犴と鮫   作:鷲谷ヒメリ

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己の核心に従う者は
己の指先を見ない


鹿と猫

 視界を埋め尽くす程の灰が、二人の女破面(アランカル)へ迫る。一本角の仮面のアパッチはバングル型の斬魄刀をブーメランのように飛ばして迎え撃ったが、点の攻撃では面の攻撃に物量の問題で敵わない。結果だけを言えば、灰がアパッチを取り巻いて、全身を斬り刻んだ。

「ぐっ……!」

「アパッチ!」

 白い死覇装ごと裂けた鋼皮(イエロ)から血が滲む。霊圧操作による防御がギリギリ間に合っていたお陰で、ダメージそのものは見た目よりも軽いのが幸いか。

「この灰……全て刃物と考えるべきでしょうね」

「火力は大したことねえけど、範囲が厄介だな」

 アパッチは腕を振って血を払い、顔を拭う。

 二人が睨む先にいるのは灰の繰り人、護廷十三隊十番隊副隊長の松本乱菊。

「意外と鋭いのね」

 剣呑な顔つきのまま、柄と鍔だけになった斬魄刀を構える乱菊は、揶揄するのは言葉だけでその声音は険しいままだ。

「お察しの通り……刀身を灰と化し、降りかかった場所を柄の一振りで斬り刻む。それがあたしの、灰猫の能力よ」

 アパッチ達を取り囲む灰は、周囲に滞留し獲物へ飛び掛かる隙を窺う肉食獣のように蠢く。スンスンはそれを一瞥して、長い袖に覆われた右手を口元に添えた。

「成る程……なんか、現世の漫画とかラノベのサブキャラが使ってそうな能力ですわね。いかにも」

「お前なんでそんな、妙なセオリー的な知識なんか持ってんの?」

「深夜の漫喫で色々読み耽りました」

「また無断で黒腔(ガルガンダ)開けたんかお前!!!」

「世間一般ではそれを不法侵入って言うのよ」

「霊体に現世の法が適応されるとでも?私を裁きたければ、尸魂界(ソウルソサエティ)虚圏(ウェコムンド)の六法全書でも持ってきなさい!!」

 風を切るような音すら聞こえそうな勢いで、スンスンは左手を身体の前に突き出す。

虚圏(ウェコムンド)に六法全書は無え!!」

尸魂界(ソウルソサエティ)にも現世と同じ法は無いわよ」

「であれば私は無罪!勝訴!!」

「何が!?」

 何の話だろう、これ。乱菊は警戒こそ解かないものの、あまりにも胡乱な言葉のやり取りに力んでいた手の力が緩んだ。あと、アパッチに何となく、理由こそわからないが冬獅郎や一護、恋次に近いものを感じる。人はそれをツッコミ属性と言う。

 閑話休題。

「まあいいわ」

 乱菊がぎゅっと左手の指を結ぶ。それに従うように、灰となった刀身がアパッチとスンスンを完全に包み込んで竜巻の如く回った。

「気をつけて。高速旋回するその灰に、触れた方から刻んでいくわよ」

 神経を研ぎ澄まし、灰の中に閉じ込めた二人の破面(アランカル)の気配を捉える。だが、しかし二人もただでは起きない。

「甘えな」

「少し甘いのではなくて?」

 アパッチの仮面の角の先端に、スンスンが構えた長い袖に覆われた両手の間に、虚閃(セロ)が発生する。目線だけでタイミングを示し合わせ、二人は同時に灰の壁の向こうにいる乱菊目掛けて虚閃を放った。

 乱菊は紙一重でそれを跳んで回避する。

「あたしらをそんなもんでやれると思ってたのかよ。だとしたら随分舐め腐られたもんだぜ」

「同感ですわ。灰に触れた場所を遠隔で斬り刻む……厄介ではありますが、それだけです」

 アパッチが肩を回して関節を鈍く鳴らした。スンスンは虚閃(セロ)の風圧で乱れた髪を袖から覗いた右手で軽く整える。

「厄介であることは、脅威であることとイコールではありませんから」

 紅電気石(ルベライト)が嘲笑うように細められた。

「私達これでも、そんな輪ゴム鉄砲みたいなものよりも、もっとずっと恐ろしい死の灰を知っていますもの」

 乱菊の頬を、緊張から滲み出た汗が伝い落ちた。

 

