その背後に影だけを残して
「いやー、皆さんご無事で何よりっス」
パタパタと浦原商店の店主、浦原喜助は明るい調子でそう話す。しかし、ウルキオラ、コン、望実、ルキア、恋次は、浦原の話の半分も頭に入っていなかった。それというのも。
(首ギプス巻いてる……)
(やっぱ隊長のアレで逝っちまったんだな……)
(一体兄様にどんな失言をしたんだ浦原……)
(
(何であんなに余裕があるんだろう……絶対痛いのに……)
上からコン、恋次、ルキア、ウルキオラ、望実の内心であった。
経緯は不明だが、白哉にジャーマンスープレックスをかけられた浦原は、一度奥へと引っ込んで、五分もしないうちに戻ってきた時には、首にギプスを巻いていたのである。その様は普段の余裕然とした浦原からは想定しようの無い無様な有様だったので、困惑している望実以外の四人は笑いを堪えるのに必死だった。コンに至っては、我慢のあまり腰を丸めて蹲っていた。
当の現行犯である白哉はといえば、全く反省の様子も無く浦原を今尚侮蔑の滲んだ目で睨んでいる。どうやらまだ浦原の何かが腹に据えかねているらしい。思い当たる節が多過ぎて、ルキアは却って、兄様は何にお怒りなのだろうか、と困惑のまま首を捻る。
ウルキオラはパーカーとインナーシャツの裂け目に左手を突っ込んで、自身の腹の皮膚を強く摘み、いい加減吹きこぼれそうな笑いを無理矢理打ち消した。
「それで、俺が望実を連れて帰ってくるまでに何があった。何をやらかしたんだ浦原喜助」
「アタシが何かをしでかした前提の言い方はちょっと心外っスねえ」
「大なり小なり、この世の死神関係のトラブルの七割はお前のせいだろ」
「酷いっスよウルキオラさん。アタシはこんなに品行方正、日々誠実に生きてるっていうのに……よよよ……」
「今時"よよよ"なんてベタな泣き真似する奴初めて見たぞ」
ウルキオラは溜め息を吐く。どうにも浦原を問い詰めても大抵の者と同じように煙に巻かれそうなので、早々に切り上げ標的を白哉に移行した。あまりにも判断が正しい。
「で、朽木白哉。実際のところどうなんだ。
「……兄は一言どころで無く無駄口が多いようだ」
「生憎、
「凄え責任転嫁を見た」
白哉は暫く沈黙して、細かく目を左右に泳がせると、短く息を吐き出す。
「…………そうか」
万感を込めて捻り出されたのは短い相槌。もうちょっと頑張って言い返してくださいよ、とは恋次の弁で、なんか拗ねたな、とはウルキオラの所感だった。
「……経緯を訊いたな、ウルキオラ・シファー」
俄かに不服そうな気配のする顔で———尤も、傍目からはあまり変化があるように見えなかったが———白哉が口を開く。
「この男のこれまでの所業を、兄はどこまで把握している?」
「えっ。それは、まあ……藍染様から訊いた範囲で……?崩玉を作ったとか、
「……そうか」
目を伏せた白哉は、突然スッと静かに立ち上がる。何だ何だ、と周りが首を傾げる中で、白哉は徐に浦原を睨み、再び口を開いた。
「ウルキオラ・シファー。兄の言う通り、これまでに生じた
「いやそこまで言ってはいないぞ俺。反論のしようも無いが」
「浦原喜助。兄のこれまでの
「あ、一応浦原のお陰でいろいろ何とかなってんのはわかってるのな」
「特に……崩玉をルキアの魂魄内に隠蔽し、剰え黒崎一護への力の譲渡をこれ幸いと、回復までの繋ぎと偽り残る死神の力の全てを失わせ、本人の同意も無く"人間"にしてしまうことで全てを闇に葬ろうなど……否、そもそも兄が崩玉などという人の手に余る願望器などを作り出した挙句、まともに情報漏洩の対策もせず藍染にその存在を気取られたのが全て———!」
「いつになく喋りますねえ、朽木隊長」
「お前は本当に反省しろ、浦原喜助」
「呑気に言ってる場合か!隊長刀抜きかけてんだろ止めろウルキオラ!!」
斬魄刀に手をかけた白哉を、恋次は膝立ちで宥めようとする。その時点で既に、鞘から白刃が半分ほど姿を見せていた。危険。
「散れ……」
「隊長ーーー!!こんな閉所で始解したら俺らも巻き込まれますって!!一回落ち着いて深呼吸してください!!」
