犴と鮫   作:鷲谷ヒメリ

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鬼は喰らう 驕れる蟲を


花刃、見参

「……け……剣八……!!!……ホントに……剣八なのか……!?」

 信じられないものを見る目で、ひしゃげた腕を庇いながら一護はテスラの拳を止める剣八を見上げる。剣八は当たり前だ、と答えて呆れたように一護の顔を見下ろした。

 それを見たノイトラは、足蹴にしていたミラ・ローズを蹴り転がして右手の人差し指を白い砂に突き刺す。探査回路(ペスキス)と繋がった霊圧の導線が剣八を捕捉し、その強さを伝えた。

「何者だ、貴様」

 テスラが剣八の斬魄刀から拳を離す。見下ろされ、問われた剣八は応えない。

「……答える気は無しか。ならば消えろ」

 テスラの巨拳が剣八へ突き落とされる。ノイトラは咄嗟に叫んだ。

「馬鹿野郎!!!逃げろ、テスラ!!!!」

 が、その時点で既に遅かった。

 ノイトラの声がテスラの鼓膜を揺さぶるより先に、剣八の持つ酷く刃こぼれした斬魄刀がその巨体を一刀両断した。

 一瞬のことに何が起きたのか理解するよりも早く、テスラは斬傷から白い砂へと手水のように流れる自分の血を目にする。そしてやっと自分が斬られたのだと、そしてそれが致命傷なのだと理解して、ノイトラの名を途切れ途切れに呼んだ。

「次」

 テスラの巨体が砂の上に倒れ伏す。剣八は斬魄刀の峰側を肩に担ぐように乗せて、いやにあっさりとした表情でノイトラに目線を向けた。

「来いよ。次はてめえだろうが」

 動かなくなったテスラと、テスラを斬り伏せた剣八を目だけを動かし交互に見るノイトラに、剣八は斬魄刀の鋒を向ける。

「け……剣八……なんで……あんたがここに……」

 折れていない左腕で砂を這いながら、一護はこれが現実かどうかさえ疑わしい顔で、恐る恐る問う。尸魂界(ソウルソサエティ)は、この戦いから手を引いたはずだと認識していたからだ。

 剣八は面倒臭そうに身体ごと振り返ると、一護を蹴り転がして距離を強引に取らせた。

「邪魔だ、のいてろ」

 一護は咳き込みながら剣八を文句ありげに睨んだ。と言うか、文句しかない。戦闘続行できない重体なのは否定しないが、やり方があるだろう。

「浦原喜助だ」

 その短い返答で、一護はハッとした。

 剣八曰く、浦原には決戦が冬であると確定した時点で元柳斎から司令を出されていた。その一つが黒腔(ガルガンダ)を安定させ、万全の状態で隊長格を虚圏(ウェコムンド)へ通行可能にすることだと言う。

 初めは三ヶ月仕事だという話だったが、浦原はそれを一月で仕上げると言ったらしい。が、

「それよりも早く、そこの女がフラッと攫われるわ、ほぼ同時に尸魂界に直接十刃(エスパーダ)と疑わしい破面(アランカル)が乗り込んでくるわでてんてこ舞いになってたんだとよ」

 固有名詞を使わず指された織姫は、努めて顔に出ないようにしながらも、尸魂界に乗り込んだ破面に心当たりがあり過ぎて———というか、十中八九アメミトだ———ほんの少し俯いた。

「で!その穴がやっとカッチリしたから、剣ちゃんが来たの!」

「やちる!てめえもすっこんでろ!」

 剣八の隊長羽織の背中から、十一番隊副隊長の少女死神、草鹿やちるが飛び出して言葉を継いだ。

 やちるを見た目と態度とは裏腹に随分丁重に降ろして、後ろに下がらせた剣八は首の関節を鳴らす。

「全く……俺一人で十分だって、言ったんだがな」

 

 ルキアとアーロニーロの戦闘により凍りついた第9の宮で、まだ息のあるルキアにトドメを刺そうと斬魄刀を抜いたゾマリの背後から現れた影。黒い死覇装の上に白い羽織を着た死神のその姿に、ゾマリは問う。何者か、と。

