犴と鮫   作:鷲谷ヒメリ

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水底の牙、蒼穹を穿ち
黒き月、天を呑む


黒衣の帰還

 鏡花水月を打ち破り、その刃を藍染に届かせようとするハリベルの姿を、結界の範囲ギリギリから見ていたスタークは、凄え、と息を飲んだ。

「ハリベルの奴……あんな強かったのか」

「そりゃ、破面(アランカル)七人分と死神一人分の力を取り込んでるんですから、霊圧も相応に膨大してるでしょう。バラガンくらいは鼻で笑えるんじゃないですか?」

「それは言い過ぎ」

 肩を竦めるスンスンに、そんなのほぼ最上位だろ、とスタークは呆れたように付け足す。事実、藍染にプライドも何もかも徹底的にへし折られ、本領を発揮できずにいたとはいえ、バラガンは古き最上級大虚(ヴァストローデ)の一人である。それに匹敵、或いは上回る霊圧となると、少なくとも虚圏(ウェコムンド)で今のハリベルに敵う者はそういないだろう。

「ただ、そうですわね……一つ気になることがありまして」

 右手を口下に添えて、スンスンは目だけを横に向けた。

「ハリベル様のあの姿、私全く存じ上げないのですけれど……どうせ貴女の仕業なのでしょう?アメミト様」

 目線の先には、瓦礫を背にして凭れ掛かり、胸から脇腹にかけて斜めに走る傷を右手で押さえるアメミトの姿。浅い息を繰り返すアメミトの帰刃(レスレクシオン)は解かれ、白いトレンチコート風の死覇装が血で赤く汚れている。そのすぐ側に、まだ気を失ったままのアパッチが寝かされていた。

 二人とも、スンスンが気配を押し殺しながら懸命に救出したのである。それぞれ左肩の刺し傷と引き千切った左腕の付け根に、裂いた死覇装を包帯代わりに巻いていた。スンスンの死覇装の裾である。

「……()()()

「は?」

 返されたのは、短い非認知。スンスンは思わずいつもよりも半音声が低くなった。

「……あんなものは私だって初めて見た。精を与えたのは紛れもなく私であることは、認めるが……そこから何が孵るのか迄は、私の預かり知るところではない……」

「下ネタ?」

「違う」

 光の速さで否定した。ジョークでしてよ、と拗ねてそっぽを向くスンスンに、アメミトは大きく溜め息を吐く。

 パリン、とガラスが割れる様な音が、ここまで聞こえてきた。それに追随して、膨大な霊圧が激突した事による余波が三人を襲う。

「……これ、結界壊れねえ?」

「……距離があるから大丈夫……だと思いたいですわ……というか、結界がダメになるイコール、私達も無事では済まない、になりかねませんわよ」

 それもそうか。スタークは納得して、ハリベルと藍染の戦いへと視線を戻した。

 二度目の霊圧の衝突による余波が響く。それに揺すり起こされた様に、アメミトの側に寝かされていたアパッチが徐に目を覚ました。

 小さく呻いて、首を慎重に横向ける。元柳斎の流刃若火の炎の熱にやられたのか、喉が奥の方まで酷く痛い。アパッチが見ていたのは、遠くで剣を交えるハリベルと藍染———ではなく。

「…………いちまる……?」

 それを離れた場所から、普段の怪しげな薄ら笑いを何処かへ置いて、固唾を飲む様な顔で見守る市丸の姿だった。

 

 ハリベルが掲げる大剣の鋒に水で作られた、巨大な鮫の尾鰭。その威圧感は、向けられていない護廷十三隊の隊長達と、仮面の軍勢らにまでも降りかかっていた。

「海の底か」

 その威圧感をものともしない藍染は、傲慢さと無関心が混じった様な表情で、水の尾鰭とハリベルを交互に流し見る。

「君自身、虚圏(ウェコムンド)から出た事が無いというのに、況してやそんなもの見たこともないだろうに。知らないものを一体どうやって、他者に教えてくれるというのかな」

