が流れ落ちる。ドルドーニは間を置かず瞬きすら許さぬ速度の跳躍だけで距離を詰め、一護へ踵落としを叩き込んだ。斬月で受け止めた一撃は、あまりにも重い。

 一呼吸分拮抗し、互いに互いを弾き飛ばし合って距離を取る。ドルドーニは硬い床をトランポリンであるかのように蹴り、一護の頭上へ跳んだ。石造りの梁を打ち折りながら飛び掛かるドルドーニの、加速し勢いを増した蹴りが一護を突き飛ばし壁を突き破る。

「!」

「足下など、わざわざ目で見て確認するものではないぞ」

 宙に浮いた一護の無防備な身体にドルドーニの容赦の無い一撃が見舞われた。叩きつけられた一護は壁に身体を半ばめり込ませて荒い呼吸を繰り返す。

「ば、ん、か、い。し給えよ、ぼうや」

 タン、と軽やかに床に着地したドルドーニは宣告した。今のままでは、何をしようと一護がドルドーニに勝つ目は無いと。

 だが、一護は。

「……やだね」

 ゆっくりと壁から背中を剥がしながら、それを拒んだ。頭の出血は派手ではあるが、見た目ほど重症では無い。そも、この程度の傷なら幾度となく経験がある。

「こっちは十刃(エスパーダ)全員倒さなきゃいけねーんだ……十刃でもねえ連中にイチイチ卍解なんか……使ってらんねえんだよ!!!」

 壁に空いたクレーターの淵に足をかけ、それを取っ掛かりにして一護は弾丸のように跳んだ。斬月を勢い任せに振り下ろし、ドルドーニの右脚とぶつかり合う。

「成程。ぼうやの気持ちは良く解った。それでは吾輩からも、一言言わせて貰おう」

 ドルドーニが斬月の刃を素手で掴む。飄々とした顔から一転、険呑な色を乗せた視線が矢のように一護を貫いた。

「舐めるな」

 重く静かな声と共に、ドルドーニが佩いた斬魄刀に手を掛ける。鯉口を切りほんの僅か、刀身が顔を覗かせる。

「旋れ、暴風男爵(ヒラルダ)

 解号と共に風が吹き荒れた。完全に抜刀せずとも解放できるのか、と一護が咄嗟に左腕で視界を庇いながら距離を取ると、風の壁の向こうから鋭い槍のようなものが一護を襲う。

「ゆくぞ、暴風男爵(ヒラルダ)

 嵐の向こうから現れたドルドーニの姿は、大きくは変化していない。肩から伸びた大きく鋭い棘と、竜巻のような脚部の外骨格装甲。しかし、暴風男爵の本懐はそこではない。

 踝の突起から追従する竜巻。その先端は首の長い鳥の頭のようになっている。一護を貫いたのは、この鳥の頭の嘴であった。

 ドルドーニが構える。石像彫刻のように一瞬静止した、次の瞬間。

 振り抜かれたドルドーニの脚に連動して、竜巻の鳥が一護を床に叩きつけた。

「一護……一護……!」

 一護が突き飛ばされてできた壁の穴から、ネルがその戦いを見ている。目に涙を浮かべて、不安そうに一護の名を呼ぶ。

「一護が……死んじゃうっス……」

 嘆くネルの仮面の眼窩に、霊子の光が小さく収束した。

 

 一方、一護とは別の道を進んだ雨竜も同様に十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)との交戦に入っていた。頭上からの攻撃を飛簾脚で柱の陰に飛び込んで回避する。派手な破壊音と女の高笑いと共に、床が砕けて破片が飛び散った。

「隠れたってムーダムダァ!!!何回言ったら解んのさ!?」

 空気を叩く音を響かせて、ワイヤーのような斬魄刀を操るのは女破面(アランカル)

