犴と鮫   作:鷲谷ヒメリ

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吹雪はやがて過ぎ去る
月は満ちては欠けてゆく
私は立ち止まらない
私に恥じぬ私である為


THE MOON OF SNOWSTORM

 灰色の石畳に、砂利に、赤い血が飛び散る。影に覆われた血は黒く映り、何故かその周辺ごと霜を纏った。血の出所は、割れた仮面を頭の左半分に被せた少年破面(アランカル)。斬り裂いたのは、雪のように白い刀身と柄頭から伸びる帯を持つ斬魄刀を手にした小柄な女死神。

 少年破面(アランカル)、ウルキオラが膝をつく。右手に握った斬魄刀の鋒を石畳に突き立てて、辛うじて倒れ込む事は免れた。胸を斜めに一閃する傷を中心に、張り付いた氷がひび割れる。左手で氷のひび割れを掴んで、力任せに引っぺがした。

 肩で息をしながら、ウルキオラは顔を上げて霊骸のルキアを睨みつける。

「今ので死なぬか。弱さの割には、随分丈夫だ」

「……一言、余計だ」

 ウルキオラは舌打ちする。血で赤く染まったパーカーと、その下の黒いインナーシャツの裂け目から覗く裂傷からボコボコと泡立つように肉が再生し、傷を塞いだ。破面(アランカル)の中でウルキオラだけが保持している、(ホロウ)の超速再生である。

 立ち上がり、再び構えるウルキオラを、霊骸のルキアは半目で憐れんだ。

「何故戦う。繰り返すが、これは死神の……護廷十三隊の問題だ。破面(アランカル)の貴様には関係なかろう」

「関係なら、ある。アイツを保護して、浦原の所へ連れて行ったのは、俺だ。偶然だとしても一度手を出した以上、最後まで関わり抜く責任と義務がある」

「それで、結果的に命を落としてもか」

「俺は死なん。というか、死ぬ事を許されていない。ハリベルには随分前から"私の知らんとこで私の許可なく死んだら殺す"と言われているし、実際に死ねば恐らくミラ・ローズに泣かれて、やはりハリベルに殺される。だから、死ねん」

「それはいわゆる死体蹴りとは言わないか?」

 霊骸のルキアは呆れた顔をして肩を竦める。

 ウルキオラが石畳を蹴った。響転(ソニード)で霊骸のルキアの視界から外れると、背後に回って虚弾(バラ)を低速で散らばらせる。

 本来、虚弾(バラ)虚閃(セロ)の二十倍ほどの速度で発射される。しかし、敢えて虚閃(セロ)よりも遅く放たれた虚弾(バラ)は、それ故に霊骸のルキアの行動範囲に制限をかけた。

 面倒な。霊骸のルキアは斬魄刀を逆手に持ち直し、手印を構える。

「破道の三十三、蒼火墜」

 構えた手印を身体の前面で半周させる。霊骸のルキアが取ったのは、蒼火墜で周囲に滞留する虚弾(バラ)を薙ぎ払う事だった。蒼い炎が彗星の尾のように虚弾(バラ)を攫い、爆ぜる。

「この程度の小細工で、私を倒そうなど浅はかだな!」

「知ってる。だから……倒せるなどとは思ってはいない!」

 爆炎が視界を覆ったのを好機と捉えたウルキオラは、左手の人差し指に虚閃(セロ)を保持して背中に隠し、斬魄刀を振り上げて正面から突っ込んだ。

 愚かな、血迷ったか。真っ直ぐに向かってくるウルキオラの姿を爆炎の切れ間に見つけた霊骸のルキアは、斬魄刀を構えて迎え撃つ。振り下ろされたウルキオラの斬魄刀を受け止めると、そのまま接触した白刃を伝って凍結させた。

 数秒もしない間に、氷は斬魄刀を覆い尽くしてウルキオラの右手を取り込み始める。

「……っ、まだだ!!」

 ウルキオラは背中に隠した左手の虚閃(セロ)を、霊骸のルキアに突きつけた。氷は肩まで進行し、斬魄刀を握る手の感覚が遠くなっている。

「消し飛べ!!」

 指先に留めていた虚閃(セロ)が放たれ、霊骸のルキアの喉を貫く———筈だった。

「だから甘いと言っているのだ」

()()()()()()()()()()()()。雪のように白い刀身がいつの間にか、ウルキオラの凍りついた斬魄刀を弾き飛ばしていた。遅れてウルキオラは、霊骸のルキアが腕を斬り落としたのだと気付く。断面が凍りついていたのがその証明だ。

