黒染めのマント
錆びた宝剣
血染めの王冠
敬い讃えよ
我らが支配者の誕生を
現世での戦いが思わぬ方向へと転がり込んだ、その一方。
「ようやくてめえで終いか……苦労したぜえ〜〜〜〜。
ルキアの小柄な身体を、ヒグマさえ握り潰せそうな大きさの手で握り込んで、ヤミーはやれやれと肩を下げる。力の差を誇示しようと、潰さぬ様握っているだけでも今のヤミーには非常に繊細なパワーコントロールが要求されるのだから、ヤミーがその気になればルキアは声を上げる間も無く、骨と肉がぐちゃぐちゃの挽肉にされてしまうだろう。
「さァて……どうやって殺してやるか……」
圧迫感に耐えながらヤミーを睨むルキアを握ったまま、失敗した粘土細工の処理でも考えるかの様に殺し方を吟味するヤミー。ルキアは辛うじて自由な右手の掌をヤミーに向け、小声で詠唱する。
「蒼火墜!!!」
ルキアの掌から放たれた蒼炎が、ヤミーの顔面に直撃した。ヤミーは態とらしく痛がって、蒼火墜が直撃した場所を空いた左手で摩る。
「今のはきいたあ〜〜〜〜……ききすぎて手が……すべっちまいそうだぜ!!!」
ヤミーがルキアを砂地の上に投げつけた。その風圧は、ルキアが体勢を立て直すことが叶わぬ程。叩きつけられる、とルキアが覚悟して身を強張らせた、その時だった。
砂柱が立ち昇る。ルキアは覚悟していた痛みが来ないことを不思議がって、恐る恐る視界を回した。そこに居たのは。
「……………………てめえは……!」
「よォ。ちょっと見ねえ間に、随分デカくなったじゃねえか。見違えたぜ」
「黒崎、一護ォ!!!」
天蓋の上でウルキオラと戦っていた筈の、一護だった。
「ぶっ殺す!!!」
ヤミーが大口を開け、そこに黒い霊圧が集中する。
「……い……一護……」
生き物の身体において、内と外の境とも言える口腔内での
「何故……一人なのだ……井上を助けに行ったのではなかったのか……!」
顔だけでルキアの方を振り返った一護は、少し物憂げな目を向けた。
「……助けたさ。今は上で、石田とネルの手当てをしてる。ここでするよか、安全だろ」
何処となく、一護の表情に浮かばれないものを感じ取ったルキアは、なんと声をかければ良いのか一瞬悩んで、絞り出す様に名前を呼ぼうとした。
だが、そこに巨大な拳が迫る。ヤミーだ。
砂地を抉り取る様に、ヤミーは乱暴に殴りつける。だが、手応えが無いことを察知すると、目視で一護達の姿を探した。
「チョロチョロしてんじゃ、ねえぞゴラァ!!!」
巨人が迫る。一護はそれを見据え、その向こう側で倒れている泰虎と恋次の姿を確かめると、黒刀を握る手に力を入れた。
「ここで待ってろ、ルキア。すぐに片付けて、現世に行く。こんなつまんねえ戦い、さっさと止めんだよ」
ルキアが返事をする間も無く、一護は避難した建物の屋根を蹴る。
ヤミーが跳躍する一護に殴りかかった。一護は瞬歩でそれを躱し、ヤミーの背後から斬りかかる。
「チョロチョロすんなって……言ってんだろうがっ!!」
ヤミーは背後から迫る一護に、強引な裏拳を見舞った。一護はそれを黒刀で受け止める。
「うるせえ奴だ……別にてめえから逃げる為に飛び回ってた訳じゃねえよ……あの場所からてめえを……引き離す為だ……!」
一護の左手が顔を覆う。白い仮面がその姿を形造り始めた。
「俺とてめえの二人だけなら———力でてめえを、叩き潰せる」
現れた仮面は、形こそ今までと変わらなかった。しかし、その紋様はまるで異なる。目を通る形で二本の太い線が縦向きに走っていた。
黒刀を黒い霊圧が覆う。それは一回りから二回り程大きな刀身を作り上げた。月牙纏威衝だ。
一護は月牙纏威衝をヤミーの首に振り下ろす。その衝撃で、ヤミーの巨大は砂の上に叩き伏せられた。
砂の上に伏したヤミーを見下ろして、一護は物憂げな眼差しのまま仮面を外す。そして近くの建物の屋根の上に降り立つと、奇妙な疲労感と違和感に思わず、自分の身体を改めた。
何かがおかしい。仮面がいつもよりも重かった様な、そんな違和感。
心当たりは無いでも無い。ウルキオラに殺されかけた———いいや、完全に殺された時の、
一護が考え込み出した、その時。
ヤミーが、起き上がった。
一護のいる建物に、野生の獣さながらに噛み付く。一護はそれを跳んで避けた。ヤミーは口の中に転がり込んだ瓦礫を吐き出すと、うざったそうに悪態を一つ吐く。
「ちょっと切っちまったじゃねえか……くそがっ……!!」
一護は驚愕する。
「何をビビってんだァ!?よく見ろ、俺の数字を。『0』だ」
ヤミーは自身の左肩に刻まれた数字を指す。
「俺は
ヤミーがパンチの勢いに乗せ、
「どおォだ!!あァ!?