「私は第7十刃(セプティマ・エスパーダ)、ゾマリ・ルルー。さあ、名乗りなさい。侵入者」

 六の字を背負う隊長羽織の死神、朽木白哉は淡々と述べる。

「答える迄も無い。我らの正体は一つ。兄等の敵だ」

「成程」

 白哉は僅かに顔をゾマリの後ろ、瀕死の状態で動かないルキアへ向けた。

「……私も一つ、兄に問いたい。あれと戦ったのは、兄か」

「……私では無い。だが……止めはこれから、私が刺すところだ」

 斬魄刀を掲げて、ゾマリが答えた。白哉は数秒沈黙して、目を閉じる。そしてゆっくりと、しかしその眼の奥に激情さえ漏れ出させて瞼を開けた。

「そうか」

 その声にはハッキリと、義妹に刃を向けたことに対する隠しきれない怒りと、そうなる前に間に合わなかったことに対する悔恨が乗っていた。

 

 別の場所では、葬討部隊(エクセキアス)の前に別の隊長格の死神が姿を見せていた。背負った数字は四。

「何者」

 葬討部隊を率いるルドボーンが問う。二人の女死神はこれに応えた。

「護廷十三隊、四番隊隊長。卯ノ花烈」

「同じく副隊長、虎徹勇音」

 護廷十三隊における生命線、四番隊の二人である。

「私たちは皆の傷を癒しに来ただけ。貴方がたと争うつもりはありません」

 涼しい顔をする烈に、ルドボーンは斬魄刀を鞘に収める。その一見平和主義者のような眼の奥に、自分たちでは太刀打ちできない強者の圧を読み取ったルドボーンは、配下たちに撤退を促した。

 ルドボーン率いる葬討部隊の姿が、響転(ソニード)で消える。勇音は反射的に追いかけようとしたが、烈に止められた。

「私たちの役目は、血を流すことではなく止めること。逃げるものまで追うことはありません」

 烈は倒れた泰虎とガンテンバインを指す。今すべき仕事は、二人の治療である。

 勇音にガンテンバインを任せ、烈は泰虎の治療に取り掛かった。が、烈はここで想定外のものを見る。

「……血が、止まっている?」

 いいや、血が止まっているどころか。

 完全にでは無いものの、泰虎の傷を見ると裂けた肉が繋がって、後は真皮を残すのみとなっていた。

 全てが終わった後で、浦原喜助か、十二番隊に調べてもらう方がいいだろう。烈は疑問に思いこそしたものの、すぐに今は考える必要はないとして改めて治療に取り掛かった。

 

 ペッシェとドンドチャッカの渾身の一撃、

 融合虚閃(セロ・シンクレティコ)を一蹴したザエルアポロは、乱入者の気配を察知して手を止めた。

「誰だい、君は?」

 白い隊長羽織が揺れる。エジプトの王のミイラの装飾品によく似た頭飾りと、奇抜を通り越して恐怖さえ覚える派手な化粧。その背には十二の字。傍には動き易さを優先したデザインの死覇装を着た物静かな女死神。

「ククク……"私が誰か"……か。その質問に、答える意味があるのかネ?」

 狂気の科学者。十二番隊隊長にして技術開発局局長、涅マユリと、その副官であり傑作()、涅ネムである。

「破面……破面……破面……ククッ、十刃!ククククッ、面白い!実に!虚圏は宝の宝庫だネ!」

「……ど……どうしてお前が……こんな所に……!?」

 ザエルアポロの能力で内臓と腱を潰され、重体の雨竜が困惑して問う。マユリは目だけで雨竜を見下ろし、すぐにつまらなさそうにザエルアポロへ視線を戻した。

「何だ。知り合いか、滅却師(クインシー)

「知り合い?ハテ、知らんヨそんな下等種は」

「何だと……!」

「まあまあ、仲間割れは止してくれ。見苦しい。さあ、改めて訊こうか。君は一体誰———」

 言いかけて、ザエルアポロは考え直す。名前を訊くのは止めておこうと。

「所詮君も僕に消されるだけの存在。名など訊くだけ無駄な事だ」

「そうかネ」

 特に気を悪くすることもなく、マユリは返す。此方は名を聞かせて貰わなければ困ると。

「……何故?」

 ザエルアポロが反問する。マユリは歯を見せて狂気的に笑った。

「何故?馬鹿かネ、君は?そんなもの決まっているじゃないか」

 そう背の高い訳ではないマユリは、しかしザエルアポロを見下すように顔を上向ける。

「君を瓶詰めにした時に、瓶に名前を書く為だヨ」

 ザエルアポロは鼻で嗤った。

 

