犴と鮫   作:鷲谷ヒメリ

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この世界を定義するのは
この世界に生きる我等に非らず
無力な我等は世界に従う
それに抗う事になど
唯の一つも価値は無いのだ


月と蝙蝠

 ウルキオラ・シファーはずっと考え続けていた。

 心とは何か。自分とは何か。中心(こころ)を失った(ホロウ)が世界を何によって認識しているのか。

 ウルキオラは虚無である。冷酷に、冷淡に、情には揺らがず支配者であり主君であり恩人である藍染の命を忠実に熟す自動人形(オートマトン)。しかし今、ウルキオラは揺れていた。情で動き、情で思考する人間という非合理的な生き物を実体験として知ったからだ。

 かつてウルキオラの問いに、ハリベルはこう答えた。

 ———心とは、己が認識した世界の有り様を定義するフィルターであると。

 人間から欠けたものでありながら、より人間らしく振る舞うことができるのは、自分がいるからだと。

 ある種の傲慢さを孕んだその答えは、現世の文化文明に興味のないウルキオラには知る由もないが、ルドルフ・シュタイナーの人智学と呼ばれる霊的学問にその指先を掠める思想であった。いいや、きっとハリベル自身も、そんなものは知らないのだろう。約一名、その辺りの知識に明るそうな女が部下にいるのが微妙なところだが。

 人智学もハリベルの主張も、共通するキーワードは認識である。どちらも対象である世界のカタチを決定するのは認識であり、そして人智学において認識に限界は無い。

 この世界を決定付ける認識こそが心の働きであると、ハリベルは言った。ウルキオラにはいまいちそれが納得いかなかった。

 世界の在り方を認識でなぞるのではなく、認識が世界を決める。ヒトが世界に従うのではなく、世界がヒトの認識に従う。そんなことあるものか。

 ウルキオラには自負があった。自分の眼は全てを見通し、捉える。映らないものは元から世界に存在しないからだ。そう信じてきた。

 ハリベルのフィルター論は、それを否定するに等しかった。映らないのは、お前がそれを視ようとしないからだ、と。

 そんな馬鹿な。世界は変わらない。何者にもなれない弱者がどう働きかけようとも。世界とは全て生有るものの在り方を固定化する、型枠であり元型を押し付けるもの。それらを変えることができるのは、力と智慧を併せ持つ一握りの強者だけ。それ故に藍染が、力を持つ者が成そうとする事に従うのが道理だとウルキオラは考えていたのに。

 勿論、その他にも藍染に対する恩義だって有る。あの透明な結晶のような樹の中で、伽藍堂のまま微睡んでいたウルキオラに存在意義を与えてくれた恩義故に、強者たる藍染の為さんとする偉業(悪逆)へ加担することを良しとしているのだから。

 先だって、ハリベルの価値観に多くの影響を及ぼしたであろうアメミトが言った。

 

 ———アンタの眼は何でも見えるんだっけ?それは感覚だ。そして、知覚とは見ようとすることであり、感情とは見たいように見ること。その根元にあるのは有意識……つまりは、それこそが心だよ。

 

 アメミトが意図せぬところだが、ユングの分析心理学に抵触するこれらの定義は、虚無故の自己矛盾を自覚したが為に苦しむ事となったウルキオラに、更なる艱難を与える結果となった。そしてその艱難は外部から回答を得る事を許容しない事も、ウルキオラは哀しい事に自覚していた。

 アメミトにしろハリベルにしろ、如何にしてそのような思想に辿り着き得たのかはわからない。ウルキオラに知る由も無い。

 しかし現世において、所謂哲学とは既存の価値観に対する疑心と、信仰の否定に端を発するものだ。かつてニーチェが言った"神は死んだ"とは、一種のマジョリティの否定に近しい。アメミトは目的もなくただ強くなる為の捕食行為に疑問を呈し、弱肉強食に対するある種の信仰を否定した。ハリベルもまた同様に、その思想に則り(ホロウ)は心を持たないという常識を否定している。

 そういった意味では、その死の形故に藍染の言葉を、行動を是とし疑問と否定を抱くことができていない未発達な精神のウルキオラにとっての"神"は、未だ死んではいないのである。