「……うつ手があるか、だと……?」
今までの戦いも、打つ手などあったわけでは無い。ただ、倒さなければならないから倒した。それだけだ。
「てめえが他の
その一護の綺麗事な返答に、ヤミーは全身の血液が高速で走り出す感覚を覚えた。
「いちいち生意気なんだよ、ガキがぁっ!!」
激昂しながら放たれた
「そんなカッコつけた屁理屈で埋まる力の差か!!これがっ!!」
ヤミーは
「……妙な気分だ」
一護は黒刀を振り上げ、
「……普通の
一護の胸の内側が凪いでいく。その一方で、腹の中ではぐるぐると重い霧の様なものが渦巻く様な感覚があった。
「ウルキオラとは、気安い口きく程度には仲良かったんじゃねえのかよ、てめえ。なのに、ゴミとかなんとか、悪く言うのは……戦った俺の方が、気分悪いな」
左手を掲げ、一護は
「な……」
出現し始めた仮面が、その形を成す前に霧散した。想定していなかった事態に、一護は思わず頭が真っ白になる。
その隙を逃さず、ヤミーは一護の身体を鷲掴んだ。
「しまった……!!」
「何だか知らねえが、あのジャマくせえ仮面は出せなくなったみてえだな!!」
ヤミーは高笑う。一護はヤミーの手から逃れようともがきながら、何故仮面が出せないのかと逡巡した。
「……まァ、いいじゃねえか。テメェはよく頑張ったぜ。そこに転がってるカスどもに比べりゃあな」
死ね、とヤミーが処刑宣告する。そこに静かな声と張り裂ける様な声が、同時に響いた。
「破道の三十三、"蒼火墜"」
「やめろ……ヤミィイイイイイイイ!!!!」
ヤミーが先に反応したのは、叫ぶ様な声の方。そして、その反応の優先順位が隙となって、蒼炎がその巨体を飲み込んだ。
「な……何だぁ!?出てこいコラァ!!」
炎に巻かれたまま、ヤミーはその出所を探す。その最中、炎の隙間から垣間見えた姿に一瞬目を見張った。
天蓋にほど近い塔の上、見覚えしかない面影のある上半身裸の少年
そんな筈はない。奴は死んだ。そうでなければならない筈だ。でなければ、この怒りは———。
ヤミーが動揺してる内、別の誰かがその左脚を斬り飛ばした。
「な、に、い!?」
斬り飛ばされたヤミーの左脚が砂の上に落ちる。その陰に、二人の死神の姿。
「てめえ、何先に手ェ出してんだ。スッ込んでろよ」
「……何を言う。此処へ着いたのは私が先だ。兄こそ分を弁えるが良い」
「ハッ。巻き添えで八つ裂きンなっても知らねェぞ」
朽木白哉と更木剣八。二人の隊長が並び立っていた。
片脚を失い、バランスを崩したヤミーの右手が開く。勢い余って空中に投げ出された一護は、呆気に取られたまま砂の上へと落下した。
「痛って……何だ今の爆発と振動……あとウルキオラの声がしたような……?下の方全然見えやしね……え……」
痛みと状況の不透明さに文句を垂れながら、一護はどうにか身体を起こす。そして、白哉と剣八の姿を見つけると、いつの間に駆けつけていたのかと愕然とした。
その背後で、砂地を殴りつけながらヤミーがもう起き上がっている。一護は急いで臨戦体勢に移ろうとして、だが。
「退がれ。黒崎一護」
「え……?」
白哉に止められた。続く様に、剣八が一護を見下ろしてガン垂れる。
「行く先々でボロカスにやられやがって……みっともねえからどけっつってんだよ。クソが」
その迫力に一護は思わず青ざめた。その顔にフッと影が重なった瞬間、剣八が斬魄刀を一護に振り下ろす。
「なななな、何すんだッ!!今本気で斬っただろ!危ねーな!!殺す気か!!」
転がる様に剣八の一撃を回避した一護に、剣八は腑抜けている限りはその通りだ、と吐き捨てた。そして、一護が弁解する間もなく、本気の殺意で以て剣八は一護に迫る。
「まっ……待て剣八!!今そんなことしてる場合じゃねえ……」
