犴と鮫   作:鷲谷ヒメリ

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常夜の空こそ我が天蓋
朽ちた鐘は我が讃歌
獣よ
何故我に唾を吐くか


虚栄の王冠

 よんでいる

 

 呼んでいる

 

 誰かが私を呼んでいる

 

 蕩けるような

 

 愛おしそうな

 

 胸が締め付けられたかのような

 

 切ない声で誰かが私を呼んでいる

 

 だけど まだ もう少し

 

 この薄暗い殻の中で

 

 その時が来るまで眠らせて

 

 

 

 虚夜宮(ラスノーチェス)に来てそう経たない頃、ハリベルは夢を見た。

 蒼い水の中を漂っていた。目を下に向けると、水底に行くにつれて徐々に紅く染まっているのが見えた。

 その夢が明晰夢だと、ハリベルはすぐに気付いた。どれだけ上に昇っても、水面に辿り着かなかったからだ。

 ハリベルは水の中を泳ぎ回ることにした。(ホロウ)になってから、虚圏(ウェコムンド)の白い砂漠しか知らなかったはずなのに、身体は自然と上手く泳げていた。きっと、鮫の(ホロウ)としての形質が影響しているのだろうと推察する。

 水の中は何も無い。小魚は愚か、藻の一つも浮いていない水の中。当て所なく泳ぎ続ける中で、漸くハリベルの意識に働きかけるオブジェクトが姿を現した。

 鮫だ。鰓まで裂けた口から赤黒い血が溢れて、水の中を煙の様に揺蕩っている。背鰭は左右対称に二つあり、先端が触手のように細長く伸びて揺れ、胸鰭は剣のように鋭い。尾鰭は大きく広く、打たれればひとたまりも無いだろう。そんな、悍ましい姿の鮫だった。

 ハリベルの視線に気付いた鮫が、爛々と光を放つ眼玉を向けた。

 それは怪物の緑。獲物を喰い千切らんと燦光する碧玉(グリーンジャスパー)

 尾鰭を強く、そして素早く動かし水を蹴り、鮫がハリベルに向かって突進してきた。裂けた口を大きく開き、隙間無く並んだ鋭い牙を剥き出しにして。

 ハリベルは反射的に身を捩り、鮫の牙を躱す。すれ違い様無意識に、ハリベルの左手が鮫の右側の背鰭を掴んだ。

 背鰭を伝って突き抜ける様に泳ぐ鮫の背に捕まり、ハリベルは水の抵抗に耐えながら、無から出現した真白い鎖を右手に持った。

 ハリベルは()()()()()()()()()()()()()()()()。だからこそ、逃げなかった。

 ハリベルは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だからこそ、その使い方を知っていた。

 いつの間にか、顔の下半分を覆っている筈の仮面の欠片が無くなっている。その理由も、ハリベルは解っていた。

 両脚で鮫の胴体を振り落とされない様に挟んで、真白い鎖を両手に掴む。撓む鎖を鮫の口に引っ掛ける形で振り下ろし、手綱の様に後ろへ引いた。

 鎖と鮫の牙がぶつかって、水を通してくぐもった音が響く。ハリベルは鎖をしっかりと握って、暴れ出した鮫を縛り上げた。

「私に従え」

 それは命令。この果ての無い蒼い水の世界も、血肉を求めて荒れ狂う鮫も、ハリベルの支配下であると明言する。

 水底から紅が迫り上がる。

 ああ、そうだ。あの紅はハリベルの欲だ。肉欲、征服欲、支配欲、その他全ての欲望が混ざった紅だ。

 欲とは本来、生物の生存において必須の要項を満たす為の導線である。それ故に、欲望こそが生物の根幹に築かれた基盤であり、ヒトの自我を形成する根源である。仏教においては、人が滅するべき我執、或いは末那識と呼ばれ忌まわれるべきものだが、ヒトは果たして、欲無くして正常に生きることは難しい。

 故に、ハリベルは欲を無いものとすることを、アメミトとの出逢いを機に辞めた。自分の中の本能的な欲を、渇望を受け入れ、認めて、時に身を委ね、時に律することを選んだ。

 我執とは、滅し去るものではなく、これこそが自分であると認めて初めて、正しくヒトを導くものである。

 ハリベルは真白い鎖に縛られ、抜け出そうともがく鮫の頭を抑えつけて、紅の中へ沈めて行った。

 そして呼ぶ。自分自身とは不可分の、そのものの名を。

 それは、己の本能から———魂の真髄から生まれ、形を成したものが故に。

皇鮫后(ティブロン)

