犴と鮫   作:鷲谷ヒメリ

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相入れぬ者同士が
巡り会う時
誰かの世界が
進むだろう
誰かの世界が
終わるだろう


虚と死神

 白い砂を撒き上げて、(ホロウ)の孔とは別に大きな風穴の空いた破面(アランカル)擬きの屍が砂地に落ちる。戦いを見守っていた中級大虚(アジューカス)の三人が息を飲んで、誰ともなく、勝った、と呟いた。今し方破面へと至ったばかりのハリベルは、肩で息をしながら膝から崩れ落ち、永遠の夜空を見上げる。身体の熱が冷めないのは、戦いの高揚感から戻れないからか。

 静かに、一人分の乾いた拍手が鳴り響く。二つに結った金髪を靡かせて、燦光する翠玉(エメラルド)の眼を瞬かせたアメミトが柔らかな笑みを浮かべていた。

「よく頑張ったな、ティア」

「……アメミト……」

 健闘を讃えながら、アメミトはピーコックグリーンのロングジャケットを脱いだ。それを見たハリベルがぼんやりしたまま首を傾げると、アメミトは苦笑して指を指す。

「寒いだろ?外殻ほぼ剥がれて素っ裸だぞ」

 そう言われたハリベルは一瞬眼を丸くして、そっと自分の身体を改めて確認すると絶句し、羞恥から顔を赤くして———。

「い、いやぁああああああああ!!!???!??!!」

「そんな町娘みたいな悲鳴上げなくても……」

 アメミトの手からロングジャケットを引ったくって、身体を隠すように羽織り白い砂に潜らん勢いで蹲った。撒き上がった砂が煙幕のようにハリベルの姿を隠す。ジャケットの下から、恥じるような呻き声が聞こえてきた。

 やれやれ、と肩をすくめたアメミトは右手を砂の中に突っ込む。霊圧で霊子そのものである砂を圧縮して変質させ、必要な形に整えると一気に引き抜いた。砂から出てきたのは、細く黒いベルトと深い青色の巻きスカート。アメミトはそれを数回払って纏わり付いた白い砂を落とし、ロングジャケットで全身を隠して蹲るハリベルにそっと差し出した。

「ほら、とりあえずこれ巻いときな」

「……うん」

 蹲ったままハリベルはベルトと巻きスカートを受け取る。

「見るなよ」

「見ないよ」

 羽織ったロングジャケットの襟を片手で引っ張って合わせ、ハリベルはアメミトを一瞬睨んでから巻きスカートを着用した。一先ず、人として覆い隠すべき箇所を隠すことができたことに安堵する。まあ、彼女たちは人間ではなく虚なのだが。

「ハリベル様、これ」

 ミラ・ローズが何かを咥えてハリベルに駆け寄った。見れば、それは幅広の鞘である。フレームのように身幅を中抜きされた刀身の、ハリベルの斬魄刀を収める為のものであるとハリベルの破面としての本能が告げた。

 ミラ・ローズから鞘を受け取って、ハリベルは斬魄刀をそれに収める。何処に取り付けておこうか少し思案して、スカートを固定するベルトの背中側に差し込むことにした。

「こうなってくると、本格的にバラガンを陥す算段をつけるべきだろうな」

 アメミトは思案する。破面が二人、中級大虚が三人。戦力として、多勢を相手取る上では心許なさがないでもないが、電撃作戦により最低限の交戦で真っ直ぐ頭の首を獲るのであれば十分ではないだろうかと。

「何する気だお前」

 薄ら寒い予感を覚えたハリベルが問う。アメミトはにんまり笑って、右手の人差し指を唇に寄せた。

「カ・チ・コ・ミ」

「え、急にキショい。どうした?」

「単語を一音ずつ区切るの腹立ちますからやめませんこと?」

「語尾上げてぶりっ子しても可愛くないんですよ言動が」

「素直にキツイです」

「ねえなんで突然冷たくなるんだよ!!?」

 四人から総バッシングを受けたアメミトは両手を砂に着いて崩れ落ちる。特に天然二人が端的かつ本気のトーンだったのが心にキた。

「……まあ、馬鹿話は一旦置いておいて」

「馬鹿話って言うな!」

「アメミト様話進まないから黙って」

「いい加減に虚夜宮(ラスノーチェス)に乗り込むべきなのは同感だ。自分で言うのもなんだが、仮面が剥がれ落ちたことで大虚(メノス)であった時よりも強くなった感覚がある。私が破面化したことをバラガンが知る前に、一気に攻め込んで叩き落とすのがいいだろう。何より……」