「ところでスンスン」

「何ですの?」

「いや、お前虚閃(セロ)の構え方そんなんだったか?」

「ああ、この前読んだ漫画の主人公がこんな感じの構えでエネルギー砲撃ってたので……」

「あのさぁ……お前さぁ……お前さぁ……!」

 ただし緊張感は続かないものとする。

 

 狼面の健体がコンクリートに叩きつけられる。設置面が陥没して出来たクレーターの大きさと深さが、その衝撃の強さを物語った。

 その正面には、顔に刺青を入れた青年の首を掴み上げて狼面を見下ろす、燦光する翠玉(エメラルド)

「私の邪魔さえしなければ、こう嬲られることも無かっただろうに……同胞を殺されまいとするその情動にこそ、私にも理解があるが……こと今回に限って言えば、下手を打ったな。死神」

 二刀一対の斬魄刀の刃が鋭く日の光を跳ね返す。翠玉(エメラルド)———アメミト・レシェフはその白磁の肌に傷一つ付けさせず、死神達、特に七番隊隊長狛村左陣を圧倒した。

 ゴリ、と青年———檜佐木修兵の首を持っている右手に一緒に握られた斬魄刀の柄が、修兵の喉仏を抉る。修兵の圧迫された喉からカエルが潰れたような声が溢れた。

「ぐ……っ、檜佐木……」

 左陣が左腕で上半身を起こす。背中の痛みは動けない程ではないが、げに恐ろしきは可憐と評しても概ね異論の無い容姿のこの破面(アランカル)が、見た目にそぐわぬ圧倒的な暴力性を有している事だ。そして何より、アメミトは未だ本気では無い。

 アメミトの背後から鉄左衛門が斬魄刀を振り上げて飛び掛かる。アメミトはそれに一切視線も寄越さず、焦る素振りすら無く躱すと左足を高く蹴り上げ鉄左衛門の腹を直撃し、花火玉のように打ち上げた。そのまま右手で掴んでいた修兵の首を徐に振り回し、眼下の建物の一つ目掛けて投げ落とす。

「で?」

 まだやるのか。燦光する翠玉(エメラルド)がそう問いかけるように冷たく左陣を見下ろした。

 鈍い足音を鳴らして左陣は立つ。鋭い眼光が向けられ、アメミトはそこに戦意が未だ燃え盛っているのを認めると、呆れたように鼻を鳴らした。

「儂は……護廷十三隊の中核を担う者として……そして、何よりも七番隊を率いる者として此処に並び立った」

 左陣の斬魄刀の鋒がアメミトに向けられる。

「故に、貴公が十三隊に籍を置く隊士の命を脅かすというのであれば、儂はこの身を賭してそれを阻もう。それが、儂の責務なのだから」

「……そうか」

 アメミトは燦光する翠玉を残念そうに細めた。

 刹那、アメミトの姿が掻き消える。破面(アランカル)の使う歩法である響転(ソニード)は、動作の間霊圧感知を透過する特性がある。そのせいで、左陣含め死神はどうしても、短くとも瞬き一つ分反応が遅れてしまう。が、故に。

「ならばその立派な毛皮、剥ぎ取って寝室のラグにしてやろうじゃないか!!」

 背後から二刀を振り上げて振ってくるアメミトに、左陣は大柄な体躯を慌てて捩り斬魄刀で防御姿勢を取った。

 左陣が呻く。斬魄刀が弾かれ、アメミトの右手が刀を持ったまま左陣の右肩を掴み、そこを軸にして一瞬静止した後、手を離した瞬間にドロップキックで左陣の顎を蹴飛ばした。

 左陣は大きく仰け反って、しかし一、二歩後ろに退がるだけで踏み留まる。衝撃による脳の揺れには顔を顰めたものの、目線はアメミトから逸らさず斬魄刀を構えた。

「天譴!!!」

 左陣が鋒も届く距離ではないにも関わらず、右手の斬魄刀を横薙ぎに振り抜く。それと同時に、刀を携えた巨大な鎧武者の右腕が出現し、左陣の右腕と全く同じ動きを繰り出した。その常軌を逸した巨体に相応しい刀の刃が、アメミトを襲う。