「このチルッチちゃんから、逃げられ———」

 言い終わるより先に、霊子の弓が破面———チルッチを貫かんと飛来する。チルッチはワイヤーを引いてその先端に繋がる円盤のような刀身を引き寄せ、霊子の矢をその回転で打ち消し防いだ。

「……逃げられないっての。セリフの途中で攻撃しないでくれる?ノンデリね」

 ワイヤーの先端の錘を柄を握る掌に握り込んで、円盤型の刀身をワイヤーの中央へ。手首のスナップで回転させ、遠心力をかけて回転させ勢いをつける。

「まったく……(ホロウ)でも人間でも男ってのは……なーんにも……違わないのね!?」

 最も勢いがついた瞬間、チルッチは掌から錘を逃した。柱の陰に隠れていた雨竜目掛けて円盤がヨーヨーのように解き放たれた。

「逃げんな!!ヘンな服!!」

「君に言われたく無いね!」

 チルッチは柄とワイヤーの動きで円盤を走らせ、雨竜を追う。その速度に振り切れないと判断した雨竜は霊子収束を集中させた銀嶺孤雀でそれを受け止めた。

「盾じゃないんだからムチャしない……のっ!」

 チルッチが斬魄刀の柄で薙ぎ払う。その動きに準じるように円盤型の刀身が銀嶺孤雀を砕いて、雨竜の左肩を斬り裂いた。

 その戦いを、広間の入口から伺う影が一つ。

 怯えから来る震えを隠しもしないのは、ネルの兄であるペッシェだった。雨竜を一護達の中で一番弱そうだと見做していたペッシェは、その相手のチルッチが強者であると本能的に察知している。雨竜を助けるべきだと考えるが、しかし、地の利を生かして優位に立つチルッチ相手に一矢報いることすらできる気がしない。とはいえ、見捨てるには情が湧き過ぎているのも事実。

 そう葛藤していると、ふとペッシェは此処からであれば柱の上に立つチルッチの白い死覇装のスカートの中が目視可能であることに気付いた。思考が方向音痴。

 そんなペッシェにはまだ気付かない雨竜とチルッチ。無傷のチルッチは余裕然として雨竜を見下ろしていた。

「あーら、赤と白でおめでたいじゃない?白メガネ君」

「く……」

「ま、酸化したら黒くなるからそうでもないかあ……それじゃサッサと———」

 言いかけて、チルッチは気付く。入口の陰から様子を伺うペッシェの姿に。ワイヤーを引いて円盤型の刀身を持ち上げ、振り子のように揺らす。

「なんだテメェはコラー!!!」

「うおはっ!?」

 叩きつけられた円盤の衝撃でペッシェが吹き飛んだ。数メートルほど縦向きに転がったペッシェはあられもない格好で停止する。

「……ペッシェ・ガディーシェ……?なんで君が此処に……?」

 思わぬ乱入者に雨竜は目を丸くした。ペッシェはというと、起き上がることを忘れたまま一度しか名乗っていないフルネームを雨竜が正しく覚えていたことに驚いている。そして飛躍した思考は突飛な言動を出力した。

「!……まさか……好きなのか?私のことが……」

「なんでだよ!?いきなり何言い出すんだ、気色悪いな!!」

「うっさいこのバカタレフェスタども!!」

 苛立ったのか、それとも別の理由か。チルッチが円盤を叩きつけて柱を幾つか粉砕し、瓦礫の雨を雨竜達へ向けて降らせる。

「……なーんか、既視感のある流れよね。ていうか、何よその白アリみたいな奴?」

「シロアリとはなんだシロアリとは!せめてクワガタムシと言ってもらおう!!」

「あんまり変わらないだろ」

「変わる!クワガタの方がカッコいいだろう黒光りしてて!」

「キミ白いじゃないか」

 ガラ、と細かい瓦礫の欠片を払って立ち上がったペッシェは、頭部にコメディ漫画のような瘤を付けたままチルッチに言い返した。ズレた眼鏡の位置を直す雨竜が酷く冷静にそれに突っ込むのを見て、チルッチは、あー、と意味の無い声を吐き出した。