 ウルキオラはまだ、"我思う、故に我あり(コギト・エルゴ・スム)"には至っていないのだ。

 床をわざと靴の裏で叩くように歩く。その先に立ち尽くす織姫に近付いていく。

「怖いか」

 無意識に当てつけるような、無遠慮な問いをぶつけるウルキオラの表情は、一見して無を継続していた。織姫の眼にはそれが不思議と、どうにも子供が喚き散らしたいのを堪えるような顔に見えて眉尻を下げる。

「お前は藍染様に不要とされた。最早お前を守るものは何も無い」

 お前は此処で誰にも触れられる事無く、一人孤独に死んでゆくのだと語るウルキオラは、常よりもほんの少し早口になっていた。織姫は数度程しか言葉を交わした事こそ無いが、それでもわかった。揺れているのだと。

 だから、哀愁を滲ませた表情で織姫はウルキオラから目を逸さなかった。

 ウルキオラにはその理由がわからない。だから、繰り返し問う。

「怖ろしいかと、訊いている」

 織姫は意を決して、ウルキオラの無機質な目をまっすぐ見据えた。

「こわくないよ」

 迷いなく、澱み無く答える。

「みんなが助けに来てくれたから。あたしの心は、みんなと同じ処にあるから」

 アメミトやハリベルとは意を異にする定義付け。同じ心という言葉なのに、織姫のそれはその形が、色が、性質が違うことに、ウルキオラは瞠目する。

「……戯言だ。仲間が来たから恐怖は無い?そんな言葉を本気で言っているのか?」

 嘘だ。欺瞞だ。でまかせだ。ウルキオラは人間の非力さも脆弱さも実感として知っている。織姫も人間である以上、この状況下でその異能を以てしても覆しようの無い窮地に、怖れを為さないわけがない。ウルキオラの認識では、その筈だった。

 それでも、事実として織姫の眼に恐怖の色は見えない。

「……最初に助けに来てくれたことを聞いたときは、少し嬉しくて。すごく悲しかった。あたしはみんなを護りたくて、不必要に傷つけられたくなくてここへ来たのに、どうしてみんな来ちゃったんだろう。なんで伝わらないんだろうって、思った」

 織姫は追憶する。虚圏(ウェコムンド)に来てから感じたこと、考えたことを。

「でも、朽木さんの倒れる姿を感じて、黒崎くんの戦う姿を見て、そんなことどうでもいいって、思った。ただ黒崎くんにケガしてほしくなくて。ただ、みんなに無事でいてほしくて。そう思ったとき、気がついたの」

 織姫の表情が和らいだ。下がった眉には、こんな簡単なことに、初歩的なことに気付くのが遅過ぎた自分への自嘲も混じっていた。

「きっとみんなも、こういう気持ちだったんだって。あの中の誰かが、もしあたしと同じに消えてしまったら、あたしもきっと、みんなと同じことをする。ああ、そうだ……」

 織姫は暗くて遠い天井を仰ぐ。

「あたしのしたいこと、望むことは……うん。みんなが無事でいるために、護ること。側にいること。手を差し伸べることなんだ」

 織姫は気付いている。一護がこの第五の塔を目指して駆けていることに。霊圧が尋常ならざる速度で近付いて来ているからだ。そして、一護以外にも多くの仲間が集っている。一護を進ませるために。立ち塞がる障害を引き受け、打ち砕くために。

 考えることはみんな一緒なんだ。そう思うと織姫は思わず微笑した。

「相手と全く同じことを感じるなんて、ありえないかもしれない。だけど、相手を大切に想い合って、相手の少し近くに心を置くことはできる。心を一つにするって、きっとそういうこと」

 ああ、またしても。

 ウルキオラは胸に空いた孔の内側が、ゾワゾワと泡立つ感覚を覚えた。

 心。その単語がまたしてもウルキオラの有意識を、非合理性を以て波立たせる。

「どいつもこいつも……容易くそれを口にする。まるで自らの掌の上にあるかの様に。心臓のすぐ側に、ある筈の無い臓器として存在するかの様に」

 アメミトの言葉がウルキオラの頭の中で反響する。見えることが感覚。見ようとすることが知覚。見たいように見るのが感情。だが、だったら見えないものは一体どうやって見るというのか。であればこそ。

