犴と鮫   作:鷲谷ヒメリ

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俺たちは奪い合う
互いの尊厳を賭けて
俺たちは競い合う
自分こそがを証明する為


豹と蝙蝠

 折れた刃先が回転しながら宙を舞う。重量に従って落下したそれを、第8十刃(オクターバ・エスパーダ)ザエルアポロは指先で掴み取ると、流し見るように観察してから投げ捨てた。

「飽きたな」

 相対する死神、阿散井恋次は蛇尾丸を伸ばしたまま息を切らしている。

「……何……だと……?」

「飽きた、と言ったんだよ。言葉も解らなくなったのか?」

 ザエルアポロは左の人差し指をこめかみに向け、蔑んだように繰り返した。

 恋次の斬魄刀の系統も、形状変化の仕組みも、全て観察し終えた。見るべきところはもう無い、と述べると、ザエルアポロは袖から掌へと滑り出した装置のボタンを押す。

 それを合図に、何処に潜んでいたのか無数の破面(アランカル)が壁から、天井から、次々に姿を現した。その姿は、殆どが奇形である。

(こいつ……一体何人従属官を引き連れているんだ……!)

 恋次は現れた破面達がザエルアポロの従属官(フラシオン)であると察した。ザエルアポロは退屈そうに装置をしまうと、驚いたかと恋次に尋ねる。

「うちの従属官共は少し異色でね。僕が改造した(ホロウ)共を、藍染様の手で破面化して頂いたものだ」

 そして、ザエルアポロが従属官を呼び寄せたということは、直接手を下すには値しないことを意味する。そう告げた。

「……さて、劇終だ」

 ザエルアポロの従属官が恋次を嬲り殺そうと迫る、その瞬間。

 ザエルアポロの身長の三倍前後程の従属官が、横から射抜かれた。ザエルアポロは倒れた従属官の巨大と、攻撃が飛んできた方角を順に見渡す。下手人の気配は、そこにいた。

「……虚夜宮の建物が殺気石(せっきせき)で出来ていないのは、君達にとって不幸だったね」

 壁三枚向こうからでも霊圧を感じ取れたと揶揄しながら、煙幕の向こうから現れたのは。

「どうした?随分なやられ様じゃないか、阿散井恋次!」

「てめえ……石田……!」

 滅却師(クインシー)、石田雨竜であった。

 ザエルアポロの従属官の一人が吼える。それを皮切りにして、口々に騒ぎ立てる従属官達が雨竜を指差した。

 雨竜は自分を注視する奇形の従属官達を一望して、その数に思わず苦笑いを浮かべる。

「随分な数だな……個々の力がどの程度かは解らないが……」

「雨竜!おい、雨竜!!」

 雨竜の後ろから声がかかった。その声の主は、柱の陰に隠れて(但し全く隠れ切れていない)怯えた様子で震えるペッシェ。

「ど……どうだ、奴等の様子は……?お前の突然の登場にビビってブルブルふるえているか?」

「震えているのは君だろう!君が出てくると緊張感が無くなるなあ!」

 情けない声のペッシェを一喝して、雨竜は改めて敵を見定める。

 騒ぎ立てる奇形の破面達の波の向こう、細身の破面。ザエルアポロの姿を認めた雨竜は、緊張を誤魔化す様に眼鏡の位置を調整した。

「うるさいぞッ!!!」

 ザエルアポロが怒鳴る様に命令し、従属官達は波が引く様に静まり返る。従属官達が全員口を閉じたのを確認したザエルアポロは、雨竜を改めて見上げた。

「お客様が何か喋りたそうだ。お聞きしようじゃないか」

「……お気遣いどうも。早速で悪いけど、確認するよ。君が、十刃(エスパーダ)か?」

「ご明察だね。確かに僕が第8十刃(オクターバ・エスパーダ)、ザエルアポロ・グランツさ」

「……オクターバ……第8か」

 雨竜はフッと、安堵した様に、そして挑発する様に笑みを浮かべる。

「安心したよ。どうやら大して強い数じゃなさそうだ」

 雨竜のその言葉にザエルアポロは不愉快を覚えて、僅かに眉を吊り上げた。

 ザエルアポロは長めの瞬きをする事で、苛立つ前に不愉快を振り払って余裕のある態度を取り繕う。

