私はあなたに手を差し伸べただろうか
もしもあなたが学友だとして
私はあなたと笑い合えただろうか
重なり合わないあなたと私
相容れないからこそ惹かれ合う
決戦、第二章
振り下ろされた真子の斬魄刀が藍染の目と鼻の先まで迫る。白刃が藍染の首を捉えかけたその時、真子の左瞼の上に第三者の刀が触れた。真子は本能的に上体を後ろに反らし、振り抜かれた刀を躱す。宙空を蹴ってバク転をし、体勢を整えるために距離を取った。
「……外したか」
真子に斬りかかったのは、藍染の側近として構えていた東仙である。
「アホ言え。当たっとるわ」
顔を上げた真子の左目側の額から、多くはないが少ないとも言えない量の血が流れた。東仙の斬魄刀の刃が、僅かに額を斬っていたからだ。
東仙は斬魄刀を振って、刃に付着した僅かな血を払い落とす。
「左目から上を斬り落とすつもりだった。その程度は、当たっていると判断しない」
「言うやないか、三下」
真子は左目側の額を拭う。本音を言えば、後一瞬回避が遅れていたら東仙の言う通り、左目から上を頭蓋骨ごと斬られて、脳梁が飛び出ていたことだろう。
「さぞ気分が悪いだろうな。その三下に、斬られて死ぬのは」
東仙が斬魄刀を構える。力強く踏み込んで、真子に真っ直ぐ斬りかかった。
だが、真子と東仙の間に割り込んで、その剣を止める者がいた。左陣である。穴だらけになった死覇装を気にも留めず、左陣は東仙の顔を見下ろす。東仙は一瞬歯噛みして、すぐに斬魄刀を引き後退した。
「……助太刀するぞ。仮面の客人」
「ええんかい。俺らみたァな、得体の知れん連中助けても。まァ、見たとこアンタも充分得体が知れんけどな。あと、羽織ボロボロやけど大丈夫なん?」
「問題無い」
左陣はほんの少し、その大柄な身体を真子に向ける。
「貴公らは真先に、あの
左陣は声を張ってそう宣言した。真子は血を拭った左手を振って肩を落とす。暑苦しいのは苦手だった。
「でかい声で、意思表明しやがる……だが……確かに……」
別の場所で、冬獅郎は氷をギプス代わりにして両手両足を固定し、斬魄刀を支えに立ち上がる。肩で息をしたまま、身体の痛みを氷の冷たさで誤魔化して両足を踏ん張り、腰を落とした。その背後から、大剣に水を纏わせて振りかぶった構えで迫る、
振り下ろされた水の剣を、仮面を着けたリサが割り込み受け太刀で止めた。ビリビリと斬魄刀を持つ右手から、衝撃がリサの脚の骨にまで伝わって響く。リサは仮面の下で顔を顰めながら、斬魄刀の峰に左手を添えて押し負けぬよう霊子の足場を踏み締めた。
その横から、ひよりが姿勢を低くしてハリベルの脇腹目掛けて斬魄刀を振り上げる。ハリベルは空いた左手でそれを受け止めると、舌打ちして右脚を上げ、鋭いローキックをひよりに見舞った。ひよりはそれを跳躍して躱し、ハリベルを見下ろす形で
ハリベルが大剣の鋒から水を噴射し、その勢いに乗って後ろに跳んだ。霊子の足場を複数作って、飛び石のように飛び移って距離を取る。
「……てめえらが敵か、味方かなんて……迷ってるヒマは、無さそうだぜ……」
冬獅郎は仮面が解けていくリサとひよりの背中を見据えて、複雑そうに自嘲した。ひよりは不機嫌そうに冬獅郎の方を振り返ると、不本意であることを隠そうともせず鼻を鳴らす。
「うちらかてなァ!オマエら死神なんか、助けたないわ!!けど、そんなん言うてるトキちゃうねん。今は!!」
