犴と鮫   作:鷲谷ヒメリ

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ヤミー
ヤミー
僕はちゃんと
君を抱えて生きていくよ


憤怒の哀悼

 虚圏(ウェコムンド)虚夜宮(ラスノーチェス)

 不自然な程綺麗に晴れた青空を写す天蓋の下、巨大な拳が白砂を巻き上げながら叩きつけられる。それを瞬歩で飛び退いて躱す二つの影。更木剣八と朽木白哉である。

「うざってえ〜〜〜なぁ〜〜〜〜〜!!チョロチョロすんじゃねえよ雑魚どもが!!!」

 巨大な拳の主、第0十刃(セロ・エスパーダ)のヤミーは怒鳴り声を上げる。それに呼応するかの如く、そのただでさえ巨大な身体は、更に質量を増していった。

 その様子を離れた場所から見ていた涅マユリは、うんざりした様な顔をして、今にも駆け出してしまいそうな少年破面(アランカル)、ウルキオラを羽交締めにして止める女破面(アランカル)、ミラ・ローズを横目で見る。

「そこの破面(アランカル)

「何だよ後にしてくれ今コイツ抑えんので手一杯なんだよ!」

「離せミラ・ローズ!俺はヤミーと話をしなきゃならん!それに近くにクッカプーロの霊圧が……!」

「今のお前のタッパと霊圧じゃ、うっかり巻き込まれたら気付かれずに叩き潰されて、そのままジ・エンドだろうが!一旦落ち着けって言ってんだよ!」

「霊圧は兎も角、身長は関係ないだろう!!」

「言い返すトコそこかよ!?」

 いいから止まれ、とミラ・ローズはウルキオラの尾骶骨付近を膝で蹴り上げる。以前のウルキオラからは絶対に出てこない悲鳴を上げ、ウルキオラは悶絶しながら大人しくなった。下手をすれば骨折ものだが、ウルキオラは一般的に破面(アランカル)が失う筈の超速再生能力を保有している。なので、多少雑に扱っても問題は無かろうとミラ・ローズは考えていた。どう考えても、普段の主人との主従関係とは思えないやり取りが原因なのは、知っているものからは明白である。

「……それで、話は終わったかネ?」

 なんやかや、待っていてくれたマユリにミラ・ローズは、ああ、と答え、悶絶して蹲るウルキオラの肩に手を置いて、逃げない様にしっかり目に掴む。

「で、何の用事?」

「フン。この私が君達破面(アランカル)に訊ねる事など、一つしか無いヨ。あの脳にまで栄養の回っていなさそうな破面(アランカル)が、あそこまで巨大化し、また今尚大きくなろうとしている仕組みについてだ」

「成る程。じゃあ、アタシじゃ期待に添えないかもな。アタシもアイツの刀剣解放(レスレクシオン)見たのはこれが初めてだから」

「そうか。残念な事だネ」

 マユリは肩を落として、白哉と剣八を相手にめちゃくちゃに拳を振り落とし、虚閃(セロ)虚弾(バラ)をしっちゃかめっちゃかに放つヤミーを見据えた。

「そろそろ本格的に、解剖に差し支えるどころか採血の針も、特注の物を用意しなければならなくなりそうなのでネ」

「ヤミーの鋼皮(イエロ)って、まず針通るのかな……」

 少しズレたことを言うミラ・ローズは、白哉の卍解、千本桜景巌を虚閃(セロ)で散らすヤミーを見てすぐに、無理そう、と結論する。十刃(エスパーダ)で最も堅固なノイトラの鋼皮(イエロ)すら、豆腐の様に斬り裂いた剣八がおかしい。

「……怒りだ」

 ミラ・ローズの足元に蹲っていたウルキオラが、ぽそりと零す。マユリの注目が、ギョロリとウルキオラに向いた。

「ヤミーの刀剣解放(レスレクシオン)憤獣(イーラ)は怒りが強まるのに比例して、自らの躯の大きさと霊圧を増加させていく。未解放の状態でもそれが発揮されるのはミラ・ローズ、お前も何処かしらで見ている筈だ」