 斬り落とされて宙を舞うウルキオラの左腕が、虚閃(セロ)の暴発で消し飛ぶ。

「なん……ッ」

 咄嗟にウルキオラは後ろに退がろうとした。しかし。

「遅い」

 それよりも早く、霊骸のルキアの斬魄刀がウルキオラの脇腹に突き刺さる。一秒もしないうちに、突き刺さった場所が凍りついた。

「愚かだな」

 霊骸のルキアが静かに溢す。引き抜いた白い刀身に絡みついた血が凍って、ウルキオラに棘が生えたような氷柱を作った。

 石畳に遂に倒れたウルキオラを見下ろして、霊骸のルキアは踵を返す。時間を取られ過ぎた。二手に分かれて九条望実の捜索に当たっていた恋次の気配も消えている。何かあったか。

 霊骸のルキアが鳥居を潜り、立ち去ろうとした時だった。

「……待て、と言っただろう……」

 思いがけず濁った声が、霊骸のルキアの鼓膜を揺すった。それとほぼ同時に聞こえたのは、硬い何かが割れる音と、()()()()()()()()が砂利の上に捨てられる音。

 霊骸のルキアは振り返る。そして、視界に映ったものに我が目を疑った。

「……貴様。何故そこまで……」

 理解ができない、と含ませて、霊骸のルキアは眉を顰める。

 ウルキオラは、膝を震わせながらもしかし、自らの足のみで立ち上がっていた。脇腹から生えていた血の氷柱は、その周りの肉ごと取り除かれている。さっきの音は、これを投げ捨てた音らしい。既に患部は超速再生によって泡立つ肉で、塞がりかけていた。

「……言った、筈だ……九条望実とコンを追うなら、俺を倒してからにしろと……」

 歯を食いしばり、ウルキオラは凍りついた左腕の断面よりも少しだけ肩に近い、まだ凍りついていない部分に斬魄刀の刃を当てる。意を決してそれを斬り捨て、激痛に耐えながら超速再生で腕を生やした。

 クロムトルマリンの光は未だ萎えず。霊骸のルキアは溜め息を吐いて、緩く首を横に振った。

「強情な事だ。ならばせめて……これ以上苦しまぬよう、眠るように殺してやろう」

 霊骸のルキアの斬魄刀の鋒がウルキオラに向けられる。ウルキオラは荒い呼吸をしながらも身構えて、斬魄刀を両手で握った。

「参の舞……」

 霊骸のルキアの斬魄刀、袖白雪の刀身から冷気が溢れ出す。それが、かつての戦いで第9十刃(ヌベーノ)のアーロニーロにトドメを刺した技である事を思い出したウルキオラは、その鋒から逃れようと片足に体重をかけた。その時。

 

 上から、大ぶりな氷柱が霊骸のルキアに降り注いだ。

 

「!!」

 霊骸のルキアは反射的に横に跳ぶ。氷柱は石畳に突き刺さり、数秒してから自壊した。

「……何奴」

 霊骸のルキアは氷柱が降ってきた方を見上る。そして、そこにいた者に目を見張った。

 朱い鳥居よりも更に上、宙空に佇む小柄な女死神。それは軽い足取りで宙から降りると、石畳の上に着地した。

「意外だな。鏡を見たことがないわけでも、況してや自分が誰の顔を真似て作られたのかも知らぬ筈ではあるまい。人形」

「……原種……!」

 本物の朽木ルキアが、雪のように白い帯を斬魄刀の柄頭からたなびかせていた。

「朽木……ルキア……何故此処に……?いや、そんなことより、浦原喜助は瀞霊廷と連絡が取れないと……」

 バランスを崩してその場に崩れ落ちたらしい姿勢のまま、ウルキオラは目を丸くしてルキアの背中に問いを投げかける。ルキアはチラ、とウルキオラを一瞥すると、すぐに霊骸の自分へと向き直った。