「……その通りデス。見ず知らずの者同士が手をとって戦うのニ……大仰な理由などありまセン」
砕蜂と稀千代を庇うような位置に出た鉢玄———ハッチが言葉を継いだ。バラガンはハッチの解けていく
「敵の敵は味方!共闘の理由なんか、それで充分やろ」
ハリベルに剣を向けて、リサがそう結論付けた。砕蜂は気に入らなさそうに舌打ちするが、冬獅郎はその一方で眉を下げて僅かに口角を上げた。全く、その通りだと。
「共通の敵を前に団結するのは、人間の悪しき習性の様に言われるけど……それは違う」
斬魄刀が鞘を低く打ち上げる。浮いた鞘を左手で掴み取った楼十郎———ローズは仮面を解いて唄うように説いた。
「それは悪しき習性じゃなく、生物としての生存本能だ。事実、その時こそ精神的団結というのは最も———」
ローズが揚々と説くのを、誰かが後ろから頭を引っ叩いて止めた。羅武もとい、ラヴである。おそらく第三者が見たら気心の置けない中というには、些かバイオレンスな打撃音がした。
「何するんだよラヴ!!」
「そのハナシはもう終わったんだよ!つまんねーこと喋ってねえで、目の前に集中しろ」
ラヴは仮面を解きながら、サングラスの奥の目を前方に向ける。そこには、スタークがいた。
「いいのかい。仮面、取っちまって」
スタークは右手側の拳銃の銃口を額に向けて、ローズとラヴに問うてみる。
「3分しかもたねえんだよ。ヒーローだからな」
ラヴはあっけらかんと返した。仮面を時間単位で維持できるのは、仮面の軍勢では白くらいなものだ。
スタークは指先で拳銃を一回転させる。リリネットが抗議の声を上げるが、スタークは敢えてそれを無視した。
「ヒーロー、ね……」
誰にも聞こえないその呟きは、ほんの少し羨望が滲んでいた。
「……おい」
冬獅郎は斬魄刀を構え、リサ、ひよりと共にハリベルと再び対峙する。手勢は増えた。さっきは遅れを取ったが、今度こそはという思いがないでも無い。だから、降って湧いた見ず知らずの協力者に作戦会議を持ちかけた。
「既に一度、奴に負けた身で抜かすことじゃねえのは承知の上で、伝えておくことがいくつかある」
冬獅郎は一度言葉を区切って、息を吐く。その顔色は、誰が見ても悪い。
「奴の能力は水を操る、一見すると単純なものだ。だが、その応用力が厄介に過ぎる。それから、奴が俺たちに向けて発する言葉は、基本的に単なる挑発だから、全部無視しろ。下手に反応したら奴の思う壺だ」
「ほんまにお前が言うてええことちゃうやんけ!!お前そないにボロゾーキンみたいになってるっちゅうことは、それに引っかかって負けとんやんか!!そのクセになんや、えらっそうに!!挑発に乗るななんか、言われんでもわかっとるわ!!」
ひよりが鬼のような剣幕で捲し立てた。冬獅郎は思わず気圧されて、半歩ほど身体を引く。
「……そ……そうだな……その通りだ。だからこそ、お前らは俺と同じ轍を踏まないでくれ」
バツが悪そうに冬獅郎は顔を逸らした。だが、ひよりはそれでは許してくれないらしい。
「俺と同じ轍踏むなァ!?そんだけかい!!大体ウチらが助けへんかったら、お前そのまま叩っ斬られとったやろがい!!ありがとうの一言も言えへんのか!!それか手間かけさせてゴメンナサイとか、何とか言うたらどないやねん!!」
「……す……すまん……」