「……そういえば、ネルと一緒に一護追っかけて塔登ってる途中で、上から落とされてきたヤミーの身体、いつもよりデカかったな」

 そういうことだ、と少し落ち着きを取り戻したウルキオラはゆっくり立ち上がる。ミラ・ローズに蹴られた尾骶骨周辺が、まだ割と痛い。

「本来なら理論上、奴も天蓋下での解放を禁じられて然るべきなんだが……下限と上限に差があり過ぎるのと、そもそもヤミーがあまり自分に限定された決まりを覚える気も無いし、覚えてもすぐ忘れるから、藍染様も放っておく事にしたらしい。まあ、今更虚夜宮(ラスノーチェス)の外に連れ出すにしても出口までは遠いし、誘導に掛かってくれる程奴も親切じゃ無いが」

「つまり、天蓋ぶち抜くサイズと霊圧になる前に、此処で叩きのめすしかねえって事か」

「……俺の個人的な感情としては、出来る事なら殺して欲しくは無いが……流石に難しいか」

「まあ、無理だろうとも。何せあそこにいるのは、更木剣八だヨ」

 諦めろ、と遠回しだが直接的に言われ、ウルキオラは肩を落とす。仮に剣八側にその気が無かったとしても、ヤミーは敵を肉塊に変えるか、自分が死ぬまで戦うだろうとも理解していた。

 剣八が振り上げた剣が、ヤミーの足の付け根を深く裂く。耳が痛くなりそうな程の音圧で、ヤミーは悲鳴を上げた。

「テメェ〜〜〜〜!雑魚のクセにバカスカ俺を斬りやがって〜〜〜〜〜!!ぶっ殺してやる!!!」

 更に一回り巨大化し、垂直に叩きつけられたヤミーの拳を、剣八は左腕で受ける。衝撃で砂が舞い上がり、その周辺が蟻地獄の様に窪んだ。

 拳を受け止めた剣八の、左腕の骨がミシミシと軋む。剣八はそれに一切焦りを見せず———寧ろ、歓喜して口角を吊り上げた。

「いいじゃねえか!!もっと全力で来いよ!!こんなもんじゃあねえんだろ、お前の力ってやつはよォ!!」

 力任せにヤミーの拳を押し返す。剣八はそのまま拳を突き飛ばして、剣を振り上げ跳び上がった。それを見たミラ・ローズは、やっぱバケモンだろアイツ、と引いている。

 ヤミーは跳び上がった剣八を捕まえようと左腕を伸ばす。掌が剣八の身体の首以外をヤミーの視界から遮った瞬間だった。

「!!」

 そう遠くはない向こう側に、岩陰に身を潜めて戦いの様子を伺う、ゴマ粒ほどの大きさの影を見つけた。ヤミーのたった一人の従属官(フラシオン)であり、唯一完全な犬の姿をした破面(アランカル)。クッカプーロである。

 何で、まだ居る。何で、あんな近くに居る。何で、逃げていない。弱いんだから、とっとと、どっか行っちまえ。

 ヤミーが動揺と共に躊躇する。剣八はそれを敏感に感じ取り、上がっていた口角を下げた。戦いの最中によそ見してんじゃねえよ。俺に、俺達に集中しやがれ、と。

 剣八が斬魄刀を振り下ろす。ヤミーの人差し指と中指が、第二関節のところで斬り落とされた。

「ぎゃあァアアアアア!!痛えぇえええええ!!痛えぞォ……ゴルァアアア!!!」

 斬り落とされた二本の指が砂に落ちる。巨大相当の量の血が飛び散って、ヤミーは絶叫しながら虚閃(セロ)を剣八に向けて放った。剣八はそれを空中に霊子の足場を作って、斬魄刀の一振りで斬り払う。斬り払われた虚閃(セロ)の残滓が四方八方へ飛び散った。

 虚閃(セロ)の残滓を掻い潜り、白哉は千本桜景巌の花弁の一部を十の刀に変形させ、ヤミーの目と耳へ向けて飛翔させる。拳銃から放たれた鉛玉よりも僅かに遅い程度の速度で飛ぶ刀達が、真っ直ぐ狙い通りの場所へと突き刺さった。