「見た事ならあるさ。魂の根源で」

 だから私は"鮫"なんだよ。

 そう言って、ハリベルは掲げた尾鰭を肩に担ぐ様に構える。脚を大きく開いて腰を落とし、燦光する碧玉(グリーンジャスパー)は真っ直ぐに藍染へ。

皇鮫尾刃(アレタ・デ・コーラ)蒼穹穿撃(アトラヴェッサ・エル・シエロ)……!!!」

 振り下ろされた尾鰭が、津波すら生ぬるい水の壁となって藍染の姿を飲み込む。そのまま眼下のアスファルトで舗装された自動車道に諸共叩きつけられ、ビルを二、三まとめて飲み込むほどに巨大なミルククラウンの様な水飛沫が、模造品(レプリカ)の空座町を浸水させた。

 十秒有るか無いか程、千々になって雨の様に水飛沫が降る。それによってずぶ濡れになったハリベルの、額の角にヒビが走って根本から抜け落ちた。

 それを皮切りに、首回りの獣毛が風に吹かれた蒲公英の種の様に散っていく。背中の鉄翼は付け根に絡みつく荊諸共、砂像が崩れる様に砕けて元の褐藻に似た二本の背鰭に戻った。白蛇の尾は背中から裂けて、中からしなやかな鮫の尾鰭が酸化した血を纏って這い出る。両腕の生体装甲は古い革靴の靴底の様に剥がれ落ち、金髪を染めていた黒色は抜けて、大剣の刀身を拡張していた黒鉄は割れて剥離した。

 すっかり元の鮫の(ホロウ)の姿に戻ったハリベルは、息を切らして背中を少し丸め、大剣を空中に作った霊子の足場に突き立てて、倒れそうになる身体を支える。碧玉(グリーンジャスパー)は、いつの間にか燦々とした輝きを無くしていた。

(どうなった……?鬼道の壁に阻まれた様子も無いし、直撃した感覚は在ったが……)

 アレで死んでなかったら怖い。生き物の範疇超えてる。そんな危惧を片隅に置きつつ、ハリベルは水煙と砂埃で様子の見えない地上を警戒する。

 その一方で、死神達は目を丸くして愕然としていた。生きているのか死んだのかは未だ定かで無いが、あの藍染惣右介を力で叩き伏せたのだから、無理も無い。

 だからこそ、厳戒態勢を敷く。彼女が、護廷十三隊を次の敵として定め、牙を向かないとは断言できないから。彼等にとって、ハリベルは未だ敵だった。

 ハリベルが大剣で身体を支えるのを止めた。風に煽られる柳の木の様に身体をふらつかせたものの、二、三度蹈鞴を踏んだだけでしっかりと宙空に立つ。

「私が、王だ」

 宣言したのは、覇道。

 元々は"王"になろうというつもりは無かった。自分が"王"になるという幻想も抱いたことなど無かった。それでも自分が"王"であると明言したのは、他ならぬアメミトがそれを望んだからだ。

 彼女はこの謀反劇をこう言った。"戴冠式だ"と。

 彼女はハリベルを指してこう言った。"泰平の王"だと。

 ならば、そうしよう。ならば、そうであろう。ハリベルは既に、アメミトが望むまま、何者にでも成り、何事であっても成し遂げると宣言している。

 意識は依然地上へ半分割いたまま、ハリベルは碧玉(グリーンジャスパー)を元柳斎へ向けた。

「他の連中はどうかは知らんが、少なくとも私は尸魂界(ソウルソサエティ)をどうこうだの、重霊地をどうするだのに興味は無い。細部は後日場所を設けて詰めるとして、此度は一旦この辺で終戦という事にしたい」

「……その言葉を信じられる根拠が、我々には無かろう」

「だから後日そこ詰めようぜって言っているんだ……まあ、それも藍染がちゃんとくたばってくれていればのはな……」

 やれやれ、と肩を竦めるポーズを取ったハリベルが、その言葉を最後まで言い切ることはできなかった。

 

 背後から、肋の真下を貫かれたからだ。

 

