犴と鮫   作:鷲谷ヒメリ

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誘うは蛇
犯すは人
誅すは神


怪物の名は

 少し時間を遡り、スタークと春水の戦闘に視点は移る。

 爆発音を耳で拾った春水は、感心したように傘に左手を添えた。

「あちらさんはハデにやってるねぇ。どうだい、十刃(エスパーダ)さん」

 呑気そうな声から一転、春水は一段階声を固くしてスタークに向き直る。

「こっちもそろそろ、ハデにいっちゃおうじゃないの」

「…………嫌だよ」

 スタークは眉間に皺を寄せ、拒否を示した。

「嫌だってこたないんじゃないの。つれないね」

「ハデにったって、大体あんたも本気で戦ってねえだろ。二本目も抜いてねえくせに。バレてねえとでも思ったのか?」

「脇差ってのは、刀じゃ戦いづらい場所で戦う時に抜くもんだよ。刀と一緒に使うもんじゃないの」

「なんだ、長さ違うのか。羽織で微妙に見えづらかったからそこは気が付かなかったぜ」

 嘘だ。春水の剣戟を綺麗に見切っておきながら、羽織の下から垣間見える脇差の鞘の長さを見抜けないはずがない。だからこれは、重苦しい空気を嫌がってわざと茶化そうとする、スタークのちょっとした冗談だ。

「とはいえ、だ。その割にはあんたさっきから———その刀を、右に左に持ち替えて戦ってるじゃないか」

 指摘されて、春水から表情が消えた。スタークはその変化に気付きつつも敢えて無視し、尚も続ける。

「それに、意識してるかは知らねえが、あんた。右手で振る時と左で振る時の間合いが違う。具体的には……右より左の方が近い」

 スタークは春水の右手と左手を順番に指差した。春水は内心、その観察力と洞察力の高さに舌を巻く。

「諸縁あって、二刀流は見慣れててな。特有の癖も何となく見分けがつく。それを踏まえて……左右で間合いの違う両利きで、刀と脇差二本差してて、二刀流じゃない(・・・・・・・)なんて。そんなことがあるのかい?」

「……まいったね」

 春水が一瞬にして、剣呑な空気を纏う。ここまで的確に動きの癖を見破られるとは思わなかったからか、それとも、スタークならばそのくらいしてもおかしくないと付けていたあたりが的中していたからか。

「左右の間合いは調節してたつもりなんだけど。流石、よく見てるねえ」

 左手に持った斬魄刀の白刃が、陽の光を返す。被った傘の影が目元を覆った。

「こわい、こわい」

 零した次の一瞬。スタークの首を狙って鋭く振り抜かれた斬魄刀は、しかし上半身を後ろに反らして避けられる。

「躱すねえ!」

 勢いを殺さず斬魄刀を左手から右手へ。間髪入れず放たれた一撃を、スタークは軽く屈伸し、身体を横に倒して回避した。

「すごいな!今の一瞬で間合いを弄ったのか!危うく反応しきれないとこだったぜ!」

「嘘おっしゃいよ。ところで、訊いときたいんだけどさ。十刃(エスパーダ)さん」

「何だい」

「二本抜けば、本気でやってくれるのかな?」

 問われたスタークは、絶えず振り抜かれる春水の剣戟を躱しながら、勘弁して欲しい、とぼやく。

「あんた今でも充分強いよ。二本抜かれちゃ困るね」

「成程」

 春水が脇差の柄に手をかける。

「じゃあ、二本抜くしかないね」

「……そうなっちまうのか」

 春水が脇差を抜いた。スタークは響転(ソニード)で春水の上から斬りかかり、春水がそれを刀で受けてから脇差で突きを放つ。

 スタークは下から飛び出すように放たれた突きを上半身を捻ることで、紙一重で回避すると左手で脇差を持つ春水の手首を掴んだ。

 少し離れた場所でその戦いを見ていたリリネットは、斜め下へと目を向ける。正座して同じく戦いを見守っていた十四郎と目が合った。

 十四郎がリリネットに、本来なら子供を安堵させるために向けられるものである筈の作り笑顔を向ける。戦場に恐ろしく似つかわしく無いその表情に、リリネットはなんだコイツ、と呆れた目を向けた。