「こん……ッ、の……!テメェ何しやがるクソが!!」

 針の様に目と耳に突き刺さった、刀の形状の千本桜景巌を、人差し指と中指を失くした左手で叩き落とす。怒り任せに白哉目掛けて、散弾の様に虚弾(バラ)を撒き散らした。

「げえっ!?」

 そのうちの幾つかが、ミラ・ローズ達のいる方へと流れてくる。完全な流れ弾にミラ・ローズは、反射的にウルキオラの小さな身体を庇う様に、その腕を引いて自分の後ろに強引に移動させた。文句の声が聞こえたが、ミラ・ローズはそれを黙殺する。

「ヤミーの野郎!ノーコンも大概にしとけってんだ!」

「やれやれ。どいつもこいつも野蛮な事だヨ。おい破面(アランカル)、貴重な研究資料が御釈迦にならない為に、君が盾になりたまえ」

虚弾(バラ)とはいえあのデカさだと、アタシじゃ面積足りねえよパンク歌舞伎メイク野郎!!」

「盾になるのは良いのか……」

 来る、とミラ・ローズは全身を強張らせ、ギュッと目を瞑る。せめて力を失ったウルキオラだけでも、と覚悟したが、予想に反して、虚弾(バラ)が何かに激突する音こそしたものの、痛みと衝撃は襲って来なかった。

 恐る恐る目を開ける。ミラ・ローズの視界に映ったのは、橙色の霊子膜。

「さ……三天結盾……?」

「……井上織姫、か……?」

 ウルキオラがミラ・ローズの後ろから、ひょっこりと顔を覗かせる。ふと天蓋に自分で開けた穴の方を見上げるとその少し下に、雨竜と、落ちない様にしがみつく織姫とネルが、霊子を集めて作った足場を、SFアニメでよく見かけそうな挙動で動かしながら降りて来るのが見えた。

「ミラ・ローズさん!ウルキオラくん!大丈夫!?」

 地上まで数メートルのところで、織姫は霊子の足場から飛び降りる。雨竜が慌てて止めようとしたが間に合わず、織姫はそのまま砂の上に両手と両膝をついて、転ぶ様に着地した。