「映らぬものは存在せぬもの。そう断じて戦ってきた。そうあるべきだ。見えぬもの、触れられぬもの、聞こえぬもの。その実在性を一体誰が、何を以て保証する」

 ウルキオラは脳裏に過ぎる自己否定を振り払いながら、織姫の胸に指先を添えた。

「心とは何だ。その胸を引き裂けば、その中に形をもって視えるのか?その頭蓋を砕けば、半透明の膜としてその中に視えるのか?」

 織姫が答えに逡巡する、次の瞬間。

 破砕音と共に床を突き破って、黒刀を構えた黒崎一護が飛び出した。

 こんなにも早く辿り着くことは想定外だったのか、それとも無意識の内に思考の海に溺れ始めていたからなのか。ウルキオラの目が僅かに見開かれる。

 一護はウルキオラを見据え、一瞬目線だけで織姫の無事を確かめると、努めて静かに声を差し込んだ。

「……井上から離れろ」

「そのつもりだ」

 ウルキオラは徐に織姫から離れる。視線は一護から外す事無く、左手は腰の帯に刺した斬魄刀の鯉口を切った。

「俺の役目は藍染様の帰還まで、虚夜宮(ラスノーチェス)を守ること。女を殺せという命までは受けていない。命が下るまでこの女は生かす。だが、貴様は違う」

 最後の一言。それだけワントーン、音程が下がる。

「貴様を殺すことは、虚夜宮(ラスノーチェス)を守ることと同義だ」

 ウルキオラの右手が斬魄刀の柄に手をかけた。ギチ、と握力だけで軋む音がする。

「貴様は消す。俺の剣でな」

 その白刃の輝きを見せつけるように、ウルキオラは斬魄刀を鞘から引き抜いた。

 一護はウルキオラの思わぬ行動に驚き、意外だ、と目を丸くする。まさか、先程の戦闘では見せられなかった刀身を拝めるとは思っても見なかったからだ。

「とりあえずは剣を抜かせるところからだと思って来たんだけどな。俺を、対等の相手として認めたと思っていいのか?」

「少なくとも、破壊すべき対象としては認めた」

「充分だ」

 開戦前の宣誓は済んだ。一護とウルキオラは互いへと剣の鋒を向け合う。

 一劫にも思えるほんのひと刹那、呼吸の後黒刀と白刃が音を立ててぶつかり合った。

 

 真白い砂漠を、ミラ・ローズはネルを抱えて走っていた。進路は目的地である第五の塔へ向かって真っ直ぐ———ではなく、東回りに大きく迂回する形。塔のすぐ側で起きている戦闘に巻き込まれない為が一つ。それから、遠回りする事で最短距離の道を阻むであろう敵———本来数字持ち(ヌメロス)であり第3従属官(トレス・フラシオン)という立場のミラ・ローズがこう表するのは、実に奇妙な話ではあるが———である破面(アランカル)擬きと戦闘になって、意識を失ったネルに負担を掛けさせない為が一つ。

 必然、移動速度も全速力から一段落ちる。それでも、一護を助けに行きたいという私情とネルの安全を両立する上では必要だった。

 不意に、ミラ・ローズの耳が、聞き覚えのある二人分の声を拾った。その声が誰かの名前を呼んでいることにも気付いて、ミラ・ローズは走りながら声の出所を探す。

 結果的に、余所事に気を取られて不注意になってしまったのが良くなかった。

「「ネル様ー!!……えっ」」

「あっ」

 ミラ・ローズの視界に飛び込んできたのは、ネリエルの従属官(フラシオン)であり、ネルの兄を勤め上げてきたペッシェとドンドチャッカ。お互いがお互いの存在に気付いたのは、目と鼻の先まで接近した時だった。結果。