「………………は?」

 何が起きたのか、一瞬理解できなかった。

 刺されたのだ、と理解した時にはもう、その凶刃は引き抜かれ、傷口から血が噴き出した。

「まさか私が、君如きに"右肺から外側を消し飛ばされるかもしれない"などという、つまらない危惧を抱かさせられるとはね」

 背後からの声に、ハリベルが痛みに歯を食いしばりながら恐る恐る、首だけで振り返る。そこにいたのは死覇装の右鎖骨周辺から先の袖までを失った、藍染だった。露わになっている皮膚には薄ら、しかしはっきりと、斬撃を受けた後が残されている。

 なんでそれで五体満足なんだよ。ハリベルは胸の内で憤慨した。取り落としかけた大剣を握り直し、右脚を軸に霊子の足場を踏み締める。

「風化しろ———……!!」

 全身で振り向きざまに、アメミトの能力を再び身に纏いながら、大剣を逆袈裟に振り上げようとした。しかし。

「どうやら、君の言う()()()というものは、あの醜い怪物の姿でなければ役目を果たさない様だね」

 その行動も、それまでの戦いも、全てを嘲笑うかの様に、脇腹から右の太腿の半ばまでを斬り裂いて、藍染はハリベルの横を通り抜けていた。

「こ……んの……っ、詐欺師が……!!」

 渾沌皇后(キメラ・パルカ)によって消耗した身体に、二つの傷は重い。熟れて柔らかくなった柿が、木から自然と落ちる様に、ハリベルは霊子の足場を維持できず落下した。

「ハリベル!!」

 瞬きを忘れて戦いの顛末を見守っていたリサが叫ぶ。鉄漿蜻蛉を支えにして立ち上がり、力を振り絞って跳んだ。

 力無く落下するハリベルの身体を、民家の屋根に激突する寸前でリサが受け止める。上背があって且つ鍛えられた身体は、意識が落ちかけて脱力していることもあってまま重い。

「しっかりせえ!死ぬな!すぐ治療できる奴連れてくるから……」

 自分の方こそガタが来ているにも関わらず、リサはアスファルトの上に降りてハリベルをそこに寝かせ、周囲を見回して回道を使える者を探す。

「……やめとけ。今さっきまで、敵対していた奴の傷を……二つ返事で、治してくれる、など……虫のいい話過ぎる」

 ヒュー、ヒュー、と良くない呼吸を繰り返し、ハリベルはリサのセーラー服の裾を指先で摘んで引き留めた。

「……最初に言うたやろ。"敵の敵は味方"や。それに……折角できた友達見捨てるなんて、死神とか破面(アランカル)とか関係無く、出来るわけないわ。アホ」

 振り返りもせずに放たれたリサの言葉に、ハリベルは目を丸くした。

「……そうか」

 勝てねえ〜。掠れた声で茶化す様にそう呟いて、ハリベルは今度こそ完全に脱力し、一旦意識を手放した。

 

 

 ハリベルを斬り捨てた藍染は視線だけで、まだ動ける護廷十三隊と仮面の軍勢(ヴァイザード)を順に見回す。

「さて……余分な横槍は漸く片付いた事だ。そろそろ始めようか。護廷十三隊諸君。そして……不出来な破面(アランカル)()()()達」

 空気が張り詰める。満身創痍の者もそうでない者も、鏡花水月を警戒して藍染の一挙一動、それこそ指先から瞼の動きに至るまで見逃さないよう、目が乾くほどに観察した。

 その静寂を、破ったのは。

「倒れろ、逆撫」

 瞬歩で藍染の背後を取り、始解した斬魄刀をその首目掛けて振り抜いた、真子だった。

 藍染は逆手で斬魄刀を抜く。そのまま白刃で真子の剣撃を受け止めて、鋒まで滑らせた。

「真っ先に斬り込むのが、君とはね。だが、随分と足踏みをしていた様にも思えるよ。私の背後を取るのであれば、あの醜悪な怪物の相手をしている時を狙うべきだったのではないかな?」

