大きな霊圧が一つ、消える気配がした。
部屋に備え付けられたソファに突っ伏していた織姫は、それに気付いてハッと顔を上げる。そして消えたのが一護の霊圧だと悟ると、譫言のように名前を呼んだ。
そこに、悲嘆に溺れる事を許さぬように扉をこじ開ける誰かの気配を感じ取る。ウルキオラか、とドアの方へ目を向けるとそこには。
「ほーら、ね?オヒメサマ一人でしょ?」
歪に笑む、黒い髪を二つに結い上げた織姫と歳の近い見た目の女
「おーりひーめちゃーん、あーそーびーまーしょ」
扉を開けて無遠慮に入ってきたその二人が、藍染に付き従っていた二人組だと思い至った織姫は身の危険を感じ取る。
黒い髪の方がまず織姫の足を自分の足で引っ掛けて顔から転倒させたかと思うと、前髪を掴み上げた。
織姫は弱々しくその手を掴んで離させようとするが、破面はそれを意に介さずそのまま織姫の腹に膝蹴りを入れて、丁度テーブルに背中から直撃する方向へ投げ飛ばす。
黒い髪の女破面は愉悦を堪え切れないような高笑いと共に、勝ち誇ったかのように織姫の頭を鷲掴んで持ち上げた。
「ザマあないわね!人間の腕力で、破面に勝てるワケないでしょ!」
切れた額と鼻から流血したまま、織姫は黙って破面の眼をじっと見つめる。その態度が気に入らない女破面は、苛立ちに任せて織姫の顔を殴打した。
金髪の方が、騒ぎ過ぎると
「ちょっと、ロリ……」
流石に不味いと思い始めた金髪の方が再度、黒髪の方———ロリを諌めたその時。
器用に部屋の扉だけが吹き飛び破壊されて、その向こうから
「よォ。ウルキオラもハリベルも居ねえ間にチョロチョロ入り込んで、随分楽しそうなことしてんじゃねえか。あァ?」
「な……何よ!あんたこそ何しにこんなとこ———」
言い終わらせる暇も与えず、グリムジョーの爪先がロリの腹に突き刺さる。勢い余ってひっくり返り、ロリは頭から床と激突した。
衝撃が身体から逃げてすぐ、ロリは嘔吐する。丁度薄い腹の筋肉一枚下、内臓にダメージが響いたからだ。それを見た金髪の方は反射的にグリムジョーに攻撃を仕掛ける。
しかし、グリムジョーはそれを容易く受け止めて、作業じみて淡々と
「……あ……あんた……あたしたちにこんな事して……藍染様が黙っちゃいないわよ……」
床に這いつくばったまま下から睨みつけるロリを、グリムジョーは冷たく見下す。乱雑にロリの左脚首を掴むと、膝裏に足を掛けて引っ張った。
その行動が意味するところを察したロリは焦り出す。骨が鳴ってはいけない音を立てるのが聞こえ、恐怖から声が一段高くなった。
若木の幹をへし折るような音がして、ロリの左脚が膝から二つに泣き別れる。人間であれば失血によるショック死もあり得る量の血が床を汚し、ロリは悲鳴を上げた。
「こっ、殺す!!あんたっ、あんたなんか殺されちゃえ!!藍染様に……」
最後まで言い切る前に、グリムジョーはロリを蹴飛ばした。
「てめえら如きの為に、藍染が動くかよ」
それきりロリには目もくれず、グリムジョーは織姫に近付く。織姫が困惑して何故かを問えば、グリムジョーから返ってきたのは左腕の借りだと。
一瞬、思わぬ答えに呆けた織姫の服の襟をグリムジョーが掴み上げ、そのまま頭上へ持ち上げた。
「ただ助けに来たとでも思ったのか?甘えんだよ」
一転して口角を吊り上げたグリムジョーは、借りは返したのだから文句は言わせないと前置きする。そして、次はこっちの用に付き合って貰う番だ、と。
「まず顔を治せ。そんな潰れた顔の女を連れ回す趣味は無えし、何よりハリベル達にバレたら、間違いなく暫くの間奴らのオモチャだ。俺が」
そう言った当人であるグリムジョーが真っ先に思い浮かべたのは、燦光する
グリムジョーは頭の中に居座ろうとするそれらを空いている方の手で振り払うと、織姫に今すぐ顔の怪我を治せと急かした。
乱暴にも取れる所作で襟から手を離された織姫は、グリムジョーには目もくれず脚を木の枝のようにへし折られたロリに駆け寄る。
「……な……何してんのよ、あんた……」
理解できない恐怖からロリが問う。織姫はそれに答えないまま双天帰盾を使い、側に転がっていたロリの脚を拾って直し始めた。
「何してるって……言ってんのよ!!」