恋次が遂に切実過ぎる懇願と共に、白哉の腰に力の限りしがみついた。文脈から察するに、浦原が白哉の千本桜によってミキサーにかけられる事については、比較的すんなりと受け入れている様子。日頃の行いってこういう時に出るんだな、と望実は宜しくない学びを得る。
「朽木白哉……浦原喜助を
「む……それも……そうか……」
それで納得しちゃうのか。恋次は白哉にしがみついたまま、ウルキオラの進言に耳を貸した白哉の顔を、仰天と呆れとその他色々な感情のパッチワークを浮かべながら見上げた。
少々席を外す。そう言って白哉は恋次の手を引き剥がし、首にギプスを巻いた浦原の羽織の襟を掴む。そのまま引き摺って店の外に出て行った白哉と、それに弱々しい抗議の声を上げる浦原を、ウルキオラは億劫そうに手を振って見送った。誰も助ける気は無かったし、そんな勇気も無かった。だって浦原だし。
地面を削り取る音と、男の悲鳴と、微かに空気を伝わって届く静かな怒りの声とが外で演奏会を始めてから、大凡二十分。
鉄裁が人数分出した煎茶のおかわりにウルキオラが口をつけながら、どら焼きの包みを開封した時だった。
バンッ、と音を立てて扉を開け、白哉が戻ってきた。羽織も帽子もついでに顔もボロボロになった浦原と共に。
「お帰り。随分男前になったな、浦原喜助」
「ハハハ……どうも……」
心にも無い出迎えの言葉をかけるウルキオラに、珍しく力ない返事をする浦原。ルキアはその様子を見て流石に同情した。
白哉が浦原を睨む。浦原はその視線を感じ取ると小さく短い悲鳴を上げて、電撃に撃たれたように肩を跳ねさせ、ルキアの正面に正座した。その流れを見て、一体何したんすか、と恋次は目線で白哉に訊ねるが、当たり前のように返事は無い。
浦原は常の胡散臭い笑みを消し、両手を膝の上に置いて———。
「……———申し訳ございませんでした」
背中をほぼ百八十度前に倒して、ルキアに頭を下げた。
これに、謝罪された側であるルキアがギョッとする。目線を右往左往させ、白哉を見て、何のリアクションも無く浦原を睨んだまま微動だにしない事にショックを受けたルキアは、そのまま何も出来ず固まってしまった。
「浦原喜助。何に対する謝罪かを明言しないとまた朽木白哉に血肉入りの頭陀袋にされるぞ」
まふ、とウルキオラがどら焼きを頬張りながら溜め息を吐く。その言葉通り、白哉の顔は眉間の皺をより深め、険しくなっていた。
浦原は頭を畳に擦り付けそうな程下げたまま、細く長く息を吸い込み、蛙の潰れたような声を出す。そして、普段の彼からは想像つかない程か細い声で。
「………………朽木さんの意思の確認も取らず、此方の都合だけを優先し事実と事情を秘匿し、挙句大変な事態に巻き込んだ事について、深くお詫び申し上げます……」
懇切丁寧な謝罪の文言を口にした。いや声ちっさ、とウルキオラと恋次、コンの心の声が一つになる。
「あ……あー……いや、その……うむ。確かに散々な目には遭ったが、今となってはそれらも含め全て、私の血肉として私を育て、私を作り上げているものだ。苦しくはあったが、それを理由に貴様に恨みを抱く理由もない。それに……いつ何処で、誰に見聞きされているか分からぬ中で、誰に何を明かし、何を秘するべきか、貴様も悩んだ事だろう。だから……私は許す」
「えっ、許しちゃうのか」
「ウルキオラ茶々入れんな」
素で驚いたウルキオラの頭を、コンが引っ叩く。出会って割と間も無いであろう二人の、存外に仲の良いやり取りを背景に浦原は頭を下げたまま口角を上げた。
「いやー、そう言っていただけるとありがたいです。アタシとしましても、この先朽木さんへの罪悪感を持ったまま活動を続けるのも辛くて辛くて」
「……私でもわかるくらい白々しい……」
空気を一変させ、顔を上げた浦原はへにょりと笑う。それを見た望実は半目で浦原を一瞥してから、その背後で仁王立ちしたままの白哉が般若の形相をしている事に気が付いて、そっと両手を合わせた。
「…………どうやら、この期に及んで反省の意志が見られぬようだな。浦原喜助」