「貴様に白いなどと言われたくないわ!!貴様など全身真っ白ではないか!!」

「僕はいいんだよ、白くて!!白さに誇りを持ってるんだ僕は!!」

「"白さに誇りを持っている"だと……!まるで洗剤のような口ぶりだな……」

「バカにしてるのか……?」

「そうそうそうそう、あんな感じでアメミトやハリベルがボケ倒してアパッチが突っ込んで……」

 引き戻した円盤型の刀身を手首のスナップで回転させながら直近の記憶を辿るチルッチは、頓珍漢な馴染み深さに浸りかけてふと気付く。手首の動きが止まって、ワイヤーの先の刀身は慣性を保ったまま回り続けた。

「って何でピンピンしてるのよあのメガネ!!まあまあの質量もろ食らってたんだから、打撲か脱臼くらいしなさいよ人間として!!そっちの白アリは瓦礫直撃してるのにたんこぶで済ますな!!」

 円盤が雨竜とペッシェをまたしても吹き飛ばす。柄を引いて円盤型の刀身を引き戻し、柄口に乗せて回転を維持したまま空転させた。

「どうやらその白アリ、あんたの仲間みたいね。ボケ方がちょっとあたしが見たこと無いタイプだけど……」

「待ってくれ。彼は(ホロウ)だ!!僕の仲間なんかじゃない!!」

 雨竜は咄嗟にペッシェとの無関係を主張する。成り行きで一緒になっただけの彼をこれ以上危険に巻き込むべきではない、と判断したが故に。だが、ペッシェはその辺りの配慮に気付くことができなかったらしい。

「ひどい……!ピカロ達のところからすっかり仲間だと思っていたのに……!!」

「ちょっ……」

 これ以上失言するな、と雨竜が視線をペッシェに向けた瞬間、チルッチが斬魄刀を振い円盤型の刀身が二人の頭上から強襲した。慌てて二人は走ってこれから逃げる。

「馬鹿か君は!折角あいつの攻撃を君から逸らそうと、仲間じゃないって言ってやったのに!!」

 だが、それは失敗に終わってしまった以上、ペッシェは向こうから完全に敵対者として認識されてしまっだだろう。どうしたらいいんだ、と雨竜も走りながら流石に途方に暮れる。柱を斬り付けながら飛ぶ円盤型の刀身が迫る中、逃げきれないと悟った雨竜は銀嶺孤雀を形成した。が、しかし。

「ここは私にまかせろ、雨竜!」

「うわ!!」

 ペッシェに肘打ちで突き飛ばされた。任せろと言われても、雨竜には到底、ペッシェにどうにかできる範囲を越えているようにしか見えない。ビビって細かく震えるペッシェは、空元気を発揮して親指を立てた。

「大丈夫だ!私には特殊な能力がある!!」

「特殊な能力……?」

「触れたものをものすごいヌルヌルにする汁が出せる!!」

「この役立たず!!!」

 雨竜が終わりだ、と絶望する一方、チルッチは逆に不味いな、と眉間に皺を寄せた。何が不味いって、それを持たせたら絶対悪用する奴(・・・・・・・・・・・・・・・)に心当たりがあるからだ。同時に、使い手であるペッシェがアホで良かった、と心底安堵する。

