犴と鮫   作:鷲谷ヒメリ

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一人より二人
二人より三人
灰に埋もれた世界の中で
色彩を帯びた孤独と共に
繋いだその手を離さない


狐狼の喪失

 東京ドームを丸ごと包む様な爆発が起き、砂埃と煙が立ち込める。暫くしてそれらが晴れると、後には最早瓦礫すら一欠片も見当たらず、月のクレーターを丸ごと移植したかの様な更地が出来ていた。

 その中心に、倒れ伏す二人の男。仮面の軍勢(ヴァイザード)のラヴとローズだ。

「死んだ?」

 上空からそれを見下ろすスタークの銃から尋ねる声がする。リリネットだ。スタークは小さく首を振り、右の小指で側頭部を掻く。

「霊圧はか細くなってるが、感じないわけじゃねえ。辛うじてまだ生きてる」

 恐らくは、スタークの王虚の無尽閃光(グラン・レイ・セロ・メトラジェッタ)に自分達の虚閃(セロ)をぶつけ、その上で鬼道の結界を張り防御したのだろう。手足が一つも消し飛んでいないだけ、よくやったと讃えて良い。或いは、(ホロウ)化によって身体強度が上がっていた事も大きいかもしれない。

 追撃する気は起きなかった。死んでもおかしくない一撃を放ったが、積極的に殺したかったわけではない。一命を取り留め得るのであれば、それはそれでスタークとしては問題無かった。

「ケリはついた。後は残りを蹴散らして今度こそあの煽りカスをシメ———」

 張り詰めた緊張の糸を緩めながら、スタークは横目で周囲を確認しつつビルの屋上に降り立った。その右足が着いた、瞬間。

 足元の影から、刃がスタークの背中を貫いた。

「何……ッ」

 スタークは強襲者を確かめようと振り返る。と、同時に自らの内から消えていく一つの気配。

 リリネット。彼女の意識が、スタークの中から消えていったのと同じくして、リリネットそのものであった二丁の銃も、塵となって消え去った。

 スタークの目線が、不自然に伸びた自身の影に向く。その中から、水から浮き上がるようにして現れたのは。

 傘で顔を隠すのをやめた、春水だった。

「……何だい、その技……影の中に潜るなんてふざけた技だ……」

 まだ手札を隠し持っていたのか、とスタークは脂汗を流しながら言う。

「"影鬼"。何も隠してた訳じゃないよ。ただ花天狂骨(このコ)がそういう気分じゃなかっただけさ……だから、このコと遊ぶのは疲れるんだよね」

 疲れる、と言いつつ春水は不敵に口角を上げていた。

「ボクの花天狂骨の能力は、()()()()()()()()()()()

 構えた斬魄刀に春水の横顔が鏡のように映る。

「ルールは花天狂骨が決め、花天狂骨の霊圧領域に踏み入った者は全て強制的にそのルールに従わされる。ボクを含めてね」

 嶄鬼(たかおに)は高いところへ先に行った方が勝ち。

 影鬼は相手に影を踏まれた方が負け。

 勝てば生き、負ければ死ぬ。春水は自身の斬魄刀のそれを我儘と評する。

「可愛い刀の為とは言え、振り回される方は骨が折れるよ……ねッ!」

 春水が自身の影に、逆手に持ち直した斬魄刀を突き立てる。スタークは瞬時に飛び上がり、その場から大きく距離を取った。そこに、黒い不定形の刃が飛び出す。春水の斬魄刀の刀身を模った、影だ。だがその大きさは、実際の刃よりも二回り以上大きい。

「流石!理解が早い!」

 春水は回避されたのを認識すると、斬魄刀を引き抜いて持ち直し、すぐに追撃に移る。スタークは孔の下の傷を左手で抑えて、肉の内側の、質量の無い喪失感に襲われた。

———一人だ。

 脳裏に浮かぶのは、命の音も、温度も、質感も無い白い砂漠と暗闇の空。スタークとリリネットの、どちらが見ていた景色かは覚えていない。或いは、()()()()()()()()()()()()()()。はたまたどちらもが見ていたのか。今それを識別する事に、残念ながら意味を見出す必要は無かったのだが。

