たとえこの背の翼が
捥ぎ取られ空を飛べなくても
それでも私がやらなくちゃ
たとえこの剣が錆びついて
艱難辛苦を断ち切れなくとも
ザエルアポロと交戦していた雨竜、恋次、ペッシェ、ドンドチャッカの四人は、
その時、ドンドチャッカは何かを感じ取る。いいや、ドンドチャッカだけでなく、ペッシェも。
「ペ……ペッシェ……!!」
「ああ!」
雨竜がどうかしたのかと問う。ペッシェは雨竜の問いには応えず、懐かしいと溢した。
「この霊圧は……紛れも無い。ネル様の———……!」
一護を蹂躙していたノイトラが、その手を止めて姿を現した巻き角の女
「……その姿に戻ったか……ネリエル」
女
一瞬。ノイトラが反応するよりも早くその背後に回り込んだネリエルは、ノイトラが振り返るよりも早く横たわる一護を抱えて助け出した。
「……ネル……お前……ホントにネルなのか……?」
どうにか無事な左手で上体を支えながら、一護が確かめるように問う。ネリエルは険しい顔を一転させ、穏やかに肯定した。
「一護のおかげで……この姿に戻れました……一護が……無力で小さな私をずっと護りながら、ここまで連れて来てくれたおかげです……」
徐に立ち上がったネリエルは、一護にその背を向ける。
「……少し、じっとしててください。お礼がしたいの」
その手にはいつの間にか刀が———斬魄刀が握られていた。
「ま……待てよネル!!お礼って……お前まさかあいつと戦うつもりじゃ……」
危険だ、という心配が一護の表情から溢れる。ネリエルは顔だけで振り返ると困ったように眉を下げて微笑んだ。
「……大丈夫。すぐ終わるから」
何処からか風が吹く。横に他靡いた翡翠の髪の下、露わになった背中にあったのは。
「……嘘」
背骨に貫かれるような位置に刻まれた3の文字。それが明示することは、ネリエルのかつての序列。ミラ・ローズは殆ど無意識に言葉をこぼれ落ちさせていた。
ネリエルが素足で砂を蹴る。砲弾を思わせる速度でせまるネリエルにノイトラは己の硬さにかまけて睨みつけるだけ。
だが、そんなノイトラを嘲笑うかのように容易く、ネリエルの斬魄刀の刃がノイトラを胸を横一文字に裂く。
「……な……クソがっ!!!」
嫌な記憶が甦る。月の光を反射するうざったいプラチナブロンドと燦光する忌々しい
ふざけるな、とノイトラは舌打ちした。
その勢いのまま、ネリエルのもう片方の脚がノイトラの首に直撃する。蹴っ飛ばされたノイトラは受け身を取ると、舌先から
「マズい!!」
「
ネリエルはミラ・ローズと一護の声を聞き流して、ノイトラの
「があっ!!!!」
明らかに飲み込んだ
爆風と爆音、飛び散る砂がその威力を物語る。一護も、ミラ・ローズも、織姫も、目にした光景にただ唖然としていた。
「ノイトラ様!!!」
「あっ」
弾かれるように駆け出したのは、ミラ・ローズに剣を向けていたテスラ。ネリエルの事など見えていないかのようにその横を通り過ぎ、ノイトラのいる方へ向かって行った。
一旦、目に見える脅威が離れた為、織姫は一護に駆け寄る。治療を施そうと声をかけるが、一護はネリエルの背中を見つめて放心していた。
無理はないのかもしれない。ネルが、かつて
視線に気付いたネリエルが振り返る。一歩、一護達の方へ足を向け、そして。
「いちごーーーー!!!!」
一目散に、満面の笑みで一護に抱きついた。勢い余ったのか、それともネリエルの見かけによらない筋力のせいか、一護の全身の骨が悲鳴を上げる。
「よかった〜〜〜!!一護が無事でほんとによかった!!」
「落ち着けネル!窒息してる!一護窒息してる!!」
「ネルちゃ……ネルさん……!?黒崎くん死んじゃうから!!」
ネリエルに力いっぱい締め上げられた一護は痙攣するように身体を振るわせ、喉から引き攣った声を吐き出し、そして遂に———失神した。
「うわあああ〜〜〜〜ん!!!」
「ネルちゃ……ネルさんってば!!黒崎くんほら、白目むいて……黒崎くーーーん!!!」
「しっかりいたせ一護ーーー!!!」
