されど不可分のもの
受け入れられぬのであれば
受け入れられるものを産めば良い
ウルキオラが望実の手を引いて、早足で住宅街を進む。織姫と竜貴、千鶴は同じように早足で、織姫は周囲を薄らと警戒しながら、他の二人は何が何だかわからない様子でそれを追いかけていた。ウルキオラの鞄の中からは、コンが時折隙間から覗いて背後を確認している。
「……チッ」
ウルキオラが舌打ちした。眉が僅かに吊り上がり、眉間に皺が寄る。
「どうかしたの?ウルキオラくん」
「
織姫の問いに、ウルキオラは簡潔に答えた。言われてみれば、どんどん人の声も気配も少ない方へ向かわされている感覚がある。
(茶渡くんと石田くんはどうしてるだろう。何かあった時の為に、備えてて欲しいとはお願いしたけど……)
日が落ち切る寸前の、薄暗い住宅街を行きながら、織姫は今は別の場所にいるはずの友人達を思う。この異常な性質の霊圧を、彼らも感じ取っているはずだと確信していた為だ。
そうして歩いているうち、先頭を行くウルキオラが足を止めた。何度も大回りの道を選んで歩かされたせいだろう。周囲に人の気配は皆無で、嫌に道幅にゆとりがある場所に誘導されていた。
「……有沢竜貴。本匠千鶴。先に謝罪する。すまない、巻き込んで」
え、と竜貴と千鶴が気の抜ける声を漏らしたのとほぼ同時。織姫の直感が警告文を発する。
———来る、と。
「全員、伏せろ!!」
ウルキオラが叫び、よくわからないまま竜貴と千鶴が、表情を歪めた望実が、神経を張り詰めさせた織姫がその場にしゃがんだ。その半秒後、俄かに身体にのしかかる重圧に、力を持たない人間の二人が小さな悲鳴を上げる。
そして、氷が一行を襲った。
表皮をおろし金にかけたような痛みさえ感じる程、強烈な寒さに身を震わせ、アスファルトの上で伏せる竜貴は恐る恐る目を開け、顔を上げる。目線を上に向けると、薄らと赤が疎に流れるオレンジ色の三角形をした膜が、自分たちを覆っているのが見えた。その外側は、ブリザードが吹いたかのように凍りついている。
竜貴は横目で織姫を見た。髪飾りの青い花びらが三つ欠けているのが見えて、竜貴は自分達が織姫に護られたのだと理解する。
「……影狼佐はいよいよ、焦燥に駆られ始めたらしいな。二番隊を奪い返されたのがそんなに響いたか」
鞄を開け、コンの頭を鷲掴みしたウルキオラが独り言ちた。それと前後して、オレンジ色の膜が軽い音を立てて割れる。
「違うな。最初から圧倒的な力で叩きのめす方が効率的だと気付いたんだよ」
それに応えるような、生意気さを感じる高めの少年声が聞こえた。
ウルキオラは素早く立ち上がり、コンの口の中に右手を突っ込む。コンの本体である
頭の左側を割れた仮面で覆い、喉と心臓の間に孔を空けた少年
「よお、
ウルキオラよりも背丈の低い銀髪の死神と、死覇装の胸元を大きく開いて着崩す金髪の女死神が、そこにいた。その双眸から、青い光が一瞬煌めく。
「……日番谷冬獅郎と、松本乱菊」
「……の、霊骸……ってやつだよね……?」
「そうだ。何はともあれ、遂に隊長の霊骸まで投入してくるか。つまり俺達をそれに足る脅威として認識したと受け取ってもいいんだな?」
ウルキオラは挑発するように口角を僅かに上げた。それを見た霊骸の冬獅郎は眉を片方吊り上げて、背負った斬魄刀に手をかける。それに合わせるように、霊骸の乱菊も腰に差した斬魄刀を抜いた。
「調子に乗るなよ。お前程度なんざ、誰も警戒するに値しねえ。俺達が注意すべきは、浦原喜助の策謀だけだ」
「なんだと……」
ざり、とウルキオラの足がアスファルトを擦る。それを心配そうに見つめる望実を、ウルキオラの義骸に入ったコンが守るように腕の中に囲い込んだ。
「ウルキオラくん」