「お、おう……アタシらは大丈夫。ネルと雨竜の怪我、もういいのか?」

「平気っス!織姫に治すてもらったっすから!」

「お陰様でね。とはいえ、黒崎と僕とで立て続けに治療してもらったから、少し休んでもらいたかったんだけど……二人が心配だって、井上さんが」

 ネルを持ち上げた雨竜が、織姫に遅れて砂の上に降り立つ。そっとネルを砂の上に下ろすと、織姫に大丈夫かい、と声をかけて、丁重に立ち上がらせた。

「そっか……降りてきていきなり、ヤバそうなのから守ってくれて、ありがとうな」

「ううん、二人とも無事でよかった」

 掌に引っ付いた砂を払い落としながら、織姫は屈託無く笑んだ。

 そんな和やかな空気など不要とばかりに、轟音が鳴り響く。白哉の身体が塔の残骸に叩きつけられ、剣八は膝をついて倒れ込むのを辛うじて耐えていた。

 それを見下ろすヤミーは、大きく荒い呼吸を繰り返し、右手と、人差し指と中指を失くした左手を握り込む。

「許さねえ……俺をコケにしやがって……!ぶっ殺してやる……!!」

 よく見れば、仮面の右端が僅かに割れて口角が露出している。ウルキオラはその口元を見て、ヤミーが無理をしているかの様な印象を抱いた。

 やはり、ヤミーの戦闘の影響範囲内に、クッカプーロがいる事が気掛かりになっているのか。ウルキオラはそう推察する。

「クソ……ッ。やはりせめてクッカプーロを安全な場所に……」

「だからお前が行ったら、巻き込まれて死ぬって言ってんだろ!そんなにあのワンちゃんが気掛かりなら、アタシが助けに行くから!」

「お前だって霊圧自体は似た様なものだろ!なんなら手負いだし!」

「じゃあお前、その身体で前と同じ様に動けんの!?」

「……ッ、それは……」

「君、もしかして口喧嘩弱かったりするのかい?」

「まずミラ・ローズさんに限らず第3十刃(トレス・エスパーダ)に関係してる人は、みんな口が回るよ石田くん」

 いいから絶対動くなよ、と強めに釘を刺し、ミラ・ローズは駆け出す。念の為雨竜が、ウルキオラが飛び出さない様にその肩を軽く掴んだ。

 ヤミーが拳を叩きつけ、虚閃(セロ)を放ち、足で踏みつける衝撃で降りかかる砂に視界を遮られながらも、ミラ・ローズは霊圧を探り岩陰に隠れていたクッカプーロを見つけ出す。急いで駆け寄り、膝をついて目線を近づけると、クッカプーロの顎の下へ向けて右手を差し出した。

「クッカプーロ。ここは危ねえから、アタシと一緒に離れてよう。向こうにウルキオラもいるから、な?」

 なるべく怖がらせない様心がけ、声をかける。しかし、クッカプーロはミラ・ローズの手にも顔にも目もくれず、その向こうで暴れるヤミーを見ていた。

 参ったな、とミラ・ローズは左手で側頭部を掻く。

 その横を、特急電車が通過するかの様な勢いで吹っ飛んでいく人影が、ミラ・ローズの視界の端っこを横切った。砂の上に叩きつけられ、ブルドーザーがバケットを下げた状態で前進した様にも見える跡を抉りつけたのは、剣八。

「チッ……注意散漫のクセしてなかなか痛えじゃねーか。惜しいぜ」

「んなボロボロの姿で何を言ってる?」

 思わずマジレスが飛び出した。剣八はミラ・ローズの側に子犬、クッカプーロの姿を認めると、そういうことかよ、と舌打ちする。

「おい、ミラ・ローズ。その犬連れて、とっととどっか行ってろ」

「そうしたいのは山々なんだけどな……逃げようって言っても、うんともすんとも言わねえんだよ」

「じゃあ、無理矢理抱えて連れてけ。その大きさなら、そんなに重くねえし嵩張らねえだろ」

「多分思いっきり噛まれると思うんだけど……」

「構うかよ。俺はあのデカブツと心置き無く、思う存分斬り合いてえだけだ。それにはどうやら、その犬が邪魔らしいんでな」

「お前ノイトラ相手にしたのでもまだ足りてねえのかよ!!」

 ヒン、とミラ・ローズは泣き真似をする。剣八は砂を蹴って跳び込むと、放たれた虚閃(セロ)を斬魄刀を力任せに振り下ろすことで斬り裂いた。

「オラオラァ!!もっと本気出してみろよ!!そして俺を見やがれ!!」

 横一閃に振り抜かれた剣八の一刀が、ヤミーの鼻の上を裂く。その衝撃で仰け反ったヤミーは、崩れかけた身体のバランスを取ろうと二、三歩後ろに下がった。

 その足の一つに、桜の花弁の波が襲い掛かる。白哉の千本桜景巌である。

「その巨体だ。一つでも脚を潰されれば、まともに立つ事も儘なるまい」

 コンロのつまみを捻るかの如く、白哉の右手が回る。ヤミーの足を飲み込んだ千本桜景巌が高速で渦を巻き、その鋼皮を裂き、筋肉の繊維を裂き、腱をズタズタに引き裂いた。足の一つに力が上手く入らなくなったヤミーの巨体が、完全にバランスを崩して膝をつく。

「テ……メェ〜〜〜〜〜ッ!!!」

 ヤミーの裏拳が白哉に振りかぶられる。白哉は瞬歩でそれを躱すが、当たり判定がデカ過ぎるのか、ヤミーの親指の爪に右足の脹脛を引っ掛けた。引き千切れた死覇装の袴から覗く皮膚に血が滲み出て、雫となって落ちていくのを見た白哉は、忌々し気に舌打ちする。

