犴と鮫   作:鷲谷ヒメリ

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人は皆
其の眼の届かぬ地平線の果てへ
終わりなき行進を続ける生き物である
道半ばで力尽きるも
道行の果てに辿り着くも
誰一人知らぬまま歩むのだ


雌鹿の一突き

 ふわり。

 そんな形容詞が相応しい様な、奇妙な浮遊感———いいや、解放感をスタークは覚えた。アメミトとハリベルも同じ様で、平時よりも瞼を持ち上げ、僅かに顔を上げる。

 スタークの胸の傷はありがたいことに、烈の回道によって完璧に治療されていた……リリネットを喪失した、空白以外は。

「……デカい霊圧が、()()消えた……?」

 ポツリとハリベルの口から溢れ出た発言に、烈はほんの少し首を傾げる。烈には現世から去った霊圧の数は三つしか感じ取れなかったからだ。その三つとも、烈が知っている霊圧である。穿界門を開き、藍染に同行しているであろう市丸ギン。それを追って穿界門を開いた、二十年近く行方を眩ませていた元十番隊隊長の志波一心。そして、死神代行黒崎一護。

「デカいって言っても、ピンキリだけどな……一つは藍染……ッ、んん……だろ」

 スタークは途中で咳払いを挟んだ。藍染に対し、無意識に敬称を付けかけたからだ。

 アメミトは舌打ちすると、億劫そうに眉を顰める。

「最初の算段通り、尸魂界(ソウルソサエティ)に直接乗り込んで重霊地の民を鏖殺するつもりか。王鍵とやらを作る為に」

 アメミトが吐き捨てた言葉に、死神達は騒ついた。今、尸魂界(ソウルソサエティ)及び、瀞霊廷には、藍染とまともに戦える戦力は残っていない。模造品(レプリカ)と入れ替えた空座町を護る事ができる戦力は、居ない。

 アメミトはそんな死神達の様子を知らん顔して、つまらなそうな顔をした。

「死神の分際でよくもまあ、あんな霊圧を振り翳して耐えられるものだ。普通、身の丈に合わない霊圧にウチもソトもズダボロにされて、野垂れ死ぬか破裂するかしてもおかしく無いのに……ああ、()()()()()()()()()()()のか」

 嘲笑の混じった感嘆を漏らす。

 だとしたら。アメミトはフッと宙を仰いだ。

「崩玉は随分と、藍染を甘やかし過ぎのキライがあるな」

「甘やかすって……そんな崩玉が生きてるみたいに……」

 八十千和が疑念に近い感情の滲んだ声で呟く。アメミトは燦光する翠玉(エメラルド)を八十千和に滑る様に向け、呆れ果てるかの様な溜め息を吐いた。

「アレを生き物と定義するか否かは置いておいて、藍染が封印状態の崩玉の力を引き出すことを、"覚醒"と呼称していた辺り、意思———我執と呼んで差し支えないものは、私は在りそうだと思うがね」

 アメミトはそう弁論する。

 覚醒。文字そのものの意味は、"眼を覚ます"、"目醒める"。基本的にこの言葉を使うのは、人に対してであろう。眠りから意識が浮上する。肉体的、精神的な衝撃により、或いはふとしたきっかけを以て秘めていた力、才能が表に出る事に対して宛がわれる事が多い。

 藍染は崩玉の封印の解放に、この言葉を宛てた。もしや、崩玉を手にした時から———或いはそれよりもずっと前から、気付いていたのだろうか。崩玉が我執を持つ事に。

 だとすれば、崩玉は随分と悪趣味だと、ハリベルは胸の内で嫌味を吐いた。

 というか、アレか。すぐにハリベルはふと気付いて、そして一秒もしない内にこめかみ周りに青筋を浮かべた。

 "蒼穹穿撃(アトラヴェッサ・エル・シエロ)"直撃した筈なのに、服の袖が消し飛んだだけだったの。アレ、崩玉のせいか。ふざけんな。そこまでいったらレギュレーション違反だろ。

 沸々と沸き上がる怒りに、霊圧を乱し始めたハリベルの頭を宥めすかす目的で撫でて、アメミトは続ける。

「……ああ、そういえば少し前に、シィアンが言っていたな。"崩玉から大虚(わたくしたち)と似た様な感じがする"と。あの時はイマイチ、ピンと来なかったが今ならある程度腹落ちもする。アレは数多の魂魄をかき集め、あの小さな玉コロの形に圧縮した結果、願望器と呼ぶべき力を宿した産物なのだろう」

