犴と鮫   作:鷲谷ヒメリ

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井の中の蛙
大海を知らず
檻の中の蟷螂
野犴を知らず


蟷螂を喰らう

 時間は少し巻き戻り、十刃(エスパーダ)会議が終わってからアメミトとハリベルがノイトラを壁ごと吹き飛ばすまでのこと。

「藍染の話ってなんだろうな」

「住む場所の話だろ。虚夜宮(ラスノーチェス)の設備を使うんだろうが、他の破面(アランカル)と取り合いになってもことだし」

「できれば大きい部屋を一つ欲しいですわね。あとデカい寝床」

「わかる。五人で一緒に寝れるくらいデカいのがいい」

 虚園(ウェコムンド)の砂漠を一望できるガラスの無い窓辺に腰掛けて、ハリベルの従属官(フラシオン)という立場に収まったアパッチ、ミラ・ローズ、スンスンはハリベルとアメミトが戻るのを待つ間、雑談に興じていた。話題はもっぱら、福利厚生や藍染から下されるであろう指令など、自分たちの今後についてである。

 そんな時、大きな破壊音と共に何かが砂漠に吹っ飛んでいくのが見えた。

「え、何何何」

「なんか飛んでった?」

「後今ハリベル様とアメミト様の霊圧一瞬強くなりませんでした?」

 三人は揃って窓から身を軽く乗り出して砂漠へ目を向けた。砂煙の上がった場所へ向けて、虚夜宮から二つの影が飛び出して行くのに気付くと、あ、アレ、ハリベル様とアメミト様だ、と顔を見合わせる。

「追いかける?」

「追いかけよう」

「賛成ですわ」

 即落ちふたコマ並みの速さで意思統一。三人は一斉に窓に足をかけて飛び降り、響転(ソニード)で主人とその右腕(彼女達は少なくともアメミトをそう位置付けた)を追いかけた。

「なんか、派手にブッ飛ばしたなぁ」

「よほど不敬な喧嘩の売られ方したのでしょうね」

 アパッチは念の為探査回路(ペスキス)に意識を割きながら走る。スンスンはミラ・ローズの背中に負ぶわれていた。まだ歩くのは苦手のようだ。

「なぁなぁ、どっちがその不敬者を倒すか賭ける?」

 ミラ・ローズが走りながら提案する。スンスンはいいですわね、とそれに乗っかった。

「なら私ハリベル様が格の違いを見せつけるのにクッキー3枚」

「じゃあアタシアメミト様がボコボコにして煽り散らかすのにマドレーヌ2つ」

「カスのトトカルチョやめろ」

 アパッチの呆れた声が虚しそうに砂漠に溶けていく。暫く走った先に、不敬者と相対するアメミトと、後方腕組み上官面で佇むハリベルの姿があった。

 瞬間、不敬者———ノイトラ・ジルガとアメミトの霊圧が高まる。お、と誰ともなく感嘆の声を漏らして同時にブレーキをかけた。

「祈れ、聖哭蟷蜋(サンタテレサ)!!」

「風化しろ、灰嵐犴皇(セニーザ・チャカール)

 帰刃(レスレクシオン)。破面が斬魄刀に封じた(ホロウ)としての本質的な力を、解号と名の開帳を持って解き放つ能力である。それを同時に発動した。

 ノイトラはその姿を大きく変えた。三日月の様な角を生やし、昆虫を彷彿とさせる外殻に覆われた腕は四本に増えている。全ての手にした斬魄刀は処刑鎌の形をしており、どうやら純粋な近接戦闘特化形態の様であった。

 一方のアメミトは、まず髪型が高く結い上げた二つ括り———所謂ツインテールと現世で呼ばれる結び方から、毛量が何倍にも増えて連獅子の様に変化している上、毛先が紅く色付いている。全身を赤褐色の生体装甲(バイオアーマー)で鎧い、手の甲には爪状の紅い突起が三つ並んでいた。腰からは太く硬質な獣の毛に覆われた尻尾がしなやかに揺れ、顔の仮面の名残は左側にも現れて左右対称になっている。