「アホか。総隊長さんやったらともかく、あんなゴジラvsキングギドラみたいな戦いに茶々入れられるようなモンが、一体何処に何人おんねん」

「冗談を」

 藍染はフッと、素行の悪い生徒を見るような目で真子を見る。

「君は私が能動的に、私の剣で相手をするに足る存在だと評価させて貰っているよ。故に、私は君にゆっくりと、教えてやる義務がある」

 藍染が剣を構える。白刃が陽の光を反射して、妖しく明滅する。真子は冷や汗を流して、その圧に膝を曲げそうになるのをグッと堪えた。

「まだ、私を信じるなよ。平子真子。君が信じるべき神とは、誰なのか。骨の髄まで刻みつけ、教授しよう。信じるのは、それからだ」

 藍染の斬魄刀の鋒が真子に向けられた。真子は薄く長く息を吐き、力む身体から力を抜こうと努める。

「……えらいベラベラ喋りよるわ……怖いんか?」

 敢えて、真子は挑発する。藍染は眉一つ動かさず、沈黙した。

「シカトしたかて、あかんで。なんぼオマエが強い言うたかて、不安がある筈や」

 藍染は百年前、自分で言った。真子は藍染に心を開かず、情報を与えず、逆に藍染の胸の内に踏み込むこともしなかった、と。

 故に、藍染は知らない。平子真子の斬魄刀、"逆撫"の能力を。

「———言うとくで、藍染。他人の神経を100%支配する斬魄刀が、オマエの鏡花水月だけやと思ったら大間違いや」

 真子は始解した斬魄刀、逆撫の柄頭に付いた輪に腕を通し、演舞するように回転させる。

「……よく見れば、面白い形の刀だね」

「ええやろ。貸さへんで」

「だが、別段何かが変わった気配は無いな。"神経を支配する"、というのは聞き間違いかな」

 空気を裂いて回る逆撫を見て、藍染はしかし、何かが変化したような感覚を覚えなかった。視覚も、聴覚も、何も。

 だが、真子は既に変化は起きていると宣う。

「あらァ〜〜〜〜?なーーーんや……エエ匂いがせえへんか?」

 態とらしく藍染から顔を逸らしてそっぽを向いた真子は、藍染に嗅覚を意識させるように嘯いた。

「今更息止めたかて遅いで」

 藍染がそれを知覚した瞬間、天地が入れ替わった。

 

「ようこそ。逆様の世界へ」

 

 藍染の頭脳は、視覚情報を高速で分析処理する。上下、のみならず左右が反転していた。

 "逆撫"の能力は名が体を表すが如く、相手の感覚の上下左右を反転させると、真子は告げる。

「落ちゲーのトラップみたいでおもろいやろ?ま、オマエはゲームとかせえへんやろうけど……なッ」

 真子が空を蹴った。藍染から見て、上下が逆様になったまま。

「……確かに、面白いな。全てが逆だ。上下左右———前後もな」

 藍染はとうに読んでいた。縦と横のベクトルを反転させられるのであれば、三つ目、奥行きも反転させられると。故に、背後から真子が迫っていることも、見切っていた。

「気付かないとでも———思ったか?」

 白刃がぶつかり合う。確実に受け止めたと認識していた。だが。

 藍染の右の二の腕が、斬られていた。

()()()()()()()()みたいやな。上下も左右も前後も逆———ついでに、見えとる方向と斬られる方向も逆や」

 これが真子の戦い方。こちらが取る選択肢のパターンを増やし、相手に押し付け、思考に負荷を与えて本領を発揮させない。強ければ強い程、戦い慣れしていればしている程———。

()()()()()()、反射で戦う!!」

 もう一撃くれてやる。そのつもりで踏み込んだ真子は、その瞬間には既に藍染が自分の背後にいる事に気が付いた。付いてしまった。

「何だ。何かと思えば、只の眼の錯覚か」

 遅れて数秒、真子の背中が斜めに斬り裂かれていた。一瞬、何が起きたのか解らず、真子は頭の中が真っ白になる。

「五感全てを支配する、私の力には程遠い。慣れてしまえば、何の事は無い。子供の遊びだよ。平子真子」

 振り返って、真子は藍染を睨んだ。このバケモンが。内心で罵倒と共に舌打ちする。

 

