犴と鮫   作:鷲谷ヒメリ

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人も神も
胡蝶の夢


水鏡の末路

 穿界門が開く。空座町の一歩外に開いたそこから最初に出てきたのは死神———ではなく、ジャケットのような白い死覇装の前を開き、顔の下半分を覆う仮面と胸元までを覆う外殻の名残を露わにした、金髪褐色肌の女破面(アランカル)。後に続くのはトレンチコート風の白い死覇装の合わせ目を右手で引っ張る、白磁の肌と高い位置で二つに結えたプラチナブロンドの髪の女破面(アランカル)と、首元に仮面の欠片を付けた憂鬱そうな黒髪の破面(アランカル)の男。裾を大きく裂き取ったアオザイのような死覇装の、隻腕の女破面(アランカル)が続いて、最後に息を切らして、転がるように穿界門から出てきたのは、背の低い死神の少女。

「……そう遠くはないな」

「残念な事にな」

 金髪の女破面(アランカル)———ハリベルが舌打ちすると、黒髪の破面(アランカル)の男———スタークが相槌を入れる。両膝に手をついて息を整えようと努めていた死神の少女———虎徹清音は恐怖で身震いした。

 なんであたし、こんな怪物の群れに放り込まれたんだろう。いや、穿界門を開けって要求されて、あたしに白羽の矢が立ったからだけども。でも吉良副隊長だっていたし、なんなら檜佐木副隊長と射場副隊長も意識を取り戻したんだし、そっちだって。

 十刃(エスパーダ)の上位二体と、十刃(エスパーダ)に匹敵する破面(アランカル)一体という恐ろしい存在を前にして、清音はとにかく今すぐ逃げ出したくて仕方なかった。思わず、背中から穴を空けられて瀕死の上司、浮竹十四郎に心の中で助けを求める。

 そんな折、隻腕の破面(アランカル)———スンスンが自らの身体を片手で抱え、膝から崩れ落ちた。

「シィアン?」

 それに気付いたプラチナブロンドの髪の破面(アランカル)———アメミトが振り返り、現状彼女だけの呼称で声掛ける。徐に顔を上げたスンスンは、酷く怯えて震えていた。

「……ッ……な……なんで……ッ!皆様は平気なんですか……!?あんな……あんな……!」

「落ち着け、シィアン。一旦深呼吸して、ほら」

 アメミトがスンスンの肩を撫でて、冷静を取り戻すよう促す。しかし、スンスンは却ってガタガタと震えを大きくして、顔からは血の気が引き、目尻に涙を浮かべていた。

「だって……!あんな意味のわからない霊圧……身じろぎしただけで、こちらを踏み潰してしまいそうな化け物がいるのに……!どうして平気なのですか!?」

「……?スンスン、お前藍染……の霊圧、わかんの?」

「……()()()()()()()()か。感知能力がずば抜けているのも、なかなかどうして考えものだな」

 困惑するスタークと対照的に、ハリベルはスンスンが怯え震える理由を理解して、憐んでいるように眉を下げた。

 スンスンは、弱い。

 否、中級大虚(アジューカス)の中でも上位に滑り込む程度には強いが、それでも十刃(エスパーダ)、特にその上位三枠に連なるハリベルとスタークに比べれば、遥かに弱い。本来ならば、藍染のように他の追随を許さない、隔絶した強さの霊圧を感じ取る事は、出来ない。

 ならば何故、今彼女は藍染の霊圧を認識し得ているのか。認識しようと、意識したからだ。

 ———感じる事は感覚。感じようとする事は知覚。感じたいように感じるのが感情。

 感覚では、藍染の霊圧を感じ取る事は出来ない。隔絶した霊圧差故に、無意識が拒絶しているからだ。しかし、スンスンはハリベル達が藍染の霊圧を感じ、何処にいるのかを大凡把握しているのを見て、自身も倣い、それを感じ取ろうと意識した。してしまった。

 結果、破面(アランカル)の中でも抜きん出て高精度の霊圧感知能力が、スンスンに残酷で冷酷な現実を突きつけたのである。

「……怖いか、シィアン」

「……ッ、怖いに決まっているじゃありませんか!!あんなの、この世の全ての(ホロウ)が束にかかったって……死神と手を組んだって敵いっこありませんわ!況してや、あの男には鏡花水月だってあるのに!!」