 たった今思い出したかの様なそぶりで、何気無く吐かれた仮説にイヅルは身震いした。

 数多の魂魄。一体あの小さな玉一つの為に、何人が犠牲になったかもしれないというのか。同時に、だからこそあれ程の恐るべき権能を発揮していたのか、とも。

 だが、それを踏まえて尚、アメミトは。

「よく考えれば、藍染も馬鹿な事だ。よしんば首尾よく王鍵とやらを作り上げ、天に昇ったとしても、だ。そこに座す霊王を引き摺り下ろそうと言わんものなら      が赦さんし、奴が相手では霊圧の高さなど意味を為さん。そも、   たる       を一体どうして斥けられようか」

「…………なんて?」

 聞き返したスタークは勿論、ハリベルも、烈も、他の死神達も目を丸くしていた。アメミトの発言の一部、恐らくは固有名詞と思われる単語が、ノイズの様な何かに掻き消されて聞こえなかったからだ。唯一はっきり聞き取れたのは、仮に藍染が空座町を滅ぼしても、本懐を遂げることは出来ないであろう、という確信に近い予測くらいである。

 アメミトは聞き返された事に対して首を傾げた。滑舌は悪く無いと自負していたのだが、何か噛んだだろうか、と。

「いやだから……———あれ?私今()()()()()()()()()()()()()()()?」

 アメミトはハタと気付く。自分が何を言ったのか、そこだけヤスリで削られた様に覚えていない。そもそも、自分が何を言おうとしたのかが解らない。

「……どうしたんだよ、アメミト。お前さっきから変だぞ。死神に向かってまた奪う気かーだの、今の何言ってるかわからないノイズだの」

 大丈夫なのか、とスタークは気遣わしげな目を向ける。なんとか返事を捻り出そうとした、その寸前。

「アメミト様!!」

 切羽詰まった声が、その場の空気を叩き割った。

 全員の意識が一斉に、その声の方へ向く。そこにいたのは、全速力で走ってきたのか息を切らし、今にも倒れそうな身体を、隻腕を膝に置いて支えるスンスンだった。

 スンスンはアメミトの側に、傷が完治したハリベルの姿を認めると、一先ず安堵する。そしてすぐに、二、三度咳き込んでから緊迫した面持ちで口を開いた。

「アメミト様。ハリベル様。スターク。至急、お伝えしなければならない事が」

「何だ。何があった?」

 ハリベルはアメミトの肩を抱いて、スンスンに続きを促す。それをチラッと横目見た春信は、人にされた時はあんな思春期の子供みたいな事言っておいて、自分がやるのは良いんだ、と全くどうでもいいことを考えた。

 スンスンは深呼吸をして、ゆっくり言葉を整理しながら答える。

「藍染と市丸を追って……アパッチが、市丸が開いた穿界門に飛び込んで、尸魂界(ソウルソサエティ)に……!」

 破面(アランカル)も、死神も関係無く。その場にいた意識のある者全員が戦慄した。

 そんな中で、いち早く平常心を取り戻した列は、ふと、結界の中で横たわっていた患者が一人、姿を消していることに気付く。

「……松本副隊長?」

 静かに紡がれた名前が、他の者に聞こえることはなかった。

 

 

 白い脚が、細い肋骨の様なものが敷き詰められた地面を踏む。

「……断界か……懐かしく感じるな。随分と」

「ほんまですね」

 崩玉との融合、進化が進み、短かった髪が股下まで伸びた藍染と、それに付き従う市丸は、現世と尸魂界(ソウルソサエティ)を連結する通路、断界に足を踏み入れていた。

 尸魂界(ソウルソサエティ)に転送された、本物の空座町へ向かう為に。

 その二人の遥か後方から、向かってくるものがあった。拘突である。

「あかんあかん。行きましょ、藍染隊長」

 市丸はそれを認めると、藍染を先へ促そうと言葉を投げた。流石に、拘突に襲われたら自分達でも、碌なことにはなりはしないだろうと、理屈半分本能半分で本気で思っていたからだ。