 そして、それを見計らったかのように、空に亀裂が走った。

 

 窓ガラスを突き破るような勢いで、戦場に飛び込んできたのは、オレンジの髪をした黒刀を持つ死神代行。

「月牙纏威衝!!!」

 圧縮した黒い霊圧の刃を、藍染の首目掛けて振り抜いた、黒崎一護その人である。

「———久し振りだね……旅禍の少年」

 藍染は涼しい顔と声音で、行きつけの店で偶々相席したかのような言葉を投げかけた。その首の背後には鬼道の結界が敷かれ、一護の月牙纏威衝を受け止めていた。

 一護は素早く後退する。その一秒にも満たない瞬間で、藍染の剣が一護のいた場所を通り過ぎた。

 一護は肝を冷やす。一撃目を防がれたからだ。

「……良い斬撃だが、場所が良くない。首の後ろは生物の最大の死角だよ」

 そんな場所に、何の備えもせず戦いに臨むわけがないだろうと、藍染は説く。

 一護は自らの迂闊を悔いた。何処かで恐れていたのだ。(ホロウ)化を操り損ねる可能性がある事を。それ故、瞬間の判断を誤った。

 リスクを恐れて安全策を取るべきでは、決してなかった。今の一撃は、(ホロウ)化して撃つべきだったのだ。

「……何を考えているのか、当ててみせようか。初撃の判断を誤った。今の一撃は(ホロウ)化して撃つべきだった。(ホロウ)化して撃てば、一撃で決められた———」

 藍染は、一護が考えていた事をそっくりそのまま言い当てて見せた。それに、一護は背筋に冷たいものが通り抜ける感覚を覚える。一切の全てに配慮しない言い方をすれば、気色の悪い感覚だった。

「撃ってご覧。その考えが、思い上がりだと教えよう」

 全身を駆け巡る不快感を払い除けるように、一護は仮面を被る。

「月牙……纏威衝!!!!」

 黒い霊圧を圧縮する。その量は一撃目よりも遥かに多く、その為に形作られた刀身は、二回りも大きかった。一護は高速で踏み込み、霊圧の刃が届く距離まで藍染に接近し、振り下ろした。しかし。

「どうした。届いていないぞ」

 藍染はいつの間にか、一護の背後にいた。一護は素早く反転し、再び藍染から距離を取る。

「……何故そう、間合いを取る?もう二、三歩踏み込めば、確実に当てる事が出来ていただろう。それとも、近付き過ぎることで、視界から外れる私の姿が増えるのを恐れているのか?だとしたら下らない話だ」

 仮面が解けていく一護に、藍染は声音に落胆を薄ら滲ませた。

「間合が意味を持つのは、対等の力を持つ者同士の戦いだけだよ。私と君の間には、間合いなど何の意味も無い。ほら、こうすれば今すぐにでも」

 一護が気付いた時には、藍染の姿は目の前に。その手は一護の胸の中心にあった。

「心臓に、手が届きそうだ」

 一護はゾッとする。生殺与奪の権限を奪われたような、自分という存在を他者に取り上げられたような、そんな恐怖。

「一つ訊こう。旅禍の少年」

 反射的に振り上げられた黒刀が空を斬り、藍染はとっくに一護の背後に移動していた。

「君は、何の為に私と戦う?」

 藍染は問う。憎しみがあるのかと。

 いいや、何も無い筈だ。藍染は一護の胸の内を見透かしたかのように断言した。

 一護が現世にいるという事は、織姫が救出されたという事。表情を見れば、仲間は誰も死んでいない事もわかる。

 そんな状況で、一護は果たして藍染を心から憎む事ができようか。否、不可能だと。

「今の君は憎しみなど無く、ただ責任感のみで刃を振るっている。そんなものは私には届かない。憎しみ無き戦意は、翼無き鷲だ。そんなもので何も護れはしない。無力な仲間の存在はただ、脚をへし折る為の重りにしかなりはしないのだ」