「それについては後で説明する。今は奴を討ち取るのが先だ。なのでウルキオラ、貴様は下がっていろ」

「は!?」

 何でだ、と食って掛かるウルキオラに背中を向けたまま、ルキアが答えることには。

「それ以上無理をするな。見た目は殆ど何ともないかもしれんが、霊圧と、服の状態を見ればわかる。そんな消耗した身体で、これ以上戦うな」

「だが……!」

「ウルキオラ」

 ルキアはそのまま刀を構え、霊骸の自分を睨む。ウルキオラは思わず押し黙ってしまい、渋々下がりながら考え込んだ。

「罷り間違っても懸命とは言えん判断だな。原種如きが一人で、私に勝てるとでも思ったか」

 霊骸のルキアは嘲笑した。霊骸は、本物よりも強くなるように作られている。まともに戦えば、当然勝つのは霊骸だと驕慢にも取れる態度を見せた霊骸のルキアに、ルキアはただ静かに返した。

「勝てる勝てないは、実際にやってみなければわからぬ……と、月並みな言葉は建前として……護廷十三隊に籍を置く死神として、本来無関係であったはずの破面(アランカル)の彼奴だけがこれ以上、傷付くのを看過するわけにもいかぬ。況してや、この上まだ彼奴に負担を強いるなどもっての外だ」

「成る程」

 ザリ、と二人のルキアの草履が石畳を擦る。一劫程にも、或いは一瞬にも感じる重苦しい静寂が場を支配し、風が木々を揺らす音だけがウルキオラの鼓膜を揺さぶった。

 先に動いたのはどちらか。或いは、同時に動いたか。石畳に霜を作りながら、雪のように白い刃同士がぶつかった。

 剣戟が数度繰り返され、その合間に氷が互いを襲う。見ている限り、氷雪系の斬魄刀を持つ者は凍気に対する耐性があるようで、それ故にお互い決定打にはなり得ていない。そして、それは当人達の方が外野で見ているウルキオラよりもずっと、理解していた。

 また、同じ能力と同じ戦い方をする者同士の戦いにおいて、雌雄を決する要因の一つとなるのが、霊圧差である。ルキアは、自分よりも強く作られた霊骸にじわじわと競り負け始めていた。

「どうした?ずいぶん余裕がなくなってきているようだぞ」

「たわけ……!」

 ルキアが霊骸に突き飛ばされる。どうにか斬魄刀を握る手はすっぽ抜けずに済んだが、小柄な身体は大きく後ろに跳び下がった。

 霊骸のルキアは足元を数回、斬魄刀で突き刺す。

「終いだ。そこの破面(アランカル)諸共、凍えて眠れ」

 ルキアは身構えた。手印を掲げ、喉を開く。しかしそれよりも、霊骸のルキアの攻勢の方が早かった。

「次の舞、白漣」

 霊骸のルキアの足元から噴き出た凍気が、波となってルキアを襲う。

「……ッ、朽木ルキア!!」

 ウルキオラが左腕で顔を庇いながら叫んだ。凍気の波に飲まれ、ルキアの姿が見えなくなる。

 すぐに凍気の波は、後ろに下がったウルキオラの方まで迫ってきた。

 ウルキオラは歯噛みしながらも響転(ソニード)で冷静に上に跳び、凍気の波から逃げる。霊子の足場から見下ろして見えたのは、氷霧に覆われた神社の境内。あまりにも罰当たりだと、現実逃避に似た場違いな感想が浮かんだ。

「クソ……朽木ルキア!聞こえるか!?」

 霊子の足場に膝をつき、ウルキオラは氷霧の中にいるであろうルキアに呼びかける。

「無駄だ」

 そこに残酷な事を突きつける声が、背後から投げつけられた。ウルキオラが振り返ると、霊骸のルキアが瞬歩でウルキオラの後ろを取っている。

「貴様は上手く逃げたようだが、所詮死期を後ろにずらし込んだだけだ。どの道ここで死ぬ事には変わりない」

「……生憎、先も言ったがあの阿呆(ハリベル)の許可も無く、勝手に死ぬ訳にはいかんのでな。抵抗はさせて貰うぞ」

「苦痛が増えるばかりだとしてもか」

「当たり前だ」

 霊骸のルキアは溜め息を吐いた。この少年破面(アランカル)、あまりにも強情が過ぎると。

「ならば……自分の選択を後悔して死ね!!」

 霊骸のルキアが踏み込む。それとほぼ同時に。

「破道の七十三、双蓮蒼火墜!!」

 氷霧を突き破り、蒼炎が霊骸のルキアとウルキオラの間を突き抜けて行った。

「なっ……!?」

「……遅い。危うく俺まで氷漬けにされるところだったぞ」

 霊骸のルキアが想定外に目を丸くしているのとは対照的に、ウルキオラはしたり顔で炎の繰り手を揶揄する。続けて噴き上げた蒼い炎が霊骸のルキアに、そして序でに抗議の意思を込めたのかウルキオラに牙を向いた。