「ティアー」

 犬歯が大きく鋭く変化し、最早牙と形容すべきものに変化したアメミトが、いつもと変わらぬ調子でハリベルを呼ぶ。

「どうした?」

 ハリベルも特に変わった様子もなく返答した。強いて言うなら、やっぱりアメミトの帰刃カッコいいな、と内心で惚気る程度。

「能力使ったら殺しそうだからフィジカルでボコっていい?」

「だいぶ酷いこと言ってて笑う。いいぞ」

「わーい」

 子供の様に喜ぶ声と裏腹に、燦光する翠玉(エメラルド)が怪しく瞬く。ノイトラは自分を歯牙にも掛けない様な態度に舌打ちをして、処刑鎌を握る手が軋む程力んだ。

「笑ってられんのも今のうちだクソメス!!甘ったれた真似したことを後悔しても俺ァ知らねえからなァ!!」

 ドンッ、と砂地を蹴ってノイトラが跳ぶ。振り下ろされた二本の処刑鎌をアメミトは左腕の生体装甲で受け止めた。ギリギリと処刑鎌と生体装甲が鍔競るように軋みを上げ、アメミトの足が僅かに砂を滑る。

「おっ、腕力は第5(クイント)相応なんだな。まあそうでもないと、デカい口叩いてるだけのウドの大木だものなあ。うんうん」

 その上で、アメミトは余裕な態度を崩さない。ついでに煽るのも辞めない。逐一癪に障る言動のアメミトに対しノイトラの怒りはとっくに上限値を大きく超えていた。

 ノーマークの残り二本の処刑鎌を横薙ぎに振い、アメミトの脇腹を斬り裂こうとする。アメミトは空いた右手で足下に虚閃(セロ)を撃ち込み、その反動で左腕で防いでいた処刑鎌を押し退けて後ろへ跳んだ。足下を崩されたノイトラが半歩退がって、苦し紛れに処刑鎌を横薙ぐ。間一髪、アメミトの髪を数センチ掠めて斬り取るに止まった。

「ッチィ!!逃げるなクソメス!!」

 怒鳴り声を上げながら、ノイトラは舌先から虚弾(バラ)をばら撒く。アメミトはそれに対して正確に虚弾を当てて相殺し、その衝撃で巻き起こった砂煙に紛れた。

「逃げなきゃ痛いだろ。斬られない自信はあるけど」

 煽りながらアメミトは、砂煙が晴れた瞬間を狙ったノイトラの処刑鎌の薙ぎ払いの一撃を、紙一重で四つん這いのようにしゃがんで回避する。次いで左右から斜めに振り下ろされた処刑鎌を裏拳で弾いて逸らし、両手の甲の紅い突起を伸ばして鋭利な鉤爪へ変化させると、右手で土を掬い上げる様にノイトラの腹から胸にかけてを引っ掻いた。

 ギィ、と金属板を爪で引っ掻いた様な嫌な音がする。

「……っ、ハァ!!」

「!!」

 その硬さ、手応えの無さに、アメミトは僅かに翠玉の眼を見開いた。鉤爪の一撃を受けたノイトラの表皮には、流血は愚か擦り傷すら見当たらない。そんなアメミトの様子にノイトラが勝ち誇る様に高笑う。

「俺の鋼皮(イエロ)は十刃最硬だ!!そんな緩い爪で傷なんざ付けられるわけがねえだろ!!」

「……ほう」

 アメミトはノイトラの四つ腕による猛攻を生体装甲で受け流しながら嘆息した。確かにノイトラの鋼皮の硬さは実際に、賞賛に値する。成る程、しかしながらアメミトは能力抜きでいくのなら、これはいいハンデだと。虚弾でノイトラの処刑鎌を弾き、薙ぎ払いを宙返りで躱しつつ一度距離を取った。着地点を狙ってノイトラは虚閃を発射し、アメミトはこれを鉤爪に霊圧を纏って斬り裂く。返す刀で左手の鉤爪から灰の剣閃(バラ・デ・セニーザ)を放ち、しかしノイトラは四本の処刑鎌でそれを斬り払った。

「ふむ、牽制程度とはいえそれを斬り払えるのか。となると……」

 四つ脚の獣の様な姿勢で砂地に着地し、アメミトは思考を回す。この戦闘で体感したノイトラの腕力、速度、そして硬さを反芻して導き出した結論は。

「少しギア上げるか」

 呟いて、ゴキンッ、と指の関節を鳴らす。四つ脚の獣の姿勢から立ち上がり、顔の仮面の欠片にかかった髪を払った。燦光する翠玉が大きく見開かれ、白い砂が押し出される様に舞い上がる。霊圧を徐々に上げて、生体装甲の重ね目から赤黒い光の形で漏れ出す程に膨れ上がった霊圧を、左右の鉤爪に圧縮した。

灰の三連剣閃(トリプル・コルテ・デ・セニーザ)

 アメミトは左右六本の鉤爪をもって灰の剣閃(バラ・デ・セニーザ)を三つ重ね、ノイトラへ向けて放つ。自身の鋼皮に絶対の自信を持つノイトラは、愚かにも回避の姿勢を見せない。鋼皮で受け止めて、従属官の身分で、それもメスの分際で十刃に牙を向いたことを後悔させようと本気で考えていた。

「そんなもん効くわけが———!!」

 言いかけて、しかしノイトラは背筋にぞわりと悪寒が走るのを感じた。左の眼窩に空いた孔が、虚としての本能が叫ぶ。コレは、絶対に受けるなと。

 ノイトラは焦りながらも、響転で左に跳ぶ。一秒前までノイトラがいた場所を灰の三連剣閃が砂ごと抉り取った。余波を僅かに掠めた上の右腕の外殻に覆われた二の腕に、ヒビが入る。———ヒビが入る?