「はァん!?聞こえませんなァ!!こっち見ろや!!大体何や、そんなガキみたいなナリして隊長羽織着よって。ホンマ隊長なんかオマエ!?隊長ゴッコかと思ったわ!!大体わかんで!!当てたるわ!!ガキのくせに何やズルして隊長なれたモンやから、チョーシこいてんねやろ!!せやからそないハゲたこと言えんねんハゲコラ!!」
冬獅郎が圧倒されているのをいいことになのか、ひよりが更にガンガンと捲し立てる。終いにはハゲ、と延々繰り返したと思えば、チビ、と未成熟な冬獅郎の体躯を論った。冬獅郎は段々、何故自分がここまで言われなければならないのかと不満を覚え、それが徐々に怒りに変換されていく。
そして結論から言うと、冬獅郎の堪忍袋の尾が切れた。冬獅郎はひよりのジャージの襟を掴んで自分側に引き寄せる。そして、
「オマエの方がチビだろうが!!!」
ここ最近で、一番声を張り上げて怒鳴った。言い返されると思っていなかったひよりは思わずたじろぐが、すぐに気を取り直して冬獅郎の死覇装を掴み上げる。
「な……なんやこのガキィ!!やんのかコラァ!!ケンカ売んなら買うたんど、コラァ!!」
「ケンカ売ってんのはてめえだろうが!!俺は謝ってるし真面目な話してんのにてめーがいつまでも……ゲホッ、ゴホッ、ゴホッ!!」
「何途中で噎せとんねん!!ふざけとんかコラァ!!」
「ふざけてねえよ!!痛えんだよ全身!!骨折れて……ガホッ!!」
売り言葉に買い言葉で、やや幼稚な口喧嘩を始めた二人に、リサは呆れたように溜め息を吐いた。チラ、と視線をハリベルの方に向ければ、当のハリベルは霊子の足場を二つ作って大剣を横倒しにし、そこに両足を引っ掛けて逆さまの姿勢でぶら下がっていた。暇だ、と繰り返して上半身を振り子のように前後に揺らしているのを見て、リサは流石に困惑した。自由かアイツ。
「……先行くで」
喧嘩するひよりと冬獅郎を置いて、リサは一人で飛び出して行った。ひよりが慌てて待ったをかけるが、リサは聞く耳を持たない。
リサが突撃してくることに気配で気付いたハリベルは、顔だけで振り返るとすぐに腹筋だけで上体を起こし、左脚で大剣を霊子の足場から外して右手で掴み、振り下ろされたリサの斬魄刀に合わせる形で下から振り上げた。
「何だ。結局
「奇遇やな。あたしもそうやと……思っとったわっ!!」
リサの斬魄刀とハリベルの大剣が、互いを弾き飛ばし合った。
黒い灰の混じった黒炎を両手の鉤爪に纏わせて、アメミトが元柳斎に跳びかかる。右を縛道の結界で防ぎ、左を跳躍で回避し、元柳斎は流刃若火を横凪に振るってアメミトを飲み込むように炎を放った。
炎に飲まれたアメミトは、左手に
「
黒い
元柳斎は攻めあぐねていた。当然と言えば当然だ。無闇に近付けば、あの死を齎す黒い灰———
一方で、アメミトもまた元柳斎をどう討ち取るか、頭を悩ませていた。致命傷足り得ずとも、あの炎は煩わしい。老体とは思えぬ反応速度もさることながら、剣の腕のみならず鬼道も高水準で習熟しているとなれば、あと一歩が何とも届かずにいる。
元柳斎は斬魄刀を構えたまま思案する。
アメミトは
(こうなれば最早、致し方無し……)
(手段を選んで勝てる相手ではないのは、既に理解した)
睨み合う二人は、殆ど同じ事を考える。
斬魄刀に炎を纏い、元柳斎が踏み込んだ。それと同時、アメミトもまた黒炎を鉤爪に纏って霊子の足場を蹴り、大砲の弾の様に前に向かって跳ぶ。