「そうだね、安心してくれ。それでも君よりは上だ。ところで君は、何者だ?」

 問われた雨竜はザエルアポロを睨んだ。そして臆せず、名乗りを上げる。

「石田雨竜。滅却師(クインシー)だ」

 それを聞いたザエルアポロの口角が上がる。新しい玩具を見つけた子供の様に。未知の化学反応を見出した科学者の様に。

「あの売女と戦った希少種か!」

「……売女だと?」

「何だ。倒した相手のことなど記憶する必要も無いか?随分情の無いことだ!」

 雨竜の眉間に皺が寄る。此処に辿り着くまでに雨竜が倒した相手は一人。ザエルアポロが言う売女が、十刃落ちのチルッチ・サンダーウィッチを指すのだと思い至るのに時間はかからなかった。

 ザエルアポロは雨竜の反応には目もくれず、歓喜に両手を広げる。

「まあ、そんなことはどうでもいいんだ。卍解の使い手に!滅却師!僕は運が良い!!ヤミーの奴ならラッキー(スエルテ)と喚くところだろうな!!」

「……そうか」

 呟いた雨竜は、壁に開けた穴の下側の淵を蹴って飛び降りる。そして、飛簾脚でザエルアポロの背後に回った。

「残念だが、たった今君のお喋りに付き合う理由が無くなった」

 腰のホルダーから魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)を抜く。銀嶺孤雀に霊子の刃を形成した魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)を番え、ザエルアポロへ向けて弦を引き絞った。

「自分でも呆れた話だとは思うけれど、僕は鎬を削り合った相手を侮辱されて平気な顔ができる程、冷血漢というわけでもなくてね」

 脳裏に過るのは戦いの最中に見えたチルッチの表情と、腹の底から迫り上がる様に吐き出された言葉。

 

 ———赦された、敗北なんて……ッ、無いのよ!何処にもね!!!

 

 アレは、きっと兵士としての矜持じゃ無い。

 誰か、大切な人の為に武器を振るう者の、譲れない意志だ。

「取り消して貰おうか。彼女を売女と呼んだことを」

 雨竜の指先が魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)から離れる。空を裂いて真っ直ぐに飛ぶ魂を切り裂くものの霊子の刃が、ザエルアポロの喉を貫いた。

 ザエルアポロが膝から崩れ落ちる。それを見た従属官達が狼狽し、再び騒ぎ立てた。

 雨竜は二本目の魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)をホルダーから抜いて、様子を伺う。

 十刃が相手だ。一撃で仕留められたとは流石に思わない。だが人体における急所を射抜いたのだから、ある程度はダメージがあるはずだと期待した。

 次の瞬間、魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)の霊子の刃が音を立てて霧散する。突き刺さっていたはずの喉元には傷一つ見つからず、そんな馬鹿な、と雨竜が目を見張った。

 そんな雨竜の表情を見て、ザエルアポロが両手を広げ高らかに嗤う。

「お前如きの矢が!この僕に!貫通したと思ったか!?刺さって!貫いたと!そう思ったのか!?」

 自分が戦った相手を知っている時点で疑わなかったのか。ザエルアポロは雨竜を嘲った。

「お前の能力は既に全て、解析済みなんだよ!!滅却師!!!」

 ザエルアポロは科学者だ。存在を知られた時点で、雨竜も、恋次も、能力を調べ尽くされて奴の掌の上にいる。

 それを確信せざるを得ない雨竜の頬を、冷や汗が伝って落ちた。

 

 

 織姫の双天帰盾が一護の身体に覆い被さる。ミラ・ローズは一護を挟んで織姫の向かい側で引き続き、胸に穿たれた孔に張り付く霊圧の除去に努めていた。

(ものすごい霊圧が……黒崎くんの傷を覆って渦巻いてる……ミラ・ローズさんが取り除いて、尚コレなの……?)