ネリエルがガクガクと一護の身体を揺さぶる。織姫とミラ・ローズはこのままでは割と本格的に一護の命が危ないと、ネリエルを宥める方に舵を切った。
とりあえず一旦ネリエルを一護から引き剥がして、意識を飛ばした一護を織姫に任せてミラ・ローズはネリエルを子供をあやすように抱いて頭を撫でてやる。身体が大きくなっただけで……というか、こちらが本来の姿なのだが、小さい姿とあまり根っこの部分は変わらないのかもしれない。
「おねえちゃん……!」
「えっ、お、お姉ちゃん……?」
おおよそ、ついさっきあのノイトラを一方的に翻弄した強者と同一人物とは思えない幼気な表情で、ネリエルはミラ・ローズの胸に顔を押し付けた。頭を覆う仮面が鎖骨にぶつかって、地味に痛い。
少し甘えを感じる声で姉と呼ばれたミラ・ローズは、流石に困惑している。散々自分はネルの姉だと他人には主張してきたものの、いざ勝手に妹にしてしまったネルもといネリエルから面と向かって姉と言われると、本当に自分でいいのだろうかと葛藤していた。
「……アタシでいいのか」
口をついて出てきたのは、少し弱気な本音。妹にしたのは殆ど成り行き任せな上に、その相手は元
「……もちろん。小さな私を妹だって言ってくれて、とても嬉しかった。助けようとしてくれて、守ってくれて、嬉しかった。だから私は……貴女がお姉ちゃんがいい」
「……そっか」
ミラ・ローズが安堵の表情を浮かべた、その時。
ネリエル達の横を通り過ぎるように、テスラが吹き飛んできて背中から建物の残骸に激突した。
ネリエルが振り返る、その視線の先。砂を乱暴に踏みつけて姿を現したのは。
「……バカが……誰が自分の仕事放棄しろっつったよ……?」
重ね三日月の斬魄刀を握る右手が焼け焦げた状態のノイトラだった。
血反吐を吐いて謝罪するテスラを一瞥してから、ノイトラはネリエルに目を向けてニヤリと嗤う。
「忘れてたぜ。吸収した
そんなエグいことしてたのか、と一護とミラ・ローズが驚嘆しているのを他所に、ノイトラは吐き捨てる。ネリエルが
「今の
その背中の数字に、最早何の意味もないのだと教えてやる。そう言ってノイトラは斬魄刀を担ぎ上げた。
睨み合いはほんの一瞬。先に動いたのはノイトラだった。担ぎ上げた重ね三日月を力任せに振り下ろす。ネリエルはそれを横に跳んで躱し、着地と同時に斬魄刀を居合のような形に構えて前へ突っ込んだ。
ノイトラは斬魄刀の刃を倒して、弧を描くように横に薙ぎ払う。ネリエルの背後から重ね三日月の峰が迫り、ネリエルは突撃を止めて咄嗟に真上に跳んだ。
振り抜かれ、慣性でノイトラの後ろに回った重ね三日月の刃の上に、空中でやや強引な足運びで斜めに降下したネリエルが着地する。居合の形に構えた斬魄刀を、ノイトラの首目掛けて鋭く振り抜いた。ノイトラはそれを上半身をほぼ直角に折って、刃が首が合った場所を通過するギリギリで回避する。
ノイトラがネリエルを捕まえようと、斬魄刀を引き左手を伸ばす。ネリエルは内心舌打ちをしつつ、表面的には冷静なままノイトラの斬魄刀の刀身を踏み台にして、伸ばされた左手を避けながらキレッキレのサマーソルトキックを捩じ込んだ。
ネリエルの足がノイトラの下顎に直撃する。ノイトラが見えていたのに避け切れなかったのは、ちょっと青少年には見えてはいけないものが視界に映って思わず視線を逸らしたからだ。可哀想。
ノイトラは力尽くで仰け反った上半身を起こすと、滞空したままのネリエルに
ネリエルの身体がノイトラの蹴りで突き飛ばされ、尻餅をついた。倒れたネリエルは咳き込んでから咄嗟に横に転がって、追撃として振り下ろされた重ね三日月を躱して体勢を立て直すと、ノイトラの眼帯に覆われた左眼に斬魄刀の鋒を突きつける。
それと同時、ノイトラも自身の斬魄刀を引き戻して刺股のようになった鋒側の刃をネリエルの胴に突きつけた。
「……何故剣を止めた?」
「あなたこそ」
「バカが。俺はてめえが剣を止めるのが見えたから止めたんだ」
ノイトラが剣を引く。それと同じくして、ネリエルは後ろに退がりながら跳んで立ち上がった。その所作にノイトラは忌々しさを隠しもせず舌打ちする。