「黙って見ていろ!!」

 ペッシェが仮面の大顎から液体を噴射した。円盤型の刀身に浴びせられた液体が全体をコーティングし、直撃する筈だった攻撃がぬるりと滑る。ペッシェは、無傷。

「どうだ、見たかっ!!」

 ペッシェは仮面の下で引き攣った笑みを浮かべながら得意がった。続け様にチルッチへと直接液体を発射する。チルッチはそれを跳躍して回避した。

「ハン!そんな厄介そうなモン、わざわざ喰らうワケないでしょ!!アッタマ悪イんじゃない……」

 言い切ることはできなかった。何故か。

 足場となる柱の天面全てに、ペッシェの液体がコーティングされたからだ。

「ちょっ……と……!」

 着地が、出来ない。跳び移る予定だった柱にもしっかり液体が浴びせられ、チルッチは足を滑らせて落下した。雨竜は思わず心から同情する。だって、流石にあんまりだ。

「この汁を名付けて無限の滑走(インフィナイト・スリック)と言う!」

「名前だけちょっとカッコイイのがムカつくな……」

 とはいえ、初見殺しは基本的に一度だけしか通用しないものだ。雨竜はペッシェに、今のうちに逃げるよう促す。

「……掻っ切れ」

 静かに怒りの滲んだ声が、雨竜とペッシェの鼓膜を揺らした。ハッとした二人は、落下したチルッチに視線を向ける。

車輪鉄燕(ゴロンドリーナ)!!!!」

 霊圧が吹き荒れて、本質が姿を現した。

「随分コケにした戦い方してくれるじゃないの……折角の獲物だから、倒してあいつにいいカッコ見せようと思ってたのに……」

 柱を斬り裂いたのは、巨大な鉄の翼。細く鋭い鳥の脚のような腕の外骨格と燕尾のように揺れる羽毛がチルッチのシルエットをより大きく見せる。

 破面No.105、チルッチ・サンダーウィッチの戦闘形態が、二人を威圧した。

「……さて、っとォ。どっちからスライス、いっとこーかァ?」

 鉄の翼が刃となって、雨竜とペッシェ目掛けて振り下ろされた。雨竜は斬り倒された柱を足場に跳躍して、銀嶺孤雀を形成すると神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)を連射する。チルッチはそれを鉄の翼で受け止める。

(やはり、弾いたか……!)

 思った通りだ、と雨竜は冷や汗をかいた。耳を劈く摩擦音からして、あの鉄の羽根は全て高速振動している。であれば。

「ペッシェ!もう一度無限の滑走(インフィナイト・スリック)を頼む!!」

 無限の滑走で摩擦を限りなくゼロにすることで、無力化するのがこの場の最善手。そう判断した雨竜はペッシェに指示を飛ばした。

「インフィナ……何だそれは!?」

無限の滑走(インフィナイト・スリック)!!さっきの変な汁だ!!君がつけた名前じゃないのか!!」

「へ……変な汁とは失敬な!無限の滑走(インフィナイト・スリック)と言ってもらおう!!」

「もういいから早く出せよ!めんどくさいな!!」

 もうやだこの虚。雨竜は気疲れから半ば投げやり気味に催促する。調子付いたペッシェは無限の滑走(インフィナイト・スリック)を放とうとして———霊圧不足からか、空撃ちした。

「…….どうやら……切らしたらしいな……」

「なんで!?無限に出るから無限の滑走(インフィナイト・スリック)じゃなかったのか!?」

「それはその……何と言うか……」

「嘘か!」

「イヤ……ウソというかこう……まるで無限に出るかのような……」

「嘘だろ!!」

「……はい……ウソです。すいません……」

「なんで嘘つくんだよっ!!!限界があるならあるできちんと把握しておけ自分で!!」

「ご……ごもっともで……」

 雨竜の喉はそろそろ限界だった。怒鳴りすぎたのである。意識がペッシェに向き過ぎていたことで隙ができ、背後からチルッチの鉄の翼が二人を襲った。

「ハァ〜〜〜〜っ……あの白アリがアホで良かったわ、ホント」

 チルッチは顔を横向きに振って髪を払う。探査回路(ペスキス)が捉えた霊圧を背後に感じて首だけで振り返れば、ペッシェを背負った雨竜が切断された柱の断面に立っていた。

「……手応え、在ったかい?」

 雨竜は背負ったペッシェの胸倉を掴み、片手でぶん投げる。悲鳴を上げるペッシェへ神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)を穿ち、褌を壁に縫い付けた。