 己の写し身にして本性となる、そのものの名を奏でた時。ティア・ハリベルという魂は、より高次の視座へと昇り詰めた。

 

 

 ゆらり。鮫の尾鰭がしなやかに揺れる。悪戯っぽく細められた碧玉に見入られて、リサは崩れ落ちるように膝をついた。

 左手で胸を押さえる。呼吸が出来ない。喉から腹へ、空気とは別の何かを詰め込まれるような感覚。口から出るのは何かが喉につっかえたような、咳き込む音。まるで陸から海の底へ、一瞬の間に引き摺り込まれたような、そんな苦しさ。

(あかん)

 リサの全身の血管から、血の気が引いた。生理的な涙が溢れて流れ落ちる。これは何だ。霊圧なのか。こんな、眼に映るもの全てを飲み込んで、圧迫するようなものが。

 ———()()()()()

 酸欠になって頭の働きが鈍る。視界が眩んで、意識が遠のきかけた、その時。

 空座町の街並みの遙か彼方まで響くような、一発の柏手が鳴った。

 瞬間、リサを襲っていた息苦しさが瞬く間に霧散する。圧迫感から解放されたリサの身体は酸素を求めて、一度に大量の空気を取り込もうとした。喉が痛くなる程咽せながら、リサは額に滲んだ汗を拭ってハリベルを睨む。

「すまん、リサ。自分で言うのも何だが……コレは些か強過ぎて、あまり使う機会も無いのでな。うっかり垂れ流した」

 困ったように笑ったハリベルが、恥ずかしそうにそう言った。それにリサは、内心で文句を垂れる。垂れ流したって何だ。霊圧か。無意識に漏れ出した分だけであの圧迫感か。フラフラになりながらどうにか立ち上がり、両手で槍を構えた。そして、リサは改めてハリベルの姿を観察する。

 肩甲骨の上から伸びる細長い褐藻に似た形の鰭は、外殻が剥がれて石膏のような質感を失った代わりに鞣革のように柔らかい灰色を見せつけた。四肢と腰には鰭が生え、全ての爪が赤黒く染まって鋭く伸びている。短かった金髪は膝まで伸びて、左右に伸びる腰の皮弁と、周囲を威圧するようにゆっくりと左右に振れる鮫の尾鰭と併せてハリベルの姿をより大きく魅せていた。

「本格的にバケモンやな」

 搾り出せたのは、そんな強がりでしかない悪態だった。ハリベルは思わず失笑する。

刀剣解放(レスレクシオン)第二階層(セグンダ・エターバ)。全ての破面(アランカル)が届き得る境地であり、一握りの才有る者だけが到達し得る通過点だ」

「……なんやそれ。矛盾し過ぎちゃう?誰でも届く可能性があるのに、才能あるモンしか辿り着けへんとか」

「死神の卍解も似たようなものだろう?全ての斬魄刀に卍解は存在するが、そこに至り得るのは才覚に恵まれ、きっかけに恵まれた者だけだ」

「ああ……そういう話やったら、確かにその通りやわ」

 リサは呼吸をどうにか整えて、眼鏡の位置を微調整する。そうしていなければ、また飲み込まれそうになるからだ。

 ハリベルは、左右に三つずつかえしの付いた形状に変化した大剣を両手で構える。膝を曲げて腰を落とすと、長い鮫の尾鰭がゆったりと持ち上がった。

「私から目を逸らすなよ。呼吸は乱すな。得物から手を離しては駄目だ。でないと———」

 瞬間、ハリベルの姿が消えた。と思った時には、リサの目と鼻の先にハリベルの姿が現れて、大剣を振り上げる。

「九死に一生さえ、拾えなくなるぞ」

 リサは脊髄反射で仮面を被った。そして後ろに飛び退いて、振り上げられた大剣の一撃を躱す。だが、それでも一瞬遅く、セーラー服ごと脇腹から肋にかけてを浅く裂かれた。

 