「な……!?」

 ノイトラの顔が驚愕で歪んだ。最硬の鋼皮を持つはずの自分が、手傷を負わされるなどと。それに対して燦光する翠玉に愉悦の色を乗せたアメミトが、三日月の様に弧を描いた口から牙を見せて嗤う。

「ギアを上げると言っただろう」

「———……!!だったら……こっちも出し惜しみ無しで相手してやるよ!!」

 吼えたノイトラの、外殻に覆われた腕が更に一対増加した。計六本の腕と処刑鎌が、反撃の余地など与えないと言わんばかりに矢継ぎ早にアメミトを襲う。アメミトはそれを最小限の動きで回避し、いなし、受け流した。

「溜める隙なんざ与えねえ!!メスはメスらしくオスの前に這いつくばってろ!!」

「うわぁ、ゴリッゴリの男尊女卑?それともなんか女に劣等感でも植え付けられることあった?どちらにしても、アンタのつまらないプライドを守るためだけに喧嘩売られる私たちの身にもなれって」

 ノイトラの右の真ん中の腕に握られた処刑鎌の刃を、アメミトの右腕の鉤爪が絡めとる。そのまま手首を捻って、鉤爪から側面へ圧力を線で掛けることでその刃をへし折った。

「チッ!!」

 ノイトラは折れた処刑鎌を明後日の方向に放り投げる。肩の複合関節に空いた手を突っ込み、新たな処刑鎌を生成した。

「それアリなんだ?」

「残念だったなあ!!武器を壊したところで無駄なんだよ!!」

「じゃあやっぱり直撃狙いでいくか」

 鉤爪で右の処刑鎌を受け流し、胴体を守る左腕を一本鷲掴む。無理矢理引き剥がす様に広げさせると、左脚でそこ目掛けて霊圧を込めたミドルキックを放った。

「グッ……!!」

 タタラを踏んだノイトラが後ろに退がる。アメミトは余裕そうにほくそ笑んで、太くしなやかな尻尾をゆったりと揺らした。

「一つ、アンタにいいことを教えてやろう」

 風に吹かれた金髪が扇の様に広がって、アメミトの身体を大きく見せる。燦光する翠玉に射抜かれたノイトラの右目の横を、畏怖から来る冷や汗が伝っていった。

「私は、最も古い最上級大虚(ヴァストローデ)の一人だ」

 ゾッと、ノイトラの身体から途端に体温が奪われる。馬鹿な、という言葉は口の中で喉から這い出る前に霧散した。バラガンと同じ最古の最上級大虚など、たかが従属官が、何故。そんな疑問が頭の中を埋め尽くす。アメミトはノイトラの動揺を嗤いながら続けた。

「最初に言っただろう。真の暴力を見せてやろうと。そして、あくまでこれはまだ、虚としての本質とは無関係の、ただの暴力だ」

 言い終えるや否や四足歩行の獣の様に姿勢を低くして、ノイトラへ肉薄したアメミトは右の鉤爪のうち左右の二本を突起へ戻す。中心の一本だけになった鉤爪に三本分の霊圧を圧縮し、寸前で我に返って乱暴に振り下ろされたノイトラの処刑鎌を左の鉤爪でいなして右手をパイルバンカーの様に突き出した。

 ノイトラの腹を、鉤爪が貫通する。

「……勝負あったな」

 戦いの一部始終を見ていたハリベルが、静かに断言した。

「馬鹿、な……俺は……俺の、鋼皮は……!!」

「硬くはあるが、それだけでは頂点へ到達するには足りないな。少なくとも、ただ無駄に高い霊圧を一点に集中させただけの私に、こうも容易く貫かれる程度では」

 そう言ってアメミトは、ノイトラから鉤爪を引き抜いた。患部から溢れた血が勢いよく噴き出して、白い砂に染み込んでいく。膝から崩れ落ちる様に、白い砂漠に倒れ伏したノイトラの帰刃が解除された。健常な右眼から生気をなくしたノイトラは、動かない。