「質量の差を考えたら?あんたの楊枝みたいな矢じゃ、あたしの羽根を貫けないって!」

 チルッチが鉄の羽根をミサイルのように発射する。雨竜は神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)で迎撃するが、高速振動する鉄の羽根に弾かれ霧散した。飛簾脚で宙空を滑るように移動して、観察する。

 本体から離れた刃も高速振動を続けているのが、壁に突き刺さった刃から確認できた。次の瞬間、雨竜の上から影がかかる。チルッチの鉄の翼が寸前まで迫っていた。雨竜は飛簾脚で加速し、これを躱す。

「あン!もう!ちょこまかと逃げ足ばっかり!」

 チルッチは壁に突き刺さった刃を自身の翼に戻した。雨竜にしてみれば、近距離も遠距離も、決定打が打てない状況だ。

 ———今のままでは、なら。

「ほらァ!もう一回!!」

 チルッチの鉄の羽根が再び射出された。雨竜はその場を動かず、背中側に提げたホルダーから柄の形をしたものを一つ、抜き取る。

 次の瞬間、鉄の羽根が全て、真っ二つに斬り裂かれた。

「………………何よ……それ……」

 信じられないものを見る目を向けるチルッチに、雨竜は好戦的な笑みを浮かべる。

 その左手に握られていたのは、鍔のない剣のような霊子の刃。

「さて、続きといこうか」

 柄の尻側の輪に指をかけ、雨竜は霊子の刃を回転させる。空気を裂く音に紛れて、雨竜に斬り捨てられた鉄の羽根が鈍い音を立てて床に落ちた。

「浦原さんに連れられて病院を抜ける時、何かの役に立つと思って院内の隠し倉庫から拝借しておいたんだ」

 諸手に柄を握る。霊子の刃を構え、雨竜は挑発的に笑んだ。

「『魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)』。滅却師(クインシー)唯一つの、刃を持った武器だよ」

 逆さまの姿勢で固定されたままのペッシェは、雨竜の発言に戦慄く。

「ど……どろぼう!!!」

 隠し倉庫から無断で持ち出すなど、つまりは窃盗ではないか、と。

「うるさい!!!!無断でなんて一言も言ってないだろ!」

「じゃあ無断じゃないのか!!」

「無断だよっ!!!」

「そらみろ、泥棒だどろぼう!!」

「どっちの味方だ、君は!?」

 真面目な空気が一瞬で霧散した。チルッチは思わず奇妙な親しみを覚えてしまう。多分第3十刃(トレス・エスパーダ)と仲良くなれるぞ、あの白アリ。なるな、色んな意味で。

「……(ホロウ)で敵対関係にあるあたしが言えた義理じゃ無いのは承知の上で言わせてもらうけど、良心の呵責とか無いわけ?あんた」

「……お生憎様、そんなものがあの人に対してあったら此処にはいないよ」

「ごめん、一旦最低」

 あの人が誰かはチルッチの知るところではないが、あんまり不憫で少し同情心が湧く。

「それにしても……あんた滅却師だったのね……」

「知ってるのか。光栄だね」

「知ってるわよ。死神に滅ぼされた気の毒な一族でしょ?」

「———その通りだよ」

 その一言を合図に、雨竜の姿が消えた。飛簾脚か、とチルッチが察すると同時、背後から雨竜が魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)を振り下ろす。チルッチはそれに鉄の翼で斬り返した。

「でも!そんな奴がなんで死神に加担してるワケ!?ワッケわかんないんだけど!」

「答える必要無いね。僕の事より、自分の羽根の方を気に掛けたらどうだい」

 雨竜に指摘され、チルッチは魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)を受け止めた羽根が斬り裂かれているのに気付く。一度ならず二度までも。つまり、紛れ当たりではない。