流刃若火の炎を纏った剣が、アメミトの胴目掛けて振り上げられる。黒炎を纏った左の鉤爪が、元柳斎の側頭部に向かって振り降ろされる。元柳斎は左側頭部に鬼道の結界を瞬間的に張って、鉤爪を受け止めた。アメミトは振り上げられた斬魄刀を右脚の脛で受け止めて、右の鉤爪を元柳斎の左肩目掛けて突き出した。元柳斎の剣は、
元柳斎はアメミトの脛の骨に当たって止まった斬魄刀を引いて、身体を半身で捻る。鉤爪の直撃は避けたものの、左の二の腕を僅かに掠め、炎に混じった
元柳斎はそれに動揺など欠片もせず、一切迷い無く、そして躊躇も無く侵され始めた二の腕の肉を斬魄刀で削ぎ落とす。宙空に放り捨てられた肉が、黒く蝕まれて霊子となり、大気に散った。
「……漸く擦り傷か。鬱陶しい」
アメミトは燦光する
「やれやれ……硬過ぎるのも困りものよの」
元柳斎は肉を削ぎ落とした左の二の腕に、炎を纏った斬魄刀を焼鏝の様に当てて、傷口を焼いて止血した。
お互いに、痛みは必要経費である。アメミトは牙を剥いて目を見開き、口角を上げた。元柳斎は鋭く眼を光らせ、斬魄刀の刃に張り付いた焼けた血と肉を拭い取る。
黒と朱。二色の炎はより熱量を増し、
ハッチが鬼道の結界を板状にして、複数———否、数十単位で展開する。それらをバラガンの放つ
「朽ちると言った」
バラガンは嘲る。その言葉通り、ハッチが打ち立てた結界の壁は
「『軍相八寸、引くに能わず』『青き閂、白き閂、黒き閂、赤き閂』『相贖いて、大海に沈む』」
それを見たバラガンは成る程、と内心で手を打つ。ハッチが行ってみせたのは、詠唱破棄で放った術に詠唱を追加し、術を強化する技術。後述詠唱であった。
「じゃが、間に合わん」
バラガンは
「"竜尾の城門"」
結界の板が更に並べ立てられ、壁は巨大な門と化す。ハッチは門の形になった結界を固定するように、閂の役割を担う結界を出現させて取り付けた。
「砕蜂サン!!力を貸してくだサイ!!」
ハッチは砕蜂に呼びかける。鬼道の名手とはいえ、ハッチの手札では決定力に欠けている自覚があったからだ。この場でバラガンを倒すのには、砕蜂の卍解が持つ破壊力こそが絶対的に必要だった。
「浦原サンと関わりのある我々と、手を組みたくないのは解りマス……でも解るでショウ!今はそんな事言ってる時でハ、ないんデス!!」
説かれてなお、砕蜂は首を縦に振ろうとしない。頭では解っている。バラガンを倒し、藍染を討つには、個人の感情は切り捨てて然るべきだ。しかし、百年かけて積もり積もった浦原喜助への不信と嫌悪は、今の砕蜂には割り切れるものでは無い。
ハッチは胸の内で浦原喜助に謝罪しつつ、であるならばと切り出す。
「でハ、交換条件を出しまショウ」
その条件を提示されて、漸く砕蜂は苦虫を噛み潰したような顔で、首を縦に振った。
「…………何もしてくる気配が無いな……」
目の前に築かれた城門を前にして、バラガンは落胆するように呟く。
「下らん……こんな大層なものを出しておいて、只の時間稼ぎか……」
朽ちろ。バラガンは
そこに、同時にバラガンの背後に鬼道の前兆が三つ現れる。何事だ、とバラガンは咄嗟に振り返った。
「"虎咬の城門"、"亀鎧の城門"、"鳳翼の城門"!!!」
ハッチの詠唱に沿って、円盤、亀甲、そして番傘のような城門が四方に聳える。
「『四獣塞門』!!!!」
番傘のような城門がバラガンの頭上に被さるように開き、同時に四つの城門を結界が繋いでバラガンを閉じ込めた。