 動かなくなったノイトラを見下ろして、アメミトは帰刃を解除して大きく息を吐いた。

「え、それ本当に死んでない?」

 ハリベルは倒れ伏すノイトラの身体に空いた穴を見て、少しばかり不安になる。加減しろ馬鹿、と言えば、したよ、と返ってきた。

「なんなら急所は外した」

「ならよし」

「コイツ起きたら荒れそうだなぁ」

「まぁ少なくとも、お前にちょっかいかける気は失せるだろうな」

「だといいけど」

 アメミトは肩をすくめた。ノイトラが特別血の気の多いだけならいいのだが。

「ハリベル様ー!アメミト様ー!」

 呼びかけられて、二人は振り返る。その先から、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンが駆けてきた。

「お前達……なんで此処に?」

「偶々窓からお二人がなんかを吹っ飛ばして、それを追っかけるのが見えたんですよ。そしたらどういう流れでそうなったのかはわかりませんけど、側から見た感じ果し合いみたいになってるし」

「それでアタシとスンスンで賭けやってました。ハリベル様とアメミト様のどっちが不敬者をぶちのめすのか」

「私がハリベル様に賭けて、ミラ・ローズがアメミト様に賭けてました」

「アタシは一応やめとけって言ったんですよ」

「あ、私たちのどちらかが勝つのは前提なんだな」

「「「勿論」」」

 真っ直ぐなんの曇りもない眼で返されて、その信頼の高さに二人は思わず顔を合わせて苦笑する。そりゃまあ、負けるつもりもなかったし、なんなら如何に殺さないようにしつつ徹底的に叩きのめすかを重視したので、何も間違えてはいないのだが。

「あ、藍染への言い訳考えるの忘れてた」

「ついでにあの第5(クイント)の処遇も口添えしとこう。こんなつまらん喧嘩で十刃減らしても馬鹿馬鹿しいし」

「それはそう」

 ぐしゃ、と髪を掻き乱すアメミトは倒れたノイトラを一瞥して、コイツどうしようかなと考え始めた。このままここに放っておくのもよくはないだろうと思っていると。

「———ノイトラ様の回収と治療は、こちらで引き受けましょう」

 死角から声をかけられた。

「「う、わあぁあああああ!!??!?!」」

 ザザザッ、と砂を蹴り上げる勢いでアメミトとハリベルは後ろを振り返ると、驚いて叫びながら数歩後退した。探査回路を切っていて、気付かなかったというのは言い訳だ。

 そこにいたのは、右眼に黒い眼帯を着け額に仮面の欠片を残した黄土色の髪の青年破面。

「ノイトラ様の従属官のテスラ・リンドクルツといいます。以後、お見知り置きを」

 テスラと名乗った破面はそう言うと、一瞬アメミトへ視線を向けて僅かに嫌悪を滲ませた眼で睨みつけた。それから二人を迂回しつつノイトラの下まで歩み寄り、上体を持ち上げて腋の下に首を差し入れてその長身を肩で担ぎ上げる。所謂、ファイヤーマンズキャリーというやつであった。

「それでは、失礼します」

 背を向けたままそう告げて、テスラは響転で立ち去る。後に残された五人は順番に顔を見合わせて、誰ともなく帰ろうか、と促した。

「私、何かしたかな」

 道中でアメミトが呟く。それを拾ったハリベルは何を言ってるんだ、と繋げて。

「ノイトラをボコったのはお前だろ」

「ぐう正論」

 質疑応答は一瞬で終わった。

 

 虚夜宮に戻った五人は、遅参の言い訳を立て損ねたまま藍染の部屋に来ていた。入口まで着いた時点で中にいるらしい藍染から招かれ、バツの悪さを覚えつつ静かに足を踏み入れる。何でノックもしてないのにわかるんだ。感知能力そんなに高いのかアイツ。とアメミトは辟易した。

「ノイトラを倒したそうだね、アメミト」

「バレテーラ」

「そもそも言い訳を考えても無意味なやつだったか……」

 口を開いて、いの一番に藍染に核心を突かれたアメミトとハリベルは既に事態を把握されていたことへのショックと取り越し苦労からガックリと肩を落とす。ダメ元で右手を挙げて、アメミトは藍染に進言した。

「ノイトラ・ジルガへの処遇だが、あくまでも今回の件はただの価値観の相違からくる衝突だ。重くても謹慎程度で済ませて欲しい」

「……理由を聞こうか」

「まず第一に、今日十刃の空席が埋まったばかりだというのに、もう新たに空席を作るのは混乱を生むだけだろうということ。第二に、アンタの最終目標がどうであれ、人手を悪戯に減らす必要はないということ。最後は……」