 アメミトはこれを二刀を縦向きに構えで受け止めた。なかなか思っていたより重いな、と感心しているところに、左陣が突きの構えを取っているのが見える。

「貰った!!!」

 空気の壁を大砲で撃ち破るような音と共に、左陣の斬魄刀の鋒がアメミトの右肩を穿った。

 

 ———筈だった。

 

「……どういう、ことだ……!」

 左陣は目を大きく見開いて驚愕し、開いた口が塞がらなかった。

 左陣の斬魄刀の鋒は、確かにアメミトの右肩に突き立てられている。しかし、その白磁の肌を貫くまでは到っていない。鋒が現世の単位にしておおよそ数ミリメートル程埋まって、そこから先へ刃が進まないのだ。

「どうした。目の前で餌が霞のように消え失せたような顔をして」

 アメミトが揶揄う。

「渾身の一撃のつもりで放った突きが、私の身体を殆ど貫通しなかったのがそんなに驚く事か?」

 干潟に埋まっていたのを掘り起こされた二枚貝を拾うような軽さで、アメミトの左手の甲が左陣の斬魄刀を払い退けた。

「これを持つ者は実際希少だよ。そして私はそうである事を、藍染にだって明かしていない」

 斬魄刀が突き立てられていた右肩の傷を、右手の人差し指で二度叩く。トレンチコート風の白い死覇装に空いた穴から覗く傷からは、薄らと血が滲むだけでそれ以上には何も無い。

 アメミトは嘲笑う。

複層鋼皮(アレアシオン)。私の鋼皮(イエロ)は二枚重ねになっていてね。表層側は多分二、三番目くらいに硬い。そして、下層側は……」

 燦光する翠玉(エメラルド)が愉快そうに細められ、口元は三日月を描いた。

「ざっくり、表層の倍の硬度だ」

 左陣の眼に、恐怖、驚嘆と絶望感とが染め上げられた。

 

 鈍い打撃音が響いた。

 乱菊の身体が横に吹っ飛ぶ。乱菊は灰猫の灰化した刀身を進行方向の先に集め、マットレスのように受け止めさせた。

「……これはマジなのかネタなのか……」

 回し蹴りの後の残心の姿勢で、アパッチは自分が蹴飛ばした乱菊を一瞥する。アパッチが想定していたよりも、乱菊は弱かった。

「まあ、所詮死神もピンキリということではありませんこと?」

「だろうけどさあ」

 流石に弱過ぎるって。スンスンにそう返してアパッチは右手で頭をガリガリと搔く。

「こりゃ、ミラ・ローズの奴来なくて正解だったかもな。こんなんただの陵辱(リンチ)だもんよ」

 確かに、とスンスンは同意を示して横目で乱菊を見た。意味深に紅電気石(ルベライト)を細め、打撲痕と火傷、それから裂傷が刻まれた肢体の内側に意識を向ける。

「……それにしても、尸魂界は余程人材不足なようですわね」

 スンスンの口から溢れた発言に、乱菊は眉間に皺を寄せた。余計なお世話だ、とも思うし、誰のせいだと、と文句の一つも言ってしまいたい気持ちもある。

「あんた達の頭領が離反なんてしなければ、仕事が滞らなくて済んだんだけどね。お陰で仕事サボれないし、呑みに行く暇も無いわ」

「サボるな。上司に迷惑をかけるな部下として。部下が上司に無礼を働いていいのは上司が狂った事した時だけだ」

「アパッチステイ」

 アパッチのド正論による言葉の鉄塊がぶん投げられた。話の腰をへし折られかねないのでスンスンは熱が上がる前にアパッチを静止する。咳払いを一つして、気を取り直した。

「そういうことでは無くてですね……いや、それもあるにはあるのでしょうがそれ以前に。あなた、そんな軀……いいえ、そんな魂魄(・・・・・)でよく副隊長だなんて務まりますのね」