「あんた、一緒に戦わないの?」

 問われた十四郎は即答した。勿論、と。

「二対一じゃ、不公平だからね」

「スターク、麻雀で三人がかりで搾り取られたことあるから、そこは気にしなくていいんだけど。ていうか、そうでなくてもスターク、アレでホントに喧嘩強いよ。あのオジさん、死んじゃうよ」

「大丈夫!京楽だって強いさ!」

 朗らかに返した十四郎に、リリネットは眉を顰める。わかっているのか、本当に。

「知らないよ。ホントに無惨に死ぬよ。後悔すんだから」

「ありがとう。優しいんだね。そうならないことを祈ってるよ」

 敵に対して言うセリフでは無い。絶対に。リリネットは腹の奥底が苛立ちでざわざわと波打つのを感じた。被ったヘルメット状の仮面に手を当てて、怒りを誤魔化すために溜息を長く吐く。

「……あーそう。んじゃ、あたしとやろっか!?」

「それはだめだ!」

「はあ!?」

 思わず腹から、まあまあ大きい声が出た。

「君はまだ子供じゃないか!本当はこんな戦場にいること自体、良くない事なんだ」

「子供!?あたしが!?あんたねえ!破面(アランカル)に歳なんか……っていうか!」

 リリネットはスターク達の方とは別の方を指差す。その先には、ハリベルに弄ばれる冬獅郎の姿があった。

「あっちで煽りカス(ハリベル)にボコボコにされてる白チビはどうなんのさ!あたしよりよっぽど子供じゃん!」

 十四郎は僅かに口角を下げ、リリネットが指し示した先を横目で一瞥して、しかしすぐに元の作り笑いに戻ってリリネットに向き直る。

「日番谷隊長の強さは俺も良く知ってる。だからこそ、日番谷隊長を子供として戦力外扱いすれば、それは彼に対する侮辱だ。俺たちが纏うこの羽織はそれぞれが有する力とそれを正しく使う者であるという信用と信頼、そして実績の証だ。決して軽くは無い」

「……へえ、そう。けどそれってさあ、贔屓って言わない?自分たちはお互いの強さを知ってるから良くて、あたしは今日会ったばかりで良く知らないからダメってさあ……納得いくわけなくない!?」

 リリネットが八つ当たりのように、いいや。正しく八つ当たりで足元を踏み鳴らした。

「それでも、ダメなものはダメだ。ここまで言ってなお、戦うなんてワガママを言うなら、力尽くで帰ってもらうよ。君は大人しく帰って、鞠でもついてなさい!」

 プツン、とリリネットの鼓膜に何か細い糸のようなものが切れる音が響く。頭の毛細血管の一部が怒りで悲鳴を上げたのだと気付くより早く、リリネットの堪忍袋の尾が切れた。

 頭に被ったヘルメット状の仮面の、折れている方の角の断面から何かが姿を現す。それが刀の柄である、と十四郎が気付くのと同時。リリネットがその柄を右手で掴んだ。

「あーそう。そんなに人をバカにするんなら……やってやろうじゃんか!!」

 怒れるままに、シャムシール、或いはショーテルのように湾曲した刀身の斬魄刀を引き抜いたリリネットの激昂に、十四郎は心底困った顔をした。

 

 アパッチとスンスンが呼び出した、鹿頭蛇身の怪物の悍ましさと異質さに、乱菊と桃は慄いて硬直する。何だ、あれは。と脳の理解が追いつかない。

混獣神(キメラ・パルカ)

 淡々としたアパッチの声が答えた。

「解放したあたし達の左腕を対価に呼び出すことができる、あたし達のペットだ。呼び出せるのは差し出す腕の組み合わせ如何で、三体のうち一体」

 一呼吸置いてから、アパッチは右手の親指で怪物を指す。

「で、コイツはあたしとスンスンの腕使って呼べる奴。名前はオギル」

 冷めた目で乱菊達を見下ろすアパッチは、スッと人差し指を二人に向けて怪物———オギルに命じた。

「やれ、オギル。とりあえず一旦、半死半生くらいでぶちのめせ。あれでも一応、市丸の幼馴染らしいから」

 アパッチの声に、オギルの鹿耳が揺れる。仮面の眼窩に当たる空洞の奥から吹雪と見紛うほど冷たい視線が乱菊と桃に向けられた。

 乱菊の背筋を冷たいものが走る。まるで、足元の洞穴をうっかり覗き込んでしまったかのような、深淵から何者かと目が合うような感覚に襲われて、乱菊は息を飲んだ。

 前触れ無く、オギルが上半身を前に倒す。指先が硬い蹄になった四本指の両手を着いて、上腕に力を込めるのを乱菊は認めた。

 マズい。そう察知して乱菊は無心で斬魄刀を掲げ、灰化した刀身を集めて防御態勢を取ろうとする。だが、それよりも早く。

 