「鏡花水月なら私、渾沌皇后(キメラ・パルカ)でスルーできるぞ」

「ハリベルお前ちょっと黙ってろ」

 堪らずスンスンは叫んだ。崩玉による進化が停滞していた段階ですら、一番強い状態のハリベルが勝ち切れなかった相手だ。最早死神と呼んでいいのか怪しい存在へと成り果てた藍染に対して、一体自分達に何ができると言うのか。

「……別に、無理にアレと戦う必要は無い」

「……は……?」

 アメミトの言葉に、スンスンは短く低く、頓狂な声が出た。

「というか、私達ではシィアンの言う通り、勝てる気しないから戦うだけ無駄だ。だが、或いは唯一、奴に勝てる可能性のある者がいる。折よくその者が藍染とかち合っていれば正しく幸運(スエルテ)。無様に膝をついた瞬間に立ち会えれば万々歳。冷やかすだけ冷やかして、野次馬といけばいい」

「成る程、ジュースとポップコーン用意するか」

「溢すんじゃないぞ」

「お前らな……映画鑑賞じゃねえんだぞ」

 呆気に取られたスンスンの隻腕が、脱力してダラリと下がる。そうだった。この人達はこういう人だった。恐怖に屈していた自分が情けなく感じて、スンスンはガックリと肩を落として項垂れた。

「何はともあれ、先にエミルーを見つけて合流す……おっと、既に藍染と接触してるのか。急がんと不味いな」

「なら走るか。最下位はこのゴタゴタ終わった後でヒゲダンスフル尺な」

「ボロボロになった挙句一生の恥かかされんのかよ……」

 よーい、ドンッ。誰がコールしたのか判別するより早く、三人の最上級大虚(ヴァストローデ)クラスの破面(アランカル)が、響転(ソニード)で姿を消した。項垂れていたままのスンスンと、まるで話についていけなかった清音はその場に置き去りにされ、途方に暮れる。

 まあ、取り敢えずは。無理矢理平時の調子に戻ろうとして、スンスンは顔を上げた。

「……私達は私達で、アパッチのところへ向かいましょう。どうせあの人達に全速力で走られたら、追いつけませんし……」

「……そう、ですね?」

 まだ若干、怯えを隠し切れていないスンスンに、清音は気遣わしげに背中を撫でた。

 

 

 一護が藍染を力尽くで空座町から連れ出し、置いてけぼりにされた竜貴達は、一護が飛び去って行った方角をただ茫然と見ていた。

「ど……どうするよ」

「どうするったって……じっとしてろって言われたし……」

 竜貴と啓吾は顔を見合わせて、これからどうすべきか決めかねる。そもそも空座町自体がどういう状態なのか、彼らは未だハッキリとはわかっていないのだ。

 水色は竜貴と啓吾を一瞥し、それから横目で目にしたものを飲み込み切れない様子の千鶴を伺い、最後に黒い着物の女———乱菊と白装束の女———アパッチに目を向ける。

 アパッチは乱菊の肩にしなだれかかり、完全に身体を預け切って眠っていた。ただでさえ怪我が治り切っていない身体で、その上胸の下を貫かれた状態で、すっかり泣き疲れて力尽きたようだった。泣き腫らした目元は随分赤い。起きたら顔を洗うように言うか、それともコンビニから食料と一緒に盗ってきた、ウェットティッシュを貸すべきかと思案する。

「それにしても……ミステリアスなことだ」

 ドン・観音寺は不意に呟く。何がだよ、と啓吾が投げやりに問いかけると、ドン・観音寺は考えをまとめるように小さく唸って、サングラスの位置を正した。

「あの白尽くめのボーイからは、まるで地球の重力が何十倍にも増したかのようなパワーを感じたが……マイ一番弟子・一護からは対極とも言うべきか……そう……例えるならば、風の無い白神山地の森林。もしくは凪いだ水面に写る満月のような……正にミステリアスな気配がしたのだよ」

 そう答えたドン・観音寺のサングラス越しの眼は、一護が何処か遠くへ行ってしまったかのような、哀愁に近い感情が見えた。啓吾は何となく、納得がいくような違うような、上手く言語化し辛い感覚を覚えて髪を掻き上げる。