「………………は?」

 何を言っているんだ、と乱菊の表情が歪んだ。

「あら……ご自身でお気付きになっていない様子……あなた、一見すれば実際何事も無いように見えますし、過去に何があったのかは私は存じませんが、魂魄の一部が欠けていましてよ?それこそまさに、(わたくしたち)の孔のように」

 形式上の主人であるハリベルを含め、五人の中で魂の知覚が特に優れているのがスンスンだった。元は蛇の中級大虚(アジューカス)であるスンスンの口腔には味覚と触覚の他、霊圧知覚器官がひっそりと備わっている。

 その知覚器官が、スンスンに乱菊の魂魄の状態を認識させた。淡々と述べられたスンスンの言葉に、乱菊の眼がその内心の動揺を表すように揺れる。

 その一方で、アパッチが何かに辿り着いたような顔をした。それこそ、頭の中で全ての点と点が細い糸で繋がったような。最も、一番重要なピースが欠けているから、アパッチが求めている事実には届かないのだけど。

「……デタラメを……ッ!」

 乱菊が瞬歩で二人の視界から消える。だが、アパッチは探査回路(ペスキス)に素早く神経を向けて、捉えた霊圧を頼りに右腕を伸ばし、乱菊の死覇装の襟の合わせ目を掴んだ。

「そうかよ」

 アパッチが掴んだ死覇装を自分の方へ引き寄せる。死覇装ごと引っ張られた乱菊の鳩尾に膝蹴りを叩き込み、腕力だけで放り投げた。

 乱菊は空中で姿勢を立て直し、灰猫をアパッチの背後に回り込ませる。だが、

「なんで知らねえんだよ」

 霊圧でコーティングした裏拳が灰猫を蹴散らした。

 アパッチは背面跳びの動きで大きく跳躍し、乱菊との距離を詰める。

「魂魄が欠けてる?なのに本人に自覚は無い?なんでだよ。ちくしょう。絶対それが理由じゃねーかよ」

 右脚を大きくしならせた。オレンジイエローとブルーのヘテロクロミアが悲痛に歪む。

「ちくしょう。ちくしょう。お前の為だろ(・・・・・・)。きっとお前を治す為に、その手がかりを欲しがって虚圏(ウェコムンド)に来たんだ。市丸のやつ!なのにお前、自分のことさえ解ってねえまま、何も知らずにのうのうと!!」

 跳躍で勢いのついた右脚が鞭のように乱菊に振り下ろされようとした、その時。

 人の頭より二回りほど大きな火球が、アパッチの目と鼻の先まで迫っていた。気が付いた時には既に手遅れで、火球はそのままアパッチに命中し、鼓膜が破裂しそうな爆音と共に爆ぜる。

 乱菊は火球が飛んできた方向へ、恐る恐る顔を向けた。そこにいたのは。

「…….あ……あんた……雛森…………!!」

 枝分かれした斬魄刀を構える小柄な少女。五番隊副隊長の雛森桃だった。

 

 乱菊とアパッチ達が交戦している場所から少し離れた所で、冬獅郎は。

「……ッ、ゲフ……ッ」

 かなり一方的に嬲られていた。腹に下から突き上げるように、ハリベルの左の拳が捩じ込まれている。ハリベルは肘の外側から水を噴射して勢いを付け、そのまま腰を捻って冬獅郎の小柄な身体を殴り飛ばした。

 冬獅郎が立て直すよりも速く、ハリベルが響転(ソニード)で距離を詰める。下から掬い上げる様に振り上げた斬魄刀を冬獅郎は辛うじて受け止めた。

「今、一瞬霊圧が乱れたな」

「……何の話だ」

「何があった」

「知らねえな」

 冬獅郎の斬魄刀、氷輪丸から冷気が迸り、待機中の水分が凍りつく。ハリベルはそれを五感で察知すると、足裏から水を噴射して後ろに跳んだ。斬撃は鋼皮と斬魄刀で受ければいいが、流石に凍傷は堪ったもんじゃない。