 ハリベルは言葉を一度切って、常夜の空に浮かぶ月を見上げる。

「停滞は、悪手だ。このまま見つかるかもわからない新たな同志を探し続けても、理想は近付かない。ならば、進む」

 掌の皮膚が引き攣るほどに握り込む。その言葉に、崩れ落ちていたアメミトは顔を上げて口角を上げた。

「アメミト。お前の———私たちの理想を叶えに行くぞ」

 常夜の空で白く輝く月を背に、碧玉の眼に強い意志を灯して、ハリベルはアメミトに手を差し伸べる。

 アメミトは徐に立ち上がり、燦光する翠玉の眼に歓喜を浮かべてその手を取った。

 

 重低音を小刻みに響かせて、獅子の姿の中級大虚と鹿の姿の中級大虚が駆ける。その後ろを追従するのは蛇の姿の中級大虚。獅子と鹿———ミラ・ローズとアパッチの背にはそれぞれ明度の違う金髪の、翠玉の眼を持つジャッカルと碧玉の眼をした鮫の破面———アメミトとハリベルが跨っていた。

 一団は真っ直ぐに激走する。目指すは大帝バラガンの居城たる虚夜宮。目標はそのバラガンを排し、玉座を奪い取ること。その為には破面の二人を万全の状態でバラガンの下まで辿り着かせることがマストである。よって中級大虚の三人は二人の足として道中の移動を引き受けた。響転(ソニード)は意外と体力を使うので。

「見えた」

 走りながらミラ・ローズが呟いた。地平線いっぱいにその姿を鎮座させる巨大な建造物。虚園(ウェコムンド)においてほぼ唯一のそれこそがバラガンの居城、虚夜宮である。

「……妙ですわね」

「ああ、妙だ」

 蛇———スンスンが周囲の霊圧を探るも、見張りも何もいないことに疑問を抱く。探査回路(ペスキス)を張っていたハリベルも同様に、バラガンの下についているであろう大虚が一人もいないことを奇妙に思った。

 走り続けること数十分。アメミトとハリベルの探査回路が霊圧を捉えた。この虚園には、在らざるはずの。

「ッ!!止まれ。フランチェスカ、エミルー!!」

 アメミトが声を張り上げる。ザザザッ、と数メートル程慣性で砂の上を滑りながら、二人は足を止めた。

 アメミトがミラ・ローズの背から降りる。それに続いてハリベルも、アパッチの背から降りた。二人はそのまま警戒を露わにして、自身の斬魄刀に手をかける。果たして、その視線の先、探査回路が捉えた者の姿は。

「初めまして。君たちがアメミト・レシェフとティア・ハリベルだね?」

 茶髪を掻き上げ、白い死覇装を着た男であった。

 まず、アメミトが二刀を抜いた。続いてハリベルがフレーム型の斬魄刀を構える。男の腰に提げられた物が斬魄刀であると確信し、男が破面どころか虚ですらないと見ると、霊圧も含めて本格的に虚園に在らざる者———死神であると悟った。

「アンタ、何だ。何で死神が虚園にいる」

 アメミトが右手の斬魄刀を突きつける。燦光する翠玉が剣呑に細められ、グルル、と喉が唸り声を鳴らした。

 男はそれを気にも留めず、悠然と構えている。ゆっくりとした足取りで斬魄刀を構える二人に歩み寄ると、臆する様子も見せずに口を開いた。

「私は藍染惣右介という。君たちに提案したいことがあるのだが……話を聞いてもらえないかな?」

 死神———藍染の言葉を聞き終えたアメミトの霊圧が一呼吸で膨れ上がる。

「喰い殺す!!」

「待て待て待て早い早い早い」

 飛び出しかけたアメミトの肩をハリベルが空いた左手で掴んだ。一体何が彼女をここまで荒れさせるのやら。アメミトの珍しい姿に困惑するやら好奇心が湧くやらで、ハリベルは複雑そうな表情を浮かべた。

 とにかく話を聞いてから決断を下しても遅くはあるまいと、ハリベルは何とかアメミトを片手で抑える。

「藍染、と言ったか。提案とやらを聞く前に一つ尋ねたい」

「構わないよ」

「この辺りに、ストーカ……んんっ、間違えた。バラガンが彷徨かせていた中級大虚が多くいた筈だが……まさか貴様が斬ったのか?」

「いいや、少し違うかな」

「と、言うと?」

 ハリベルの怪訝そうな顔を涼しい顔で流して、藍染が答えることには。

「バラガンは既に私が挫いた。今や虚夜宮は私のものだし、彼も、彼の従えていた大虚(メノスグランデ)達も私の下についているよ」

 ハリベルの碧玉が見開かれた。抑え込まれていたアメミトの翠玉も驚愕で瞬いている。後方に退がって見守っていた中級大虚の三人も、驚きのあまり息を飲んだ。

「あの骸骨ストーカージジイが、負けた?」

 アメミトの唖然とした声に、ハリベルが僅かにそちらへ顔を向ける。それからゆっくり藍染へ視線を戻して睨みつけた。

 藍染は態度を崩さない。

「知らなかったのか、と君たちに言うのは酷だろうね。何せ、君たちは君たちの目的の為に必要なもの以外を遮断してきたようなものだ。私とバラガンのことを知らなかったのも、無理はない」