 静謐な雰囲気が満ち始めた、その時だった。

 

 上から流水の尾を描いて、金糸の人喰い鮫が降って来たのは。

 

 スドォン!!!と轟音を鳴り響かせ、人喰い鮫が着地する。流水の尾は空で千々に舞い、霧雨のように降り注いで竜貴達の服を湿らせた。ドン・観音寺はその気配が、(ホロウ)のものだと瞬時に悟る。同時に、(ホロウ)の気配が二つ、こちらに向かって来ている事も。

 ガラ、と小さな瓦礫の破片がアスファルトを転がる。よく見れば、降って来た人喰い鮫は褐色の肌に金髪の、顔の下半分を石膏のような質感の仮面で覆った女———他ならぬ、第3十刃(トレス・エスパーダ)のハリベルであった。

 竜貴達がハリベルの人相を識別するより先に、黒髪の男が———第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)のスタークが頭から転がるように飛び込んでくる。それに瞬き一回分遅れて、プラチナブロンドのツインテールを靡かせながら、ハリベルの従属官(フラシオン)であるアメミトが駆け込んできた。

「何何何!?ちょっと竜貴!ナイスバディ着物美人とボーイッシュ美少女の次は、金髪エキゾチッククールビューティーと色白ツインテ美女!?何がどうなってるのよ!?」

「知らないよ……ていうか、うだつの上がらなそうなおっさんは眼中に無い感じ?」

「は?おっさん?何処にいんのよ」

「ああ、うん。そっか……逆に安心したわ。いつもの千鶴になったみたいで」

 恐らくパニックが一周回って、平静を取り戻したらしい千鶴に、竜貴は呆れと共に安堵した。この異常事態に長く浸り続けて、日常の馬鹿馬鹿しいやり取りが大変恋しかったので。

 そんな彼女達には全く関心が無さそうに、ハリベルはスタークとアメミトをチラリと一瞥すると、得意そうに鼻から抜けるように笑い声を漏らし、力強くガッツポーズを決めた。

「っしゃあ!イッチバン乗りー!」

 全身で勝ち誇るハリベルに、顔から地面に突っ込むように倒れていたスタークはカチンと来て飛び起きると、擦れてジワジワ痛みを訴える額を抑えながらハリベルを睨みつける。

「お……前なァ!!ジェット噴射で加速したらそら響転(ソニード)だけより速いに決まってるだろ!!レギュレーションどうなってんだよ!!」

「まあ……別に響転(ソニード)以外禁止とか言ってないからな、誰も。水圧ジェット飛行はティアの十八番だし」

「やーいやーい、負っけ犬〜!悔しかったら御自慢の虚閃(セロ)でジェット飛行してみろ〜!ぴっぴろぴ〜!」

「誰が犬だ!!狼だよ!!」

「言い返すところそこなのか。というかアレだな。これは私が最下位な感じだな?この顔ぶれで負けるの、存外死ぬ程悔しいんだが」

 残念そうに肩を落としたアメミトは、顔の右側に着いた仮面の欠片の突起を指先でなぞる。そして、燦光する翠玉(エメラルド)を乱菊とアパッチ、そして熱を失いつつある市丸の亡骸の方へ向けた。

「……死んだか。市丸ギン」

 物悲しさを滲ませて、アメミトは呟く。それを拾い上げたハリベルも、スタークをおちょくるのを止めて同じ方へ顔を向けた。

 ハリベルはアパッチの目元が赤く腫れているのを認めると、思わず眉を顰める。

「……女泣かせめ。死ぬならせめて責任取ってから死ね」

「寧ろ、取ったから死んだんだろう。エミルーにまで、手も意識も回らなかっただけで」

「おい今すぐ生き返れこの糸目野郎。私の従属官(フラシオン)泣かせやがって。今なら金的で済ませておいてやる」

「それじゃあ処刑宣告だろう。トドメ刺そうとするんじゃないよ。どっちにせよ止めときな」

 宥めるように、アメミトの手がハリベルの肩にポンと置かれた。不服そうなハリベルは小さく舌打ちすると、納得はいっていなさそうな顔で仕方なく、振り上げた拳を下ろす。

 いや、緩急よ。啓吾は突然現れた白装束集団の振り幅に引いていた。その半分以上は金髪の女二人にだが。

 及び腰になりかけながら、あんた達誰だよ、と啓吾が訊ねようとした時だった。

 