 四獣塞門に亀裂が走る。砕蜂は全身から汗を噴き出して、力無く落下した。稀千代が大急ぎで落ちていく砕蜂を受け止めに回ると、それを見送ったハッチが割れかけた四獣塞門を解除する。

「……さテ、困りましたネ……」

 そっとハッチは目線を他所へ向ける。その先にはリサと、刀剣解放(レスレクシオン)第二階層(セグンダ・エターバ)を解禁したハリベルの姿があった。

 なんだ、アレは。一瞬とはいえ自分達のいるところまで届く異常な霊圧と、より有機生物的に変貌した姿に、ハッチは怪訝そうに眉を顰めた。そして、念の為稀千代に抱えられた砕蜂に呼びかける。

「大丈夫デスかー?」

「大丈夫なワケねーだろ、このデブ!!隊長死んだらどーすんだ!!」

 稀千代は怒鳴り立てる。気力と体力の限界に至り掛けている砕蜂の背中を摩りながら、そっと建物の屋上に降ろした。

「……本来なら、雀蜂雷公鞭は三日に一発が限度なのだ……それを一日に二発も……」

 砕蜂は稀千代の手を払い退け、不遜に口角を上げてハッチを見上げる。

「代償は確りと……払ってもらうぞ……」

「ハイ、もちロン……」

 ハッチが言いかけた時だった。

 黒い靄が、砕蜂達の降り立った建物を飲んだ。

 足元が崩れる。砕蜂の靴が、僅かに黒い靄に接触して朽ち始めた。砕蜂は舌打ちして靴を放るように脱ぎ捨てる。

「……許さん……許さん……!」

 老いた嗄れた声が、爆炎の中から木霊する。三人の背筋に怖気が走った。

「この儂にここまで傷を負わせるとは……絶対に許さんぞ、蟻共が……!!」

 炎の中から骨の手が伸びる。振り払われた炎の向こうから現れたのは。

「大帝に背いた不届きを、塵となって悔いるがいい!!!!」

 片腕を失い、左の眼窩が抉れて砕けたバラガンであった。

 最大出力の死の息吹(レスピラ)が放たれる。隕石が落ちるように建物を次々飲み込み、朽ちさせていく死の息吹(レスピラ)を、砕蜂と稀千代はビルを飛び移りながら辛うじて躱していった。

「馬鹿な……あの距離から雀蜂雷公鞭を喰らってまだ動けるのか……!そこは大人しく死んでおけ……!!」

 砕蜂は重い身体を引き摺り逃げながら、息も絶え絶えに悪態を吐く。ハッチは結界を張りながら、仮面を被って(ホロウ)化した。

 死の息吹(レスピラ)が結界と激突する。

「小賢しいわ!!!誰に向かって(ホロウ)の真似事だ!!身の程を知れ!!」

 死の息吹(レスピラ)が結界を侵蝕する。維持限界を強制的に迎えさせられた結界は、俄かにひび割れ始めた。

「我こそは"大帝"バラガン・ルイゼンバーン!!!虚圏(ウェコムンド)の、神だ!!!!」

 死の息吹(レスピラ)が遂に結界を穿ち抜く。そのままハッチの仮面と右手を掠めていった。バラガンは高らかに嘲笑う。

「死神も人間も(ホロウ)破面(アランカル)も、それぞれの違いも諍いも、意志も自由も鳥獣も草木も、月も星も太陽も、全て取るに足らぬ事。この世界の中で、この儂の"力"のみが唯一絶対」

 死の息吹(レスピラ)に触れたハッチの仮面が崩れ去る。右手は朽ち始め、指の骨が露出した。

「それ以外の事柄は全て等しく小さき事。至上の力を持つこの儂の支配の下にある事こそが、この世界のあるべき姿なのだ!!」

 バラガンは半分欠けた視界で、死の息吹に蝕まれるハッチを見下す。その脳裏には、藍染に玉座を、虚夜宮(ラスノーチェス)を奪われ屈辱を与えられる以前の出来事が蘇った。

 それは紅い大虚(メノスグランデ)だった。自分と同じく、古き時代を生き延びた最上級大虚(ヴァストローデ)だった。バラガンはかつて、彼女を自らの配下に加えようと接触を図った。

 ———貴様が、廃食のアメミト・レシェフか。

 ———その名で私を呼ぶのはやめて貰おうか。虫唾が走る。

 ジャッカルのような仮面の奥から、燦光する翠玉(エメラルド)が睨んでいた。バラガンはそれさえせせら笑って、常夜の空に浮かぶ月の光を遮るように紅い大虚(メノスグランデ)に顔を近づけた。

 ———我が軍門に加わるがいい。貴様のその"崩壊"の力を儂の為に役立てよ。

 だが、紅い大虚(メノスグランデ)の返答は。

 ———断る。

 ———……何?