一護が思わず左手を向けて待ったをかけた、その瞬間。ヤミーの振り子の様な裏拳が、真正面から剣八を殴り飛ばした。
「痛え〜〜〜〜〜〜……痛えぞ、クソがァ〜〜〜〜……許さねえ……許さねえぞ……よくも俺様の足を斬りやがったな!!ぶっ殺してやるぞクソ虫がァ!!!」
ボタボタと斬り落とされた脚から滝の様に血を滴らせ、ヤミーは激昂する。その顔の真横に岩が飛んできた。
ヤミーはラリアットで飛来した岩を粉砕する。岩が飛んできた方角を確認すれば、先程剣八が殴り飛ばされた方だった。
「何だよ……そんなパンチもできるんじゃねえか……カユいんだよ。デケえハエかと思うだろうが」
瓦礫を踏み越え、擦り傷以外はほぼ目立った外傷の無い剣八が、そこにいた。
「殴るならもっと全力で殴れ。芋虫野郎」
「……ぬかしやがるぜ……小バエがよォッ!!!」
剣八の挑発に乗ったヤミーは、瓦礫の山ごと剣八を潰そうと拳を叩きつけた。それを見て、一護は剣八を助けようと割り込みを図る。が、それを白哉が手で制した。
「……退がれと言った筈だ。黒崎一護」
「白……」
「兄の仕事は此処には無い。早々に現世へでも消えるが良い」
「現世には行くさ!でも、あいつを倒すのが先だ!!それにそんなホイホイ帰れる訳でもねえんだ!現世から浦原さんが開けてくんねーと……」
「一護!!」
息を切らして会話に割り込む声があった。一護が振り返ると、そこには少年になったウルキオラと、まだ十分に怪我が治り切っていないミラ・ローズ。
「ミラ・ローズ!ウルキオラ!やっぱりさっきの声、お前らだったのか」
「ああ。ウルキオラの奴、やっぱ耐え切れなくなったみたいで飛び出しちまって……アタシはまあ、
「万が一などある訳ないだろ。少なくとも、お前の妹と違ってある程度の自衛能力はある」
「塔から身を乗り出して落ちかけてた奴が何抜かしてんの」
落ちかけたんだ。一護は生温い目を思わずウルキオラに向けた。
そこに、新たに入り込んでくる声が一つ。近づいてくる影は二つ。
「ヤレヤレ。随分と騒々しい事だネ」
その声に、一護達は身構える様に振り返る。それが何者か、一護は知っていた。
「涅……マユリ……!」
「呼び捨てかネ。半死神の分際で……フン。まァ、他の連中にする様に下の名前でないだけ、良しとするかネ」
副官と思しき女死神に荷車を押させ、奇妙な特殊メイクの死神、涅マユリは少々の文句を飲み込んで手打ちとした。
「寛大だな。その荷車が原因か?」
珍しいものを見た様に、白哉は女死神が押す荷車を一瞥する。マユリはそれに、上機嫌に肯定を返した。
「私は今とても気分が良い。貴重な戦利品を手に入れ、更に、この戦利品を手に入れた場所で、
その言葉に一際大きな反応を見せたのは、当然ではあろうか、ミラ・ローズとウルキオラだった。
「
「おい……まさかその戦利品って……!」
「そうだとも!君の考えている通りだ。どちらつかずの
科学者としてもマユリ個人としても、気分が良くない訳が無い。高揚したマユリは、副官の女死神、涅ネムに
「待ってくれ!俺はまだ……」
「五月蝿いヨ」
抗議しようとする一護の言葉を封殺し、マユリは告げる。
「被験体がベラベラ喋るんじゃア無いヨ。これは実験。君は験体一号だ。拒否権も決定権も、君には無いんだヨ!」
「実け……」
俺の自由意志は蔑ろかよ、と一護が不平を口に仕掛けたところに、また別の声が入って来た。
「心配には及びません。私も一緒に参りましょう」
岩崖の上から現れたのは、四番隊隊長の卯ノ花烈と、その副官の虎徹勇音。烈は軽やかに崖から降り立ち、一護の前に出る。
「自ら進んで験体志願とは……酔狂な事だネ、四番隊隊長」
「あら、私は貴方を信頼してあるのですよ。涅隊長。大丈夫。