 銃を失ったスタークは、右手に引き裂いた自身の魂を核にして霊子を集めて、間に合わせの剣を造る。

 スタークの霊子の剣と春水の花天狂骨が激突した。春水はフリーになった左手の刀を滑り込ませる。

「———"艶鬼(いろおに)"、『灰色』」

 春水が口にしたのは、遊びの始まりの合図。振り上げられた左の刀がスタークの右手を叩き斬った。

「ちっ…………!?」

———筈だった。少なくとも、スタークの受け取った感覚では。

 だが、スタークが右手を確かめると、斬り落とされずに健在であった。ただ、感覚に反して浅い傷だけが、確かに春水に斬られた事を証明している。

 スタークは春水の宣言を反芻する。

 艶鬼(いろおに)。これは遊びの名前。

 灰色。これは遊びのルールに関わる記号。

 思い至ったスタークは改めて、自分と春水の姿を確かめる。

「どうした?そっちの番だよ。ホラ」

 春水は思考を巡らせるスタークを誘った。

「斬りたい色を言ってご覧。口にした色以外は、斬っても斬れないよ」

 春水が敢えて明かしたヒントで、スタークは確信を得る。そして口にした色は。

「『白』」

 瞬間、スタークの姿が掻き消える。

 春水は左の刀を後ろに振り上げた。そこに、スタークの霊子の剣が振り下ろされる。ほんの一瞬、春水の対応は間に合わなかったらしい。鋒が隊長羽織に書き染められた数字の少し下を掠めていた。

 春水は思わず舌打ちする。次の瞬間、掠めただけの筈の傷が大きく裂けて、血が飛び散った。

「……参ったね。ご明答だ」

 春水は感嘆する。

 "艶鬼(いろおに)"のルール。口にした色を相手に斬られてもダメージになる。また、自分にとってリスクの高い色ほど、与えるダメージは増加する。

 スタークが宣言した"白"は、艶鬼(いろおに)のルール上スタークにとってハイリスクハイリターンの色である。

「ちょっとずつヒントを出してくつもりだったのに……まさか一発でルールを見破られるとはねえ……」

「悪かったな。サプライズのしがいの無い奴で。これでも、ゲームってやつにはそれなりの見識があるんでよ」

「ははあ、そうかい。やっぱりキミは……やり辛い」

 振り向きざまに、春水がスタークに斬りかかる。スタークは一瞬の虚も無く反応して、それを霊子の剣で受け止めた。

 剣戟が幾度も響く。スタークはとっくに辟易していた。何故、こんなに強い者と戦わざるを得ないのか。

———かつて、弱者を羨んだ。

 共に連れ立つ同胞達は、自分達の力に耐えかねたのか、或いは他の理由かは判らないが、何れにせよ()()()()()()()()()()()()()、遂には自壊していった。

 孤独に苦しむ事を嫌って、魂を二つに分けた。

 元がどちらだったのか、或いはどちらでもなかったのかは、今となっては判らないし、判る必要も無い。ただ、一つ確かなことは、それ以外に孤独から逃れる術が見つからなかったことだ。

 弱ければ、幾らでも群れていられる。孤独に喘がずに済む。だから、弱者を羨んだ。弱くなりたかった。

 それが叶わないのであればせめて、自分と同等の力を持った、仲間を。

 

———コヨーテ。

 

 ふと、孤独感に苛まれていた記憶を蹴散らすように割り込んできた、孤独を忘れた瞬間の記憶。最初に映り込んだのは、片手を上げて気楽な調子で呼びかけてくる、燦光する翠玉(エメラルド)。思えばきっと、彼女が始まりだった。

 

———スターク。

 

 次に大脳皮質に印刷されたのは、ボードゲームの箱を見せつけてくる、イタズラっ気のある紅電気石(ルベライト)。いつもいつもしてやられて、だけどそれが楽しかった。

 

———スターク!