 ———私は、"支配"には興味が無い。まして、アンタの下僕に成り下がる程、自尊心を捨ててはいない。

 その紅い大虚(メノスグランデ)の答えに、バラガンは無い筈の腑が煮え繰り返る程の怒りを覚えた。

 ———貴様……この儂に……"大帝"バラガン・ルイゼンバーンに逆らおうと言うのか。

 ———逆らうも何も、私は元よりアンタを王などと認めちゃいない。アンタのやり方では、虚圏(ウェコムンド)に真の泰平は実現し得ない。

 ———ならば、貴様にとって"王"とはなんだ!!

 バラガンががなり立てた。紅い大虚(メノスグランデ)は平然として、長いプラチナブロンドを右手で払った。

 ———少なくとも……アンタは勿論私も、虚圏(ウェコムンド)が真に必要とする"王"には成れない。私は王になるには覇気が無いし、アンタは王と仰がれるには……些か命を粗末にし過ぎる。

 そう答えて、紅い大虚(メノスグランデ)は踵を返してバラガンの前から立ち去った。

 バラガンの胸には、屈辱が二つ焼き付いている。その一つが、紅い大虚(メノスグランデ)———即ち、破面(アランカル)化する前のアメミト・レシェフとの最初の邂逅でのやり取りであった。

 何が泰平か。バラガンはあの時のアメミトの言葉を握り潰す。

「拮抗する力の中に、平等は生まれぬ」

 支配とは、全てを捩じ伏せ踏み潰す力の下に優劣を奪う事である。少なくともバラガンにとってはそうであった。

「見ろ。儂のその()には、貴様等の命も蟻の命も、等しく同じく映っているぞ」

 バラガンはハッチを指差して驕り昂る。そう、この"老い"の力の前には全てが惰弱。その筈であるのだ。

 だが、ハッチは毅然とした態度でバラガンを睨み返していた。右腕が結界で覆われ、その先が何処かへ消え去っている。

「……貴様、右腕をどうした」

 バラガンが思わず問う。ハッチは黙って左手の人差し指でバラガンを指す。

「……何の真似だ」

「差し上げまシタ」

 ハッチが端的に返した。次の瞬間、バラガンの身体の中に、何かが詰め込まれる。

「何だ……これは……ッ」

「さっきアナタが言ったでショウ。この世界で、唯一絶対の"力"デスよ」

 そう。ハッチが鬼道の結界を用いて送り込んだのは、死の息吹(レスピラ)に侵された右腕そのもの。結界ごと朽ち行く右腕を侵す死の息吹(レスピラ)が、バラガン自身をも蝕み始めた。

「貴様……!自分の腕を結界で切断して、儂の腹の中に転送したのか……!!」

「アナタの力が唯一絶対なラ、アナタ自身もその力には敵わないハズ……」

 何の確証も無い賭けではあった。だが、ハッチは見事、そのギャンブルに勝ってみせた。その事にハッチは心から安堵する。

「おのれ……蟻が……!!許さん許さん、許さんぞ蟻共めが!!!」

 バラガンは激昂する。身体はみるみる内に"老い"の力で朽ち果てていく。

「……尸魂界(ソウルソサエティ)にハ、死神の他に"神"と名のつくものがいないのデス。だから、ワタシ達にハアナタの言葉の重大さが理解できない……」

 ハッチは残された左手を胸の前に立てる。

「……不信心をお許し下さい。虚圏(ウェコムンド)の、神よ」

 バラガンの身体の殆どが、死の息吹(レスピラ)によって塵芥と化した。バラガンは辛うじてまだ残っている左手で、滅亡の斧(グラン・カイーダ)を握る。

 此処で死んでたまるか。まだ死んでいない。ならば、この手で、貴様を———。

 投げられた滅亡の斧(グラン・カイーダ)は、藍染へ向かって飛んで行く。だが、藍染には届く事なく、滅亡の斧(グラン・カイーダ)は虚しく砕け散った。

 遺されたのは、バラガンの頭に被さっていた金の王冠。だがそれも、すぐに死の息吹(レスピラ)に侵されて朽ち果てた。

 