「ゼーレシュナイダーは、形式としてはチェーンソーに近い武器だ。霊子で構成された刀身表面を秒間300万回、霊子が往復する」

 雨竜の見立てではチルッチの羽根の霊子振動は秒間110〜130万。魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)の半分以下である。霊子振動数に限れば、チルッチに勝ち目は無い。

 チルッチの羽根は、魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)を振るう雨竜には通用しない。

「オッケイ」

 それならば、とチルッチは鉄の翼と、腕の外殻装甲をパージした。最後に残ったのは、羽毛を束ねた燕尾と、姿勢制御の為の長い尾。

「……その「解放状態」がそんな風に着脱自在なものとは思わなかったよ」

「……自在じゃないわよ。棄てたの」

 その言葉に、雨竜は目を見張る。チルッチ曰く、破面の刀剣解放である帰刃(レスレクシオン)は斬魄刀のカタチに封じた(ホロウ)本来の攻撃能力を、破面としての肉体に回帰させるもの。再刀剣化をせず姿を変えるのは、腕を自切するのに等しい。

「あったし燃費悪くてさァ。羽根も腕も、つけてるだけでガンガン霊圧消費すんのよね。だから、使えないなら棄てた方がマシ」

 そう言いながら、チルッチは残った長い尾の先端を頭上へ運ぶ。先端が鳥の嘴のように二股に開き、そして。

「そんでその分の霊圧を、1コにまとめた方がマシ」

 三叉の鉤爪(・・・・・)を模った、巨大な霊子の刃が形成された。

「……君達にとってこの戦いは……そうまでして勝たなければいけないものなのか……!?」

「はァ!?アッタマ悪ィんじゃないの!?勝たなくていいなら最初から、戦争なんて起きゃしないのよ!」

 脳裏に過るのは、月光のような金髪と燦光する翠玉(エメラルド)。そして、チルッチ、と親しみを込めて自分を呼ぶメゾソプラノ。

「破面は兵士よ。十刃はその頭領。敵を殺し勝つ為に生まれた。赦された敗北なんて———」

 面白いと思ったから、その理想に手を貸そうと、気紛れで伸ばした手を取って心からの感謝を告げられた。

「赦された、敗北なんて……」

 友だと、十刃落ちの自分をカテゴリライズした最古の最上級大虚(ヴァストローデ)。次はいつ遊ぼうかと笑う、歳に合わない無邪気さを孕んだジャッカル。

「……ッ、無いのよ!何処にもね!!」

 チルッチが跳ぶ。尾の先端に形成した鉤爪の刃が雨竜に振り下ろされた。雨竜は魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)で受け止め、霊子の鉤爪に裂傷を付ける。チルッチは舌打ちして後ろへ跳び、距離を取った。

「そういやそうよね!剣使ってくる奴に、わざわざこんな斬り易い形で戦ってやる必要無いんだったわ!!」

 それならば、とチルッチは霊子の刃の形を変える。三叉槍の姿を取った霊子の刃を、カタパルトに番た矢のように構えた。同じ能力なら、リーチの長い方が勝つ。だが、しかし。

「少し、勘違いをしてるな。ゼーレシュナイダーの霊圧振動は、斬る為のものじゃない」

 雨竜が説く。魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)は振動によって斬った対象の霊子結合を弱め、霊子収束によって奪いやすくする為のものだと。

 魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)とは、滅却師の戦い方を最も強く具現化した武器である。

 つまり既に、チルッチの霊子は雨竜の霊子も同然であった。その証拠に、三叉槍の姿をした霊子の刃から少しずつ、霊子が解けて雨竜の手元へ吸い寄せられている。

「ふッざけンなァッ!!!」

 怒りをぶつける様に、チルッチは三叉槍で突きを繰り出した。雨竜は動じず、空いていた右手に銀嶺孤雀を形成する。

「それと、もう一つ勘違いだ。ゼーレシュナイダーは剣じゃない」

 雨竜は魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)を、銀嶺孤雀に番える。柄尻の輪は、指をかけて弓を引く為のものであった。