 

続けて映し出されたのは、出し抜かれたことに対して愉しげに文句を垂れる、童心に満ちた碧玉(グリーンジャスパー)。口喧嘩は序の口で、取っ組み合いになることもそれなりに多かったが、だからこそ一番、お互いに遠慮の要らない仲だった。

 

———スターク?

 

こちらを振り返って呆けた視線を向ける、ブルーとオレンジイエローのヘテロクロミアが差し出してきたのは、お茶請けに持ち出してきたビスケット。確か少しだけ良いお茶を、こっそり一人で飲もうとしていたところに出会したのだったか。ビスケットは、口止め料だった。

 

———あ、スターク。

 

 小さな子供の破面(アランカル)に群がられて、満更でも無さそうなヘーゼルグリーンが、自分達を手招きしていた。その直後に別の子供が背中に飛びかかってきて、顔から転倒したのは昨日の事のように思い出せる。

 

———スーターアークー!!

 

 余計な事を言うな、と胸ぐらを掴んで詰め寄ってくる杉石(ローヤルアーゼル)は、顔立ちもあって自分にとってはそこまで怖くは無かった。あと多分、自分以外にも気付いてそうなのが一人いたことを言わなかったのは、英断だったかもしれない。

 

———あら、スターク。

 

 暇なら一緒にどうかしら、と呼びかけてきたのは、雄々しい身体に不思議と調和した女性的な燐灰石(アパタイト)。手にした盆には、紅茶の入ったティーポットと空のカップが乗っていた。

 

 こんな時に、何でこんなこと思い出したんだ。

 スタークは左手にもう一振り、霊子の剣を造り出して自問自答する。その答えは、思っていたよりすぐに出た。

 目の前に"八"の数字を背負った隊長羽織が躍り出る。スタークはそれを右の剣を振り上げて斬り裂いた。

 そうだ。思い返せば、とっくに望んでいたものは手に入っていたじゃないか。

 一人じゃない。一人なんかじゃ、無かった。呼んでなくても向かってきて、付き合えよ、と親しみを込めて名前を呼んでくれる、彼女ら彼らが。

 斬り裂いた隊長羽織の影から、身を低くした春水がスタークの懐に飛び込んだ。

「『黒』」

 春水が宣言する。黒色は春水にとってはハイリスクハイリターンの色。

 ああ、これはもう駄目だ。振り抜かれる春水の一撃に、スタークは己の死を悟って、その命に見切りを付けた。悪い、みんな、と胸の内で謝罪を述べる。

 その刹那。

「———ダメだ」

 女にしては低く、男というには高い声が、それに待ったをかけた。

 それと同時に、鋭く透き通った牙の並んだ大きな顎が、春水の胴に喰らいつく。それが鮫の形をしていることに気付いたスタークは、一瞬呆気に取られながらも声の主の方へ顔を向けた。

 目にしたものは、鋭く尖った血染めの爪先を向けて、燦光する碧玉(グリーンジャスパー)を見開いた人喰い鮫(ハリベル)。その周囲を旋回するのは、水で形作られた従順な鮫の群れ。その中の一匹が死角から、春水の胴に噛みついたのだと、漸くスタークは理解した。

 春水に噛み付いた鮫が、牙を中心として血の色で濁り出す。春水の身体に突き刺さった無数の牙が、その肉を喰い千切ろうとばかりに喰い込む。

「ぐ……ッ」

 春水は左の刀を鮫に突き立てた。一瞬、鮫の顎が緩んだ隙を見て春水は無理矢理身体を牙から離し、傷を顧みないまま跳ぶように後ずさる。

 油断していたつもりはない。ただ、あの女破面(アランカル)の視野が広過ぎた。まさか自分の戦いの片手間に、ヨソの戦いに介入するとは思わない。春水はズタズタになった右半身を引きずって、体勢を立て直そうとする。