 ———グチャッ。

 

 乱菊の脇腹が、ごっそりと、臓器ごと抉り取られた。意外にも、痛みは無い。アドレナリンが痛みを誤魔化しているのか、それとも痛覚ごと抉られたのか。ともかく、乱菊は徐々に呼吸が困難になるのを感じながら、恐る恐る振り返った。

 ゆったりと蛇の尾を揺らして振り返るオギルと目が合った。その鹿角の枝に、肉片が纏わり付いているのを見て、乱菊は悟る。

 ああ、成程。あの枝分かれした角で、すれ違い様に腹を刮がれたのだ、と。

「あ、そうそう。一つ注意な」

 ゲームマスターがルールを説明するように、アパッチが口を開く。

「オギルは三体の中だと一番パワーは無えんだけど……その代わり、クソ速えから気を付けろよ」

 声が遠い。視界がぼやける。身体に力が入らず、膝から崩れ落ちた乱菊は、そのまま真っ逆様に地面に向かって落下した。

「乱菊さん!!!」

 桃が必死でそれを追う。小柄な体躯で懸命に手を伸ばし、乱菊の死覇装の袖を掴んで、縛道の三十七番、吊星を張ってトランポリンのように飛び込んだ。

「まっててね、乱菊さん!!すぐ治すから……!」

 桃はそう言って乱菊の傷を診る。思わず目を逸らしたくなるほど凄惨なそれに息を飲み、顔の汗腺全てから不快な汗が湧いた。

 肋骨の下から、腸までを強引に抉り取られている。しかも、傷の断面はぐちゃぐちゃに潰れていて、見るも無惨な有様だった。

 これでは呼吸すらままならない。急がなければ、乱菊の命が危ない。桃は回道をかけようとして———しかし、底知れない悍ましさを孕んだ殺気を感じ取り、顔を上げた先にオギルの姿を認めると、半恐慌状態で斬魄刀を抜きかけた。