 鋸のように波打つ大太刀が振り上げられる。ハリベルはそれを鮫の尾鰭で払い退け、大太刀の持ち主であるひよりを蹴り飛ばした。

「……どーすんのよ、これ」

 あのジジイ死んでんだけど。ハリベルは左手で髪を払って、スタークに向かって呼びかける。スタークは静かに顔を俯かせて、溜め息を小さく吐いた。

「No.2が死んで、一言も無しかよ……遣る瀬無えなあ」

「まあまあ。あの陰険オールバックが本質的に私達に無関心なのは、今に始まった事じゃ無いだろう?」

 アメミトは肩を竦め、諦めたように眉を下げる。それに肯定の意味込めてうんうん頷くハリベルは、かえしの付いた大剣を肩に担いだ。

「ま、アレだろうな。クソジジイの敗因があるとしたら、相手が格下だからって油断し続けてた事だろう。舐め腐るのはいいけど、慢心と驕慢は他所へやっとくべきだった。見下すのと油断するのは別だからな」

「……流石、この世の全てを舐め腐ってる奴は言うことが違うな」

「おっ、なんだあ?喧嘩か?このだらけニート」

「お前こそ逐一煽らないと死ぬのか。この煽りカス」

「ハイハイ、喧嘩しないの。そこの仲良し二人。妬いて拗ねるぞ。私が」

 熱が上がり始めたハリベルとスタークを、アメミトが柏手を二回打って諌める。ハリベルは口先を尖らせて不満そうに口笛を吹き、スタークは左手で銃を握ったまま頭を抱えた。

「……あいつ等といると落ち落ち凹んでられねえよ」

「諦めなよスターク。それも承知の上で、ハリベル達と友達やってんだろ?」

「そりゃそうなんだけどな……」

 銃の姿のリリネットに嗜められて、スタークは再度溜め息を吐く。そして、瓦礫の山に埋もれるラヴとローズを見下ろした。

「……弔い合戦なんて、ガラじゃ無えんだけどな」

 銃を構える。それを見たラヴは一旦収めた斬魄刀を抜いて、瞬歩でスタークの背後に回った。先手必勝。仲間の死で揺らぐならばその隙をつき、怒るならばそれが解き放たれる前に叩く。

「打ち砕け!!天狗丸!!!」

 ラヴの斬魄刀が巨大な鉄棒に変化する。スタークは背後から振り下ろされるそれに四、五発の虚閃(セロ)を撃ち込んだ。

 だが、余程強度が高いらしい。ラヴの斬魄刀に当たった虚閃(セロ)は、大して損傷を与える事なく弾けて霧散する。

「効くかよ、そんなモンが!!」

 振り下ろされた鉄棒が民家ごとスタークのいた場所を叩き潰した。スタークは響転で逃げて、銃口をラヴに向ける。

黒虚閃(セロ・オスキュラス)

 さっきまでとは違う、黒い色。スタークの銃から放たれたのは、解放した十刃(エスパーダ)が放つ特殊な虚閃(セロ)。撃ち込んだのは左右六発ずつ。

 ラヴは鉄棒を振り上げて、黒虚閃(セロ・オスキュラス)をさっきと同じように散らそうとした。が、しかし。

「!!」

 黒虚閃(セロ・オスキュラス)が衝突した鉄棒が、逆に弾き飛ばされた。残りの黒虚閃(セロ・オスキュラス)がラヴに迫る。ラヴは瞬歩で黒虚閃(セロ・オスキュラス)を掻い潜り、スタークの真横に飛び込んで鉄棒を振り抜いた。