「あっ」
薪割りでもするのか、と思うような白哉の強烈な手刀が、鬼道を纏った状態で油断し切った浦原の頭頂部に落とされた。
現世ほどでは無くともある程度舗装された道を、荷車を引いて歩く白装束の男がいた。
男が引く荷車の荷台には、緩衝材を詰めた段ボール箱が大小合わせて四箱積まれている。中身は受注生産したガラス製品で、
男———
「おーい!俺だ。グリムジョーだ。頼まれてたモン持ってきたぞ!」
ドンドンとやや乱暴にも思える手つきで、グリムジョーは十二番隊隊舎の門を叩く。少し間を置いて出て来たのは、十二番隊副隊長の涅ネム。
「お待ちしておりました」
丁寧にお辞儀をするネムにグリムジョーは、そこまで待ってはねえけどな、と一言挟んでからエプロンのポケットから万年筆と伝票を引っ張り出す。
「ビーカーとフラスコが一ダース。試験管が二ダース。シャーレとピペット、プレパラート用のスライドガラスとカバーガラスが三ダースな。伝票確認したらサイン頼む」
「了解しました」
ネムはグリムジョーに差し出された万年筆と伝票を受け取ると、荷車に積まれた段ボールに貼られた荷札を確認してサインした。
ネムから万年筆とサイン済みの伝票が返される。グリムジョーはそれらをポケットにしまうと、段ボール箱を二つ積み上げた状態で持ち上げた。それを見たネムは、首を傾げる。
「……?何故配達物を抱えたのですか?」
「おう。まあ、いつもはこのまま荷車置いて後で返してもらってんだけどよ……今日に限ってアパッチの奴が瀞霊廷で買い出しついでにしてこいって言いやがって……しかも頼まれたモンがやたら多いから、いっそコイツに積んで帰る事にしたんだよ。だから、商品は中に持ってくぜ」
「……そういう事でしたか。でしたら、私もご協力致します」
「おー、悪りぃな」
気の無い返事を返したグリムジョーは、そのままズカズカと技術開発局の本部を兼ねた隊舎に入って行った。その後を、同じく段ボール箱を二つ積んで運ぶネムが続く。グリムジョーは近くにいた職員に訊ねて、所狭しと犇めき合う機械と机をすり抜け、配線を踏まないように避けながら、二つ積んだ段ボール箱を空いたスペースに邪魔にならないよう安置した。
その片手間に、グリムジョーは横目で周囲を観察した。よくわからない機械が並ぶ隊舎の、絶妙に証明やモニターの光源を遮って影になっている範囲に、そいつを見つける。
(アレが、因幡影狼佐か)
そいつ———因幡影狼佐は、まるで至って普段通り、品行方正な科学者であるかのように、精密機器と向き合っていた。だが、グリムジョーは
伝票をしまったのとは反対側のポケットに手を入れて、中に忍ばせた伝令神機を見ないまま操作して、グリムジョーは如何にも一仕事終えた風を演出して隊舎を出た。
「んじゃ、今後ともご贔屓に」
荷車のハンドルを持ち上げ、見送りに出たネムに手を振る。
その道中、グリムジョーは誰かに話しかけるような独り言を零す。
「……成る程な。アレが霊骸って奴か。ウルキオラの話通り、薄ら違和感があるな」
「どうやら、そうらしいの」
誰もいないはずの道すがら、グリムジョーの独り言に返答があった。
「んで、どうすんだテメェは?俺が頼まれたのはテメェを隠して瀞霊廷に入る事で、終わったから一応このまま買い出しするけど」
グリムジョーが訊ねる。それに対して、声の主は荷車の下から躙り出て、ひょっこりと後ろ側に顔を出した。
「そうじゃの。とりあえず、護廷十三隊に何処まで奴の手が及んであるのかを調べていこうかと思う。買い物が済んだら、伝令神機に一報くれ。合流する」
現れたのは黒に近い赤紫の髪と褐色の肌を持つ女、四楓院夜一。四大貴族、四楓院家の元当主であり、二番隊前隊長であり、隠密機動の先代総司令であった死神である。
「つまり帰りもテメェのアッシーやんなきゃなんねえのかよ……面倒臭え……」
「そう連れない事を言うでないわ。影狼佐の目がある以上、穿界門を迂闊に通るわけにもいかぬでな」
「それは理解してんだけどよ……」