穏やかな語調とは裏腹に、烈の言葉に含みを覚えたマユリは瞼をほんの僅か下げた。それに伴う様に、周囲の気温が心なしか下がった様な感覚を覚え、ウルキオラは無意識にミラ・ローズの後ろに隠れる。
「……よく考えて喋る事だネ……"解析した"という事は、
「それは流石ですね」
マユリの脅しを烈は涼しい顔で受け流した。そして、勇音を呼びつけると、白哉達の補佐をする様命じる。
「さあ、参りましょう。黒崎さん」
準備は整った、と言うが如く、烈は一護を促した。しかし一護は剣八とヤミーが戦う様子を一瞥して、足踏みする。
「あのヤミーって奴は強いんだ!そりゃ、白哉も剣八も強いのはわかってるけど……俺も残って三人で戦った方がいい!」
「思い上がるな、黒崎一護」
そんな一護の甘い懇願を切り捨てたのは、白哉。
「護廷十三隊の隊長に、兄如きが助けになる腕の者などおらぬ」
「白哉……」
「……兄の務めは何だ」
今一度問われ、一護は息を飲む。
「兄の務めは、あの街を護ることだ」
白哉に短く説かれた一護は、胸の内側に巣くった不安が散らされるのを感じた。白哉は顔だけで一護を振り返る。
「行け。兄は空座町の、死神代行だろう」
そこで漸く、一護は白哉の意図を汲み取った。足手纏いになるから排除しようなどと、白哉は最初から考えてなどいない。一護の力が、現世の戦いに必要だからこそ、向かわせるのだ、と。
一護の背中を、誰かの手が激励する様に優しく叩く。ミラ・ローズだ。小さな声で、みんなの事は任せろ、と言ったのが聞こえた。
「……あァ。そうだ」
決心した一護は、左手を握って拳を作る。差し合わせた様に掲げられたミラ・ローズの右拳とコツン、と軽くぶつけ合わせ、開かれた
「行ってくる」
背を向けたまま、白哉は薄く笑みを浮かべた。
現世、空座町の
東仙要と狛村左陣、檜佐木修兵の戦いに幕が下ろされ、過去の約定により東仙の軀が消し飛ぶのと、
藍染の耳には、左陣の怒りの声は酷く遠い。関心が無いのが半分、
窓ガラスが割れる様な音がした。鬼道の結界が破られた音だ。振り下ろされた鉄翼を、藍染は縛道で一瞬止めて、直撃のタイミングがズレた隙間に滑り込む様に半身でそれを躱したのである。
ハリベルの小さな舌打ちが、砕けた結界の破片の間を乱反射した。
ハリベルは間髪入れず、鮫の尾鰭から変異した白蛇を伸ばし藍染の首を狙う。藍染は斬魄刀でそれを斬り払い、詠唱破棄した飛竜撃賊震天雷炮で反撃した。
「クールホーン!!」
既に亡き友の名を呼ぶ。大剣に水で出来た荊が巻きついた。ハリベルは荊が巻きついた大剣を振り上げて、飛竜撃賊震天雷砲を迎え撃つ。虚夜宮を支える柱よりも直径の大きい霊光線が、大剣に飲み込まれる様に打ち払われた。
「……成る程」
起きた事象から、藍染は考察する。そしてその読みは、どうやら正しいらしい。ハリベルの大剣に絡みつく水の荊に、薔薇の花が咲いていたのだから。
「
「縛道の八十一、断空」
藍染の断空が
黒灰混じりの水飛沫が、断空に阻まれて飛び散るのとほぼ同時。藍染の背後から迫るのは、群れを成す水の鮫。
藍染は半身で振り返り、斬魄刀を振り上げて鮫を斬り裂く。その軌道上で牙に掠めた瞬間、刀身から柄を通って強烈な振動が藍染の右手を襲った。
斬り裂かれた鮫の身体を作っていた水が、重力に逆らわないまま落ちていくのを横目で見送って、藍染は改めてハリベルの姿と、霊圧を観察する。
有象無象の一人に過ぎないと思っていたが、これ程の力を得てしかし、力に決して振り回されず、使われず、乗りこなしているのは本来ならば賞賛に値する。だが、しかし藍染にはただ一点。心底残念なことがあった。
「君のその力が、君自身のものであったならば、私も君を見直していたのだけれどね」
