犴と鮫   作:鷲谷ヒメリ

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文明の起こり

 新体制に移行した虚圏(ウェコムンド)には、現在可及的速やかに達成すべき課題があった。

 それは、和平協定を結んだ尸魂界(ソウルソサエティ)とこれからも対等な立場で交渉に挑む為、虚圏(ウェコムンド)側に向こうにとっての付加価値を生む為の手段。

 同時に、通貨の概念の無い虚圏(ウェコムンド)にとっては、未経験の文明的且つ文化的行動である貨幣取引に手を出す為の足掛かり。

 産業の開発である。

 

「おっととと……なかなか難しいものだな」

 普段二つに結い上げたプラチナブロンドを、邪魔にならぬよう珍しく団子状に纏め、髪留めを使って前髪を避けたアメミトが、棒のようなものを平均台のようなものに乗せ、ゆっくり回転させていた。その先端には、高温で溶けた粘性のガラスが重力に隷従するように、自重で垂れかけている。

「あー!!困りますお客様!もう少し耐えていただかないと困りますお客様!!」

「お客様何処だよ。何処で覚えたんだよそんなフレーズ」

 そう離れていない場所では、同じように棒の先端についたガラスの変形のし易さに弄ばれるスンスンと、欠伸をしながらそれを見ているスタークがいた。

 

 事の起こりは調印式から三日程した頃。様々な用途に使う小型霊蟲の繁殖作業をしていたメノリに、ハリベルから打診があった。

 曰く、「虚圏(ウェコムンド)にあるもので作れて尚且つ、それなりの利益が出る価格で尸魂界に売り込めるものを作りたい」と。

 メノリはこれを了承。偵察用霊蟲を十数匹飛ばし、虚圏(ウェコムンド)にある石英の木から僅かに自生する植物まで、ありとあらゆるものをサンプリングし、何に使えるかをほぼ不眠不休で調べ尽くした。その過程で、産業の開発には関係は無いものの、なかなか面白い発見があったのも、睡眠時間をゴミ箱に叩き込んだ理由である。

 そうして持ち上がったのは、虚圏(ウェコムンド)に有り余るでは到底収まり切らない程存在する砂を超高温で熱し、ガラスに精製するという案であった。

 虚圏(ウェコムンド)の砂は高密度の霊子で出来ている。それを溶かしてガラスにするには現世や尸魂界(ソウルソサエティ)のものと比べて、より高い温度が必要になるが、その分耐衝撃性と耐熱性に優れたガラスが精製される事が実験によって判明した。

 精製に際し、砂を溶かす為の燃料および、溶融の為に砂に混ぜる灰は、虚圏(ウェコムンド)に自生する白羊草と呼ばれる綿のような植物を燃やしたものを使用した。この植物は綿状の繊維に油分を潤沢に含んでいる為か、火をつけると高い火力を維持したまま長期的に燃焼する、大変都合の良い性質があったのである。その為、ガラスの精製の為に燃料として燃やした白羊草の灰を回収し、また次のガラスの精製に使用する事ができた。

 その為並行して、白羊草を安定的に確保する為の栽培方法の研究も始まり、この時点でメノリは目の下に隈を作った。研究の進捗を確認しに来たミラ・ローズに着いてきた何人かのピカロが、うっかりその顔を見て悲鳴を上げたのは余談である。

 また、白羊草の灰に石英の木の表皮を粉末にしたものを混ぜてガラスを作ると、透き通った薄紅色を発色することも判明し、メノリは狂喜乱舞した。他にも添加することで異なる色を発色するものがあるかもしれないと、偵察用霊蟲を飛ばそうとしたところでロリに叩きのめされ、ベッドに押し込まれたのがつい先日。この暴力に関しては、比較的ロリに正当性があったのでハリベルもアメミトも見て見ぬ振りをした。新発見が楽しいのはわかったから寝てくれ。

 そんなこんなで、依頼された研究と個人的な探究心とで研究を二、三並行し、不摂生なメノリにキレたロリの怒号と、その能力の利便性の高さ故にひたすら土木工事にこき使われるルドボーンの愚痴と、それらを見聞きしたスンスンとリリネットの爆笑が飛び交いながら、虚圏(ウェコムンド)製ガラスの製造に着手する目処が立ったのは、調印式から三週間程経った頃である。

 

 ガラスの精製に必要な設備———ガラス炉や冷却水プール等———を揃えた工房は、総合科学研究館の近くに作られた。ハリベルはいっそのこと、一次二次問わず産業関連の施設は、この周辺のエリアに固めてしまおうとも構想していたが、それはまた別の話である。