「スターク」

 呼びかけられて、我に帰ったスタークは息を飲んだ。全身の産毛から魂の核に至るまで、その全てがスタークにがなり立てる。

()()()()()()()()()()()、と。

 ハリベルはゆったりと鮫の尾を左右に揺らして、旋回する鮫の一匹の鼻っ柱を指先で撫でる。目線はスタークに向けたまま、告げる。

「私の許可無く、勝手に死ぬな」

 本来の十刃(エスパーダ)としての序列を無視した、傲慢な命令。だがスタークの本能が告げている。彼女に従えと。それに納得するだけの畏怖が、今のハリベルには在った。

 スタークが無意識にその場に跪き、ハリベルに首を垂れようとした時、地上を埋め尽くす瓦礫の影から何かが飛び出す。それは下から猛スピードでスタークに向かっていくと、勢いそのままにスタークの腹を通り魔の如く片腕で捕まえた。

 何だ、とスタークが疑問を口にするよりも先に、ハリベルががなり立てる。

「スンスン!!!」

 ハリベルがその者の名を呼んで、スタークは漸く自分を拉致したのが誰かを認識した。

 どう考えても無事ではない量の汗を噴き出して、左腕を失ったままスタークの決して小柄でなければ軽くもない身体を抱えていたのは、元柳斎に焼かれた筈のスンスンだった。

「スタークを連れて、戦線を離脱しろ!!」

「はい!!」

「はぁ……!?」

 ハリベルに命じられて、スンスンはそのままスタークを連れて戦域から離れようとする。スタークは反射的に否を唱えようとするが、お黙りなさい、とスンスンに一喝された。

「貴方胸の下辺り、思いっきり刀で貫通されたでしょう。普通に深傷ですから、大人しく退がりなさい」

「何言ってんだ!まだハリベルとアメミトがいるんだぞ!?」

「……逆に訊きますけど、刀剣解放(レスレクシオン)第二階層(セグンダ・エターバ)を解禁したあのお二人が、死神などに遅れを取ると本気でお思いで?」

「………………ゴメン」

 あっという間に言い負かされたスタークは、苦虫を噛み潰したような顔で俯く。元より男は基本的に、口喧嘩で女に勝つことはあり得ない生き物であるからして。そしてふと、泡のように浮かび上がった疑問を拾い上げると、思いついたまま口に出した。

「……というか、戦線離脱っつっても何処まで逃げる気だよ」

「そうですわね……少なくとも最大出力の皇鮫大海嘯(コリエント・デル・オセアノ)とか炎灰嵐鬼流(ヤマ・コロシーヴァ)が届かない所まで?」

「……マップ兵器だろうがそれ。てなると、だいぶ離れねえか?」

「それはその通り」

 空を蹴って転界結柱の範囲のギリギリまで駆け抜けたスンスンは、手近な民家の屋根の上に落ちるように着地する。肩で息をしながら膝をつき、片腕で抱えていたスタークを取り落とすように屋根の上に降ろした。

 左肩から落ちたスタークは、痛え、と呻きながら身体を起こす。

「大丈夫か……?」

 胸の下の傷を抑えながら、スタークは心配そうにスンスンを顧みた。スンスンは少しずつ呼吸を落ち着けながら、大事無い、と返す。

「腕はザエルアポロのラボにでも忍び込んで、義手か肉体補完用の薬でも盗めば問題ありませんわ。どうせ再生医療じみた道具の一つや二つ、作っていることでしょうし」

「いやそっちの心配ではなくだな……というか盗むなよ」

 なんでもない風な態度でなかなかに悪どい事を企んでいるスンスンに、スタークは頭を抱えて溜め息を吐いた。その横顔から、スンスンはいつもの覇気を感じないように感じる。

「……何を気落ちしていらっしゃるの?あの死神に実質的に負けたのが悔しいので?」

「……そんなんじゃねえよ。ただ負けるだけならお前にいつもやられてるしな」

「イェーイ」

「クソ……こいつ……」

 ここぞとばかりに隻腕のまま、口で袖を捲り上げてピースサインを作ったスンスンは腹立たしいくらいににやけた顔でスタークを煽った。そういうところだぞこの蛇女、とスタークは目尻をひくつかせて歯軋りする。