怒り任せにロリは織姫を殴りつける。それでも織姫は何も返さず、恨み言一つなく脚を元の通りに治した。それにロリは言いようのない恐怖を覚える。
ロリの治療が終わると織姫はその足で金髪の方の女破面の亡骸に歩み寄った。嘘でしょ、とロリが信じられないと声を漏らすを尻目に、双天帰盾が消し飛んだ上半身をすっかり修復してしまう。
グリムジョーはその様子を見て舌打ちすると、治療を終えた織姫の腕を掴んだ。
「気は済んだかよ。さっさと顔治して、ついて来い」
二人が立ち去ると、ロリは自らを抱き締めて身体を縮こめて恐怖する。
「……バケモノ……」
十刃である暴力装置のグリムジョーよりも、理解し得ない精神性をした織姫の方が、ロリには余程恐ろしかった。
十刃に与えられたそれぞれの宮には、希望すれば展望用のバルコニーのようなスペースを増築できる。
ハリベル達はインテリアにはアレコレ希望を申し付けたものの、それ以外には増築も解体もノータッチだった為、前任が作らせたものをそのまま利用していた。使えるものは使うに越したことはない。
「あーもう、どいつもこいつもやりたい放題じゃねーか」
「私達が言えた義理では無いのではありませんの?アパッチ」
「それはそうだけど」
今一体
第八の宮では現在進行形で侵入者と交戦しているし、
そしてついさっき、一際大きく異質な霊圧が瀕死に追いやられた。これはウルキオラの仕業だろう。そのウルキオラの霊圧がそれなりの速度で此方に向かってきている事に気付くと、アパッチとスンスンの後ろ側で欠伸をしていたハリベルは露骨に嫌そうな顔をした。
そして、急ブレーキをかけた割には静か過ぎる音を残して、ハリベル達を咎める様な眼を向けるウルキオラが現れた。
「ミラ・ローズが裏切った」
口を開いてまず最初にウルキオラの口から出てきた言葉がこれである。端的が過ぎる内容に、ハリベルは思わず顔を顰めた。
「黒崎一護と共謀して、井上織姫の下へ向かっていた。お前の監督不届の尻拭いをさせられたんだぞ。どう責任を取る」
「……尻拭い、というのがどういう意味かだけ、確認してもいいか」
碧玉に睨まれたウルキオラは、しかし眉一つ動かさず淡々と。
「斬った。右脇腹から左肩を両断した。辛うじて即死はしなくとも、永くは無いだろう」
言い終わるや否や、ハリベルがウルキオラの左側頭部を狙って蹴り上げた。ウルキオラはそれを左手の甲で受け止める。
数秒睨み合い、ハリベルは蹴り上げた右脚を降ろした。
「……湿布、よれた」
「でしょうね」
「温度差」
不快そうに眉を顰めるハリベルに、アパッチとスンスンの遠慮のない指摘が刺さる。
「ていうか、その程度で裏切り判定は厳し過ぎないかハードルが。アイツ身内迎えに行っただけの筈なんだが」
「妹だとかいうゴミのような破面はいた。だとしても、その妹を奪い返さず建前にして黒崎一護に加担したのは事実だ」
「……それ、フランチェスカにとって黒崎一護が敵じゃなくなっただけじゃないか?」
のし、という効果音でも付いていそうな程リラックスした動きで、アメミトがそれが定位置であるかのようにハリベルの右肩に左腕をかけて口を挟んだ。
「敵でなくなるとはどういう意味だ」
「フランチェスカと黒崎一護の間で何かがあって、フランチェスカの中で黒崎一護が敵から身内寄りの場所に移動したんだろう。で、多分その一番大きな理由がその妹。何があったかまでは私には全くわからないが」
「ああ。確かにミラ・ローズ世話焼きだし、ホントにそうならまず自分に出来る範囲で手を貸すだろうな」
「……黒崎一護が藍染様の敵であると理解した上でか」
「藍染の敵であることと、フランチェスカにとって敵でないことは両立するだろ」
確かに、と後ろでアパッチとスンスンが頷き合う。納得いかない顔をしているのは、この場においてはウルキオラだけだった。
「フランチェスカにとって重要なのはそこにいるのが自分にとっての何者であるかであって、誰にとっての何者であるかはどうでもいいんだろうよ。まあ、そこは私達も似たようなものだが。そして黒崎一護は、何らかのきっかけでフランチェスカにとって、手を差し伸べるべき者、則ち身内であると定義された」