「ハッ!ザマァねえじゃねえか朽木!!躱し切れねえとはもうヘトヘトかァ!?」

 剣八が軽口を叩く。白哉はそれを耳聡く拾い上げ、眉間に皺を寄せてこめかみを一瞬痙攣させた。有り体に言えば癪に触ったのである。

「……あの程度も碌に両断出来ぬ兄こそ、尊大な口を聞く割には満身創痍の様だが」

「アァ?馬鹿言え。俺はこっからが本調子なんだよ」

「そうか。ではさっさとその本調子とやらで、あの十刃(エスパーダ)を斬って捨ててみるがいい。出来ないのならば、その程度。口先だけの名ばかりとして受け入れよう」

「……やっぱてめぇから叩っ斬るか」

「やれるのもならばやってみろ」

「だから何でこんな時に喧嘩してんのお前ら!?」

 ミラ・ローズが悲鳴を上げた。本当にそれは全くその通り。

「無視してんじゃ……無ェぞコラァ!!!」

 黒い霊光がヤミーの口の前に集う。黒虚閃(セロ・オスキュラス)だ、とミラ・ローズが息を飲んで瞳孔を開き切るのとほぼ同時に、白哉は雷吼炮を放ち、剣八は斬撃を飛ばしてそれにぶつけ、自爆させた。

 その爆風からクッカプーロを守る為、ミラ・ローズは噛まれるのも構わずその小さな身体を抱き上げ、しっかりと抱きしめてヤミーに背中を向ける。女性にしては高めの長身が、砂と風に煽られて僅かに浮き上がり、顔から転倒した。それでもクッカプーロを潰さない様内側に抱え込んだのは、半分以上意地である。

 そうして痛みに耐えながら蹲る後ろから、肉を裂き骨を砕き割る音が、ミラ・ローズの耳に届いた。

 ドシン、と音がして、三つの霊圧の嵐が収まった気配がした。恐る恐る顔を上げ、慎重に振り返ったミラ・ローズが見たのは、満身創痍だがしっかりとした足取りで立つ白哉と剣八と。

 頭の頂点から股座にかけて、唐竹割かの如く叩き斬られ、仰向けに倒れたヤミーの姿だった。

「…………勝った、のか……」

「……クゥーン……」

 呆然とするミラ・ローズの腕の中で、クッカプーロが悲し気に鳴く。腕の力が緩んだのに気付いたのか、ミラ・ローズの顔を一瞥もせず飛び出し、倒れたヤミーに駆け寄った。

 足元を通り過ぎるクッカプーロを気にも留めず、剣八は残念そうに溜息を吐く。

「……つまんねえな」

 ガシ、と敢えて傷ませた髪に左手の指を通して、剣八は呟いた。

 