 それを嘲笑うように、オギルがその太く長い尾の先を槍のように突き出し、桃の腹を貫く。何が起きたのか一瞬わからず動けなかった桃に、オギルの蹄の指が叩きつけられた。

 骨が砕ける音がする。内臓が破裂する感覚がした。余りの理不尽に、桃は絶望する。

 こんなの、勝ち目なんか無い。と。

「縛道の三十七、吊星!」

 力無く落下する桃を、誰かが吊星で受け止めた。桃は辛うじて首を動かし、術者の姿を探す。それと同時に、鎖がオギルの首と両腕を絡め取った。

「……よく頑張ったな。少し休んでろ、雛森」

 割り込んだのはイヅルと、アメミトに投げ飛ばされて建物に叩きつけられていたはずの修兵だった。

「こいつは……俺達で片付ける」

 絡みつく鎖に首を傾げるオギルを見据え、修兵が宣言する。桃はどうして、と咽せた。

「檜佐木さん……怪我は……」

「……結界の外に、四番隊の席官数名と十三番隊の虎徹三席が待機してんのは知ってるだろ。そういうことだ」

 無理して喋るな、と付け足して、修兵はオギルから目を離さない。

 それを遠巻きに見ていたアパッチは、怪訝な顔をして首を捻った。

「……んだよ、あいつら。アメミト様にぶん投げられてた奴と、尻尾巻いて逃げてた奴じゃねえか。今更ノコノコ出てきて何しようってんだ?」

「助けに来たんでしょ。副隊長が何人束になろうが、オギル相手にどこまで通じるものでもありませんけど」

「それはそうだけどな。問題は一回やられてた筈の奴がもう戦線復帰してることだろ」

「あー、それもそうですわね」

 ポン、スンスンはとオギルを呼ぶ為に使った左腕の代わりに右の太腿を叩く。

「オギル!聞こえてるな。手勢は増えたが構うこたぁねえ。ぶちのめせ!」

 右手の親指で首を掻き切るジェスチャーをしたアパッチが声を張った。

 オギルはアパッチの声が聞こえたのか聞こえていないのかは定かでないが、応えるかのように蛇の尾を左右にゆったりと揺らす。まるで、修兵とイヅルを威圧するかのように。

 修兵は桃と乱菊の応急処置をイヅルに任せ、オギルを絡め取る鎖を引く。前に引き摺られたオギルは体勢を崩し、その隙にイヅルが瞬歩で動けない乱菊を回収して行った。

「縛道の七十三、倒山晶」

 安全確保の為、イヅルは四角錐型の結界を張る。優先度は乱菊の方が高いが、桃だってまずいことはイヅルもわかっていた。

 当たり前だ。腹には穴が貫通しているし、肺に折れた肋骨が刺さるか、最悪片方潰れているだろう。人手さえあれば、すぐにでも治療して貰うべきだ。

 とはいえ、席官とはいえ戦闘向きとはお世辞にも言えない(これは戦闘力が低いというよりも、衛生兵を戦場に送り込み死なせるべきではないという意味でだ)四番隊を、戦闘が激化し始めた模造品の空座町に来させるわけにもいかない。ある程度抵抗可能なイヅルが一人で、成さねばなるまい。

(頼む……腕が鈍っててくれるなよ……!)

 祈りながら、イヅルは乱菊の治療に取り掛かった。

 一方、風死の鎌を持て余したように振り回す修兵は、オギルと真正面から向かい合って様子を伺っている。

 何をしてくるかわからない。得体の知れない怪物である。間合いを保ったまま様子見するのがベターだろうと、処刑鎌の柄を取った。

「破道の十一、綴雷電」

 風死の処刑鎌の刃を鎖に当て、鬼道、綴雷電を流す。鎖を通して流れた電撃がオギルを襲い、一瞬怯ませた。

 これを有効と見た修兵は、鎖を引っ張ってオギルを前のめりに転倒させる。大した抵抗もせず倒れたオギルの上を跳躍で取り、より大きな一撃を狙った。

 だが、オギルは何事も無かったかのように身体を横に転がし、その勢いそのままに修兵に向かって腕をぶん回す。修兵は瞬歩でそれを躱し、霊子を固めた足場に着地した。

 オギルはゆっくりと、柳の枝がしなるように上体を起こす。首周りに絡みつく鎖を両手で掴んで腕力だけで引き千切ると、修兵の方を振り返った。

「…………バケモノか……!」

 修兵は思わず脳直で口走る。

「……カンタンに切ってくれやがって……いつでもできましたってか」

 修兵が冷や汗を流して足を一歩後ろに下げた。次の瞬間、オギルが両腕を広げて尾をくねらせ、一呼吸の間に修兵の目と鼻の先まで接近する。しまった、と思った時には既に遅く、オギルの両手が修兵を万力もかくやの握力で捕まえた。

 オギルの仮面の下から異音がする。かと思えば、仮面の下から裂けたかのような大きな口が開いた。

 喰われる。そう危機感を覚えた修兵は、オギルの背後から回復した鉄左衛門が斬魄刀を構えて迫っているのを認めた。

 まだ気付かれていない。一撃喰らわせれば、怯ませられさえすれば修兵が脱出する隙を作れる筈。そう息巻いて、鉄左衛門は斬魄刀を振りかぶった。

 だが、オギルはそんな小細工など無意味だと詰るように、首をほぼ真後ろに倒して仮面の額にあたる部分に虚閃(セロ)を構えた。

 間を置かず放たれた虚閃が鉄左衛門に直撃する。修兵は思わず鉄左衛門の名を呼ぶが、オギルは特に気にせず修兵を両手で掴んだままビルのコンクリートの天井に叩きつけた。

「くそ……ッ」

 咳き込む修兵を、オギルは追い打ちをかけるように握り潰す。粗方砕ける骨を砕いてから、飽きたオモチャを捨てるように修兵を放り投げた。ついでに死体蹴りのように、尾の先で叩き落とす。