アメミトはハリベルの右肩に左腕をかけたまま、右手をひらりと扇のようにひらめかせる。そして人差し指を立てると、クルクルと空をかき混ぜるように回した。
「敵でないなら助けない理由も無い。まして身内ならば尚更。例え他の
「理解出来んな。その挙句羽虫の様に死ぬことさえ予測出来ないのか」
「フランチェスカがその程度で死ぬわけないだろ」
呆れ混じりに発されたアメミトの断言に、ハリベルがそうだそうだと頷く。
「どうせまともに生死確認せずにこっち来たんだろう。お前そんなんだからヤミーの手綱ちゃんと握れないんだよ」
「……今その話は関係無いだろう」
「何だ、図星か?とりあえず、別にお前の抜けてるとこは一旦置いて、一つ言わせて貰うなら……」
「抜けてるとか、ハリベル様にだけは絶対言われたくねーだろ」
そっと小声で差し込まれたアパッチの揶揄に一瞬だけ睨みを向け、咳払いをしてハリベルはウルキオラに対して言い放った。
「私の
告げられて、ウルキオラの虹彩が揺れた。大分直接的に、お前は格下だと言われたことに対する不快感ではない。
いいや、不快感がないわけではないがそれ以上に、困惑と動揺が勝った。
(なんだ?今……)
それが決してウルキオラの気のせいでないのなら、確かに。
(一瞬ハリベルの眼が、
顔の向きはそのままに、視線を横にズラす。その先で燦光する
ぞわりと、ウルキオラの軀を構成する霊子一つ一つが寒気を訴える。胸に空いた
これ以上此処に留まって、あの燦光する眼を視てはならないと叫ぶシナプスを強引に抑え込み、ウルキオラはその場を逃げるように立ち去る。
「俺の用は済んだ。配下の尻拭いは早めにしておけよ」
苦し紛れに、そう言い捨てて。
「……?なんだ、アイツ」
「さてな。それよりどうする、ティア。フランチェスカ迎えに行く?」
ハリベルの三つに結えた髪の束の一つを右手で取って、アメミトは訊ねる。
「……いや。ウルキオラにも言ったが、ミラ・ローズが……私の従属官が、私より弱い奴に一撃貰ったくらいで死ぬわけもない。だから、心配する必要は無い」
「……そっか。じゃあ、そういうことで」
ハリベルの返答に満足したのか、表情を和らげてアメミトは手にした金色に口付けた。
ウルキオラはひたすら、無我夢中と形容してもいい様子で第三の宮から離れようと歩く。
歩きながら、言語化する術のない感覚に責め立てられるような奇妙な状態に陥った自分に、ウルキオラは惑っていた。
孔が漣を打つ。頸から背骨にかけて蟲が這うような不快感が通り抜ける。口を閉じたままなのに、喉の奥まで舌の根が張りつきそうな程乾いて仕方がない。
ふと、ウルキオラは一度立ち止まる。壁にクレーターのような凹みが出来る程に強く手を着いて、肺に過剰に溜まっていた空気をむせ返ったかのように吐き出した。
なんだ、さっきのは。
瞬きをする事も忘れて思考を走らせる。
ハリベルはきっと、気付いていない。アメミトは、恐らく敢えて気付かせていない。
(アメミトは、何を企んでいる?奴はハリベルに……
あの、燦光する眼は一体何だ。
理解出来ない。理解出来ない。
許容出来ない。許容出来ない。
ウルキオラはただ、悍ましい、と思った。
目を閉じて、胸の孔の内側に爪を立てる。その鈍い痛みで頭の中に蔓延る雑音を振り払ったウルキオラは、平時の自分を取り戻したのを自覚すると再び歩き出した。
その足は自然と無意識に、織姫のいる筈の宮へ向かっていた。
鉛のように身体が重い。意識が浮き上がっては沈んでいく。手先が嫌な冷たさを帯びて、胸元は生暖かい。
もがく。浮き上がる為に。
もがく。守らなければ、助けなければならない者達の下へ戻る為に。
もがいて、足掻いて、上へ上へと少しずつ浮上して、獅子は己を沈めようとする何かを振り切って、そして———。
バチッ、と音がしそうな程に、突如その瞼は開かれた。
「…………えっ?」
開かれた瞼の向こうから姿を見せたヘーゼルグリーンを揺らして、ミラ・ローズが眼を覚ます。生きてる、と呟いて首を左右交互に回して周囲を確かめた。
そして、うつ伏せに倒れる一護の姿を見つけると、重い身体に鞭打って上半身を起こす。
「わぶっ!」
「うわっ」