「いや、それはシンプルにストーカーのことは耳に入れないよう避けてきたからであって、必要最低限以外を削ぎ落としたとかそういうのは全然無い」

「おや」

 ハリベルはそっと、藍染の言葉を否定した。実際、ハリベル達はこの虚園で何者かが大虚を集めているらしいことは風の噂程度に聞いていたし、仮面を割った者が増えているらしいことも知っていた。遭遇したのは、あのシュモクザメの破面擬きが初めてだったが。こちらの情報を逆にすっぱ抜かれるのを嫌って、バラガン周辺の情報は敢えて避けていただけで、決して無知情弱ではない。

「しかし、そうか……ストーカーは既に降された後か……」

「遂に訂正すら入れなくなったよこの人」

 ハリベルの呟きに思わずアパッチが口を挟んだ。余計な茶々を入れるな、とミラ・ローズが尻尾でアパッチの背中を叩く。

「つまり、アンタを斃せば変則的ではあるものの私たちの一次目標は達せられるということだな」

 ハリベルの左手が緩んだのをいいことに、アメミトがその手を押し退けて一歩前に出た。

「成る程、天才がいるな」

 ハリベルはそれを咎めることもなく、寧ろ賛同の意思を見せると刺突の構えを取る。アメミトも両腕を身体を抱くように交差させ、二刀を振り抜く構えを取った。

波蒼砲(オーラ・アズール)……!!」

灰の剣閃(バラ・デ・セニーザ)!!」

 二人の破面が霊圧を一呼吸で斬魄刀へ圧縮し、片や刺突による貫通を。片や二刀による交差した斬撃を藍染へ向けて放つ。それを見たアパッチが思わず叫んだ。

「殺意のフットワークが軽すぎるこの二人!!」

 二つの攻撃に藍染は余裕を崩さない。右手を緩やかに構えると、静かに口を開いた。

「縛道の八十一、断空」

 ハリベルとアメミトの先制攻撃が藍染に届く寸前、霊圧の壁が藍染の前に現れるとそれらを完全に防ぎ切る。

「「は?」」

 苛立ちと困惑が混ざった声が、二人の喉から漏れ出た。アメミトは何が起きたのかを理解すると、舌打ちをして二刀を重ねて構える。

「腹立つな。今の結構本気だったのに」

「全くだ。何だ今の」

 藍染の余裕そうな態度が大変二人の癪に触っているらしい。ビリビリと霊圧が突き刺すように溢れて止まらない。

「そろそろ、話をしてもいいだろうか?」

 それらを全く意に介さない藍染は、自分の要件を進めたがっているようで眉尻を下げている。それが、却って二人の神経を逆撫でた。

「風化しろ———」

「射て———」

 斬魄刀を解き放とうと、アメミトとハリベルがそれぞれの解号を口にした、その時。

「私は、中級大虚を退化の恐怖から解放する術を持っている。と言っても、君たちは私を殺すかい?」

「「!?」」

 二人の霊圧が、その言葉で途端に萎びた。目線だけを見合わせて、斬魄刀を降ろす。一応の警戒のポーズとして納刀はしない。

 ハリベルは背後の中級大虚の三人を一瞥する。彼女達が最下級大虚(ギリアン)へ堕ちずに済む手段があると、藍染は言った。果たしてそれが真実か否か、明らかにしなければという考えが過ぎる。