 拒絶の力が上手く働かず、傷の修復が織姫の想定よりも遅い。もしミラ・ローズの応急処置が無かったら、どうなっていたか。考えて、織姫はゾッとする。

「———一体……誰がこんなこと……」

「っ……それは……」

 一瞬、ミラ・ローズは答えるべきか迷った。迷ってすぐに、ちゃんと言うべきだと口を開いた瞬間、グリムジョーがそれを追い抜く。

「ウルキオラだ。奴自身、気付いてるかどうかは知らねえがな。気に入った獲物には自分と同じ場所に穴をあける」

「……なんであんた、そんな事知ってるのさ」

 回答を横から拐われて出鼻を挫かれたミラ・ローズの細やかな嫌味には応えず、グリムジョーが立ち上がった。無視されたミラ・ローズは思わず舌打ちする。

「思い知らせてやるさ。ヒトの獲物に手ェ出すことが、どういう報いを受けるのかをな」

 グリムジョーの喉が不機嫌に唸る。グリムジョーにとって、一護を殺すのが自分である事は誰であろうと譲れない事だった。

 織姫とミラ・ローズが背中に薄寒いものを感じた次の瞬間、石の様に微動だにしなかった一護の指先が動いた。

「…………う……ネル……ミラ・ローズ……と……井上……」

 孔が塞がった一護の眼に生気が戻る。丸く見開かれた目は、年相応の幼さを見せていた。

「黒崎くん……!」

「いっ……いぢごっ!!!」

「よかった……一護……!」

 織姫達はそれを見て、口々に安堵を漏らす。その緩慢した空気を打ち壊す、乱暴な足音。

「うるせえぞ……!喚くヒマがあったらさっさと治せ……!」

 立ち上がったグリムジョーが織姫を急かす。一護は仰向けに倒れたままグリムジョーを見つけると、驚きと困惑に目を見開いた。

「お前……グリムジョー……!なんでてめえが井上と……」

「てめえも黙って治されてろ……!俺は無傷のてめえとケリつける為にここに来たんだ……!」

「グリムジョー!あなたそんな事の為に治させて……」

 振り返った織姫を、ミラ・ローズが手だけで静止する。そしてグリムジョーに目線を移して、複雑そうな顔で首を横に振った。

「一度何かに執着すると手段を選ばなくなるのは(アタシら)の悪いクセだ。そんなに一護に一撃入れられたのが悔しいかよ、グリムジョー」

 自嘲と呆れ。ミラ・ローズの言葉と態度が癪に触った様なグリムジョーは舌打ちする。

「うるせえって言ってんだ!!!死にかけてんのを治させてやってんだ!文句言うんじゃねえ!!」

 急げ。ウルキオラが戻ってくる前に。

 俄かに焦り出したグリムジョーが怒鳴り声で要求した、その傍から。

 そのウルキオラが、グリムジョーの背後から姿を現した。

 その場にいた全員が一斉にウルキオラへ視線を向ける。薄らと可視化できるほど鋭い霊圧が、ウルキオラの身体から漏れ出でた。

「……何をしている?グリムジョー……」

 ウルキオラが問う。グリムジョーは無表情のまま答えない。

「……どうした。訊いているんだ。俺の倒した敵の傷をわざわざ治して、何のつもりだとな」

 再度問いを投げかけたウルキオラをグリムジョーは黙って睨みつける。ウルキオラはグリムジョーに答える気が無いらしいことを悟ると、織姫に視線を向けた。

 視線に気付いた織姫は、気まずそうに思わず顔を下に逸らす。

「———まあいい。ともかくその女は俺が藍染様から預けて戴いたものだ」

「おい待てよ。織姫の世話役はハリベル様もだろ。しれっと無かったことにするな」

 一護を覆う双天帰盾を迂回して、ミラ・ローズが織姫を庇う様な位置まで移動してきた。

 ウルキオラは口を挟んできたミラ・ローズを睨みつけると、生きていたのか、と呟く。

「あの傷でまさか死なないとはな。癪だが、ハリベルのあの妙な自信は正しかったらしい」

「勝手に殺すんじゃねえ。そりゃ、ネルがいなかったらやばかったけども」

 無意識にミラ・ローズはウルキオラに斬られた場所をなぞった。織姫はその手が小さく震えているのに気付いて、ミラ・ローズが織姫とネルを不安がらせない為に虚勢を張っているのを察する。

 ある種当然だ。ついさっき殺されかけたばかりで、その自分を殺そうとした相手が目の前にいる。恐怖が無いはずが無い。

 それでもミラ・ローズは逃げない。織姫とネルを守る為、万に一つも退くわけにはいかなかった。

 ウルキオラはミラ・ローズから興味が失せたのか溜め息を吐いた。おおよそ理解できないからだ。死の恐怖を知りながら、それでも尚自分よりも上の存在に相対せんとする、その考え方が。