 スタークがアスファルトに叩きつけられる。ラヴは鉄棒を振り回しながらスタークの様子を観察した。

 動きがやや鈍い。どうやら、揺らぐ質だったらしい。それでも、油断すればあの黒い虚閃(セロ)で壊滅的な被害が出るだろうとも。

「……いてえ……」

 割れたアスファルトの瓦礫の中で、スタークは殴られた側頭部を左手で抑える。銃の姿のリリネットは、苛立った様子で数回スタークに呼びかけた。

「何だよ、ボサッとして!!弔い合戦するんだろ!?またハリベル達に指差してダサいって弄られるよ!!」

「だから"ガラじゃねえ"って言ったろ。いいよもう……あいつらに弄り倒されるのはいつもの事だし、藍染サマだって俺ら助ける気無えよ、アレ……」

 スタークは気怠げにそう返すと、昼寝でもするように身体を転がした。

「あいつら強えェよ……わかったよ、もういーよ。このまま戦ってもどうせ何も報われねえよ……わかったからもう残ってる皆で帰って、モノポリーでもやってようぜ……」

「スターーーーーク!!!それスンスンの私物だろ!!!」

 リリネットが堪らず怒鳴るように叫ぶ。スタークは反射的に目を瞑って、頭にまで響くリリネットの怒号に眉を顰めた。

「バッカじゃないの、スターク!!あんた#1(プリメーラ)だろ。自覚持ちなよ!!さっきからカッコつけてばっかで全然本気でやろうとしないしさ!!藍染サマがあんたに一番くれたの何でだと思ってんの!?あんたの力を信頼に足るものだって思ってるからだろ!!報われる報われないじゃなくて、その信頼に泥を塗らない為に!何より仲間を死なせない為に、あんたが戦うんだよ!!!」

 喉が潰れそうな勢いで捲し立てたリリネットが息を切らす。スタークは銃の姿のリリネットを暫し見つめ、意を決したように唇を一瞬キュッと結んだ。

「……………それもそうだな」

 そう言って、スタークは重い身体を起こした。

 叩き落としたスタークの次の動きに備えるラヴの背後に、ローズが瞬歩で現れる。やったのか、と問うと、ラヴはまさか、と返した。

「作戦でも練ってんのか、様子を見てんのか……どっちにしろホコリが晴れねえと、こっちからもいけねえ」

 ラヴは立ち込める砂埃を注視したまま答える。ローズは呆れたように肩を竦めると、ラヴと同じ方向へ目を向けた。

「自分の攻撃のせいで次の攻撃の機を失うなんて……信じられない」

「ウルセーぞ。まだ失っちゃいねえだろが」

 軽口を叩き合った時だった。砂埃の中からスタークがロケットのような勢いで飛び出したのは。

 来た、とラヴは宙空を蹴る。天狗丸を叩きつけるように振り下ろし、スタークはそれを銃の砲身を交差させて受け止めた。

「随分待たせるじゃねえか。傷心かい?」

「まあ、そんなとこだ」

 数秒競り合って、ラヴがスタークを弾き飛ばす。スタークは体勢を立て直しながら、ラヴに銃口を向けて虚閃(セロ)を放った。

「意外だな!あんたら(ホロウ)には、心なんて無えもんだと思ってたぜ!」

「失礼な。俺に心が無えってんなら、今あんたを見て、あんたの声を聞いて、あんたを倒すにはどうするか考えてる()()()()()()?」

 ラヴが天狗丸で虚閃(セロ)を弾いて逸らす。そこにスタークは虚弾(バラ)を無数に放ち、弾幕を張った。ラヴは弾幕にあえて突っ込み、天狗丸を身体の前で回転させながらスタークに迫る。

「あんたが何なのか、だァ!?そんなもん、(ホロウ)だろ!」

「……そうだな。そして、そっちも似たようなもんだ。さっき仮面出してたろ」

「仮面ってのは……こいつのことかよ?」

 ラヴが(ホロウ)の仮面を被った。天狗丸の柄を両手で握り、振りかぶるように頭上へ掲げた。

「火吹の小槌」

 天狗丸が炎を纏う。力と重量に任せた振り下ろしが、炎熱を伴ってスタークに叩きつけられた。その衝撃で、民家やビルがいくつも巻き添えになって倒壊する。

 ラヴは瓦礫の山に降り立ち、天狗丸を担いでスタークを探した。仮面を解き、消えた気配を追う。

「上だ、ラヴ!!」

 ローズが叫ぶ。言われた通りにラヴが顔を上に向けると、確かにそこにスタークがいた。

 背中と肘を繋ぐ帯から、霊光が水飛沫のように飛び散る。飛び散った光は瞬く間に形を変え、気が付けばスタークの周りには彼に付き従うように無数の狼が整列していた。

「……何だよ……ありゃあ……!?」

 ラヴが息を飲む。予想だにしなかった事態に、冷や汗が流れた。

「いくぜ。()()()()