「それはマジで言ってるやつか?」

 先にアメミトが問い質した。藍染は勿論、と返すと右手を五人に向けて伸ばす。アメミトとハリベルは下げた斬魄刀を再び藍染へ向けた状態で半歩、背を向けて相談を始めた。

「どうする、ティア」

「……アパッチ達が、退化の恐怖から救われるのなら……正直アリだ」

「でも怪しいぞ。全体的に存在が」

「それはそう。一先ず事実だと仮定した上で、三人の意見も訊くべきか……」

「それが丸いな」

 ハリベルが中級大虚の三人の方へ目を向けて、手だけでこっちに来いと合図を送る。三人は目を瞬かせながら見合わせて、そろそろと二人の方へ近付いた。

「……で、どう思う?」

「どう思うって言われましても……」

 主語を省いたハリベルの問いに、ミラ・ローズは困惑したように返す。

「喰わなくとも退化せずに済むなら、確かにそれに越したことはないんですけど……」

「でも怪しいですわ。存在が」

「やはりそこがネックか……」

「怪しさのせいでこちらにとってのメリットが霞むんだよな。誠実さを感じない、とも言う」

「い、一応ちゃんと確実性は保証してくれてますし……口約束だけど……」

「じゃあ訊くけどフランチェスカ、信用できる?アレ」

「……ごめんなさい」

「ほらぁ」

「ちょっと間を置いてるのがガチ感あるな……」

 相談はまとまりそうでまとまらない。何せ藍染惣右介は怪しいのである。存在が。それが彼女達の判断を戸惑わせていた。退化の恐怖から逃れられるのであれば本当にそれに越したことはないのだが、確実性を保証するのが藍染の口約束のみである、というのが信用しきれない。しかし、突如降って湧いた可能性を手離すのは良し悪しか。

「とりあえず一旦訊いて、内容次第で受け入れてやらないでもない」

「受け入れるにしても、失敗したら殺すぞとでも脅しておけば奴もそうそう下手なことはできないか?」

「殺意の引き金が軽すぎて怖い」

 よし、これでいこう。とハリベルが締めて藍染へ向き直った。

「とりあえず……話だけ訊こうか」

「賢明な判断だ」

「やっぱり殺そっかなあ!!」

「アメミト様ステイ!落ち着いて!!」

 再び飛び出そうとしたアメミトをアパッチとスンスンが身体で抑え込む。ハリベルはそれを特に気にせず、続けてくれ、と促した。

 藍染が死覇装の内側から球状の何かを取り出した。曰く。

「これは崩玉と言ってね。死神と虚の境界を崩す———取り払う力を持った結晶だ。これを使えば、君たちと同じようにそこの中級大虚の三人も完全な破面化を果たすことができる。最も……彼女達にそれに足る力が有れば、の話でもあるが」

「……成る程。破面になれば確かに退化することはないだろうが……」

「おい、その言い方だと成功するかどうかは自己責任みたいな感じがするぞ」

「挑戦に敗れると思うほど、彼女達の力を信用していないのかい、君は?」

「喧嘩なら言い値の百倍で買ってやるぞ」

「やめろアメミト」

「痛い!」

 パァンッ、と軽い音を立ててハリベルが殺気立つアメミトの頭を引っ叩いた。叩かれた場所を押さえて蹲るアメミトは一旦置いて、藍染に続きを促す。

事情(わけ)有って私は今、より強い力を持った大虚を集めている。そしてバラガンから、君たちの話を聞いて是非とも共に来て欲しいと思った次第だ」

 藍染は先ずアメミトを指差した。

「バラガンと同じ、虚園の始まりから存在し自らの力で仮面を破り外して破面と至った、アメミト・レシェフ」

 その言葉にハリベルは思わずアメミトを見た。アメミトはといえば、そんなことまで喋ったのかあの骸骨、と怨めしそうにここにはいないバラガンへ毒吐いている。

「そして、そのアメミトが長きに渡る孤独な放浪の果てに見出した同志。ティア・ハリベル」

 藍染の指がハリベルへ向く。それに対してアメミトは、翠玉に剣呑な光を宿して嫌悪感を隠さないまま睨み付けた。

 藍染の掌が開かれ、ハリベル達へ差し伸べる形になる。それは、果たして福音のコンサートチケットか、それとも破滅への片道切符となるのか。ハリベル達にとっては、いずれにせよ。

「どうか私に、君たちの力を貸して欲しい。報酬は、君たちの仲間の進化だ」

 ハリベルは同志達を見回す。中級大虚の三人が頷いて、次いでアメミトも若干不服そうな様子を見せながらも首を縦に振った。

「……いいだろう。全員揃って貴様の下に着いてやる。ただし」

 ハリベルは一度言葉を区切る。一呼吸置いて、碧玉が藍染を真っ直ぐ射抜いた。

「私たちの理想の障害になると判断したその時は、如何なる理由があろうとも必ず、貴様を殺す」

 従うのではなく、ただ下に着くだけだということを努努(ゆめゆめ)忘れるな、と付け加えてハリベルは藍染の手を取る。

「……留意しておこう。さあ、では行こうか」

 私の虚夜宮へ。

 藍染に先導され、当初の予定とは大きく異なるものの一同は虚夜宮へ足を踏み入れた。




藍染のエミュが難すぎる
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