 そして、オギルの意識は結界の中で治療を続けるイヅルへ。

「……く……来る……!あと少しなのに……あと少し……!」

 蛇の尾の下半身をくねらせてゆっくりと這い寄るオギルに、イヅルは焦り出す。このままでは全滅してしまう。そう最悪の結末が過った時だった。

 オギルの左胸に穴が空く。空いた穴から血が噴き出て、その向こうにあったのは。

「やれやれ……総隊長を前に出させるとは……情け無い隊員達じゃの」

 護廷十三隊総隊長である、山本元柳斎であった。

「も……申し訳ありません……!」

 イヅルは反射的に膝をつき頭を下げる。元柳斎はそれが駄目なのだと諌め、イヅルに説く。

「儂に頭を下げる閑があったら、敵をよう見んか」

 言われてイヅルは、改めてオギルに目を向けた。オギルは穴の空いた左胸に、下半身から器用に剥がした皮を止血用のガーゼのように詰めている。粗方隙間が無くなると、オギルは元柳斎を睨んで、そして。

「ギ、シャあぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 威嚇の声を上げた。

「……そんな……あの状態から……死なない上に止血まで……」

 イヅルが目を見張る。ただ暴れ狂うだけの怪物だと思っていたが、原始的ではあるが血止めを行うだけの知性があるなどと。

 元柳斎は半歩片足を前に出す。

「……どうやら、仕置きが足らんようじゃの」

 元柳斎がそうぼやくと同時、オギルの蛇の尾の先端が裂けた。

 裂けた尾の先は風船のように丸く膨らみ、その断面には無数の鋭い牙が隙間無く並んでいる。それはさながら、大蛇の(あぎと)が如く。

 大蛇の顎と化した尾の上半分、切れ込みが二つ入ったと思えば、そこが瞼を持ち上げるように開いた。その奥から覗くのは細長い瞳孔の蛇の眼。

「ギ……シ……シャァアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 大蛇の(あぎと)が金切り声を上げた。オギルの巨大が大蛇の顎に引き摺られるかの如く宙空を滑る。大きく開かれた大蛇の顎が、元柳斎を丸呑みしようと迫り来た。

 だが、しかし。

「何じゃ、届いとらんぞ」

 乾いた音を立てて、元柳斎は右手だけで軽く大蛇の(あぎと)を掴んで止めた。

 オギルは引き摺られて寝そべった姿勢の上体を腹筋だけで起こし、蹄の指で元柳斎を挽肉にしようと振り上げる。

「人を……殺すことのみに知恵を回す獣物(けだもの)か。哀れ」

 振り下ろされる蹄の指先に鐚一文(びたいちもん)も臆する事無く、元柳斎は杖の形をした鞘を斬魄刀から取り払った。

「流刃若火、一ツ目」

 

 撫切。

 

 次の瞬間、オギルの身体が縦に真っ二つに斬り裂かれた。一瞬のことに、後ろで見ていたイヅルすらも認知が追いつかず、遅れてオギルの身体は断面から左右に分かれる。

 血飛沫を気にも留めず、元柳斎は最早死に体のオギルを一瞥する。視界の端で、何かが這うのが見えた。

 オギルの尾の、大蛇の(あぎと)である。

 シューシューと空気が通るだけに近い鳴き声を上げ、大蛇の顎は元柳斎にその殺意に満ちた蛇の眼を向けた。

「……やれやれ、もう止さんか。お主の様な哀れな獣を何度も斬るのは気が重い」

 重い息を吐いて、元柳斎はオギルから顔を背ける。どうかそのまま、何も出来ずに息絶えてくれればいいのだが、と思いながら。

「シュ……シュゥウウウウウアァアアアアアアアアアアアア」

 オギルの大蛇の(あぎと)が牙を剥き、元柳斎の頭を咬み千切り喰らおうと迫る。

「……止せと言うのが、解らんか。小童」

 最早これ以上は言葉で止めても無駄だと判断した元柳斎は、せめてもの慈悲として一瞬で絶命させんとした。即ち、炭一つ残らずオギルを一刀の元に焼き尽くしたのである。

「吉良。まだじゃ」

 圧倒的な強さを見せつけた元柳斎に唖然としたままのイヅルに、元柳斎は結界を強く維持する様命じた。その背後から、飛び掛かる二つの影。アパッチとスンスンである。

「こん……のォ!!!」

 二人して、力の差は理解していた。それでもせめて一矢報いんと。その爪を、蛇の腕を振り翳した。

「隻腕で挑むその意気や良し」

 それでも、格が違い過ぎた。一振りで起こされた火炎に捲かれ、アパッチとスンスンは呼吸すらままならず意識が遠のく。

 嗚呼、もしも!自分たちが最上級大虚(ヴァストローデ)に並ぶ程に強ければ!!