藍染にとって最大の減点要素。それはハリベルが振り翳している力が、他者から与えられたものであることだ。
「他者の力を借り集め、それらを自らの力だと錯覚し、傲り、優越する。君は君自身の浅ましさに自覚はあるのかい?」
「……スターク達が私に力を使わせてくれている理由が、お前には解らないらしいな。信頼って言葉、知ってる?」
ハリベルは露骨に眉を顰め、べえ、と舌を出した。水の鮫達がその周囲を泳ぎながら、牙を向いて藍染に威嚇する。
「知っているとも。だからこそ論じよう。信頼とは文字通り、何者かを信じ、何者かを頼るということ。そしてそれは弱者の行いだ」
藍染は斬魄刀を構え、滔々と説く。
「私は常に、君達に言って聞かせてきたはずだ。私を含めた何者をも信じるな、と。だが、悲しい事にそれを徹底できる程、強き者はそう多くない。全ての生物は自分より優れた何者かを信じ、盲従しなければ生きてはいけないのだ」
獣がより強い個体を中心として群れるのと、人が優れた能力を持つ者に従い、身を委ねるのは同じ事。藍染はそう語る。
「そうして信じられた者はその重圧から逃れる為に、更に上に立つ者を求め、上に立つ者は更に上に、信じるべき強者を求める。そうして全ての王は生まれ、そうして全ての———神は生まれる」
「……お前何があったらそこまで拗らせられるんだ」
ハリベルが、呆れ果てた様な溜め息を吐いた。
「人も
パチンッ、と指を鳴らす。それを合図にハリベルの周囲を泳いでいた鮫達が、一斉に藍染に躍り掛かった。
「信じられた者はその重圧から逃れる為により優れた者を求める?全部が全部そういうわけでもないだろう。何事にだって例外ってものがある」
四方八方を取り囲み、矢継ぎ早に襲い来る水の鮫を捌く藍染を一瞥して、ハリベルは舞台役者の様に左手を大きく広げる。
まるで、何処ぞの古き
「確かに関心を持てない有象無象が相手なら、それらから向けられる信頼や期待は、酷く重圧に感じるかもしれない。だけども……その中に想いを寄せる相手や信を置く者———愛する者が居たのなら、そういった人からの信頼や期待は、有象無象からのそれに負けない為の、自分を支える柱になる。人心を惹きつけて束ねる王というのは、きっとそういうものに支えられるからこそ成立するんだ」
「ならば、問おう」
藍染の剣が、鮫達を瞬きの間になます斬りにする。飛散した水飛沫が、陽の光を反射して網膜を刺激する。
「君はその束ねた力とやらで、一体何事を成し、何者になるというのかな」
問われたハリベルは、燦光する
「
投げ返された答えに、藍染は眉を顰めた。
ハリベルが空を蹴る。鉄翼を広げ、白蛇の尾を波打たせ、櫛状に枝分かれした角で風を切った。素体よりもリーチの伸びた大剣に水を纏い、振りかぶる。一直線に、藍染の首へ。
「霜天に坐せ」
その解号は、冬獅郎から模倣した氷輪丸の力。それにより、大剣に纏った水の内部が凍りつく。斬りつけられれば傷口から凍りつき、瞬く間に凍傷を起こして壊死しかねない。それでも、藍染は悠然と構えていた。
大剣の鋒が藍染に届く———その数歩手前で、ハリベルは
周囲の認識では何も無いところで、剣がぶつかり合う音がする。その音が溶けていくと、今度は景色がガラスの様に割れて砕けた。
全員が息を飲む。既に鏡花水月を行使されていたことが一つ。同時に、それを如何なる手段かハリベルが看破したことが一つ。
ハリベルの氷水を纏った大剣を受け止める藍染の斬魄刀の刃が、接触点から凍結を始める。弾き飛ばして距離を取り、刀身を包み始めていた氷を霊圧で引き剥がした。
———あり得ない。
藍染はスッと眼を据える。鏡花水月の完全催眠は、発動して仕舞えばどれ程優れた感覚を持っていたとしても……否、寧ろ感覚の鋭い者程、術中に堕ちれば逃れる術は無い。強者も弱者も全て等しく、藍染の掌の上。その筈だった。