「「あだっ!!?」」

「いでぇっ!!」

 ものの見事に正面衝突した。

 主にドンドチャッカの巨大に弾き飛ばされたミラ・ローズは、咄嗟にネルを庇って背中から砂の上に倒れる。一方で尻餅をついたドンドチャッカの横で、ペッシェが頭から砂に突き刺さっていた。何故なのか。

「いってて……って、ペッシェ!?ドンドチャッカ!?あんたら無事だったのか!」

 左手で上半身を起こしたミラ・ローズが、二人の姿を改めて認める。

「ミ、ミラ・ローズ……様!」

「えっ。いや、いいよそんな畏まらなくて。もう……そっちの事情とか、ある程度知ってるし。タメでいい」

 慌てて姿勢を正したドンドチャッカをミラ・ローズは制する。彼らは元は先達だ。敬意を払うべきはミラ・ローズの方であり、二人が下手に出る必要は無い。

 砂から抜け出したペッシェが髪の隙間に入り込んだ砂を払いながらしかし、と口籠る。

「我々は既に虚夜宮(ラスノーチェス)を去った身だ。今の今まで、ネル様の安全の為に全ての事実から遠ざけ、貴女方の同胞に戻る機を失している」

「だったら尚更だろ。どうせもう藍染の野郎も戻ってくることは無いだろうし、これから改めて同胞として対等の立場で付き合おうよ」

 キョトン、とペッシェとドンドチャッカは首を傾げた。何故、ミラ・ローズは藍染が虚圏(ウェコムンド)から失われる事を確信しているのか。

「藍染にとって、あたし達破面(アランカル)はただ死神と戦う手間を押し付ける為の駒でしかない。あたし達だってそれは承知の上で、あたし達にとっても都合のいいところだけいただく前提で、あの男に着いてる。けど……藍染が勝とうが死神が勝とうが、どっちにしたって藍染は虚圏(ウェコムンド)に戻ってこない。勝てば王鍵ってやつを使って尸魂界(ソウルソサエティ)を掌握しようとするだろうし、負ければ死ぬかブタ箱行きだからな」

「な、なるほどでヤンス……」

 ミラ・ローズはネルの背中を愛しむように撫でる。

「あたし達にとって大事なのは、そっからだ。虚圏(ウェコムンド)はどんな形であれ統率者を失う。だから、新しい"王"を立てなきゃならない。秩序を失い、命の奪い合いと死の恐怖が蔓延するかつての虚圏に逆戻りさせない為の、"泰平の王"を。その王の下であたし達は正しく対等の存在として、手を取り合えるはずだ」

 (ホロウ)と呼ぶにはあまりに穏やかなヘーゼルグリーンがペッシェとドンドチャッカに向けられた。二人は揃って顔を見合わせて、数秒目線だけでやり取りをしてからもう一度ミラ・ローズの眼を見る。

 読み取れた想いに、嘘は無い。そう確信した二人はどちらともなく、或いは同時に、フッと仮初の仮面の下で微笑んだ。

「それは……是非そうありたいものだ」

「でヤンスねえ……そういえば、ミラ・ローズは何処に向かってたでヤンスか?」

「ん、ああ。一護のとこにな。力になれるかどうかは、相手がウルキオラってこと考えるとちょっと怪しいけど……でも、助けてやりたいんだ」

 ミラ・ローズの返答に二人はふむ、と考える。そして揃ってミラ・ローズに抱かれているネルに目を向けた。

「そういうことなら、ネル様は我々が預かろうか」

「えっ?」

「ネル様を守りながらじゃ、言ったらなんでヤンスがきっと全力も出すに出せないでヤンス。だから、オイラ達がネル様をお護りするでヤンス」

「安心しろ!元々我々が自ら定めた使命なのだ。命を賭してか弱くなられたネル様をお護りし、ネル様の望みに応える。だから、我々に任せて貴女は行くと良い」

 ペッシェがどんと胸を拳で叩く。ミラ・ローズは少し迷って、ネルのヒビの入った仮面を見つめた。そして、二人にネルを引き渡そうとして———。

「……ネル?」

 出来なかった。ネルの小さな両手が、ミラ・ローズの身体をガッチリと捕まえていたからだ。まさか、途中で起きていたのだろうか。

「……ネル、起きてる?」

「…………起きてないっス〜……」

「起きてるよな。絶対起きてるよな、ネル?」

「起きてないっスよ〜……」

「起きてるじゃないか!!」

 思わずミラ・ローズは大きな声を上げた。ネルは往生際悪くグリグリと頭に被った仮面をミラ・ローズの肩に押し付ける。ドンドチャッカはそれを見て、どうにも離れる気が無さそうだ、と察した。何故だろうか、という疑問も同時に去来する。