ゴチンッ、という音がして、身体が急に軽くなった。音のした方に目を向けると、ネルが涙と涎で顔をぐっちゃぐちゃにして瓦礫まみれの床に転がっている。どうやら身体が重かったのは体力の消耗ではなく、ネルが乗っていた事による物理的な重さだったらしい。
「み……み……ミラ・ローズ様〜〜〜!一護がっ、一護が〜〜〜っ!」
「お、落ち着けネル。大丈夫だから」
起き上がってすぐに飛びついてきたネルを抱き止めて、ミラ・ローズはどうにか宥めようとする。そこでふと、ウルキオラに斬られた傷が塞がっている事に気付いた。
「……斬られたとこ、ネルが治してくれたのか。ありがとな」
ミラ・ローズの手がネルの頭の仮面を撫でる。
ネルの唾液には(破面基準で)微弱ながら回復効果が備わっていた。おそらくネルはミラ・ローズの傷口に唾液をかけて必死に治療したのだろう。
ミラ・ローズはネルをそっと床に降ろして立ち上がると、一護の下へ向かった。
慎重にうつ伏せになった一護の身体をひっくり返す。そして目に飛び込んできた状態に、ミラ・ローズは息を飲んだ。
「……酷え」
一護の胸に、真っ黒に染まった孔が空いていた。
ウルキオラの霊圧が、傷の表面に隙間なく張り付いている。そう素人診断したミラ・ローズはどうすればいいかをまず考えた。ネルの唾液で治療を施すにしても、残留霊圧が回復効果を阻害する可能性が高い。織姫のところへ担いで連れて行く事も考えたが、同様に拒絶の力を阻害するかもしれないし、何より一護の身体がそこまで保つか。
「……よし。ネル、今からアタシが一護の怪我にこびりついてる霊圧を引っ剥がすから、涎口の中に溜めといてくれ」
「よ、よだれをっスか?」
「ああ。んで、アタシが合図したら傷にぶっかけるんだ」
「わ……わかったっス!」
選んだのは、織姫のところへ連れて行く前に一護を瀕死から脱させること。傷口に張り付くウルキオラの霊圧をミラ・ローズの霊圧で引き剥がし、そこにネルの唾液をかけて回復させるという単純な方法だが、難易度は高い。特に、ウルキオラの———十刃の強力な霊圧を引き剥がすのが。
だが、やらなければならない。やらなければ、一護が死ぬ。だから、藁にもすがる思いで力を尽くす。
「頑張れ、一護……アタシも頑張るから……!」
両掌に霊圧を集中させ、一護の胸に空いた孔に当てる。異なる霊圧同士が反発し合い、押し合い、その反動でミラ・ローズの掌の皮膚が焼けた。
残り香に過ぎない霊圧であっても、その強さは従属官のものとは比べるべくも無い。それでもミラ・ローズは全力を振り絞り、一護から引き剥がそうと霊圧を一層集中させた。
気が遠くなりそうな、しかし実際にはそう経たないうちに一護の胸に空いた孔の表面から黒い霊圧が、洗濯用洗剤に溶かされた汚れのように溶けて剥がれ始めた。
「!今だ、ネル!」
「んぐっふ!」
ミラ・ローズに呼ばれて、ネルが口の中に溜め込んだ唾液を滝のように孔にぶちまける。黒い霊圧が剥がれ始めた箇所から、唾液の効果でじわじわと肉と血管と骨が再生し始めた。それを認めたネルは回復を早めようと、口の中に右手を突っ込んで喉奥を弄って吐瀉物の混じった唾液を吐き出す。その時。
「退け、てめえら」
威圧するような低い声。ミラ・ローズとネルが声の方を向くと、その先に居たのは。
「……あ……ああ……第6……十刃……」
「お前……グリムジョー……!」
第6十刃である、グリムジョー・ジャガージャックであった。
グリムジョーはミラ・ローズ達による応急処置を受ける一護の胸に空いた孔を認めると、舌打ちをして、やはりそうかと呟く。そして背後に追従していたものを引っ張って、被せていた布を剥ぎ取った。
「織姫!?」
布の下から姿を現したのは、両手を布と鎖で縛られて、猿轡を噛まされた織姫だった。
勢い余って体勢を崩した織姫は両膝をつく。グリムジョーは噛ませた猿轡を耳の辺りから爪で切って外させた。
織姫の眼と、一護の開き切った瞳孔が合う。
近くの瓦礫に座り込んだグリムジョーはただ一言織姫に命じた。
「治せ」
織姫が、ミラ・ローズが、ネルが、一斉にグリムジョーの方を向いた。
アメミトのcv、書き始めた時は庄司宇芽香さんで考えてたけど最近時代的にも癖的にも水樹奈々さん良くね?と思い始めてる。cv水樹奈々で洗脳教育されたい(強欲)