 刃と刃がぶつかり合う。剣八の刃こぼれした斬魄刀が、飛びかかるように振り下ろされたノイトラの重ね三日月の斬魄刀を受け止めた音だ。

「……ようやく来やがったか」

 斬魄刀同士が軋む。ノイトラが名を聞いた。

「十一番隊隊長、更木剣八!」

第5十刃(クイント・エスパーダ)、ノイトラ・ジルガだ!」

 名乗りと同時に、二つの刃が互いを弾き合った。剣八はすぐに踏み込んで、ノイトラに向かって一直線に跳ぶ。剣八の斬魄刀をノイトラは重ね三日月で受け止めた。

 縄張り争いをする肉食獣さえ逃げ出すような戦闘を横目に気にかけつつ、織姫は気絶したネルを抱えて一護に駆け寄る。

「黒崎くん、待ってて。今……」

 ネルを瓦礫が背もたれになるようそっと砂の上に降ろし、織姫は一護の治療を始めようとした。だが。

「……井上……頼む……俺より先に……ミラ・ローズを……」

 一護に言われて、織姫はハッとする。血を吸い込んで赤く染まった白砂の上に横たわるミラ・ローズの意識が無いことを察して、剣八とノイトラの戦いの余波が此方まで来ないことを確認してから、織姫は一護の求めた通り、ミラ・ローズの元へ駆けた。

「すぐ治して、戻ってくるからね!!」

 その背中を見送る一護の顔に、安堵の表情が浮かんだ。

 それも束の間、剣八の斬魄刀がノイトラの左肩を捉える。刃こぼれした刃が鋸のように鋼皮(イエロ)を撫で、金属同士が擦れ合ったような金切り音を立てた。

 足元まで振り下ろし切って、斬魄刀がその衝撃で砂を巻き上げる。だが、ノイトラの身体には傷一つ付いていない。

 ノイトラが重ね三日月を突き出して、剣八の肩を裂いた。ノイトラは裂けた傷口が飛び散る血を見て、剣八を嗤う。

「何遍も言わせんな!!俺の鋼皮は歴代十刃最高硬度だ!!!てめえら死神の剣で、斬れる訳が無えんだよ!!!」

 高らかに勝ち誇るように断言したノイトラを見据えた剣八は、しかしすぐに、画期的な玩具を買い与えられた子供の様に口角を上げた。

 更木剣八の恐ろしさを、ノイトラは直に知ることになる。

 真っ直ぐノイトラに向かっていった剣八は、重ね三日月による防御を崩そうと四度、全て異なる角度から斬り込んだ。四度目で斬魄刀ごとノイトラの身体をカチ上げた剣八は、柄と白い死覇装の袴を繋ぐ鎖を掴んだノイトラが投げ下ろした重ね三日月を、一歩右に身体をズラして避ける。

 斬魄刀を砂に突き立て、ノイトラの斬魄刀の柄頭から伸びる鎖を掴んだ剣八は、そのまま鎖を引っ張って滞空するノイトラを引き摺り下ろした。

 落下してきたノイトラの顔面を、剣八が左手で掌底を捩じ込むように掴む。そのまま砂地に後頭部から叩きつけ、突き立てた斬魄刀を右手で取り直してその鋒を眼帯に覆われた左眼目掛けて突き下ろした。ノイトラは右手で剣八の左手を振り解き、首だけを動かして剣を避ける。そのまま剣八の肩を押して突き放し、飛び跳ねる様に距離を取った。

「……避けたな?」

 剣八が確かめるように呟いた。

「避けるってことは、危ねえってことだ。違うか?」

 徐に剣八はノイトラに顔を向ける。剣鬼としての勘が告げていた。

「"死神の剣じゃ斬れねえ"と言っても、斬れる場所もあるみてえだな」

 ニヤリと笑う剣八に、ノイトラは砂を踏み鳴らし跳び上がることで応える。

「寝言を言いやがる!!攻撃を躱すのは戦闘本能だ!斬れる場所も何も無え!」

 ノイトラは重ね三日月を振りかぶる。剣八の剣では斬れはしないのだと嘲って、斬魄刀を重力と腕力の掛け合わせでもって振り下ろした。

 だが、その一撃は素手で止められる。

「……尸魂界にもいろんな奴がいる……てめえの剣じゃ斬れねえだのと、うるせえ奴にも何度か遭った。だがな」

 滔々とした剣八の反論の終わり際、織姫に治療されていたミラ・ローズが目を覚ます。ぼんやりした頭で、先頭の音がする方に顔を向けたミラ・ローズは、ノイトラと相対するのが一護とは別の死神である、ということ以上は何者かわからないまま、ザアッ、と血の気が引いた。