「ネル。ペッシェとドンドチャッカが来たぞ。あたしは今から一護のとこに行く。そこにはウルキオラもいるだろうから、一緒に来ると危ないぞ。まあ、流れ弾の一つや二つくらいからなら、あたしが絶対に守るけど……」

「……だからっス……」

 ネルの声が震えていた。どういうことだ、とミラ・ローズが困惑していると、ネルは辿々しく続ける。

十刃(エスパーダ)の戦いに、また首突っ込んだら……十刃に、また挑んだら……ミラ・ローズ様……おねえちゃん、また大ケガしちゃうっス……!今度はホントに死んじゃうかもっス……!だから……危ないことしないためにも……ネルは、おねえちゃんにひっついてるっス……!」

「……流石にそれを言われると、耳が痛えな」

 思わずミラ・ローズは苦笑する。実際、ネルの目の前で一度死にかけ、気を失っているうちにもう一度瀕死の重傷を負ったのは事実だからだ。ノイトラに付けられた傷は織姫が綺麗さっぱり無かったことにしたが、ウルキオラに付けられた傷は治療という形で治されたこともあり、ウルキオラの霊圧を感じ取ると残留痛覚に苛まれている。

「だから……だからァ……おねえちゃん、行っちゃダメっす!絶対!」

 すっかり涙声で訴えるネルの背中をあやすように撫でてやり、ミラ・ローズは小さく謝罪の言葉を口にした。

「あたしが強くないから、心配なんだよな。ごめん。それでも、あたしは行かなくちゃ」

 ネルは涙をいっぱいに溜めた目でミラ・ローズの顔を見上げる。幼気な黄土色と穏やかなヘーゼルグリーンが交錯した。

「……ネル、一護のことは好きか?」

 ミラ・ローズに問われて、ネルは無言でしっかりと頷いた。

「だからだよ。あたしは、ネルが大好きな一護を、友達の織姫が大切に思ってる一護を、本来なら敵のはずのあたしを信頼してくれた一護を、助けたいんだ」

 ミラ・ローズが半身で第五の塔を振り返って見上げる。強大な霊圧がぶつかり合う気配が、ここまで届いていた。

「だからあたしは、行かなくちゃ」

「……おねえちゃん……だったら、ネルも一緒に行くっス!」

 これにはペッシェとドンドチャッカがいの一番にギョッとした。ドンドチャッカが慌ててネルを思い直させようと説得を始める。

「な、何言ってるでヤンスか。ネル!着いてったらそれこそ、もしかしたら大怪我じゃ済まないでヤンスよ!?」

「わかってるっス!でも、ネルも一護のこと助けたいっス!一護が勝てるように、頑張れって応援するっス!一護がケガしたら、ネルが手当てするっス!一護を、一護を、ひとりで戦わせないっス!」

「ネル……」

 ドンドチャッカとペッシェはどうしよう、と困った顔で狼狽する。ミラ・ローズは少しだけ呆気に取られていたが、すぐに柔和に笑むとネルを抱え直した。

「わかった。そうだよな……ネルだって、一護の力になりたいのは同じだもんな。行こう、一緒に。一護を助けに」

 瞬間、ネルの表情がパッと明るくなる。

 ミラ・ローズは二人に軽い謝罪を入れて、ネルに振り落とされないようしっかり掴まっているよう言いつけると、力強く砂地を蹴って最大速度で塔を目指した。

 