「文句を言うな。間に合っただけ感謝しろ、たわけ!」

 熱で掻き消えた氷霧の中から声がする。その声は、霊骸の"次の舞・白漣"に飲まれて斃れたと思われていたルキア。

「全く……一護とミラ・ローズの霊圧で一命を取り留めたとは井上と石田から聞いていたが。貴様、妙なところで彼奴らに似てきているのではないか?」

 瞬歩でウルキオラのいる高さまで跳んだルキアは、肩を竦めてやれやれと首を横に振る。

「それはギリギリ誹謗中傷だろ」

 影響されている自覚は無くは無いが、と補足して、ウルキオラはうへぇ、と舌を出した。そういうところだぞ、と言いかけたルキアは寸前で言葉を飲み込む。口に出したら最後、おそらくウルキオラは臍を曲げてしまいそうなので。

「———……ッ、何故だ!何故生きている!?あの状態で!!」

 霊骸のルキアが激情のままに叫ぶ。ルキアはその取り乱しようを、ただ静観していた。

「……敢えて問おう。貴様、一体()()()()()()()()()()()?」

 脈絡の無い問い掛けに、霊骸のルキアは一転して唖然とする。

「……どういう、意味だ」

 問い返されたルキアは、哀愁を滲ませた顔で己の左掌を一瞥した。

「……虚圏(ウェコムンド)で、私は己の力の至らなさを痛感した」

 それは自省だった。

 友の為に。その一心で護廷十三隊の意向を振り切って虚圏(ウェコムンド)に乗り込み、十刃(エスパーダ)と相対し、共倒れとなった。もしも義兄である朽木白哉を含む、護廷十三隊の隊長四名が増援に来なければ、ルキアはあの時点で死んでいただろう。

 その後も、一護を織姫の下へ向かわせる為に泰虎、雨竜、恋次と共に露払いを引き受けたものの、結局は第10(ディエス)———否、第0十刃(セロ・エスパーダ)のヤミーに蹂躙された。

 挙げ句の果てには、一護に全ての命運を背負わせ、遂には彼が大切な者を守る為の力さえ失わせてしまった。

 それでも、ルキアはとうにその後悔と罪悪感で自分を縛り付ける程、弱くは無かった。

「過ぎてしまったことは戻らぬ。しかし、この先に起こり得ることは変えられる。私は、いずれ一護が力を取り戻したとしても、それに寄りかかってばかりにならぬ為。彼奴と肩を並べ、本当の意味で背を預け合えるように、自らを鍛えてきた!」

 死神としての業務の合間の時間を全て、修練に注ぎ込んだ。今まで培ってきたものを洗い直し、見つめ直し、自分自身を省みて、斬魄刀とも問答を繰り返してきた。

「自惚れでなければ、私は虚圏(ウェコムンド)に乗り込んだ時よりも、僅かばかりでも強くなったという自負がある!そして、まだ上へと上り詰めねばならぬという自覚もある!それを踏まえて、貴様にもう一度訊く」