 そこで言葉を区切ったアメミトは、横目でハリベルの方を見る。そして一拍空けて続けることには。

「私が個人的に、ティア以外の指示に従いたくないからだ」

 アメミトの燦光する翠玉と藍染の眼が真正面からかち合った。自分が何者であるかを知っていながら、それでも尚呆れ果てる程の私情。しかし、藍染は愉快そうに鼻で笑うと、いいだろう、と応えた。

「君の意思を尊重しよう。今回の件は不問とする。ノイトラにも、私から後で伝えておこう。それから、ここからが本題になるのだが……」

 その返答に、アメミトは内心安堵してホッと一息吐く。是が非でも、ハリベルから離れる様な事態は阻止しなくてはならないので。

 藍染は数センチ程の厚みの冊子をハリベルに手渡した。何だこれは、とハリベルがパラパラと中身を閲覧すると、どうやらこれは家具のカタログらしい。

「君達には居住地として第三の宮を使ってもらう。それから、内装と家具だがこれはそのカタログに載っているものから基本的には選んでもらうけど……取り寄せるというよりも、これも死覇装同様に担当の破面に作らせる形になる。希望すればカタログにないものでも何でも用意しよう」

 藍染が言い終えるや否や、アパッチ達が勢いよく手を挙げた。

「「「ハイハイハイハイ!!」」」

 あまりの勢いにアメミトとハリベルは驚いて、外敵を見つけた海老の様に身体を後ろへ逸らす。藍染も流石に気圧されて、大変珍しく目を丸くしていた。

「ベッド!!デカいベッド欲しい!!」

「五人で一緒に寝ても余裕あるくらいのクソデカいベッド!!」

「あと、枕もふかふかのやつ五人分欲しいですわ!!それからデッカい毛布も!!」

「わかったわかった。手配しよう」

「あ、じゃあついでに私も。簡易的な炊事場と紅茶淹れる道具欲しい」

「あれ、アメミト紅茶気に入ったのか?」

「アンタの低血圧解消用だよ」

「そ、そっか……」

「全て用意させる。明日になったら揃うだろうから、今日はすまないけれど雑魚寝になってしまうがいいかい?」

「ああ。そもそも元より野宿生活だったからな。問題はない」

 話は以上だよ、と藍染が柏手を打つ。アメミト達は連れ立って部屋を出て、一先ず与えられた第三の宮へ向かった。

「あぁ〜〜、今日濃ゆかったなぁ……」

「全くだな」

 背伸びをしたアメミトがぼやいて、ハリベルが同意する。体感として異様に長かった一日が、彼女らの認識の上では幕を閉じた。

 

 

 

 泥の様な暗闇から、意識が浮上した。

 健常な右眼が音を立てそうな程強く見開かれ、第5十刃(クイント・エスパーダ)ノイトラ・ジルガは目を覚ます。朧げに見覚えのある天井の模様に、自分が診療台に寝かされているのだと気付いた。

「ノイトラ様、お目覚めになられましたか」

 左側からノイトラの顔を覗き込むのは、従属官のテスラ・リンドクルツ。ノイトラは上体を起こすと、眉間を抑えて意識を飛ばす前の記憶を掘り返そうとする。

 ふと俯いたことで、腹部がノイトラの視界に映り込んだ。包帯こそ巻かれているが、欠損などは一応見当たらない。ノイトラはそれに違和感を覚えた。

 そうだ、自分は腹を貫かれた筈だ。

 確信した瞬間、散り散りになっていた記憶が像を結ぶ。そして思い出す。屈辱を。

 ———一応殺すつもりこそないが———。

 膝をついたノイトラを見下ろして嗤う、燦光する翠玉の眼。十刃最硬を誇る筈のノイトラの鋼皮を貫いた紅い鉤爪。その姿が頭の中に現れた時、怒りが身体を支配する。

 ガシャン!!と音を立てて台車の上に並んでいたガラス瓶が割れた。ノイトラが怒りに任せて右手を後方へ振り回した為である。ガラス片はノイトラの皮膚に傷一つつけることはなかったが、それが余計にノイトラの心を波立たせた。そう、ノイトラの身体に傷が付くなど、あり得なかった筈なのに。

 血走った右眼が揺れる。常夜の空に浮かぶ月の光を反射する、毛先の紅く色着いた金髪が瞼に焼きついて離れない。

「アメミト……レシェフゥウウウウウ!!!!!!!」

 怒り狂ったノイトラの絶叫が、虚夜宮に木霊した。




またノイトラくん女にわからされてる
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