「……イラつくぜ。あの頃を思い出す。てめえと戦ってるとな。結局てめえは、何も変わっちゃいねえんだ」
ノイトラの目線がネリエルのヒビ割れた仮面に向く。そこに重なって幻視したのは、まだ傷の無かった仮面と白装束を身に纏ったかつての
それを見ていた一護が立ち上がろうと身体を起こす。織姫はまだ傷を治していないと止めようとするが、一護は。
「ネルがやられてんだ……俺が……助けてやらねえと……」
「何言ってんだ馬鹿!そんな身体であそこに混ざっても、ネルの足引っ張るだけだ!今はとにかく怪我を治……」
ミラ・ローズが嗜めようとした、その時。
一護を誰かが蹴飛ばした。テスラだ。
「くろ……」
織姫が蹴飛ばされた一護へ駆け寄ろうとする。テスラはそうはさせないと言うかのように織姫に右手を伸ばし、それをミラ・ローズが咄嗟に掴み上げて止めた。テスラがミラ・ローズを睨んで、舌打ちをする。
「貴女から先に叩き伏せておくべきだったな」
「うるせえ。てめえがいなきゃ、アタシがネルを助けに行ってたんだけどな」
「ならば、尚更だ。誰であろうとノイトラ様の邪魔はさせない」
テスラがミラ・ローズの手を振り解いた。
テスラの黄土色と、ミラ・ローズのヘーゼルグリーンが睨み合う。
「あの女……ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクは、石だ。ノイトラ様の刃を阻む石は、全て破壊されなければならない。他ならぬ、ノイトラ様の手によって」
「……そうかよ。だったら、アタシは全力でその邪魔をさせて貰おうじゃないの……ネルの、姉としてな」
ミラ・ローズの手が斬魄刀の柄に掛かる。ミラ・ローズは顔だけを織姫に向けて、視線で一護の方を指した。その意図を汲み取った織姫は、すかさず一護の元へ改めて駆け寄る。
織姫が一護の所へ向かったのを見届けて、ミラ・ローズはテスラに向き直った。
「だから……まず最初はてめえをぶちのめす!!」
「やってみろ……アメミト・レシェフの傘に隠れる、雌猫如きが!!」
ミラ・ローズとテスラが同時に抜刀する。今再び、獅子と魔猪が激突した。
振り翳された重ね三日月を、ネリエルの左足が蹴り返す。刃を受け止めたはずの足の裏は、切り傷一つ付いていない。その
まだ、奴の肌に真正面から傷を付けられないのか。俺は。
躙り出ようとする不甲斐なさを押し潰し、ノイトラは代わりに嘲笑う。
「まだ抵抗すんのかよ。往生際の悪りィこったな」
「…………残念だわ。この姿に戻ってすぐはキツそうだから、本当は使いたくなかったんだけど……」
ネリエルが斬魄刀を横に寝かせる形で構えた。それを見たノイトラは、背筋がざわつく感覚を覚える。
不味い、と思って踏み込んだ時点で、すでに遅かった。
「謳え、
その解号と共に、斬魄刀の力が剥き出しになる。霊圧の余波で砂と瓦礫が吹き飛んで、その奥から現れたのは両刃の馬上槍を手にした半人半馬、いいや、半羚羊の女騎士。
ネリエルの
ネリエルはノイトラを冷たく見据えて、手にした馬上槍を槍投げの選手のように構えた。
「
四つ脚で器用に、しかし力強く踏み込んで投擲された馬上槍が高密度の霊圧を纏って、回転しながらノイトラへ向かって真っ直ぐに飛ぶ。その余波で砂を舞い上げながら向かってくる馬上槍を、ノイトラは砂の上を後ろに滑りながら斬魄刀で受け止めた。
が、点の攻撃を面で受け止めるのは無理がある。重ね三日月の斬魄刀の一部が砕け、ノイトラの鎖骨の左上を穿って突き刺さった。
ノイトラの長身が勢いに押され、そのまま建物の残骸に背中から激突する。砂を踏み締めて、膝をついたノイトラを見下ろすネリエルは突き刺さった馬上槍を引き抜いた。
「終わりね、ノイトラ」
「……どこがだ?」
「……安心して。命までは取らないわ……」
ネリエルが馬上槍を構える。一護達が息を飲んだ。ネリエルの腕が馬上槍をノイトラの腹目掛けて突き立てようと———した瞬間、空気の詰まったタイヤが破裂するような音と共に、ネリエルの身体が子供に戻った。