滅却師(クインシー)は、弓矢以外は遣わない」

 銀嶺孤雀の弦を引く。顎を引き、視線は真っ直ぐ、チルッチへ。

「……済まない。僕の勝ちだ、チルッチ・サンダーウィッチ」

 パッと、雨竜は魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)から手を離す。魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)が、空を裂いて飛ぶ。

「勝利は確かに、射程の差だったよ」

 魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)が、チルッチを貫いた。

 役目を終えた霊子の刃が消え、魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)が床に落ちる。それを拾い上げた雨竜は、ペッシェを固定していた神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)を消して先を急いだ。

「……いいのか?」

 同じ(ホロウ)であるからか、思うところがある様子なペッシェは問う。チルッチは、まだ死んでいない。(ホロウ)であるペッシェは、敗者を生かす道理を理解しかねたようだった。

「……命の選択権は勝者にある。この戦いの勝者は僕だ」

 霊力発生の源である"鎖結"を射抜いたのだという。例え目覚めて追ってきたとして、チルッチにはもう、雨竜と戦う程の力は残らない。だから、これでいいと。

「そういう事なら、それでいいさ……。さあ、行くぞ一護!」

「雨竜だ」

 最後まで締まらない二人は、戦いの舞台から立ち去って行った。

 そして、残されたチルッチは。

「チルッチ・サンダーウィッチ様、お迎えに上がりました」

 牛の頭蓋骨を思わせる仮面で頭部を覆い隠した破面が、片膝をついて見下ろしていた。葬討部隊(エクセキアス)であると悟ったチルッチは、悔しさから歯を食い縛る。

「最期に、言い遺すことはありますか」

「……なら、アメミトに伝えて頂戴」

 目を伏せた。瞼の裏に浮かぶのは、月光以外の光を知らない虚圏(ウェコムンド)の中で唯一の、燦光する翠玉(エメラルド)

「ごめん。あんたの理想、手伝えなくなった」

 幻聴が聴こえた。格下であるはずの自分を見下さず、対等の友であろうとするメゾソプラノの呼び声が。

戴冠式(・・・)も、欠席するわ」

「……確かに受け取りました」

 チルッチの意識は、そこで終わった。

 

 一護は走っていた。酷く消耗した状態で、ネルを脇に抱えて。

 ドルドーニとの戦闘は、結論だけ言えば一護の勝利に終わった。だが、一護にとっては酷く不恰好な勝利だ。つまらない意地を張ってネルに怪我をさせてしまった。怖い思いをさせてしまった。

 だからある意味、ドルドーニに卍解だけでなく(ホロウ)化まで見せたのは、ケジメだ。悪辣であるかのように振る舞ってまで、恐らくは追っ手を足止めしてくれているであろうドルドーニに、敵ではあれ一護は感謝の念すら抱く。

 先を急ぐ。まだまだ先は長いと前を見据えた、その時。

「!!」

 一護は突然足を止めた。ネルが不思議がって一護の顔を見上げて、次いでその視線の先へ目を向ける。

「……えっ?」

 そこにいたのは、女の破面。ネルにとっては、とても良く知った顔の。

 女の破面は、腰に携えたブロードソードの形をした斬魄刀を抜く。そして、ヘーゼルグリーンの眼を鋭く光らせた。

「黒崎一護だな」

 斬魄刀の鋒が一護に向けられる。ピリピリと、霊圧が怒気を孕んで突き刺さった。ネルは唖然として開いた口が塞がらない。

「……ミラ・ローズ、さま……?」

 第3従属官(トレス・フラシオン)の一人、フランチェスカ・ミラ・ローズが、一護の前に立ち塞がっていた。




おもしれー女たちと仲の良い女がギャグ適正低いわけがなかった
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