 クッカプーロは小さな身体でヤミーの顔の方に駆けていく。頭蓋骨ごとかち割られた顔の前に座ると、ワン、と短く鳴いた。

「……チッ……何で、逃げてねえんだよ……」

 人間大の大きさであれば殆ど聞こえなかったであろう、覇気の無い声で、ヤミーはクッカプーロに毒吐く。

「お前から離れたくなかったんだろ。そいつはお前が好きだからな」

 不意にかけられた声に、ヤミーは霞始めた目を見開いた。その声は。いいや、そんな訳が無い。アイツは死んだ。何より、霊圧が弱過ぎる。

「あれだけ怒鳴り散らしていた割に、あまり大きくなれていないな。そいつを巻き込むのを恐れて、十分に怒りを溜められなかったか」

 ヤミーの前に姿を見せたのは、下半身に白布を巻いて、最低限のモラルを守った小柄な少年破面(アランカル)。ウルキオラだった。

「……うる、せえ……誰だ、てめえ……」

「お前な……俺の声と顔を忘れ……いや、もう顔見えてないのか。ウルキオラだ。霊圧で判れ」

「……面白くも、ねえ嘘……ついてんじゃねえ……」

「嘘じゃ無い。紛れも無く俺が、ウルキオラ・シファーだ」

 ヤミーは鼻で笑う。

「てめえが……ウルキオラ……?バカも、休み休み、言えよ……そんなカスみてえな、霊圧した、ゴミ破面(アランカル)が……ウルキオラな、訳がねえ……」

 ヤミーは軽く咳き込んで、口の端から血を流した。もういい加減、限界が来ていた。

「クソがよ……ウルキオラの野郎……死ぬくれえなら、最初から……俺に、手伝わせりゃ……よかった、のによ……情けねえ……奴……だ…………」

 だんだん声が小さくなっていく。最後の方は、もう聞き取るのが困難になっていた。

 そして、ヤミーの目が全く虚ろになって、呼吸の音が聞こえなくなる。胸は心臓の鼓動で揺れることが無くなって、霊圧が消えた。

「……馬鹿が。だからあれだけ言っただろう」

 ポツリと呟いたウルキオラの、病的に白い頬を水滴が滑り落ちる。

探査回路(ペスキス)を、鍛えろと……!」

 生まれて初めて、ウルキオラは嗚咽を漏らし、そして、喉を引き攣らせながら初めて、わんわんと泣いた。

 

 

 生まれて初めて、悲しみに嘆き叫ぶウルキオラの声に胸を締め付けられる様な感覚を覚えながら、ミラ・ローズは徐に立ち上がる。

「で。ヤミー倒したけどどうすんの、この後。現世行く?」

 肩貸そうか、と茶化す様に尋ねると、剣八はいらねえと軽く突っぱねた。

「相手が残ってりゃいいんだけどな」

「……一護が負けるとは思いたくねえけど、藍染が簡単に死ぬとも思えねえ」

「じゃあ行くか、現世。丁度黒腔(ガルガンタ)開けるアテもあるしな」

 剣八は凶悪な笑みを浮かべ、マユリを見る。マユリは俄かに不快そうに眉を顰めた。

「ふん。君たちが現世に行って藍染に殺されるのは別に構わんがね」

「構ってくれ。色々と」

「五月蝿いよ、破面(アランカル)。戦いが終わったのであれば、私としてはさっさと今回の収穫物を持ち帰り、より精細な解析に取り掛からねばならんのだヨ」

黒腔(ガルガンタ)の中をその大荷物、手押しで引っ張って行く気?」

「ならば何だというのだね」

「いや……」

 問い返され、ミラ・ローズは少し思案する。そして、いいことを思いついたという風な顔をした。

「大荷物運びながら、黒腔(ガルガンタ)を楽に移動する為の足なら、すぐ用意できるけど」

「……何?」

「よければみんなも一緒に乗ってく?」

 ミラ・ローズは周囲をぐるりと見渡す。いつの間にやら、勇音の治療を受けて回復したルキア、恋次、泰虎も集まっていた。

 ミラ・ローズは開けた方向に右手を翳す。ビキ、と空間がひび割れて、軋む様な音を立てながら黒腔(ガルガンタ)が口を開けた。

 黒腔(ガルガンタ)がしっかり開いたのを確認したミラ・ローズは、乾いた破裂音を立てながら両手を組み合わせる。

「"針の山河、宵闇の洞、紅蓮の泉、明星の川、白骨の門、黄金の葦原"。"曙光の舟は白砂の楽土へ、アシェーラレフの子らを運ぶ"」

 聞き慣れない詠唱。ルキア達は勿論のこと、マユリまでも頭に疑問符を浮かべる中、黒腔(ガルガンタ)の向こうから巨大な船がこちら側へと向かってきた。

 船は目と鼻の先まで近付くと、それが自然であるかの様に船体を横向けて、黒腔(ガルガンタ)の入口に接岸する。

「こ……これは……」

 いち早く立ち直った雨竜は、全員が浮かび上がらせた疑問を口にした。

薄暮の方舟(バレコ・プレコスプラ)。何千年だか何万年だか前に、アメミト様が拾った。黒腔(ガルガンタ)を大人数で航行する為の船、らしい」

「らしいって何だよ。ハッキリしねえな」

「しょうがねえじゃん。アタシらどころか、ハリベル様とさえ会う前の話なんだから」

「じゃあしゃーねえか」

 いいのか、と全員が胸の中で突っ込んだ。剣八は見た目よりも大分、聞き分けが良い。

 ミラ・ローズは少し困った様に笑う。

「それじゃ、行こうぜ!尸魂界(ソウルソサエティ)!」

 その言葉と同時に、薄暮の方舟(バレコ・プレコスプラ)がタラップを降ろした。




ウルキオラの受難(というかウル虐)はもうちょっと先にも続くんじゃ
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