 そしてグリムジョーに意識を戻すと、毅然と告げる。

「……内通者の従属官(フラシオン)如きが一人、生きていようが死んでいようがさしたる問題では無いが……とにかく、女を渡せ。グリムジョー」

「断るぜ」

「……何だと?」

「……どうしたよ?」

 グリムジョーの口角が上がった。

「今日はえらく喋るじゃねえか。一体何にビビってんだ?ウルキオラ!」

 次の瞬間、グリムジョーがウルキオラに右手で掴み掛かっていた。ウルキオラは殆ど掌底の勢いで伸ばされたグリムジョーの右手を、左手で受け止める。

「かわいそうになあ。ここに戻る前に何見たかは知らねえが、ただでさえ俺と戦るのが怖えェのによ……」

 グリムジョーの掌に昏い光が集う。

「そうだ、俺と潰し合うのを恐れてんだよ。てめえは!!!」

 ほぼゼロに近い至近距離からの虚閃(セロ)。ウルキオラは反射的にそれを自身の霊圧をぶつけて弾いた。その反動で吹き飛ぶのを利用して、グリムジョーから距離を取る。

「はっ!弾いたかよ!流石に一撃じゃ……」

 言い終わるより先に、響転(ソニード)でグリムジョーの背後に回ったウルキオラの指先が、グリムジョーの後頭部に突きつけられた。

 やられた分をやり返すと言わんばかりに、ウルキオラが虚閃を構える。

 グリムジョーはそこに右手を突き出して、衝撃を与える事で発射される前に暴発させた。

 大規模な爆発が起きる。天井が壁ごと吹き飛ばされ、爆風と飛び散る瓦礫の中でウルキオラはグリムジョーの姿を探した。

 煙に紛れて、グリムジョーの左手が背後からウルキオラの服の襟を掴む。ウルキオラは半身で振り返り、グリムジョーを迎撃しようと右手を掲げた。が、しかし。

 襟を掴んでいたグリムジョーの左手がウルキオラの胸骨柄の位置に空いた孔に伸びる。その掌から転がり出たのは、角砂糖ほどの大きさの立方体。

 ウルキオラが気づいた時には、立方体から空間を切り裂く光と影が飛び出していた。

 光と影はウルキオラを取り囲み、飲み込み、捕える。悪態を吐いたウルキオラの姿が、黒腔が閉じたような光景と共に消えた。

 後に残されたのは、グリムジョーの姿だけ。

「…….い……今のは……なに……?」

 突然始まった戦いに、咄嗟に三天結盾を張った織姫が疑問を口にした。それに答えたのは、ミラ・ローズ。

「……反膜の匪(カハ・ネガシオン)だろ。今の」

「ああ」

反膜の匪(カハ・ネガシオン)……?」

 単語の意味を上手く飲み込めていない織姫が繰り返すのを見たグリムジョーが、仕方が無さそうに補足する。

「……俺達十刃(エスパーダ)が藍染から、部下の処罰の為に渡されてる霊具だ。その辺の奴なら永久に閉次元に閉じ込められる代物でな」

「でも、ウルキオラの霊圧考えたらそう長く保たないだろ。元々十刃に使うことを想定された物じゃないし」

「…….まあな。せいぜい二、三時間ってとこか。わかったらさっさと治せ」

 織姫にグリムジョーは再度要求する。織姫は沈痛な面持ちでグリムジョーを見返すと。

「……嫌です」

 静かに、しかしはっきりと拒否を示した。

 次の瞬間、グリムジョーが織姫の前に立っていたミラ・ローズを突き飛ばし、その左手が織姫の首を掴んだ。

「ぐっ……グリムジョー!何してんだテメエ!!織姫から手を離せ!」

「雑魚は黙ってろ……!てめえが治してえかどうかなんて訊いてねえんだよ……!治せ!」

「治したらまた、黒崎くんにケガさせるんでしょ……ぜったい……いや……!」

「この……」

 グリムジョーの手が力み始めた、その時。

「……放せよ」

 まだ完全に傷の治りきっていない一護の手が、グリムジョーを制した。

 一護は力尽くでグリムジョーの左手を織姫から引き剥がすと、織姫を庇う様にグリムジョーの前に立ちはだかる。