ネリエル———ネルの小さな身体が砂地の上に落ちる。それを目の当たりにしたノイトラの眼に、落胆が顔を覗かせた。
「……あれ……?ネル、どうスて……」
子供に戻ったことで、ネルの記憶も失われたらしい。わけがわからない様子で目を瞬かせた。
それも束の間、ネルの頭を仮面ごと、ノイトラの足が踏みつけた。やけっぱちになりながら、ノイトラは高笑う。
「終わりだ!!ネリエル!!!」
ノイトラはネルの小さな身体を蹴り飛ばした。子供らしいひ弱で柔らかい身体が砂の上を跳ね、ネルはそのまま意識を失った。
「「ネル!!!」」
一護とミラ・ローズが叫ぶ。テスラに阻まれて動けないミラ・ローズに代わって、織姫に腕だけ治された一護が飛び出した。だが、ノイトラに最も簡単に片手で顔を掴まれ、砂地に叩き伏せられる。
「……諦めろ。ネリエルはてめえらの最後の光だった。そいつが消えたんだ。てめえら全員、ここで終わりなんだよ……テスラ、代わってやるからその雌猫寄越せ。こいつはもうダメだ。好きにしろ」
「なっ……」
「はい」
テスラの斬魄刀がミラ・ローズの斬魄刀を弾いた。その次の瞬間、ノイトラが響転でミラ・ローズを重ね三日月の背で殴り飛ばす。テスラはそれを見届けて、悠々と倒れ伏す一護に近付いた。
「打ち伏せろ、
刀身の根元近くの円環の内側に霊圧が解き放たれる。現れたのは、太く、長く、鋭い二本の牙を持つ猪の巨人。
その蹄の足が、一護の脚を踏み潰した。
「ぅああああああああっ!!!」
一護の悲鳴が響き渡る。織姫が一護の名前を呼ぼうとすると、ノイトラがその口に指を突っ込んで強引に黙らせた。
「ペェ〜〜〜〜ット、黙れよ。てめえの仕事は黙って見てることだ。てめえを助けにきた男が、汚ねえ肉片になる姿をな」
悪意に満ちた笑みを浮かべるノイトラに、織姫は背筋が凍った。そこに。
「織姫に……触ってんじゃねえよクズ野郎!!!」
ノイトラはうざったそうにミラ・ローズの攻撃を自身の斬魄刀で受ける。半ば殺すつもりで振り下ろした一撃があっさりと受け止められたことにミラ・ローズは苦々しさを覚えるが、今は一旦飲み込んでおく。正直そっちは本命ではない。
ミラ・ローズに気を取られて疎かになった織姫を捕える腕を、ぶつかり合った斬魄刀を支点にして器用に爪先に引っ掛ける。そのまま足を振り上げて、織姫から引き剥がした。
「織姫!ネルを!!」
「う、うん!」
解放された織姫は少し咳き込みながら、砂の上に横たわるネルの下へ駆けていく。それを確認したミラ・ローズは、ノイトラに弾き飛ばされた。
「……てめえ、随分生意気なことするじゃねえか……えェ?」
「……アタシにちょっかいかけられたくらいで生意気扱いって、器小さいんじゃないの?」
「言ってくれるじゃねえか。ザコのクセによォ……」
煽るミラ・ローズの膝は笑っている。斬魄刀を握る手は震えていた。それでも冷や汗の伝う顔は真っ直ぐノイトラを向いていて、その眼には不退転の意志がはっきりと見える。
嗚呼そうだ。ノイトラは舌打ちする。
「アタシはアタシの大切な人の為に戦う。そう決めてんだ。それが
ミラ・ローズが斬魄刀を砂に突き立てる。
「喰い散らせ、
霊圧が砂を巻き上げた。次の瞬間剣閃が砂嵐を斬り裂いて、その奥から姿を見せたのは、獅子。
局部を最低限鎧う、動きを一切邪魔しない程面積の小さい外殻。顔に刻まれたX字の仮面紋。鬣の様に広がる髪の一部は金色に染色され、その手に握られた剣は解放前よりも幅広で長いバスターソードに変化していた。
ダンッ、とミラ・ローズが砂を踏み鳴らして駆ける。四つ脚の肉食獣を思わせる低い姿勢で、バスターソードを両手で構えてノイトラに迫った。
狙うのは、ネリエルに割られた斬魄刀の破損痕。一
全身をバネにして、ノイトラの眼前で跳び上がる。振りかぶったバスターソードにありったけの霊圧を掻き集めて圧縮する。
「
振り下ろされた全身全霊の一発。ミラ・ローズの半生史上最大火力がノイトラに叩きつけられた。しかし。
「軽いンだよ」