 そんなこととは露知らず、剣八が斬魄刀の鋒をノイトラの眼帯に覆われた左眼に向ける。

「目玉と喉が斬れねえ奴には、まだ遭った事ァ無えんだよ!!!」

 それは一つの真理。生物において決して強度を鍛えることのできない場所は、どうしてもある。例えば、関節。例えば、性器。例えば、内臓。剣八が言った目と喉も、同様に。

 だから、最適解ではあるのだ。本来ならば。

「駄目、だ……死神……!!ソイツの、左眼は……!!!」

 無理矢理上半身を腕の力だけで起こしたミラ・ローズが、潰れたカエルのように枯れた声で叫んだ。

 次の瞬間、剣八の斬魄刀の鋒がノイトラの眼帯に覆われた左側を貫く。離れて見ていた一護と織姫は、ミラ・ローズの言葉が無ければ会心の一撃を確信しただろう。

 だが、剣八の顔は優れない。貫いた剣から伝わる感触に、違和感しかないからだ。その正体に、剣八はすぐに思い至る。

 手応えが、無い。

 どういう事だ、と思考するより先に、ノイトラが舌打ちした。

「何遍言わせりゃ気が済むんだ?」

 そう言ったノイトラが、斬魄刀を握る剣八の右手を左手で掴み、反対の手は手刀を構える。

「てめえに、俺は斬れねえんだよ!!!」

 剣八の左胸に、ノイトラの手刀が突き刺さった。掌の付け根まで刺さった手刀を引き抜いて、ノイトラは眼帯を貫く剣八の斬魄刀を左手で掴み取る。

「納得がいかねえんだろ?頭を貫かれて死なねえ奴なんか居る訳が無え。そう思ってんだろ?」

 ノイトラが斬魄刀を引き抜く。そして見せつけるように、鋒で眼帯を押し上げた。

 そこに在ったのは、左眼がある筈の場所に後頭部まで通じる孔だった。

 そういうことか、と一護は息を飲む。

「頭を貫かれて死なねえ奴なんか居ねえ。てめえの剣は俺の頭を貫いちゃいねえ。俺の頭を、ただ素通りしただけなんだよ」

 剣八の斬魄刀から手を離し、ノイトラは自身の孔を親指で指す。それがお前の底だと、ノイトラは剣八を嘲った。

 だが、剣八な口元には笑みが浮かんでいた。

「何、笑ってんだコラァ!!!」

 ノイトラがその異様に長い脚で、剣八の左胸に空けた穴に踵を捩じ込もうとする。剣八はそれを容易く左手で掴んで止めた。

「悪りィな。嬉しくてよ、つい笑っちまった」

「嬉しい……だと?」

 理解できない、と雄弁に語る怪訝な顔で、ノイトラは剣八の言葉を反復する。

「あァ。斬れねえ上に斬っても死なねえんじゃ斬る楽しみもクソも無えが、少なくとも、斬りゃァ死ぬって事ァ分かった」

 剣八の左手がノイトラの脚を放した。それさえ分かれば、剣八にとっては充分だった。

「これでてめえを斬る楽しみができたぜ!!!」

「だから斬れねえって言ってんだ!!馬鹿が!!!」

 バケモンかよ。ノイトラに投げつけた主張でもって更木剣八という死神を今初めて知ったミラ・ローズの呟きに、一護がそっと肯定を示した。そうなんだよ、あいつ初めて遭った時からあんな感じの奴なんだ、と。

 そのやり取りのタイミングでミラ・ローズの治療が完了した織姫は、間を置かず一護の治療に取り掛かった。ネルが意識を失っていたのは不幸中の幸いだった。ちょっと、かなり、更木剣八という死神は教育によろしくは無いので。

 剣八の斬魄刀が振り下ろされる。受け止めたノイトラの足が数歩、衝撃で後ろに下がる。ノイトラは剣八の剣が、一撃ごとに重みを増していくのをその衝撃で感じ取っていた。

 剣八の剣がノイトラの重ね三日月を弾いて、防御を開く。ノイトラは咄嗟に左腕で剣八の斬魄刀を受け止めた。

 だが、ノイトラにとって想定外が起きる。刃こぼれした刃が、ノイトラの鋼皮に沈み込んだのだ。

 ノイトラは咄嗟に剣八の斬魄刀を振り払う。剣八は一旦下がって距離を取り、斬魄刀に視線を落として沈黙した。

「……どうしたよ?急に斬れたモンで、自分でビビってんのか?」

 一回くらいはただのマグレ当たりだ。ノイトラはそう強がるが剣八は全く気に留めず、二、三素振りをして砂煙を立ち上げる。それで、本人的には納得がいったらしい。左の人差し指でノイトラを誘った。来いよ、と。