「井上、治してくれ」

「……え……」

「治してくれ。俺の傷を……それから、そいつの傷も」

 ウルキオラの虚閃を受け止めた結果、焼け焦げ皮膚の剥がれたグリムジョーの右腕を指して、一護は織姫に求めた。

「……止めろ。てめえに情けかけられる覚えは無え」

「俺だって無えよ。けど、対等の条件で戦いてえんだろ。それとも、負けた時の言い訳にその傷だけでもとっとくか?」

 一護の挑発にも取れる返答に、グリムジョーは斬魄刀を抜いて斬りかかる。一護は斬月でそれを受け止めた。

「……上等だぜ。対等の殺し合いといこうじゃねえか!!!」

 グリムジョーがそう言うと、二人は互いに互いを弾き飛ばす。

 織姫は一瞬躊躇しながら、双天帰盾を一護に、次いでグリムジョーに施した。

 そう時間の経たない内に、二人の傷が完治される。嵐の前の静けさが周囲を満たした。

「……ほら、そんな顔すんなって。ネル」

 膝を抱えて不安そうに泣くネルの頭を一護が撫でる。徐に立ち上がった一護は織姫の方を向いて、安心させる様に笑って見せた。

「……井上も、心配すんな。絶対勝つ」

 一護がグリムジョーの方へ向く。そして一瞬顔だけを背後に向けた。

「ミラ・ローズ。二人を頼む」

「任せとけ……死ぬなよ、一護」

「ああ」

 すべき事は終えた。言うべき事は言った。一護は織姫達を巻き込まぬ様、グリムジョーに場所を移すことを提案する。

 そして、二人同時に床を踏み砕いて、別の建物へと飛び移った。

 その衝撃と風圧で、織姫の髪が乱れる。

「……黒崎くん……」

 織姫は遠ざかっていく一護の背を、不安そうに見送った。

 移動しながら、一護は背負った斬月を抜き、黒い霊圧を迸らせながら卍解する。

 黒刀、天鎖斬月を手にした一護は地面を割りながら着地して、より高い場所に構えたグリムジョーを見上げた。

 一瞬にも、永劫にも思える睨み合いの後、互いの斬魄刀の刃がぶつかり合う。

 黒崎一護とグリムジョー。

 互いに一筋縄ではいかない因縁を結んだ二人の戦いの幕が、切って落とされた。

 

 残された織姫、ネル、ミラ・ローズは、一護とグリムジョーの戦いを遠くから見ていた。ぶつかり合う霊圧の余波が此処まで届いて、ネルは耳を塞ぎしゃがみ込んで怯えている。

 織姫はネルに合わせる様にしゃがんで、その頭に被った仮面の欠片を撫でた。

「……大丈夫。黒崎くんは勝つよ」

「……そ……そんなのわかんないっス……!」

「だって、絶対勝つって言ったでしょ」

「そんな……そんなもん誰でも言うっス!!一護はきっとこわいんス!!こわい人はみんな勝つ勝つって言うっス!」

 涙を溜めたネルが織姫に言い返す。しかし織姫は首をそっと横に振って、黒崎くんは言わない、と説いた。

「そんな理由で、黒崎くんは勝つなんて言わない」

 織姫が立ち上がって、続ける。

「黒崎くんは優しい人だよ。強い言葉を使う時は、いつも何かを誓うように言うの。あれはきっと、自分に誓ってるんだと思う」

 自分に誓うことで、その想いを叶えるために言葉にする。織姫は一護がそういう、誓いのために戦える人だと知っていた。

「……だから大丈夫。黒崎くんが勝つって言ったら、それは絶対勝つ時だよ」

 だから、信じて待とう。そう言った織姫の手は震えていた。

「ネル」

 静かに見守っていたミラ・ローズが片膝をついて、ネルの背中に手を添える。ネルが見上げたその顔は、酷く優しい。

「応援してやろう、此処から。一護が勝てるように」

 ミラ・ローズの言葉に、ネルは小さく頷いた。




本格的に立場が危ういミラ・ローズとお叱りポイントが地道に積み上がるグリムジョー
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