 地鳴りのような音がして、足元が僅かに揺れた。

 

 何だ、とほぼ全員が一斉に、音が駆けてきた方角を向く。その視線の先で、街並みの向こう側に確かに在った筈の山が一つ、消し飛んでいた。

「……い、一護のやつ……本当に大丈夫なのか……?」

「わかんない……けど、あたしらじゃどうすることも……」

「ていうか、一護。あいつに触っても平気そうだったよね。なら、もしかしたらもしかするんじゃ……」

 学生達の間に、俄かに動揺が広がり出す。その一方で、破面(アランカル)達は感嘆する者とドン引きする者とに分かれた。

「ほう……そうか。アレの相手をしているのはやはり、黒崎一護か」

 感嘆する側のアメミトは、面白そうに口元に弧を描く。

「彼は確か、織姫と同い年の筈だから15そこらだっけか?赤ちゃんじゃないか。これで藍染といい勝負してるなり、いっそ藍染が負けてたら末代までの鉄板笑い話だぞ。多分あいつが末代だけど」

 同じく感嘆する側のハリベルが、戯けた目つきで肩を竦めた。

「地面陥没どころか、山消し飛んでんのはいいのかよ……あんなことできる力持ってる奴の戦いを野次馬しに行ったら、巻き込まれかねないんじゃないか?」

 ドン引きしていた側のスタークは、げんなりした様子で消えた山の方角を茫然と見ている。

「何だコヨーテ。流れ弾を払い退ける自信が無いのか?」

「自信の有る無しじゃなくて、純粋に危ねえだろって言ってんだよ」

「藍染がデカい顔をする前の虚圏(ウェコムンド)の方が、余程危険だっただろう」

「微妙に言い返し辛いこと言うんじゃねえよ」

 何でそんな、歩道の無い道路を歩くのは危ないだろ的な感覚で、あの化け物みたいな男と一護の戦いを見に行くか行かないか言い合うんだ。竜貴は信じられないものを見る目でアメミトとスタークの会話を盗み聞きする。

 すると、ふと肌寒い気配がして、そっと気配のする方へ目を向けると、ハリベルが少し不満そうな顔で二人をじっと見つめているのが見えた。

 え、何、怖い。どっちに対する目なのそれは。竜貴が無意識に後退りした時だった。本人達にその気は無かろうが、救いの手が現れたのは。

「ハリベル様!アメミト様!スターク!やっと追いついた!」

 裾を裂いたアオザイ風の白装束を着た隻腕の女性と、洋風のシャツの上に黒い着物を着た少女と大人の中間くらいの女性が、瓦礫を避けながら到着した。スンスンと清音である。

「スンスン。遅かったな」

「貴女方が速すぎるんです。あと私これでも本調子では無いので。それで、アパッチは……」

 キョロ、とアオザイ風の白装束の女、スンスンがアパッチの姿を探して周囲を見回す。ハリベルは短く頷いて、とある方向を顎でしゃくった。その先で、乱菊に身体を完全に預けて眠るアパッチと、二人の側に横たわる市丸の遺体を認めたスンスンは、眉尻を下げる。

「スンスン、アパッチを頼めるか」

「……行かれるのですか」

「おう」

 そろそろ行くぞ、とハリベルがアメミトとスタークに呼びかけた時だった。

 町の向こうで、異様な太さの光の柱が聳え立った。

「何だ……!?あれ……虚閃(セロ)……か!?」

 スタークが驚愕に顔を歪める。無数の虚閃(セロ)を同時に放つことができるスタークだからこそ、あの光の柱の異常さを誰よりも理解できていた。

「おい待て。なんでまだ霊圧上がってるんだ。崩玉の仕業だとしたら、一体何考えてんの」

 うんざりしたような顔で、ハリベルは悪態を吐く。グシャ、と面倒臭い気持ちを誤魔化そうと、雑に金髪を手櫛で掻き上げた。

 スイ、とハリベルの碧玉(グリーンジャスパー)がアメミトの翠玉(エメラルド)と交わる。アメミトが言葉無く頷くと、ハリベルはそれに頷き返し、スタークに指先で合図した。