 冬獅郎は桃が参戦したことに内心動揺しながらも、その頭脳は冷静にハリベルの能力を観測、分析していた。

 流水系の能力だ。推定、霊子及び霊圧を水に変換して意のままに操るといったところか。今の所は斬術や白打の加速機の様な扱いをしているが、おそらく刀剣解放すれば水そのものを武器に変えてくる。

(能力同士だけで言えば、俺が優位)

 だが、戦いは能力の相性だけで決まってはくれない。事実、冬獅郎はハリベルにこうしてじわじわと追い詰められつつある。

 ハリベルが響転で冬獅郎の背後に回った。冬獅郎が振り返るよりも速く、ハリベルの右脚が水の噴射で加速しながらその背中を蹴り飛ばす。ハリベルは氷輪丸の柄頭から伸びる鎖の先を左手で掴むと、力任せに振り回して眼下の街並みを構成する建物の一つの屋上目掛けてぶん投げた。アメミトといいアパッチといい、こいつらすぐ人を投げる。

 冬獅郎の小柄な身体が、屋上に設置されていた貯水タンクに激突した。あくまでも模造品である為、タンクの中身は空だ。そのせいで、衝撃を和らげるものが何も無いままダイレクトに衝突のダメージを喰らう。

 ハリベルは空の貯水タンクの中で呻く冬獅郎を見下ろした。少しだけ、考える素振りをしてすぐ、何かを閃く。

「彼女か?」

「違えよ!!」

 一瞬で冬獅郎は起き上がった。本能が、絶対に否定しろと全力で訴えたので。

 戦場に彼女連れで来るような奴に同類扱いされるなど死んでも御免だった。

 

 驚いた顔のまま、爆炎を背景に乱菊は桃と目を合わせる。

「あんた……もう、平気なの……?」

「……はい」

 少し戸惑ってから肯定を返した桃の左腕の副官章に、乱菊の目が向いた。桃はそれに気付くと、心配は無用だと述べる。

「あたしは確かに五番隊副隊長として、副官章をつけてここへ来ました……でもそれは、"五番隊の隊員たちをあずかる者として"という意味です。"藍染隊長の部下として"じゃありません」