 ガシ、と乱れた髪を更に、握り潰すように掻き乱して、スタークは嘆息した。

「……一人に、なったんだよ」

 ポツリと零れ落ちた独白。スンスンは首をくすぐる髪を払い退けて、聴きの姿勢に入る。

「……リリネットが、消えた。この傷は、あいつの孔の位置だ。多分、貫かれたのは厳密には俺じゃなくて……リリネット」

「根拠は」

「リリネットの声が聴こえない」

 スンスンの短い問いに答えると、スタークは花が枯れるように項垂れた。

 スンスンは紅電気石(ルベライト)を僅かに伏せて、少し思案してからもう一度スタークへ視線を向ける。そして、焼け焦げた白い死覇装のスリットから火傷だらけの脚を露わにして、スタークの背中を踏みつけた。

「でえっ!?」

 完全に不意打ちを受けたスタークは、眼球が飛び出そうな衝撃———実際には、そう大した勢いがついていたわけでもないのだが———を受けて肺の中の空気を押し出された。

「何すんだお前!?」

「全く……あなた洞察力は高いのにほんっとうにお馬鹿さんですわね」

 呆れたような顔をしたスンスンは、失くした左腕に右手をやって、焼け落ちた袖口を握り締める。

「あなた自分で仰っていませんでした?"俺達は二人で一つ"だと。なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のでは?」

 スンスンの指摘に、スタークは目を丸くした。考えたこともなかったからだ。そもそもスターク程の霊圧であれば、帰刃(レスレクシオン)するまでもなく大抵の敵は踏み潰される。だから、リリネットが———自分達のどちらかが死に、遺された側はどうすべきかなど、考える機会も無かった。

 だが、理屈としては冷静になれば納得がいく。スタークとリリネットは同一であるなら、片方が消えてももう片方が健在であれば、再びその身を分ち復活することができるのではないかと。

「リリネットさんが復活することができた場合、その記憶の連続性についてはデリケートな話にもなりますし、ちょっと私にも予測はつかないところですが……まあ、あなたの脳がバックアップを取っているものとして、希望を持つことにしておきましょうか。具体的な手段に関しても、多分あなた自身当てがあるのではありませんこと?」

「……お前、すげえな……?」

 全く考えもつかなかった事をあっさりと提案してみせたスンスンに、スタークは呆気に取られながら感嘆を表した。スタークはすっかり、リリネットを取り戻す事を諦め始めていたのだから。その必要は無いのだと示してみせたスンスンは、誤用かもしれないがカンダタの蜘蛛の糸のように思えた。

「わかったらシャキッとなさい。仮にも第1十刃(プリメーラ)なんですから。それに……もうそろそろ、戴冠式が始まりますし」

「戴冠式……?」

 スタークは首を捻る。一体誰が、何を戴冠するというのか。

 フッと、スンスンは自身の上官がいる方角へ目を向ける。

「私もそう、詳しい段取りとかはお伺いしていないのですけれど」

 俄かに震え出した空気に、思わず紅電気石(ルベライト)を細めて眉間に皺を寄せた。

虚圏(ウェコムンド)に恒久的な秩序を敷く、()()()()の生まれる日だと。アメミト様が」

 遠くで、重く強い霊圧が解き放たれる気配がした。

 

 結界が叩き割られた。氷混じりの水の槍が幾つも、一旦に集中したからだ。ハッチは瞬歩でその場から飛び退き、双蓮蒼火墜と飛竜撃賊震天雷炮を同時に放つ。だが、それらは水の鮫に割り込まれ、標的に命中する前に弾け飛んだ。

 無数の刺の付いた鉄球と刀の柄を繋ぐ鎖に噛み付いた鮫が、持ち主諸共鉄球を力任せに振り回す。振り回される持ち主、大前田稀千代は悲鳴を上げながらしかし、柄からは決して手を離すまいと両手で握り締めた。