 次の瞬間、三人の破面(アランカル)の姿がその場から掻き消える。響転(ソニード)で行ってしまったのだと、残されたスンスンはすぐに理解した。

「……どうか、ご無事で」

 戦いを挑むわけではないことなどわかっているけれども、それでもスンスンは、祈らずにはいられなかった。

 

 

 そこには、異形がいた。

 三対の翅の先端に、人に似た目の無い頭部を持ち、身体には縦に三つ連なる孔が空いている。全身の白に対して真っ黒な顔は、側面に中央から裂けた人の皮が引っかかっていた。

 それは崩玉によって、生き物の枠組みから逸脱した、藍染であった。

 藍染はオレンジ色の髪をした死神の少年の首を、左手で掴んで捉えている。捉われているのは死神代行、黒崎一護だ。

「……聞こえるか、黒崎一護。君は確かに一時は、死神と(ホロウ)の境界を破壊し、超越者となった。だが今は、手にした力を失い見る影も無い」

 藍染は嗤う。まるで霊圧の"れ"の字も存在しない一護など、最早価値は無いと。

「君は超越者たる私の手による死を迎える。私は君を打ち殺すことで、死神と(ホロウ)という低劣な存在から、完全に訣別する。終わりだ!!黒崎一護!!」

 勝ち誇ったように宣言する。藍染の手が、一護の首を締め始める。

 だが、しかし一護は。

「…………終わりだと?こんなもんかよ?」

 力強いブラウンの眼を向けて、事も無げに藍染の手を振り払った。

 藍染の目が見開かれる。馬鹿な、あり得ないと、竅の空いた身体を巡る血管が脈動した。

「……止めにしようぜ、藍染……あんたの理屈は、もううんざりだ……」

 一護は鎖の巻きついた右手に握る黒刀———天鎖斬月を構える。

「見せてやるよ。最後の、月牙天衝だ」

 その言葉と同時に、"黒"が一護の姿を飲み込んだ。そして、劇場の幕が上がる様に"黒"が晴れた先で、藍染の目に映ったのは。

「"最後の月牙天衝"ってのは、俺自身が、月牙になる事だ」

 顔の上半分と左腕以外の殆どを、灰黒の殻で覆い、右腕からは黒い霊圧を———月牙天衝を立ち昇らせ、オレンジ色だった髪を漆黒に染め上げて、腰まで伸ばした一護の姿だった。

「この技を使えば、俺は死神の力の全てを失う。"最後"ってのは、そういう意味だ」

 淡々と説明する一護に、藍染は畏怖していた。

 何も感じなかった。まさか、と疑った。

 黒崎一護は藍染惣右介よりも、高次の存在へ至ったのではないか、と。

「馬鹿な!!」

 藍染は堪らず叫んだ。例え超越者だとしても、人間を基盤とする一護が、死神を基盤とする自分よりも上に登り詰めたなど、認められなかった。

 その激昂に見向きもせず、一護は右手に黒い霊圧の刃を顕現する。そして、

 

「"無月"」

 

 "黒"が、世界を飲み込んだ。

 

 "黒"に飲み込まれた藍染の右半身が消し飛ぶ。波が引くように"黒"が空へ昇っていく。地面に降り立った一護の口元を覆う殻がひび割れて、徐々に全身の殻に広がっていき、一歩足を進める毎に、殻は砕けて剥がれ落ちた。

 そこから少し離れた場所に、何かが落下する。一護が眼を向けると、身体を縦に両断された藍染が倒れていた。藍染の身体は崩玉によって、あっという間に繋がり、修復される。

「……まだ再生するのか……!」

 顔を上げて睨み上げる藍染に、一護は瞬歩……或いは無意識の響転(ソニード)で近付く。まだ戦うというのなら、その意志を挫かなければ。そう考え、構えようとした時だった。