 だが、藍染は動かない。市丸は眉を吊り上げて、無意識に語気を強める。

「藍染隊長、早よ行きましょって。あれは霊圧の側やのうて、理の側の存在やないですか。霊圧でどうこうできるモンちゃいますよ」

 市丸は捲し立てる。それでも藍染は、まるで市丸の言葉など聞こえていないかの如く、振り返らず、微動だにもしない。

「……藍染隊長」

 市丸は思わず、普段よりも一段と低い声で藍染に呼びかけた。そこで漸く藍染は首だけで市丸へと振り返る。拘突は、そのすぐ目の前まで来ていた。

 次の瞬間、藍染の目と鼻の先で、拘突が針で突いた風船の様に弾け飛んだ。

 その衝撃に、市丸は思わず左腕で顔を庇う。

「……何を恐れる、ギン」

 ガラガラと、弾け飛んだ拘突の脊椎が地面に落ちるのが、市丸の目に映った。

「理とは、理に縋らねば生きて行けぬ者の為にあるのだ」

 藍染は傲慢にも、自分は理から解き放たれた者であると言外に豪語する。

「さあ、行こうか。理の涯へ」

 藍染は尸魂界へ通じる断界の出口へと歩いて行く。市丸は常の薄ら笑いを失くして、その後に続こうとした。

 その寸前に、ふと背後が気になって、半身で振り返る。

「……」

 何も無い。誰もいない。当たり前だ。今の藍染を追いかけようなど、無謀な事をする者が、一人を除いているものか。

 しかし、市丸は踵を返して小さく呟く。

「……早よ帰り。着いてきたら、あかんで」

 白い死覇装をはためかせ、市丸は藍染の背中を追って出口となる穿界門を潜った。

 

 藍染達が断界から去った後、小柄な人影が拘突の残骸を踏み締める。

 一本角の仮面の欠片を被った隻腕の破面(アランカル)。アパッチである。

「……市丸」

 自ら引き千切った左腕の断面を、右手で掴む。膝は恐怖で震えていた。

 無理も無い。アパッチが拘突を目撃したのは初めてだが、それでも解る。あれは、三界に生きる生き物個人が、どうこうできるものでは無い。にも関わらず、藍染は拘突を指先一つ動かさずに粉砕してみせた。

 怖い。最早死神どころか生き物という枠組みからすら逸脱し始めた、あの男が。

 怖い。そんな男と一緒に、市丸がいる事が。

 怖い。いつあの男が気紛れを起こし、市丸さえも斬って捨てられるかもしれない事が。

 だからこそ、アパッチは市丸の忠告を無視する事にした。

 市丸が、何を目論み、何を望んでいるかなど、アパッチは知らない。手元にある手掛かりは致命的に欠けていて、真実に到達し得ない。それでも。

「……一人には、させねえ」

 怯え震える身体を叱責して、アパッチは藍染達の後を追いかけた。

 

 

 尸魂界(ソウルソサエティ)に転送された空座町で、高校生の男女と、言葉では説明しづらい派手な服装の男が、住宅街を駆けていた。高校生はそれぞれ、浅野圭吾と有沢竜貴。派手な服装の男は、霊能力者のドン・観音寺。

 先頭を走る啓吾は、倒れていた死神から無断で拝借した斬魄刀を手にしている。最後尾を走るドン・観音寺は、未だ意識を失っている女子高生、小川みちるを抱えていた。

 彼らは逃げていた。藍染惣右介から。

 突然街の住民が一斉に意識を失い、ライフラインが停止した異常事態。何とか合流して、学校に向かおうとした矢先に遭遇した、未知の脅威。彼らの友人である黒崎一護と同じ、黒い着物を着た女性の乱入もあって、今、こうして逃走を継続出来ているが、それもいつまで保つか。