 その静かな号令と同時に、狼達がラヴとローズに群れを成して襲い掛かった。

 

「……おっ、何だアレ。初めて見るな。ってことは……スタークもいい加減本気になったか。あのスロースターターめ」

 上機嫌にも思えるような動きで、ハリベルの鮫の尾鰭が緩く上下に振れる。右足を軽く地面に押し付けるように左右に捻ると、ゴリ、という音がした。その足元には、二つに結えた傷んだ金髪の小柄な赤ジャージ。

「さて……ここからどうする?リサ」

 裂けた胴体から流れる血でセーラー服を赤く染め、仮面が半分以上割れたリサの首を左手で掴み上げるハリベルが、飄々と問いかけた。

 ヒューヒューと、リサの喉が笛のような呼吸音を立てる。割れ残った仮面越しにハリベルを睨むと、浮いて踏ん張りの効かない足でハリベルの脇腹を蹴り付けた。クッションに殴られたかのような軽い音がして、リサの足はそれ以上持ち上げられず、力無くそのまま垂れ下がる。

「ゔ……ぐぅ……リサを……放せや……!」

 ハリベルに頭を踏みつけられている赤ジャージ、ひよりが左手でハリベルの右足首を掴む。ハリベルは少し不快そうにひよりを見下ろすと、そのまま右足により体重をかけた。

「お前には何も訊いてないだろ。大人しく黙っていろ。それとも……喉に水を詰めてやろうか?」

「……ぐ……っ」

 頭蓋骨が軋みを上げる。ひよりは歯を食い縛って痛みに耐えながら、ハリベルの右足首を掴む手を離さない。流石に鬱陶しく思い始めた時、リサが左手で自分の首を掴むハリベルの左手を掴んだ。

「……その辺で、勘弁したって……生意気でうるさいけど、百年傷舐め合った仲間や」

 一言余計や、と言いたいのをグッと堪えて、ひよりは揺らぐ意識をどうにか集中させる。第二階層(セグンダ・エターバ)だかなんだか知らないが、こんなことで折れてたまるか。

「……縛道の、六十一……六杖光牢……!!」

「!」

 光の帯が六枚、ハリベルの胴体に突き刺さる。思っていたより根性あるじゃないか、とハリベルが感心していると、左手を掴んでいるリサの手に力が入った。

「……"千手の涯"……"届かざる、闇の御手"……"映らざる天の射手"」

 途切れ途切れの詠唱。ハリベルはそれを反射的に止めようとして、しかしひよりの六杖光牢に動きを封じられていることに気が付いて舌打ちする。油の切れた機械のように、ギリギリと音が鳴るような固まった動きで、僅かばかり大剣が持ち上がった。

「"光を、落とす道"……"火種を煽る風"……"集いて惑うな"、"我が指を見よ"……!」

 喉を圧迫されているせいか、途中でリサは咳き込む。笛のような音を微かに立てながら息を吸い込み、唇を舐めた。

「っ……"光弾"、"八身"、"九条"、"天経"、"疾宝"、"大輪"……!"灰色の、砲塔"……"弓引く彼方"、"皎皎として消ゆ"!!」

 周囲に現れたのは、無数の光の鏃。それらが一斉にその鋒をハリベルに向ける。

「破道の九十一……千手皎天汰砲……!!!」

 ハリベルが、うわ、という奇妙に軽い反応を示した瞬間。無数の光の鏃がリサとひより諸共ハリベルを一斉に襲った。




頭ハジけリストのくせにコメディーリリーフと敵幹部を反復横跳びするの温度差で風邪引きそう
あとこの時点では副隊長枠とはいえ完全詠唱九十番代で傷つけられるイメージ湧かないのほんまこのクソガキ鮫
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