 髪から黒色が抜けていく。灰黒の殻が全て剥がれ落ちる。"最後の月牙天衝"を解き放った事で、死神の力が消えたのだ。

 戦う為の力を失い、膝をついた一護に対し、藍染は天を仰ぎ見て立ち上がっている。

「……君の敗けだ……黒崎一護」

 藍染の右手と同化していた斬魄刀の刀身が、鋒から砕けていく。

「斬魄刀が消えていく……君ならこの意味が解るだろう……崩玉が、私に斬魄刀など必要無いと判断したのだ!!!斬魄刀と、その能力と一体となった君と同じ、いや、今やその力を失った君を、遥か凌ぐ高みへと私は昇り詰める。終わりだ!!黒崎一護!!!」

 一護の全てを賭した一撃さえ、自分には完全には届かなかったのだと藍染は嗤う。膝をつく一護に引導を渡そうと、藍染が右腕を振り上げた、その時。

 

 流星群が、藍染の身体を蜂の巣にした。

 

「……ッ!これは……!」

 孔だらけになった身体を崩玉に修復されながら、藍染は星が飛来した方角を向く。そこにいたのは。

「十年とそこらしか生きていない赤子相手に、また随分と大人気の無い立ち振る舞いじゃないか。なあ、藍染惣右介?」

 連獅子を彷彿とさせるプラチナブロンドを靡かせ、紅い生体装甲(バイオアーマー)に鎧われた女破面(アランカル)。両手を弓矢を引くようにして構えているのは、刀剣解放(レスレクシオン)状態のアメミトであった。

 側には同じく刀剣解放(レスレクシオン)し、鮫のシルエットを思わせる大剣を肩に担いだハリベルと、僅かに腰の引けた様子のスタークがいる。

「……戦う気は無いんじゃなかったのかよ」

 心底呆れたような顔をして、スタークは溜息を吐いた。アメミトは苦笑して、構えていた右手を僅かに下ろす。

「死体蹴りしないとは言ってないだろう?」

「最悪だよ」

「死んでないから死体蹴りにもならないがな。孔空けた側から治っていってんの、シンプル意味わからんぞ。崩玉ってやっぱインチキアイテムだわ」

「それはまあ、そう」

 やれやれ、と肩を竦めたハリベルは藍染の姿を見据える。そしてふと気付いたのは、霊圧が落ちているという事。

(黒崎一護にデカいの貰って、疲弊してるからか?まあ、なんにせよ今なら……)

 ハリベルは担いでいた大剣を藍染に向けた。相対的に弱った状態なら、殴り放題、いわんや仕返しし放題だ。

皇鮫大海嘯(コリエント・デル・オセアノ)覇天浪(オーラス)

 何処からともなく、大量の水が様々な波形をとって藍染に襲い掛かる。

 ハリベルにとって好都合なことに、尸魂界(ソウルソサエティ)は現世よりも霊子濃度が高い。無論、虚圏(ウェコムンド)と比べるべくもないが、それでも現世と違い、水気が満ちるのを待つ必要性が薄いのは、とてもありがたかった。

 鋭い錐の様な波が、鉄槌の様に重い波が、藍染に叩きつけられる。

「ぐ……っ、おのれ……進化に躊躇した破面(アランカル)如きが、私に楯突こうと……!!」

 腕を振り回して波を打ち払おうとした、その瞬間。

 藍染の心臓の位置から、霊子の杭が飛び出した。

 それを皮切りにして、藍染の身体を霊子の杭が次々突き破る。藍染はそれが鬼道だという事こそわかったが、いつ仕込まれたのかがわからない。

「……ようやく発動したみたいっスね」

 独特な足音を鳴らしながら現れたのは。

「浦原喜助……!!」

 藍染が忌々しげに、その名を呼んだ。




生き残った破面のトップスリーのアホ会話が一番ノリノリで書けたのほんま草


オマケ:アランカル大百科
アパッチの誕生日

アパッチ:あの……ハリベル様、アメミト様。なんでそんな食用とは思えないスッカスカのクリームだらけのパイを持ってにじり寄るんですか
ハリベル:決まってるだろ。誕生日祝いといえばパイ投げだとスンスンが言っていた
アメミト:そういうわけだ。大人しく祝われろ
アパッチ:またスンスンの要らん入れ知恵かよ!!アイツ毎回何処でそんなわけわからん文化持ち帰ってくるんだよ!!
ハリベル:そぉら、喰らえぇ!!
アパッチ:待ってそれ祝い事する時の掛け声じゃねえって絶対!!!

アパッチ誕生日おめでとう!
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