「調子に、乗んじゃねえ!!!」

 ノイトラが飛び上がり、叩きつけるように重ね三日月を振り下ろす。剣八はそれを受け止めて、そのまま重ね三日月の刀身を交差した場所から豆腐でも斬るように断ち、そのままノイトラの顔を横一文字に裂いた。

 折り斬られた斬魄刀の刃の欠片が、砂地に落ちて突き刺さる。

「……どうも……ようやく慣れてきたみてえだな……てめえの硬さによ」

「……慣れ……?」

 ノイトラは背筋が凍る感覚を覚えた。慣れた、というだけで十刃(エスパーダ)最高硬度の鋼皮を斬れるものなのか。いいや、そんな事あっていいはずがない。

 最近鈍っていた、とぼやいた剣八はそれはそれは嬉しそうに笑っている。

「ありがとよ。お陰で良い肩慣らしになったぜ。礼はこいつで、返させてくれや!!!」

 最早突きの音とは思えない音を響かせて、剣八の斬魄刀の鋒がノイトラに迫る。ノイトラは後ろに身体を逸らしながら、左肩に掠めつつもそれを躱した。素早く重ね三日月を構え、反撃に転じようとしたノイトラの反応が追いつくよりも先に、剣八の斬魄刀がノイトラを左鎖骨付近を撫で斬る。

「く……そ……ッ」

 半ば苦し紛れに舌を伸ばし、ノイトラが虚閃(セロ)を放った。剣八は斬魄刀を左手に持ち替え、右手で虚閃を止めて射線を逸らす。

 冗談だろ。ノイトラは目の前の光景が信じられなかった。ネリエルの重奏虚閃(セロ・ドーブル)はそういう技だからまだ納得がいく。剣八のは、もうそういう問題ではない。

 コレは本当に死神か?(ホロウ)化能力を持つ一護以上に、死神と呼ぶには何かがおかし過ぎる剣八に対して本能的な恐怖を覚えたノイトラは、やけっぱちになりながら手刀で剣八の顔面を貫こうとした。

 だが、僅かな動きでそれは躱され、剣八の右目を覆う眼帯が引き千切れるだけに終わる。

 そして、視覚情報が脳で処理されるよりも速く、剣八がノイトラを縦に一閃した。

 夥しい量の血が白い砂に落ちる。眼帯の下に隠れていた孔を囲うように張り付いていた仮面の欠片ごと、額から腹にかけて真っ直ぐに裂傷が走っていた。

 剣八は右目を撫でる。そして目だけで明後日の方向を見て、舌打ちした。

「……バカが。眼帯外しやがるから加減し損ねたじゃねえか」

 (ホロウ)生において数える程しか経験の無い出血量に息を切らせるノイトラは、何だ、と問う。それに対し剣八は、封だと答えた。

「俺ァこの眼帯で霊圧に封をして押さえ込んでんだ。戦いをじっくり味わうためによ」

 何それ怖い。本当にな。ぼそっと呟かれたミラ・ローズと一護の言葉に、織姫は無言で首を何度も縦に振って同意する。

「まだ立ってるな?生きてんのか?それともただ死に損ねただけか?」

「……馬鹿が……」

 剣八の確認に、ノイトラは意地を張る。

 俺は死なない。死ぬ訳がない。自分に言い聞かせる。それは過去に、殺し合いの中で何度も自分にかけた、呪い。

「俺が……俺が……俺が……ッ、俺が死んでたまるか!!!!」

 血反吐を吐きながら叫ぶ。ノイトラは重ね三日月を頭上に掲げた。

「祈れ!!!聖哭蟷蜋(サンタテレサ)!!!!」

 三日月の中心に霊圧が集う。巻き上がった砂がノイトラの姿を隠す。次の瞬間、その向こうから浮かぶ三日月のシルエットを裂いて現れたのは。

 

 巨大な大鎌を携えた四つ腕の魔人だった。




そろそろ第3がアップを始める頃です
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