 ルキアの目に真っ直ぐ射抜かれ、霊骸のルキアが呼吸を詰まらせる。背筋にゾワゾワと悪寒が通り抜け、喉が奇妙な渇きを訴えた。

()()()()()()()()()()?」

 霊骸のルキアは、もう耐え切れなかった。

「———……!!そんな、こと!!答える必要も考える意味もない!!」

 霊骸のルキアががむしゃらに、斬魄刀を横薙ぎに振るう。その太刀筋から、強烈な凍気がルキアへと放たれた。

 ルキアは瞬歩で凍気を躱す。霊骸のルキアはそれを目視と霊圧知覚を併用して追いかけ、斬魄刀を振り上げて凍気を走らせた。

「仮に貴様が、私が作られた時期よりも強くなっていたとして!!私がいるのは貴様がいる場所よりも遥か先だ!!」

 凍気がルキアに迫る。ルキアは斬魄刀の鋒を下向け、自分を中心とする円を二重に描いた。

「初の舞、月白」

 それは本来、描いた円の範囲内にある天地全てを凍結させる技である。ルキアはそれを応用し、二重に描いた円と円の間の天地を凍結させ、壁とした。

 凍気が氷の壁に阻まれる。束の間、壁の向こうから凛とした声が轟いた。

「縛道の六十三、鎖条鎖縛!!」

 氷の壁を突き破り、頑強な鎖が霊骸のルキア目掛けて伸びる。霊骸のルキアは咄嗟に瞬歩で回避しようとしたが、鎖はそれよりも速く霊骸のルキアの右腕を絡め取った。

「クッ……!」

 ギチ、と鎖が軋む。その隙を逃さず、左足と胴体にも鎖が巻き付いた。

(六十番台の詠唱破棄だと……?此奴、いつからそのような事……!)

 霊骸のルキアは想定外、そして未知の事態に当惑する。朽木ルキアが、後半番号の鬼道を実戦に耐え得る精度で使えるなど、記録には無かったからだ。

 ルキアが鎖を引く。霊骸のルキアはそれに逆らい、踵に体重をかけて対抗した。

 それすらも、ルキアの思惑通りだった訳だが。

 ルキアの斬魄刀の鋒が、霊骸のルキアに向けられる。それを見つけた霊骸のルキアは、しまった、と息を飲んだ。

 その背後に、氷の鋒が現れる。

「参の舞、白刀」

 一瞬だった。アーロニーロと相打ちになった時とは見るからに違う。気が付けば、氷で延長された刀身が霊骸のルキアの腹を貫き、内側から凍結させ始めていた。

 元より、"参の舞・白刀"は折れた刀身を補う為の技などでは無い。もし仮にそうであれば、鋒から先に形成されるのは()()()だ。

 "参の舞・白刀"は、本来氷の鋒を任意の地点に作り出し、本体の斬魄刀の鋒との間の直線上に存在するもの全てを、内側から凍結させる技である。アーロニーロも、頭を貫かれたから斃れたのでは無く、内部を凍結された事で力尽きたのだ。

 あの時は、ルキアも瀕死の重体であった為折れた刀身を補う程度の射程距離で留まったが、今はどうだ。

 少なくとも、あれからの四ヶ月の間に積んだ修練によって、地力は底上げされている。しかも、今はあの時と違って万全の状態だ。

 距離が離れていようとも関係は無い。標的の少し向こう側に、刃先を作ればいいだけなのだから。今のルキアには、それができた。

「ぐ……うぅ……っ!」

 霊骸のルキアが苦痛に顔を歪める。凍気に耐性があるといっても、内側から直接凍らされたのでは流石に部が悪い。しかし、霊骸のルキアは。

「この……程度で!!」

 霊骸のルキアの左手が、腹を貫く氷の刀身を直接掴んだ。

「私を超えたなどと……驕るなよ!原種!!」

 左手から霊圧が過剰に放出される。氷の刀身にヒビが入り、あと数秒持たないであろうと思われた。

 それでも、ルキアは冷静だった。

「驕っているのは貴様の方だ。この場にもう一人いることを、もう忘れたか?」

 ルキアがそう言うのとほぼ同時。霊骸のルキアの背後に響転(ソニード)で回り込んだのは、ウルキオラ。

「な……ッ」

「詰みだ」

 ウルキオラの左手の人差し指が、バレーボール一つ分の距離を空けて霊骸のルキアの背中越しに心臓を指し示す。その指先に、霊光が集中した。

 蒸し返すが、ウルキオラは全盛期の力を失っている。弱体化した今の状態で放つ虚閃(セロ)は、力のある死神を確実に殺し切るには、正直威力が心許ない。

 故に、ウルキオラは足りない威力を補う工夫を、ぶっつけ本番で考え抜いた。

 指先の霊光が雑巾を絞るように捻れる。

螺旋虚閃(セロ・タラブロ)……!!」

 ほぼ至近距離で放たれたその虚閃(セロ)は、電動ドリルのように錐揉み回転し、霊骸のルキアの心臓を抉るように貫いた。

「ッガ……あ……ッ」

 ゴポッ、と霊骸のルキアが血反吐を吐く。心臓が潰れ、血液の循環が停滞した身体は、まず脳が機能を停止した。目からは生気が失せ、霊子の足場を保てなくなり、霊骸のルキアはそのまま地上へ落下する。