 工房ではアメミト、スンスン、スタークの他に数名の破面(アランカル)が、ガラスの加工に挑んでいた。とはいえ、そもそも殺し合いと喰い合い以外に興味を殆ど持たず、モノを作るという行為の経験が無い破面(アランカル)達は大半が、熱せられたガラスの柔らかさに翻弄され、悲鳴を上げていた。

 そんな中、一人意外な才覚を披露して見せた破面(アランカル)がいた。

 第6十刃(セスタ・エスパーダ)、グリムジョーである。

「グリムジョー。何作ってんだ?」

 ノコノコと近寄ったスタークは、グリムジョーの手元を覗き込む。随分深く大きなガラスの器が、吹きガラスの成形に使う拭き竿の先端にくっついている。グリムジョーはバーナーで器の側面を二箇所炙り、それが冷える前にトングに挟んだ棒状のガラスをこれまたバーナーで熱して柔らかくしながら器の側面に接着した。

「一人用の鍋。一昨日ウルキオラとアパッチの野郎が、そこの現世大好き女が持ち帰ってきた本に載ってたチゲ鍋とかいうの見せてきてよ。なんか喰いたくなった」

「何してんだよあの二人とか、スンスンまた現世で勝手に買い物してとか言いてえことは色々あるが……お前が食い物に興味示した方にびっくりするわ」

「だろうな。俺も自分でびっくりしてる」

 スタークは様々な感情が混ざった溜息を吐く。近頃ウルキオラは、肉体の再構成に伴って失った霊圧を取り戻そうとする本能なのか、或いは魂魄が生まれ持った性質が今になって開花したのか、どうやら食事に強い興味を示すようになっていた。それを知ったアパッチは、かねてより全てが終わったら市丸を誘って一緒に食べようと思っていた現世の料理を食べにウルキオラを連れ出し、アメミトとの取引で浦原喜助に造らせた破面(アランカル)用の義骸を着て店を数軒ハシゴしていた。

 二人の現世でのグルメ行脚を後から知ったスンスンは、二人共私より先に現世を満喫するなんて狡い!と不満を叫び、浦原のところに押しかけて義骸を毟るように買い取り、飲食店ガイドやレシピ本などを買い漁るなどしていた。

 なお、これらの代金は全て四十六室の判決によって取り上げられた、藍染の資産から横領されている。これは浦原を経由して、アメミトが護廷十三隊に掛け合った結果である。

 ちょっとコレ持ってろ、とグリムジョーはガラス棒を挟んだトングの持ち手を指差す。スタークは言われるままトングを受け取った。

 グリムジョーは近くに置いてあった工具トレーの台車から、大きな鋏を手に取ると、ガラス棒の熱されて柔らかくなった部分と冷えて固まっている部分との境ギリギリを、パチン、と切る。

 鋏をトレーに戻すとすぐに大型のペンチを手にして、切り離したガラス棒を冷え固まらないうちにアーチ状に曲げ、断面を器に押し付けて接着した。

「ところでお前、辛いの平気だっけ?」

 トングを返して、スタークが訊ねる。

「ああ?試したコト無えから、わかんねえよ」

「そっかぁ」

 グリムジョーはバーナーでガラス棒を熱しながら、器の反対側に同じようにガラス棒をくっつけて答える。

「……っし、後は冷えて固まれば、竿から切り離して完成か……」

「マジでスピード勝負だよなぁ、ガラス細工」

「作る前に形決めとくのが一番失敗し辛いぞ。それでもドン臭え奴は縁とか歪むけどな。ウルキオラがそうだったろ」

「確かに。アイツ結構不器用だよな」

 しみじみとスタークは思い返す。いざガラスの精製と加工の実践を始めて行った時、コップを作ろうとして側面も縁もぐにゃぐにゃに歪んでしまっていたウルキオラの様子を。あの時のウルキオラの顔は満場一致で傑作だった。

「ほほう、なかなか見事な出来じゃないか」

「うわぁああああ!!!」

 いつに無く気が緩んでいたところに、不意に背後から声をかけられ、グリムジョーは喉から盲腸が飛び出すんじゃないかと思う程、全身で飛び上がるような大声を出した。振り返るとそこには、自分の分を諦めたらしいアメミトがいる。

「な、な、何しに来やがったてめえ!」

「何って、見学。それよりもグリムジョー、その腕前を見込んで一つ提案したい事があるのだが」

「あァん!?」

 グリムジョーは猫の威嚇のように背中を弓形に丸め、グルル、と唸りながらアメミトを睨む。完成したガラス鍋を乗せた台を指先で叩きながら、アメミトはそれを見てくすりと笑った。