バラガンは四方の城門と、それらが構築した結界を見回す。そして、堪え切れずに噴き出した。
「フハハハハハハハハハハハ!!!滑稽滑稽!こんなもので儂を封じたつもりか!!実に下らん!!やはり只の時間稼ぎか!!」
バラガンは一頻り嘲笑うと、左手を眉間に添えて唸る。"老い"の力を持つ自分に対して時間稼ぎなど、天に唾するに等しい。いっそのこと、矮小な身の者としては良くやったものだろうと、バラガンは失笑した。
しかし、ハッチは。
「……その結界ハ、アナタを封じる為のものではありまセン」
「…………何?」
バラガンは首を捻る。自分を封じる為でないのであれば、一体この結界は何の為に張られたというのか。バラガンは少々理解が及ばなかった。
「……アナタは先程の砕蜂隊長の卍解に"老い"の力を放ち、アナタの遥か手前で爆発させ、爆風を余所へ飛ばして回避していた……ならバ、その一撃を爆風の力を全く逃さない場所で……」
虎咬の城門の中心が僅かに開く。同時に、そこに何かが差し込まれた。
「"老い"の力が間に合わない程の近くから……浴びせられたらどうでショウ?」
差し込まれたのは砕蜂の卍解、雀蜂雷公鞭。
バラガンは息を飲む。ハッチの観察は正しい。あの魔改造されたナパーム弾のような一撃は、バラガンでさえまともに喰らえば致命傷を覚悟せざるを得ない威力を誇っているからだ。それを確実に当てる為の、四獣塞門である。
「もう一度誓え。明日から一月、浦原喜助を貴様の結界に閉じ込めると」
気力を振り絞っているが為に脂汗を滲ませた砕蜂が、確認するように告げる。ハッチは迷い無く、誓いを結んだ。その返事に、砕蜂はほくそ笑む。
「雀蜂雷公鞭、やれ」
短い一言が合図だった。放たれた一撃は逃げ場のないバラガンを襲い、結界の中は爆炎の光で満たされる。それと殆ど同時に、未曾有の大災害を疑うような轟音が鳴り響いた。
ざわ、と空気が揺れる。少し遅れて、鼓膜を重さのある音が震わせる。
大人びていながらも何処かあどけない碧玉を丸くして、ハリベルは音が聞こえた方へ顔を向けた。
「何アレ。ヤバ」
口をついて出たのはそんな感想。視線の向こうには、四角い結界の中で爆炎がミチミチに詰まって燃えているのが見えた。
うわあ、喰らいたくねえ。ハリベルの本音はそんなものだ。
余所見をしているハリベルの上から、
休む間を与えるものかと、背後からリサが居合の構えで迫る。ハリベルは半身で振り返り、大剣をリサの抜刀に合わせて振り抜いた。
「……お前、もしかして両利き?」
「そんなん訊いて、どうしようって言うんや」
「いや、普通に気になっただけ」
「余裕なことや……で!!」
リサが左足で足払いを仕掛ける。ハリベルは縄跳びを跳ぶように軽く跳躍して、リサの首目掛けて右足で回し蹴りを放った。リサはそれを上半身を大きく後ろに反らして躱し、そのままブリッジをするように手を着き両足をハリベルの顎に向けて振り上げた。
「うおっ!?」
ハリベルは咄嗟に両足の裏から水を噴射し、その勢いで後ろに跳ぶ。寸でのところでリサの振り上げた両足が顔スレスレを通過した。
「足癖悪いなあ、お前!」
「あんたが言うなや」
それはそう。激痛を訴える身体を氷の冷たさで紛らわせながら、隙を窺っていた冬獅郎は頷く。さっきも散々蹴られたり、投げられたりしたものなので。
「あーもう、鬱陶しい!