では、何故。ハリベルは背後にいた藍染の存在に気付けた?目の前に、藍染の姿が有ったというのに。
紛れ当たりだ、と感情が吐き捨てる。何か有る、と理性が疑う。藍染はそのどちらが正しい見解なのかを答え合わせするべく、破道の九十・黒棺を詠唱破棄で放った。そんなもんジャブ感覚で撃つな、という幻聴が、誰かの耳で鳴る。
「邪魔臭い」
重力の渦に囲まれたハリベルは、対抗して水の壁でそれを押し返そうとした。
重力と超振動が互いに押し合う。拮抗していた力が崩れるまで、そう時間は経たなかった。短気を起こしたハリベルが、
足の裏から水を噴射したハリベルは、黒棺に穿った穴から飛び出す。不意に、藍染がその目の前に瞬歩で躍り出て、斬魄刀を真っ直ぐに振り下ろした。
だが、ハリベルはそれに全く対応しようとしない。どころか、それを無視してあらぬ方へ顔を向けた。
そうして、バチンッ、と幻聴がして誰かが、燦光する
「
水を纏った鉄翼を、鎌のように振り下ろす。景色が割れて、その向こうにいた藍染は鉄翼の一撃を横に跳んで躱していた。
間違いない。マグレなどでは無い。藍染は確信を持つ。如何なる手段か、ハリベルは確実に、完全催眠を看破している。
ふと、藍染は右頬が俄かに熱を持っているのに気付いた。左手の親指で軽く拭ってみれば、血が出ている。どうやら、僅かに鉄翼の刃が掠めたらしかった。
「……驚いたな。どうやって私を見つけたのかな?」
興味深いというポーズを取って、藍染は余裕な態度を作る。
投げかけられた問いに対する、ハリベルの返答は。
「ヤマ勘」
あまりにも非論理的で、抽象的なものだった。
現世の人間でいう所の第六感。霊子生命にとっては七番目の、五感と霊圧知覚とは異なる認知、知覚、感覚が存在する。
それは自身や近しい人の危険を知らせる"虫の知らせ"であったり。日常に於けるちょっとした予知、予感であったり。過去に全く同じ経験をしたような感覚、則ちデジャヴであったり。或いは相手の嘘偽りを見抜くなどといった、本質を鋭く捉える認識能力である。
一方、藍染の鏡花水月の能力である完全催眠は、五感を支配することで成立する。眼を欺き、耳を欺き、鼻を欺き、指先の感覚さえも騙す究極の詐欺。一度その術中に嵌って仕舞えば、例えどれだけの霊圧を誇ったところでヒトである限りは、釈迦の掌の上の斉天大聖の様に抜け出すことはできない。
が、抜け道はある。鏡花水月はあくまでも五感を支配して催眠状態に堕とす。しかし、五感とは異なる認知能力は、対象に取られない。
五感と異なる超感覚的知覚は、鏡花水月に歪められた認識を是正する。
ハリベルの脳は、五感の知覚した情報と、超感覚的知覚で得た情報の齟齬を電気信号と同じ速さで修正し、完全催眠による認知の歪みを看破し得たのだ。
但し、ハリベル自身にその自覚は、無い。
超感覚的知覚は、無意識にしか存在し得ないものだからだ。だから、ハリベル自身には、完全催眠を打ち破るに足る理屈を説明することはできない。尤も、人が五感で世界を感じ取る理由を、それらしく説明できる者もいないだろうが。
偽りの景色を見せる鏡は全て砕かれる。
偽りの音を響かせる鐘は朽ち果てる。
ハリベルは大剣を両手で握り、頭上に掲げた。
「万策尽きたか?それとも、まだ何か隠してる?どちらにしても……天に立つ前に、海の底を知る事になりそうだな」
鉄翼が大きく広がり、金切音を鳴り響かせる。白蛇の尾が牙を見せて唸り声を上げる。
大量の水が大剣を取り巻き、その鋒の上で巨大な鮫の尾鰭を作り出した。
Q.今まで更新サボって何してたんですか?
A.ファントムウェポン強化のために島篭りしたりアメミトぬい作ったり2泊3日でハウステンボス行ってました