「水色!本匠!」

 啓吾が住宅地の路地裏の入り口に向かって呼びかける。座り込んで身を隠していたのは、クラスメイトの小島水色と本匠千鶴。

「え?何?起きてたの、二人とも?」

「ケータイの充電、切れてたんだってよ」

「ごめん。でももう大丈夫だよ。コンビニで充電器盗ってきたし」

 水色は新品のモバイルバッテリーを、二人に見せる。竜貴は呆れた顔をして、肩を落とした。

「盗って……って、あんたねぇ」

「メンドクサイこと言わないでよ。緊急事態だし、店員さんだって起きてくんないんだし」

「まあそりゃ……そうだけど」

「当面の食糧も用意しといたよ。ほらっ」

 そう言って水色が、側に置いていたレジ袋をひっくり返す。中から雪崩の様に出てきたのは、ゼリー飲料やブロックビスケット。それからビーフジャーキーなど。

「あんたの食生活がしのばれるわ。あんた、こういうのばっか食べてそうだもんね」

 ブロックビスケットの箱を一つ手に取って、竜貴は眉を顰めた。

「……で、状況は?」

「ケイゴから、大体はね。とりあえず一番重要なのは、ヤバそうなのに命狙われてるってこと」

 竜貴からの確認に、水色はそう返した。

「だから、ホイ」

 水色は鞄をひっくり返す。出てきたのは、どこから調達したのか、人数分のスタンガン。

「ムリだって。そんなもん効く相手じゃないんだから。そいつが近付くだけで、こっちは動けなくなるし。観音寺の棒なんて、そいつに近付いたら灰になったんだから」

 竜貴にそう言われ、水色はすぐにスタンガンを置いていく決断をした。効かないなら、無駄な荷物になるだけだからだ。

 それを、判断早いな、と思いながら、竜貴はふと水色の向かい側に座り込む千鶴に目を向ける。

「どうしたの千鶴。ボーッとしちゃって」

 声をかけられた千鶴はハッとして、膝を抱えていた手を下ろして丸めていた背中を伸ばした。

「……そ……そりゃボーッともするわよ!!放心してんの!!ハナシが全然つかめないの!!なんであんた達、ソク順応してんのよ!!」

 千鶴が必死な声で捲し立てる。

「少し前から姫も学校来てないし、その後黒崎と茶度と石田も欠席するし!かと思ったらこんなワケわかんない状況だし!あたしが知らないこと、何か隠してんでしょ!説明してよ!!」

 殆ど悲鳴に近かった。竜貴も、啓吾も、水色も、どう説明するべきか、或いは、どうすれば納得のいく説明ができるかを考えて、思わず沈黙する。

「……それは……」

 慎重に言葉を選びながら、竜貴が口を開いた、その時だった。

 重圧。全身にのしかかるそれに、竜貴と啓吾は確信する。奴が来た、と。

「な……何!?何が来たの!?」

「あたしも説明できるほど解ってないの!いいから立って!逃げるよ!!」

 急かされて、千鶴は壁を支えにどうにか立ち上がる。その一方で、水色は近くにあったビール瓶のケースから、空き瓶を一つ抜き取った。

「とりあえず、このまま路地だ!建物の裏を回って、見つからないように町外れまで行こう!」

 啓吾が先導する。入り組んだ路地裏を、逸れないよう纏って走った。

 だが、すぐに。

「"見つかった"と、思ったかい?」

 曲がり角を目前にして、瞬きの間に啓吾達の前に現れた、藍染。その、かろうじて人の姿をしているだけの魔人に、千鶴も、水色までも息を飲んだ。

「違うよ。()()()()()()()()()()()()()()

 藍染の右手の斬魄刀が鈍く光る。そこに飛来したのは、空き瓶。

 放物線を描いて投げられた空き瓶は、藍染の頭に直撃する事なく、乾いた破裂音を響かせて灰と化した。

「うわ、ホントに灰になるんだ」

 一見呑気そうにも思える声音で、水色は目を丸くする。それならばと、すかさずコンビニからくすねてきたと思われる、カセットコンロ用のガスボンベの供給口を折って、藍染に向かってアスファルトの地面を転がらせた。