ハリベルの大剣から霧が噴き出した。不味い、と冬獅郎は腹を捻られたような感覚に襲われる。
「気を付けろ!奴の霧は霊圧感知を阻害してくるぞ!!」
冬獅郎の言葉に、リサとひよりはマジか、と視線を一瞬泳がせた。濃霧が周囲を覆い隠し、冬獅郎の言う通り、ハリベルの霊圧を追うことが出来なくなっていた。
「何やねんアイツ!コソコソ隠れて卑怯モンがァ!!出てこいやァ!!」
ひよりが苛立たし気に怒鳴る。
「出てこいと言われてのこのこ出ていく奴が、一体この世の何処に居る。大体、戦いに卑怯も
霧に姿を隠したまま、ハリベルは呆れたように返した。ひよりはそれにより一層腹を立てたようで、足を大きく踏み鳴らす。
「やかましいわボケコラァ!!
「あれ?これセクハラか?だいぶストレートなセクハラか?あと別に痴女じゃねえんだわ。寧ろ身持ちは固いタチだ」
しょうがないなあ、とぼやきながら、ハリベルは電柱の上にしゃがんで霧の中から姿を見せる。不愉快そうに眉を顰めて、左手で頬杖をついた。
「せっかく女子が二人もいるんだし、ちょっと密かにやりたかったことをやりたかったんだが……どうやら叶いそうにはないな」
「……やりたかったこと?」
斬魄刀を構えたまま、リサが繰り返す。
「
「……暇なんか?」
「それこそ、現世から持ち込まないと娯楽が無いんだよ。死活問題レベルでな」
ハリベルは苦笑して肩を竦める。
「…………生憎、あたしらもここ百年程、碌に身内以外と関わり合い持っとらんかったからな。恋バナなんて華やかなもんはでけへんよ。猥談やったら付き合うたるけど」
「代替案が最悪過ぎるだろ」
冬獅郎は思わず口を挟んだ。恋バナしようと提案してきた相手に猥談を代わりに提示するのは、温度差でグッピーが死ぬ。
「………………猥談か……具体的にどういう話をすれば良いんだ?」
「お前も悩むな。そして乗ろうとするな」
「それこそ、男女問わずココが一番スケベや!って思うとこ挙げてったらええねん。どうスケベに思うかも含めてな」
「最悪のチュートリアルすんなや!!」
爆竹でも鳴らしたのかと思う程の勢いで、ひよりが自分の太腿を叩いた。冬獅郎は初めてひよりと意見が一致したのを、何とも言えない顔で腹の中に飲み込む。
ハリベルは徐に立ち上がり、大剣を小脇に抱えて腕を組んだ。
「ん〜〜〜……そうだなあ……最近ちょっと、ゔっ、てなったのは……脇腹から骨盤にかけての曲線とかか?」
「なんや、なかなか通やな。何でなん?」
「何で……そうだな……やっぱり普段そう見れるものじゃないからだろうな……アイツ普段着込んでる方だし」
ハリベルはこっそり、元柳斎と対峙するアメミトへ視線を向ける。そういえば帰刃したアメミトの姿って、結構来るものがあるよな。と胸の内でなかなか低俗なことを考えた。
「ほほう?その言い方やと既に相手がおるみたいやな?」
ニヤリ、とリサがメガネを反射させて口角を上げる。
冬獅郎とひよりは目を見合わせて、気配を押し殺しつつ静かにハリベルの背後に回った。
「ああ、そうだ。初めて会った時から、ずっとずっと好きな女がいる」
「一途なんやな。今となっては素直に羨ましくなるわ」
「褒め言葉として受け止めよう。ちなみにお前はどうなんだ?」
「あたしは女体なら、王道におっぱいやな。けど、ただでかいだけやったらあかん。服着た時にシルエットが綺麗な形しとらんと、エロさが減るからな」
「……そういうものなのか?」
「そういうもんや。それで言うたら、あんたは合格やね」
「喜んで良いのかセクハラで訴えたら良いのかわからないなあ〜〜〜!」