 藍染は既に尸魂界の敵だと、桃は自分に言い聞かせる半分、再確認が半分で言い切った。

「……そうね。わかってるならいいわ」

 乱菊の号令で、二人同時に斬魄刀を構える。

 乱菊はそれでも、一抹の不安を抱いていた。桃は今、自分では気付いていないかも知れないのだが、藍染隊長と言った。まだ、彼女の心には迷いがあるのでは、と。

「終わったかァ?つまんねえお喋りはよ」

 声と共に、爆炎を突き破って何かが飛び出した。乱菊がそれを灰猫を集めて壁を作り、受け止める。そこへ畳み掛けるように、何かがもう一つ飛来した。

「飛梅!!」

 桃が斬魄刀、飛梅を振り抜く。刀身から放たれた火球が何かに当たって爆ぜた。

 吹き飛んだ何かが、アパッチの右手首にかかって空転する。どうやらそれは、彼女が身に着けていたバングルらしい。

「……成程な。さっきの爆発はそいつの刀の能力か」

 左の手足に火傷を負ったアパッチが二人を見下ろす。

「見た感じ、あんま場慣れしてねえ感じするけど……魂魄欠けてる奴と素人じゃ、ニ対一と大差ねえぞ」

 そう言って、アパッチは左右のバングル同士をぶつけ合う。衝撃でバングルが外れ、真上に跳ぶと表面から三本の刃が飛び出した。

 乱菊と桃を挟んで向こう側では、スンスンの長い袖の下から三叉の短刀が顔を出す。

「スンスン、遊びの時間はお終いだ。さっさと叩き潰して、柱ぶっ壊しに行くぞ」

「短気ですのね。まだ戴冠式(・・・)までゆっくりする時間はありそうでしたのに。まあ、邪魔者には御退場願うべきなのには、変わりありませんが」

 アパッチとスンスンが、二人同時に突撃した。だが、後数歩の距離まで接近したところで、何かに引っ掛かる。

 目視困難な、霊子の糸だ。触れると俄かに熱を帯びたそれが、二人を阻む。

「……考えませんでしたか?最初にあたしが、どうやってあなたに飛梅を命中させたのか」

 桃がゆっくりとした動きで、首だけをアパッチの方へ向けた。

「あなた達はみんな、あたしよりずっと強いです。飛梅を当てられる距離まで気付かれずに近付くためには、鬼道で姿も霊圧も消して、近付かないといけなかった……」

 静かに語る桃の副官章から、アパッチ達を阻んでいる霊子の糸が伸びている。

 まさか、とスンスンが思い至る。背筋に氷を直接滑らされたような感覚が襲った。

「だから、姿を消したついでに、乱菊さんの周りに軌道の網を張り巡らせておいたんです。まさか二人揃って、かかってくれるとは思いませんでしたけど」

「こいつ……!」

 桃が副官章から伸びる鬼道の糸に飛梅の刃を当てる。

「———弾け、飛梅」

 飛梅の炎が鬼道の糸に着火した。糸を伝って炎が駆け巡り、そして———。

 

 乱菊と桃の周囲を取り囲むように、派手な爆発が起きた。

 

 爆炎に囲まれながら、桃は息を切らして納刀する。乱菊は目の前の現実と、それを成したのが桃であるという事実に少々唖然としながらも、疲弊した様子の桃を気遣った。

「すいません。初めて使う組み合わせの術式だったから……」

「いいのよ。すごいじゃない」

 萎れた花のように笑う桃に、乱菊は素直に賞賛を贈る。

「今の十二番の伏火でしょ?こんな長くて複雑に張ったのは、初めて見たけど」

「はい。伏火に赤火炮を練り合わせたものを、縛道二十六番の曲光で見えなくして、それを慎重に伸ばして網状に張り巡らせました」

 何とも末恐ろしい。鬼道の三種複合術式という高等技術を、知らぬ間に身につけていたとは。乱菊は心の底から驚嘆する。組み合わせからも、絶対に敵を倒すという気概を感じる。

 思っていたより、大丈夫そうだ。乱菊は漸く安堵した。

 安心して、気が緩んでいたのを詰るように。

 炎の奥から声がした。

「突き上げろ、碧鹿闘女(シエルバ)!!!」

 炎を引き裂き、現れたのは鹿の角を持つオレンジイエローの眼を持つ獣人の姿。帰刃(レスレクシオン)したアパッチである。

「締め殺せ、白蛇姫(アナコンダ)

 続くようにして炎の中から這い出でたのは、紅電気石(ルベライト)を冷たく瞬かせる白いラミア。こちらもスンスンが帰刃(レスレクシオン)した姿であった。

 今の大規模爆破を無傷で耐えるのみならず、不意打ちでつけたはずの火傷さえ消え去っているのに、桃は驚愕のあまり眼を見開く。

「今ので完全に倒すまではいかないと思ってたけど……いくら何でも無傷なんて……」

帰刃(レスレクシオン)するとそれまでに受けていた傷も回復するの。そういう連中よ、こいつらは」

 アパッチのオレンジイエローが、乱菊と桃を見下ろす。スンスンが目だけをアパッチに向けて問うた。

「如何なさいますの?ここまでコケにされては、流石に私としても我慢ならないのですが」

「……しょうがねえ。こいつらぶちのめす分には、アイツ(・・・)でも十分っちゃ十分だ」

 アパッチは言い終わるや否や、自らの左腕を掴む。スンスンもまた、長い袖に覆われた左腕の付け根の下を捻った。

「"混獣神(キメラ・パルカ)"」

 次の瞬間、二人が同時に自らの左腕を引きちぎり、或いは捻り切った。

 二人分の左腕が一人でに手を離れ、粘土のように合わさって混じり合う。そして現れたのは。

「……な……何よ……あれ……!?」

 筋骨隆々の上半身。

 太く逞しい蛇の下半身。

 蹄の指先。

 そして、鹿角の生えた蛇の仮面を着けた頭。

 

【挿絵表示】

 

 奇怪な姿の化け物が、そこにいた。




虚圏で一番自由な女、シィアン・スンスン
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