 リサの槍とハリベルの大剣が激突する。人喰い鮫(ハリベル)の背後から、砕蜂が雀蜂を突き立てようと急襲した。だが、それを嘲笑うかのようにハリベルの鮫の尾が振り上げられ、砕蜂の小柄な身体を叩き飛ばす。

「クソ……!」

 建物の壁で受け身を取り、砕蜂は舌打ちする。これだけの人数で袋にして尚、倒すどころか優位すら取れない。破面(アランカル)の二段階目の解放がここまでの強さを振りかざすとは。

 攻防が長引く程に、死神達はジリジリと確実に追い詰められていく。

 鮫の一匹の表面に薄く氷が張ったと思うと、別の鮫に振り回されている稀千代に向かって一直線に空を泳いだ。

「げえっ!?」

 稀千代は命の危機を感じ取ると、鮫の顔の横を足蹴にして、力任せに斬魄刀、五形頭を力任せに引っ張って鮫の口から離そうとする。水で出来た牙は想像以上に硬く力強かったが、稀千代は顔に血流が集中するほど力んで牙を潰しながら、無理矢理斬魄刀を引っぺがした。

 どうにか斬魄刀が自由になった稀千代は、瞬歩で必死になって凍り始めた鮫から逃げる。取り残された牙の潰れた鮫と凍り始めた鮫が激突すると、瞬きする間も無くその両方が氷像と化した。

「チクショー!さっきの骸骨といいあの鮫女といい!なんだってあんな、隊長達相手に余裕そうなヤベーバケモンの相手を続けざまにしなきゃならねえんだよ!!」

 それを視界の端に引っ掛けて認めた稀千代は、悲鳴を上げて嘆く。その時だった。

 

「もういいよ」

 

 怖気のする程冷静な声が、戦域全体に満たされた。

 

 

 炎を纏った刀剣と、血染めの鉤爪が鍔迫り合う。

 アメミトが左手の人差し指と中指を動かすと、それに従うように黒い灰、蝕灰獣(コロシオルガニスモス)が渡りを行う雁の群れのように、元柳斎の背後に回り込んだ。

「縛道の八十一、断空」

 元柳斎は背後の灰を一瞥もせず、断空を張ることでそれを防御する。やはり、鬼道を蝕めないのは面倒だと、元柳斎に鉤爪を弾かれたアメミトは舌打ちした。

 自分に手を伸ばす輪郭のぼやけた影が、脳裏で点滅する。肋骨の内側がおろし金で撫でられるように痺れてひりつく。

 理性では判っていた。脳裏に映る影と、目の前の老骨が赤の他人であることなどと。それでも、()()()()()()()()()

 殺せ。殺せ。殺せ。

 八つ裂きにしろ。喉笛を喰い千切れ。塵も灰もひとつまみも残さず焼き尽くせ。

 決して、アレを赦すな。

 蝕灰獣(コロシオルガニスモス)を取り込んだ黒い炎が、牙を剥き出しにしたアメミトの姿を覆う。

 焼き尽くす。崩して壊す。蝕み殺す。

 吼え立てて、黒炎の魔獣へと変貌したアメミトが四足獣のような姿勢で、元柳斎に飛び掛かろうとした、その時。

 

 理性が、警報を轟かせた。

 

 燦光する翠玉(エメラルド)から、灼熱を伴った殺意が引いていく。燃え盛っていた黒炎が、水をかけられたように静まっていく。全身の血を高速で回し拍動する心臓が、凍りついたかのように冷えていった。

 電流を流されたかのような勢いで立ち上がる。毛先が紅く染まったプラチナブロンドを振り乱して、振り返った先を目視したアメミトは焦りと共に息を飲んだ。

「待て……なんでそっちに行くんだ……!」

 不明瞭な怨恨を燃やす本能をダストボックスに叩き込んで、警報を鳴らし続ける理性に跨って、アメミトはカタパルトで射出されたが如き勢いで元柳斎に背を向けた。




スタークの戦果:仮面の軍勢×2撃破、隊長とドロー 
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