「いや何。アンタはあまり望むところではないかもしれないが、未経験でここまでクオリティの高いものを作れるのなら、アンタをこの工房の責任者に任命したいと思ってな」

「はあ!?なんで俺が!!」

 グリムジョーは用の済んだ拭き竿を台に軽く叩きつけ、アメミトの提案に対して拒否の姿勢を取る。軽く、とは言ってもグリムジョーの膂力を基準にした上での比較である。

 そこから響いたガァンッ、という大きめの音に、結局縁がぐにゃぐにゃに歪み切ったグラスの出来の酷さに項垂れていたスンスンが驚いて、小さな悲鳴を上げながら五センチほど飛び上がった。

 アメミトはそれを横目に見て、やれやれ、と肩を竦める。

「勿論、引き受けるか否かはアンタが決める事であって、私、延いてはティアに強制するつもりも権限も今のところは無い。だが、アンタが引き受けてくれるのであれば、相応の待遇を用意する心算だ」

「相応の待遇だァ!?そんなモンで俺が釣れると思ってんのかよ!!俺は第6十刃(セスタ)!!"破壊"の十刃(エスパーダ)、グリムジョー・ジャガージャックだ!!気に入らねえもの全部ぶっ壊して、気に入らねえ奴は全員ぶっ殺すのが俺だ!!偶の趣味程度ならともかく、義務でこんなちまちましたモノづくりなんかやってられっかよ!!」

「趣味程度ならねえ……なんだ、アンタ自分で思っているよりも、ガラス作り楽しんでるじゃないか。まあそれはさておき、一旦落ち着け」

 どうどう、と両掌を向けて、アメミトは牙を剥くグリムジョーを宥める。

「前提として、このガラス製作自体は尸魂界(ソウルソサエティ)との商業的な取引の材料として用いる為に、メノリを酷使……いや、実際のところは彼女が自発的にデスマーチしただけなんだが……兎も角開発させたものだ。そして、商いということは製品を取引する責任者が必要になる。そしてそれは、ぶっちゃけ私達には元の仕事量の多さから手が回らない。ここまでは良いな?」

 右手の人差し指を指揮棒のように振りながら、アメミトはグリムジョーに述べた。

「そこに丁度、素人ながらに頭1つ抜きん出て得手を発揮したアンタがいるわけだ。別に責任能力があれば誰がやっても私達としては問題は無いが、どうせなら技術力も高い者に任せた方が良いだろう?」

「誰でも良いならそれこそスタークにやらせろよ。なんで俺がそんなまどろっこしい事やらされなきゃならねえんだ」

「えっ」

 突然巻き込まれたスタークが、間抜けた声を上げる。アメミトは、あー、と一瞬検討するフリをして、すぐに目線を斜めに下げると小さく首を振った。

「コヨーテは……ほら。何かと理由をつけて、すぐサボるから……」

「……ああ、成る程」

「何でそこで素直に同感すんだよ!否定してくれよ!」

 いやだってな……とアメミトとグリムジョーは頷き合う。少しばかり普段の行いを顧みて、検討した結果なので諦めて欲しい。スタークは倒れ込む勢いで膝をつき、ガックリと項垂れた。

「……さて、話を戻すが。アンタが此処の責任者を引き受けてくれるのであれば、アンタの裁量で現世と尸魂界(ソウルソサエティ)へ自由に出向する許可を出す。そう言ったらどうだ?」

「……何だと?」

 項垂れるスタークの肩に手を添えて、気休めに摩ってやっていたグリムジョーは低い声で聞き返す。アンタもダメージ与えた側だろう、変に優しい奴だな。とアメミトは苦笑いを堪えた。

「当面の予定としては、此処で作ったガラスは護廷十三隊に全て卸して、そこから各小売店へ流通して貰うつもりだ。だが、ゆくゆくは個別に依頼を受けて、販路を広げつつ利益を上げていきたい。その為には、責任者にある程度外回りの自由があった方が、営業の上では都合が良いだろう?それに、アンタがリベンジを果たしたい相手……ああ、そうそう。黒崎一護だったな」

 黒崎一護。その名前を聞いた瞬間、グリムジョーの目が大きく見開いた。

「黒崎だと?黒崎がどうしたっていうんだ」

「おや、アンタも知っている筈だろう?彼は現在、戦うどころか霊的なものを認識する能力さえ全て失った状態だと。だがそれが一体、その魂が滅ぶまで続くなどそうそう無いだろう。そも、()()()()()()()()()()()()()()()()のなら、いずれ何某かのきっかけさえあれば力を取り戻す事も絵空事では無い。それが、彼が現世で人間として生きている間に起きるのか、それとも尸魂界(ソウルソサエティ)へ旅立った後になるのかは予測出来ないが、それ迄現世の現在の平均寿命を鑑みて、せいぜい七、八十年もしないだろう。我々にとっては、ほんの一刹那に過ぎぬ時間だ。その時、アンタは十刃(エスパーダ)という立場上虚圏(ウェコムンド)に拘束されたまま、黒崎一護をどう此方へ手招きするつもりだ?」