「ホラみんな、逃げてっ!!」

 水色は啓吾達を路地から押し出し、自分も路地から出ると、何処にでもあるオイルライターに点火し、路地に投げ込んだ。

 路地に撒き散らされたガスに引火し、爆発音が轟く。

「……ム……ムチャクチャするわね、あんた……」

 竜貴も流石に引いていた。躊躇の無さが、いっそあの魔人よりも恐ろしい。

 しかし、煙の向こうから足音が聞こえてきた。まるで単なる散歩かのように、路地から藍染が姿を現す。

 やはり無理か。悲鳴を上げ、竜貴達はその場を走って離れる。

 藍染の目が、竜貴達を視界に捉える。啓吾はこのままでは全員共倒れの可能性が高いと踏んで、足を止めて藍染に斬魄刀を向けた。

「ケイゴ!!」

 それに気付いた水色は、思わず啓吾の名を叫ぶ。啓吾は刀を構えたまま、顔だけで振り返った。

「この刀は一護と同じ格好の奴が持ってたんだ!これなら多分、あいつに届く!」

「バカっ!!刀が届いても、あんたは死ぬだろ!!浅野っ!!!」

 啓吾は退かない。ここで全滅するよりは遥かにマシだと腹を括り、迫り来る恐怖に向かい合う。そこに。

「返せばかものーーーーー!!!」

 アフロ頭の死神が、上から敬語を押し倒した。

 啓吾の手を離れた斬魄刀を掴み取り、死神———車谷善之助はビビり散らかしつつも藍染を睨む。啓吾は押し倒されたことに対する恨み言など、全く浮かばないまま起き上がり、善之助の震える背中を案じた。

「だ……大丈夫かよアフさん。ムチャすんなって……!震えてんじゃ……」

「うるさい!震えてない!!素人に斬魄刀など、使わせる訳にいくか!!」

 善之助は啓吾に心配などかけさせまいとしているのか、強がりを口にして息を大きく吸う。

「お早う!!土鯰!!!」

 解号と共に斬魄刀を解放する。鈴のついたチャクラムのような形に変化した斬魄刀、土鯰でアスファルトの地面を殴りつけ、ヒビを走らせる。そのまま地面を隆起させ、巨大な瓦礫を作ると、藍染を包囲し閉じ込めた。

「よしっ、逃げるぞ!!!」

「結局逃げることにしか使えねえんじゃねーか……」

「うるさいッ!!」

 呆れ果てたような啓吾への返事もそこそこに、善之助は撤退を促す。正直に言えば、この程度で藍染が動けなくなるとは、善之助とて微塵も思えていない。

 それを証明するかのように、善之助が放った瓦礫を見せつけるかの如く霊圧だけで持ち上げ、藍染はその足を進める。

 拙い。このままでは追いつかれる。いいや、向こうがそのつもりならとっくに追いつかれ、殺されている。遊ばれているのだと、水色は内心冷や汗を流し、焦燥を覚え始めた。

 だが、そこにもう一人。乱入者がやってくる。

 それに真っ先に気付いたのは、死神や破面(アランカル)は愚か、滅却師でさえ、鼻で笑える程に隔絶した霊圧感知能力を持つ、ドン・観音寺。その突出した感知能力が、ドン・観音寺の有意識に囁いた。

()()()()()()()()が来る、と。

 そしてその数秒後、藍染を狙って放たれた霊圧の光。虚閃(セロ)である。

 虚閃(セロ)は藍染に届きはしなかったが、しかし、藍染は本来いるべきではない乱入者の方を、億劫そうに振り返った。

 そこにいたのは、一本角の仮面を持つ、片腕を失くした小柄な女破面(アランカル)

「クソ……当たりすらしねえのかよ」

 第3従属官(トレス・フラシオン)のアパッチだった。

「……何故、君が此処にいる?エミルー・アパッチ」

 藍染がつまらなさそうに問いかける。藍染にしてみれば、既にアパッチは———否、アパッチのみならず、破面(アランカル)は死神に敗れ、その弱さ故に用済みとなっている。にも関わらず、何故、後を追って此処にいるというのか。

「君達はとっくに、存在価値を喪失している。死神化という種を超越するチャンスを得ながら、(ホロウ)という種族の枠組みから逸脱する事をせず、手にした力に胡座をかき、怠惰を貪ってきた君達には、最早私と並び立つ事は愚か、私の世界で声を上げる資格さえ持たない。君達は自ら、己の価値を毀損し捨てたのだ。そんな破面の一人である君が、今更何故、此処にいる?」

 再び問われる。アパッチは恐怖で震える膝を抑え込み、緊張を噛み殺し、挑発的な笑みを強引に作った。

「お前、記憶力鳥以下か?あんまピヨピヨ囀らない方がいいんじゃねえの。その自分で自分の価値を捨てた奴に、一杯食わされたのは何処のどなた様だったっけ?」

 ピク、と藍染のこめかみが動いた。斬魄刀を振り上げ、一歩踏み込み、アパッチを斬り伏せようとした、その時。

 

 アパッチの胸の下を、背後から白刃が貫いた。




この章だけで少なくとも三回は煽られてる藍染惣右介くん(n百歳)
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