行くならさっさと行け、とグリムジョーは手を払う仕草を夜一に向けた。夜一はクツクツと笑うと、落ち着いたら揶揄ってやろうと決めて音も無く姿を消す。瞬神と呼ばれた彼女の瞬歩は、限り無く無音であった。
「……つーか、やってる事だいぶギリギリだろ。俺ら」
流石に、普段馬鹿全開なハリベルとて慎重に慎重を重ねたからこそ、グリムジョーを派遣したのだろうけども。
(腹も頭も痛くなって来た……)
元々性格的に、政治的に難しい事を考えるのは得意ではないし、不安と重圧とある種の困窮から来るストレスがグリムジョーを苛む。荷車の車輪の音とグリムジョーの溜め息が、憂鬱な気配を僅かに紛れ込ませて溶けていった。
一方、グリムジョーと別れて屋根の上を足音一つ立てず駆け抜ける夜一は、真っ先に二番隊の隊舎に赴いていた。理由としては、隠密活動及び情報伝達を司る二番隊、延いては隠密機動が因幡影狼佐の手中に落ちている場合、最優先で奪還すべきであると合理の上では判断した為である。その場合、多少の無理を押しても浦原に直接連絡を取る事も視野に入れていた。
尤も、それ以外の
夜一は屋根の上に身を潜め、気配と霊圧を殺し、慎重に隊舎を出入りする人員を探る。
あれは人。あれも人。あれも、あれも、あれも、あれも———。
夜一は五感と霊圧知覚に全神経を集中させていた。瞬きの労力さえ惜しんで、眼球が乾いて痛みを訴え始めた、その時。
夜一の本能が、けたましく警鐘を鳴らした。
「!!」
屋根の瓦が砕ける程の強さで跳ぶ。つい一秒前まで夜一がいた場所に、何者かがハンマーのように踵を振り下ろした。
夜一は高速で流れて行く景色の後方に認めたその姿に、嗚呼、と悲壮感の滲む嘆きを零す。
「……まあ、早々に掌握すべき場所ではある。それはわかっていた事じゃが……残念じゃよ」
カシャン、と瓦が音を立てる。黒に近い赤紫の髪を靡かせて、夜一が悲哀と怒りを綯い交ぜにした目で睨んだのは。
「何が残念なものか。隠密機動総司令として、弱く、迷いに満ちた未熟な原種など不要」
砕けた瓦が屋根を転がり落ちる。
「貴様を斃して証明してやろう。護廷十三隊二番隊隊長であり、隠密機動統括軍団長として相応しいのは、私であるとな」
虹彩に青い光を滲ませた、砕蜂の霊骸だった。
霊骸の砕蜂が片手を挙げる。それを合図に現れたのは、目元以外をすっかり隠した隠密機動の刑軍に属する隊員達。夜一の感覚器官は、彼らもまた霊骸であると認識した。
「やれやれ。まさかまた、お主とお主の率いる刑軍に囲まれるとはのう。一護と共にルキアを奪還し処刑を止める為、瀞霊廷へ乗り込んだあの時が既に懐かしいわい」
努めて普段通りに、飄々とした態度で夜一は肩を竦める。
「じゃが、あの時と違うものと言えば……
「儂の、とは随分と。まるで原種の全ては貴様の所有物であるかのような言い草ではないか」
「そこまで言っとらんじゃろ〜。第一砕蜂は物ではなく、独立した一人の人間じゃろうに。まあ……昔相当可愛がってやった妹分であることは、否定せんがの」
「妹分、か……成る程。原種が何故あの為体であるのか、その原因の一端を理解できた気がするな。尤も、それ故に尚更、その甘え腐った性根に反吐が出る」
霊骸の砕蜂が吐き捨てた言葉に、夜一は眉を顰める。如何に目の前の存在が砕蜂の力と姿を精巧に映し取った物であったとしても、砕蜂その人を悪様に言われる事に、不思議な不快感を覚えていた。
「まあ、いいさ。原種が成せなかった事を私が成せば、誰もが否応無く私こそが"二番隊隊長砕蜂"であると認めるだろう」
霊骸の砕蜂が刀を抜いた。それを認めた夜一は身構える。
隠密機動総司令官、則ち第一分隊・刑軍隊長の抜刀は、処刑演舞を意味する。
「尽敵螫殺……雀蜂」
解号と共に、霊骸の砕蜂の斬魄刀の形状が大きく変化した。右の中指に装着された鋭い爪のような刃は、その名の通り雀蜂の腹の針を彷彿とさせた。
「さあ。貴様を殺し、全ての未練を断ち切ろう。四楓院夜一!!」
影さえも置き去りにして、霊骸の砕蜂が駆けた。
夜砕は半分公式だと思ってるダメなオタク