「……憎しみがねえからって、戦っちゃいけねえのかよ」

 ギチ、と一護は黒刀の柄を軋む程握り締める。

「ここでてめえを倒さなきゃ、俺の家族も、クラスの連中も、てめえに殺される。そんなことさせねえって使命感で戦うのが、そんなに不愉快かよ。俺が死神代行になったのは……剣を握ったのは、山程の人を守る為だ!!」

 反論し、一護は激情のままに愛染に斬りかかろうとした。

 その腕を掴んで止める、大きな手が一つ。

「呑まれるな。黒崎一護」

 自らの傷の処置もそこそこに、左陣が一護を諌めていた。

「……狛村さん……!」

「挑発は奴の専売特許だ。貴公のその志は美徳だが、だからこそ我を失えば、命も失ないかねん……安心せい。虚圏(ウェコムンド)へ向かった隊長達が、真っ先に貴公を此方へ送った理由は解っておる」

 一護を護るように、動ける者は皆集う。藍染の始解を、一護に見せはしない。鏡花水月を受けた経験の無い一護だけが、藍染に有効打を与える事ができる存在なのだから。

「ボクらが、キミを護って戦おう」

 最前には春水が。その後ろに続くのは、真子、ラヴ、ローズ、リサの仮面の軍勢(ヴァイザード)達。そして砕蜂と稀千代の二人。

「何言ってんだよ……無茶だ……みんなボロボロじゃねえか……!」

「……何が無茶やねん。オマエ一人で戦わす方が、よっぽど無茶やろ」

 大なり小なり負傷している皆を案じる一護に、真子はその肩に掛かっているであろう重圧をひったくるような口振りをしてみせる。

「一人でやられたらハラの虫おさまらへん奴が、ようさんおんねん。一人で背負うな。厚かましい」

 これは、一護一人の戦いに在らず。

 ここに居る全員の、戦いだと真子は言った。

 真っ先に飛び出したのはリサだった。仮面を被って(ホロウ)化し、鉄漿蜻蛉を叩きつけるように振り下ろす。

 重い金属音が響いて、リサの初撃を藍染は受け止めた。

破面(アランカル)もどきが、随分と考え無しに突っ込んでくるじゃないか。本来、破面(アランカル)達を従えた私に、破面(アランカル)もどきが歯向かうべきでは無いだろうに。命知らずな事だ」

「どっちが口火切ろうが変わらんやろ。せやったら、こっちから斬り込んで、アンタに流れ握らさん方がマシや」

 ギリ、と鍔迫り合う槍と刀が軋む。

「鏡花水月遣わんかったんは、舐めプか?後で後悔せんかったらええけどな!」

「君にはそう見えるかい」

 藍染は顔をリサに向けたまま、空いた左手を僅かに持ち上げた。

 そこに、別の剣が振り抜かれる。春水だ。春水の放った一撃は、しかし藍染の張った鬼道の障壁によって阻まれる。

「———どうやら、一対一で向かって来ないだけの理性は、あったようだ」

「卑怯だって言いたいのかい。藍染隊長」

「そう聞こえたなら訂正しよう。京楽隊長」

「そうは言ってないだろう。ただ、あんまりリサちゃんのこと、揶揄うのはやめて欲しいね」

 春水は障壁に入ったヒビ割れに、もう片方の剣を突き立てて、障壁ごと藍染を貫かんとした。




Q.シロちゃんは?

A.ハリベルに全身の骨バッキバキに折られた上腹に穴空けられてるんで……


オマケ:破面大百科
『女の勘』
アメミト:……なんか今、ティアに悪い虫が付いた気配がする
スターク:どうしたんだよ急に。怖いな
アメミト:なんか美味しいところをぽっと出の馬の骨に取られた気がする……!(ギリィッ
スンスン:アメミト様がヤキモチなんて珍しいですわね。いつもは焼かれる側なのに
スターク:もしかして日頃の行いなのかなコレ……
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