「!!!」
重ね三日月の峰ではなく、長い柄で受け止められた。ノイトラはミラ・ローズの剣を止めたまま、その長い脚で鳩尾を蹴り上げる。爪先が沈み込んで、ミラ・ローズは嘔吐いた。
「てめえは本物の馬鹿だな」
「……っ、んだと……!」
ミラ・ローズが言い返す前に、ノイトラはミラ・ローズの剣を弾き飛ばして自身の斬魄刀を振り上げる。逆袈裟に胴を斬り裂かれたミラ・ローズが砂の上に落ちた。
「私情で敵に寝返って、ザコの分際で
ノイトラが踵を返す。その視線の先には、ネルの治療をする織姫の背中。
「……待てよ」
少し掠れた声でミラ・ローズに呼び止められる。面倒そうに振り返ったノイトラは、眼に映った光景に僅かに驚嘆した。
大剣を支えに、失血にも構わず立ち上がるミラ・ローズ。ふらつきながらもしっかりと砂を踏み締めて、肩で息をしつつノイトラを見据える。その眼には、まだ絶望の色は無い。
「弱さを呪って寝てろ……?冗談じゃない……アタシが折れたら、誰がネルと織姫を守るんだ。誰が一護を助けるんだ。勝てなくても、敵わなくても……立ち向かわないといけない時が、あるんだよ!!」
ミラ・ローズが左手で
爆風が広がる。巻き込まれた砂が視界を阻む。ノイトラは舌打ちして、左腕で顔を庇った。そこに、
大剣の刃がノイトラの右肩に突き立てられた。しかし、薄皮一枚切れ目を入れることすらできない。
「硬っ……てぇ!!」
「何回も言わせんじゃねえ。てめえじゃ俺の身体に傷一つ付けられねえんだ……よ!!」
ノイトラの踵がミラ・ローズの胴の裂傷に捻じ込まれる。広げられた傷口から更に血が流れた。ノイトラは斬魄刀の長い柄を棍棒のように回して、ミラ・ローズの側頭部を殴りつける。
ミラ・ローズが苦し紛れに大剣を砂に突き立て、それを軸にノイトラの顎を蹴り上げた。ノイトラは軽く仰け反って、しかし倒れはせず踏み留まり、重ね三日月を振り下ろす。ミラ・ローズの顔の右側が、鬣ごと裂かれた。
ノイトラの左手がミラ・ローズの首を掴む。そのまま足の着かない高さまで持ち上げて、握力だけで絞め上げ始めた。
「ぐぁ……あああ……ッ!!」
「……」
ギリギリと、ノイトラがミラ・ローズの首を絞める力が強くなる。気道が圧迫されて呼吸が詰まる。大剣を取り落としたミラ・ローズは、両手でノイトラの左手を掴んで空気の通り道を何とか得ようと力んだ。
「ゔ……ゔぅ…………ふはっ」
「……何が可笑しいンだよ」
突然、ミラ・ローズが噴き出した。眉間に皺を寄せて怪訝な顔をするノイトラを、苦痛に顔を歪めながら見下ろしてミラ・ローズは口角を上げる。
「いいや、何……今んなって、数字一つ変わるだけで結構、思ってたより強さに差が出るんだなって……今身を以て知っただけ」
「……何だと?」
「だって、実際……見てみろよ。アンタ、アタシ斃せてないじゃん。まだアタシ、
失血で眩暈がするのを痩せ我慢で隠して、ミラ・ローズは余裕を取り繕う。一度小さく咳き込んでから、ニヒルな笑みを浮かべた。
「偉そうに、ベラベラ御高説垂れてくれたけど……アンタは……所詮、
ノイトラの頭に、カッと血が昇る。膝でミラ・ローズの腹を蹴りつけて、勢い任せに砂の上に投げ落とした。
「……ッ、うるせえんだよ!!ザコが!!!」
ノイトラが砂の上に倒れたミラ・ローズの身体を蹴り上げて浮かせる。重ね三日月の斬魄刀の刃を力任せに振り回して、ミラ・ローズを八つ裂きにした。
ミラ・ローズの
ノイトラは肩で息をする。腹の中を泡立て器で掻き混ぜられたような不快感を振り払うように、左手で頭を掻き毟った。
「……向こうも、終わりだな」
血溜まりに沈むミラ・ローズを足蹴にして、ほんの少し平静を取り戻したノイトラは、
その時だった。
「……何だァ?」
一護はその声に聞き覚えがあった。しかし、だからこそ耳を疑った。恐る恐る、顔を上げた先に居たのは。
「死にかけてんじゃねえか、一護!」
扇の骨のように広がる髪と、右眼の眼帯。左目に傷を残した凶悪な人相の死神。
護廷十三隊、十一番隊隊長の、更木剣八だった。