 塔の壁を、斬撃が突き破る。

 壁際に向かってタタラを踏んだのはウルキオラ。右手に握られた斬魄刀の刃にはまだ空気に触れて間もない血が、赤く滴っていた。

 斬られたのは黒刀を振り下ろした姿勢の一護。右肩にはやや浅いものの、ウルキオラによる刀傷が出来ている。

 間を置かず、一護はウルキオラに飛び掛かった。黒刀と白刃がかち合い、鍔迫り合う衝撃で床が割れる。

 ウルキオラは左脚を振り上げて、一護の顔目掛けて蹴りを放った。反射的にそれを躱した一護は腰を落として黒刀を横薙ぎに振り抜く。バク宙のような動きでそれを避けたウルキオラに、一護は反撃の隙を与えぬよう月牙天衝を撃った。

 一閃。無情な程軽い音を立てて、ウルキオラの斬魄刀は容易く月牙天衝を斬り裂く。二つに断たれた月牙天衝の流れ弾が、左右に聳える幾つかの柱の上部を砕いた。

 ウルキオラの姿が響転で消える。反応が遅れた一護の背後を獲って、刺突を繰り出した。一護は振り向きざまに黒刀をぶつけて刺突の軌道を逸らす。

 ウルキオラは滑らせるように黒刀を弾き、執拗に一護へ複数回、刺突を浴びせた。あたかもグリムジョーが織姫に語ったように、一護の胸、己の孔と同じ場所に穴を空けようとするように。一護はそれを辛うじて弾いて逸らし続ける。

 その内一護が仕損じて、ウルキオラの斬魄刀が一護の左鎖骨の横を突いた。それに合わせて、ウルキオラは鍔越しに左手の人差し指を一護に向ける。

 それが虚閃(セロ)の構えだと、一護は最初の戦いで学習していた。

 ウルキオラの虚閃(セロ)が壁を突き破る。爆煙の切れ間に偽りの晴天を背負って立つ一護の姿を認めると、流石に薄ら驚嘆した。

「例の仮面も出さずに、俺の虚閃(セロ)に耐えたか……力をつけたな」

 ウルキオラは洞察する。グリムジョーとの戦いの経験によるものか、織姫の為か。或いは、塔の外で戦い続ける同胞の為か。

 一護は答えない。答える必要もないだろう。その全てが正しいのだから。

「……その女は最早、我々の同胞だ。ここから救い出したとしてもそれに変わりは無い」

 一護の眼が揺れた。脳裏に甦るのはグリムジョーのハッタリ。

「救い出す事に、意味など無い」

「……それは……てめえが決める事じゃねえ……!!」

「———そうだ。藍染様がお決めになる事だ」

 ウルキオラは一瞬過った雑念を排除して、一護の顔目掛けて斬魄刀の鋒を突き出した。

 

 一方、第五の塔の下層から伸びる階段の途中。二人の女破面(アランカル)が上を目指していた。

 一護とウルキオラの戦いの余波だろう。塔全体が振動して軋む。それに怯えたのは後ろの方にいる金髪の破面。

「ちょっと!!早く来なさいよ!!」

 前を行く黒髪の破面が急かした。金髪の方———メノリは一瞬逡巡して、しかし腹を括って意見する。

「あのさ……!やっぱり止そうよ……あたし……もう、あの子に関わりたくないよ……また十刃に怒られるよ……!?」

 黒髪の方———ロリが足を止めた。そして振り向きざまに裏拳でメノリの顔の、仮面のついた右側を殴り飛ばす。脊髄反射に近いものであったからか、メノリは数段階段を滑り落ちるに留まって、転げ落ちることはどうにか堪えた。

「……あんたも少しは聞こえたでしょ……さっきの藍染様の言葉……!」

 微かに震える声でロリは言う。

「……今なの……今しかないの……引き摺り降ろすの……」

 浅ましさすらある妄執に取り憑かれたように、ロリはメノリを省みずに階段を再び登り始める。脳裏に映し出されるのは、悍ましく忌々しい女の後ろ姿。

「あいつをあの場所から……引き摺り降ろすのよ……!」

 その顔は、(ホロウ)ですら耐え難い程の狂気に侵されていた。




今回の話を書くためにニーチェとシュタイナーとユングを読むなどした
あと何故かネルミラ姉妹がすごく目立ってる
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