 滝を流れ落ちる水のように、アメミトは講演する。圧倒されたグリムジョーは、思わずそれは、とだけ呟いて口篭った。

 アメミトは畳み掛ける。

「生きているうちに力を取り戻せば、現世に向かう必要がある。死後死神となるのならば尸魂界(ソウルソサエティ)へ出向く必要がある。此処の責任者を引き受けてくれるのであれば、その双方へ好きに出て貰っても構わない。勿論建前上、販路拡大の為に営業をかけて貰う義務はあるがな。それを果たした後はアンタの自由時間だ。何処で何をしようと、虚圏(こちら)に不利益の無い範囲であれば詮索はしない。それでも断るというのなら、この話は流石に諦めよう」

 不思議の国のアリスのチェシャー猫の如く、アメミトはニンマリ笑う。グリムジョーは揺らぐ。黒崎一護が手段はどうあれ力を取り戻した時、真っ先に勝負を仕掛けに行くのであれば、独断で虚圏(ウェコムンド)を出る事を咎められない立場というのは、大変魅力的に見える提案であった。ネックなのは、これを引き受けるのはアメミトに乗せられたように思われるという点だけ。

 グリムジョーは天秤にかける。自分のプライドと、行動の自由を咎められない権利とを。そして選んだのは。

「…………やってやろうじゃねえかよ。ただし、約束は違えるなよ」

「勿論だとも!交渉成立だ」

 パンッ、とアメミトが手を叩く。後で契約書を作るからサインくれ、と続けると、アメミトはご機嫌な足取りで工房を出て行った。

 

 

 瀞霊廷。護廷十三隊、十三番隊隊舎にて。

 隊舎の門の前に、木箱を山積みにしたリアカーが停まっていた。門を挟んで応対しているのは、特例として二人在籍する三席の一人である、小椿仙太郎。

 リアカーを引いて此処までやってきたのは、耐火エプロンを着けた空色の髪をした破面(アランカル)の男。背中側の腰に"6"を刻んだ、第6十刃(セスタ・エスパーダ)グリムジョー・ジャガージャックである。

「グラスと皿が三ダースずつと、金魚鉢が一つ。それから贈答品用の風鈴が一ダース。確かに持ってきたぜ。確認したら伝票にサインしろ」

「お、おう……」

 仙太郎はグリムジョーが差し出した伝票と万年筆を受け取ると、ぎこちなく署名欄にサインした。和平協定を結んでいるとはいえ、少し前までは殺し合いをしていた相手であり、同時に少なく無い数の同僚を屠られてきた(ホロウ)の頂点とも言える十刃(エスパーダ)の圧に、尻込みしそうな自分をギリギリで押し留めていたからである。

 万年筆と一緒に返された伝票を確認して、グリムジョーはそれを縦に半分にして丁寧に破り、片割れを仙太郎に渡す。もう片方はエプロンのポケットに仕舞い込んだ。

「と、とりあえず荷物はこっちで運んでおく。荷車は後で十二番隊に頼んで返して貰っとくけど、いい……よな?」

「構わねえよ。どうせアソコの隊長サンはまた虚圏(ウチ)に調査とやらに来るだろうしな……またメノリが触発されてハイになって、寝不足かましてロリにぶん殴られそうだ」

 溜め息を吐くグリムジョーの伏せられた目に、若干の気疲れを感じ取った仙太郎は、思わずお疲れ様です、と小声で呟いた。

「ついでに訊いときてえンだが、この辺で日持ちする菓子売ってる店ってあるか。ミラ・ローズがガキ共に食わせるもんが欲しいっつっててよ」

「ああ、それなら向こうの通りに煎餅屋が……」

 グリムジョーは仙太郎が教えてくれた店の候補をメモ帳に殴り書きすると、あんがとよ、とぶっきらぼうに礼をして踵を返し、ひらりと手を振った。

 腹も減ったし、買い物ついでに何か食って帰るか。グリムジョーはアメミトが浦原と取引して、中枢メンバー全員に買い与えられた伝令神機を起動し、業務連絡のメールを打ち込む。

『持ってったもん全部卸した。飯食ってから帰る。ついでに土産買って、営業もかけてくる』

 宛先の欄にハリベルの連絡先を入力して、グリムジョーは送信ボタンを押した。




これで尸魂界側のトラブルにグリムジョーを巻き込みやすくなったね!連鎖的に他の破面も巻き込めるぞ!
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