「……作り物とはいえ自分と同じ顔をした者が、ああなるのは少々気分が障るな」

「立案したのはお前だろう」

「それは……まあ、そうなのだが」

 ルキアとウルキオラは連れ立って地上に降りた。石畳の上に落ちた霊骸のルキアの亡骸は、血溜まりを作ってそこに沈んでいる。

 コレを処理するのはともかく、血はどうしようか。ウルキオラは後々の面倒を考えて、思わず苦笑いを浮かべた。

 

 

「九条望実!コン!無事か!?」

「ウルキオラ……!」

「うおぉー!ウルキオラ生きてたー!よかった〜!」

 神社を出て、浦原商店へ戻る道すがら。ウルキオラとルキアは先に逃した望実とコン、それから二人の救援に来た恋次と合流した。

「なんとか勝てたみてえだな」

「お互いにな。尤も、ウルキオラがいなければジリ貧だったかも知れぬが」

「俺もだよ。強がっちゃいたけど、コンがあの偽物野郎の不意を突いてくれなかったら、俺の方が危なかったかもな」

 ルキアと恋次は互いを労り合う。その会話を拾ったウルキオラは、きょとんと目を丸くした。

「コンが?」

「おお。コンが偽物野郎の卍解に下から蹴り入れて、技を暴発させてくれたお陰だ」

 恋次は少々ガサツにも思える勢いで、コンの肩に腕を回す。へえ、とウルキオラは感嘆して、暑苦しいんだよ、と文句を垂れるコンを見遣った。

「コン、お前……随分と頑張ったんだな」

「……お前に讃えられてもあんま嬉しくねー……」

 コンは複雑そうな表情を浮かべる。

「何でだ」

「だって誰がどう見てもお前の方がボロボロになって(頑張って)んじゃん。胸とか腹とか。もう治ってるけど絶対俺だったら二、三回は死んでたやつだろ」

「そうか……?」

 ウルキオラは思わず、霊骸のルキアに斬られ、刺され、裂かれた後を順番になぞった。

 そこで、ウルキオラはふと思い出す。

「そうだ。そういえばお前達は、何故現世に?瀞霊廷は今、どうなっている?」

 ウルキオラの疑問に、ルキアと恋次は小さく頷いた。

「その事も含め、道中で話そう。あまり遅くなっても、浦原……はともかく、鉄裁殿らは心配しているだろうからな。それに、既に兄様が浦原商店に向かっている筈」

「朽木白哉も此方に来ているのか」

 ルキアが肯定を返し、一同は電灯に照らされた薄暗い道を歩き始める。

 その道中。ルキアと恋次が言う事には、護廷十三隊の隊長格と、著名な死神は殆ど因幡影狼佐の奸計によって霊骸と入れ替わられ、本物は断界の中に監禁されているらしい。

 二人と白哉がそこから脱出できたのは、望実から影狼佐の謀について聞いた浦原が、仮面の軍勢(ヴァイザード)———主にリサ———を経由してハリベルに自由に動ける破面(アランカル)の手配を依頼。それを受けて護廷十三隊の隊長格数名に顔が効くミラ・ローズを浦原のところに寄越し、浦原の指示で黒腔(ガルガンタ)を使って囚われた死神がいる断界に侵入し、救出したのだという。尤も、長く留まり過ぎれば影狼佐に勘付かれるリスクがある為、一先ずはルキアと恋次、白哉の三人だけだそうだが。

「動きの早さと対応の正確さがいっそ気色悪いな……」

「気持ちはわかる」

 ウルキオラは完全に浦原に引いていた。というか、ハリベルの奴この件には手を出さないんじゃなかったのかよ。と考えかけて、そういえばあくまで護廷十三隊を助けられないのであって、仮面の軍勢(ヴァイザード)の頼みならば訊けるのか。それも結局浦原の偽装工作だが。と改める。どちらにせよ、浦原の周到さは気持ち悪い。

 どんな顔して浦原に報告すればいいんだよ、と浦原商店が目と鼻の先まで来たところで、ウルキオラが辟易しているとルキアは苦笑しながら店の裏口の扉に手をかけた。

「まあ、色々思うところはあるだろうが。一旦今は無事を伝えて……」

 今後について話し合おう、と扉を開けて続けようとしたルキアの視界に飛び込んできた光景は。

 

 浦原が白哉にジャーマンスープレックスを決められている姿だった。




ウルキオラ、超速再生があるからリョナが捗る
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