 そんなたらればに縋りたくなるほどに、二人は悔しさと不甲斐無さに歯を食い縛った。

「意気に免じて、火傷程度で済ましておいてやる」

 元柳斎の情けである。薄れ行く意識の中、アパッチは炎の向こうの二つの金色に、そして炎の檻の中に囚われた銀色に手を伸ばした。

 

 元柳斎により怪物オギルと、アパッチとスンスンが打ち倒された直後。

 自身の従属官(フラシオン)の敗北を悟ったハリベルは、フレーム状の斬魄刀の内側に霊圧を収束させ振り抜いた。

 冬獅郎はそれをどうにか受け流すと、その反動を利用して後退しようとする。だがハリベルは当然そんなことを許すわけもなく、冬獅郎の斬魄刀の柄頭から伸びる鎖を掴み取り、自分側に引き寄せた。

「ッ!クソ……ッ」

 冬獅郎の小柄な身体が引っ張られる。ハリベルは引き寄せた冬獅郎と間合いが適切な距離まで来たところで右脚を軽く上げた。

 マズい、と冬獅郎が察知するのとほぼ同時、ハリベルの右足の踵が冬獅郎の胸に直撃する。冬獅郎は回避できないと判断した瞬間に斬魄刀、氷輪丸の能力で胸に氷の層を幾つか作ることでどうにか衝撃を弱めた。尤も、その上で肋骨が折れるんじゃないかと思う程強烈な蹴りだったのだが。

「アパッチ……スンスン……よく戦った」

 ハリベルは白い死覇装の胸元のジッパーに手をかける。

「後は、任せろ」

 上向に外れるジッパーを引いて、露わになった胸の内側。そこに刻まれた"3"の数字に、冬獅郎は目を見張った。

「てめぇ程の力で……まだ三番目か……」

「あ?……私程の力で、ねえ……」

 ジッパーを最後まで外す。顔の下半分を覆う仮面と、それに連なる胸の上半分まで覆う外殻が露わになった。

「別に数字で判断するのは構わないが……一つ忠告するなら、私自身は数字どころか十刃(エスパーダ)の地位にすら、そこまで執着も誇りも無いぞ」

 碧玉を燦光させたハリベルが一歩、踏み込む。冬獅郎は背中に良く無い刺激が走るのを感じ、反射的に叫んだ。

「卍解!!!大紅蓮氷輪丸!!!」

 その宣言と共に、冬獅郎は氷の龍人を思わせる姿へ氷を纏う。それを嘲笑う様に、ハリベルの剣が振り下ろされ、氷の翼の一部を砕いた。

 それを横目に盗み見たスタークは。

「強いな。あんたたち」

 言われた春水は傘を目深に被ったまま、心にも無い謝辞を述べる。

 スタークは斬魄刀の白刃に日の光を返した。

「フラフラ逃げ回って、他の戦いが終わるのを待ってたかったが……そういう訳にもいかないらしい」

「そうかい。キミ達四人、どうにも強さの序列が測り辛くて難しいところだけど。一先ずあっちの足癖悪い娘が四番手かな?」

 春水は周囲を目だけで順番に一瞥していく。

「どうかな。ボクとしちゃ、あっちのお爺ちゃんか、向こうの二つ括りの娘が一番。キミが二番か三番あたりだと、嬉しいんだけど」

 傘の位置を直す春水に、スタークは諦めたような、或いは残念そうに目を閉じる。

「……そうか」

 そして徐に、左手の手袋の中指の先端を噛み、引き脱いだ。

「悪いな。俺が第1(プリメーラ)だ」

 その手の甲に刻まれた数字に、春水は当たって欲しくはなかったな、と溜息を吐く。

「残念だなぁ……君みたいなのが一番だと……やり辛いんだよ。どうも」

 傘の影から覗く春水の眼に、本気を感じ取ったスタークは静かに霊圧を鋭く尖らせた。

 




Q.ミラ・ローズ分足りて無いのになんか強くない?
A.そもそも三獣神自体原作より微妙に強い(アメミトのせい)

Q.ハリベル蹴り使い過ぎじゃない?
A.股下サグラダファミリアに足技多用して貰わんでどないすんねん
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