むず痒そうにハリベルは左手で髪を掻いた。その背後から、ひよりと冬獅郎が今だと斬魄刀を振り上げて跳びかかる。
「ぶっ手切れ、馘大蛇!!!」
「霜天に坐せ、氷輪丸!!!」
鋸のように波打つ幅広の大太刀に変化した斬魄刀が、氷を纏った長刀の斬魄刀が、ハリベルを襲う。だが、しかし。
「
大剣を脇に挟んだまま、ハリベルは右手の指を鳴らす。すると下から、鉄のような密度と質量の水の柱が猛スピードで迫り上がり、ひよりと冬獅郎を突き飛ばした。
「邪魔するなよ。
「ふっかけたあたしが言うのもなんやけど、あんたはそれでええの?」
リサが宙空を蹴って駆ける。右手で斬魄刀を回転させ、左手で
「潰せ、鉄漿蜻蛉」
解号と共に、リサの斬魄刀が両刃の槍に変化する。リサが槍を横薙ぎに振るうと、ハリベルは大剣を右手に持ってそれを側面で受け止めた。
「やれやれ。小さいの二人が揃って無粋なばっかりに……」
「そう言いなや。お互い遅かれ早かれこうなるんはわかっとったやろ」
「それはそう」
ハリベルとリサの得物が互いを弾く。リサは槍のリーチの長さを活かし、ハリベルの大剣の鋒よりも遠くから果敢に攻め立てた。
ハリベルは大剣に水を纏わせ、水の刃を作り上げる。それを下から振り上げて、リサの首を狙った。リサは槍の穂先を叩きつけるように振り下ろし、水の刃を崩す。
リサが槍の柄頭をハリベルに向けた。そこに霊圧が集中する。
「
近距離からの
ハリベルの大剣に
「取った!!」
瞬歩で加速したまま、リサの槍がハリベルの心臓の位置を目掛けて突き出された。そして、穂先がハリベルの皮膚を捉えて、そして———。
———ガキンッ。
金属同士がぶつかったような音だった。リサは仮面の奥で自分の目を疑い、そして次に自分の手の感触を疑う。
「……アメミトは別に、自分だけとは言ってないだろ?」
ハリベルの左手が、心臓の位置に突き立てられたリサの槍の穂先を掴んだ。槍の穂先は、一ミリ程しかハリベルの皮膚に埋まっていない。
「悪いな。私も
ハリベルはリサの槍をそのまま払い退ける。リサは殆ど脊髄反射に近い早さで、後ろに跳び退いた。
「……正直、残念に思っているよ。せっかく身内以外で、仲良くなれそうな相手だと思ったのに」
眉尻を下げたハリベルは、心から残念そうな声で言った。
「……こればっかりは、お互いに立場があるから仕方ないわ。あたしは藍染の被害者で、あんたは藍染の部下。最後には剣を交えて、どっちかが生きるか死ぬかや」
「部下じゃなくて、協力者なんだけどな。あくまでも。でも……そうだな。お互い、どの種に生まれるかは選べこそしないが……もっと別の形で……ただの
「もしもなんて、どれだけ考えてもキリがあらへんよ。今こうして、互いに剣を突きつけ合ってるんが現実なんやから。例えあたしらが、どれだけ意気投合したところでな」
「……残酷なことだ」
ハリベルが目を伏せた。リサもメガネを元の位置に正すフリをして、密かに生まれた落胆を押し隠す。
「……そういえば、名を聞いていなかったな。私はティア・ハリベルだ。お前は?」
「矢胴丸リサ」
「そうか……リサ。私はお前を、たった今友と認めよう」
ハリベルは大剣を下ろす。すると何故か、ハリベルの身体を鎧う白い外殻にヒビが走り始めた。
「それ故に……私は
色の濃い金髪が、ビデオテープの早回しのように伸び始める。ヒビの走った外殻は割れ始めて、ハリベルの褐色の肌から徐々に剥がれ落ちていった。
リサの背筋を良く無い寒気が駆け抜ける。増大し始めたハリベルの霊圧が、息苦しさを齎し出した。
「さあ、始めよう。私たちの、終幕を」
そして、人喰い鮫がその真の姿を現した。
温度差でグッピー大量死するわ