ウルキオラの半歩後ろに、織姫が出る。
「何だ」
「茶渡くんと石田くんが、こっちの異変に気付いて向かってるはずだよ。それまで、何とか持ちこたえよう。少なくとも、竜貴ちゃんと千鶴ちゃんを逃さないと」
「そうか。そうだな。恐らく浦原喜助も、この状況を予見して朽木ルキアか、阿散井恋次か、朽木白哉の誰かを向かわせているだろう」
「じゃあ尚更、すぐにやられちゃうわけにはいかないね」
ウルキオラは言葉無く頷いた。そして、
霊骸の冬獅郎は、斬魄刀を振り上げてウルキオラの一撃を受け止めた。
「霜天に坐せ、氷輪丸!!」
「!!」
霊骸の冬獅郎が始解する。鍔迫り合う刀身を起点に、ウルキオラの斬魄刀が凍りつき始めた。ウルキオラは斬魄刀を斜めに振り下ろし、後ろに跳んで距離を空ける。そこに。
「唸れ、灰猫」
女の声。ウルキオラは振り返って身構える。
霊骸の乱菊が瞬歩でウルキオラの背後にまわっていた。解放した斬魄刀、灰猫の灰化した刀身がウルキオラに壁のように襲いくる。
「三天結盾!!」
そこに割り込んだオレンジの膜。織姫の盾舜六花による防御壁もとい、攻撃の拒絶である"三天結盾"である。
「よくやった、井上織姫!だが俺ばかりに構うな。コンと一緒に望実達を守れ!」
「うん、わかってる!」
役目を終えたオレンジの膜が割れた。ウルキオラは左手の人差し指を背後にいる霊骸の乱菊に向け、指先に霊圧を集中させる。
ゴォッ、と灰猫の灰が吹き飛んだ。ウルキオラの
「逃すか!!」
ウルキオラが霊骸の乱菊を追い、跳ぶ。それを見計らったかのように、霊骸の冬獅郎が横に張り付く形で並んだ。
「しまっ……」
「遅えよ!」
氷を纏った振り下ろしが、ウルキオラを襲う。ギリギリで、刀での防御は間に合ったが、ウルキオラの小さな身体は凍りつき、アスファルトに叩きつけられた。
「そういや、救援が来るまでやられるわけにはいかねえんだっけか?馬鹿がよ。俺たちがお前らの備えに対して、何の対策もしてねえと思ったのか」
宙空に立ってウルキオラを見下ろす、霊骸の冬獅郎が不敵に嗤う。
「残念だけど、既に別働班が貴方達の仲間の排除に向かってるわ。ここで終わりよ、
霊骸の乱菊が言葉を引き継ぎ、そう締めた。
バキン、と身体を覆う氷を割って、ウルキオラは斬魄刀を支えに立ち上がる。
戦意の火が消えないクロムトルマリンが、霊骸の二人を睨み上げた。
同時刻。ウルキオラ達が霊骸の冬獅郎と乱菊の襲撃を受けた場所から少し離れた公園。
爆炎が球状に束ねられ、がっしりとした体格の青年へ向かって放たれた。青年は盾のような形の器官がついた黒い右腕を身体の前に掲げ、防御姿勢を取る。右腕の盾に爆炎が激突し、爆ぜた衝撃で青年の身体が数十センチ後ろに押し込まれた。
「……あの、一応直撃してるんで、吹き飛んでもらっていいですか?なんでそれどころか倒れてもくれないんです?」
呆れたような引いたような少女の声と共に、シャン、と鈴の音が鳴る。
煤煙が僅かに薄れた、その刹那。青い霊子の矢が、鈴の音を鳴らした少女へと放たれた。少女は七枝刀と似た形状の刀身を振り上げて、霊子の矢を叩き払う。その横から躍り出たのは、陰気な印象を抱かせる表情の青年。その青年の手に握られた斬魄刀は、角張った鉤爪の様な形状の刀身をしていた。
陰気な青年が斬魄刀を横に薙ぐ。がっしりとした体格の青年は、それを右腕の盾で受け止め、白い左腕で抉る様なショベルフックを放った。
「!!」
陰気な青年は咄嗟に鬼道の障壁を張る。だが、碌に霊圧も込められなかったそれは容易く砕け散り、陰気な青年は勢いの止められない白い左腕にそのまま殴り飛ばされた。
「イヅルくん、大丈夫?」
鈴の少女が陰気な青年、吉良イヅル———の霊骸を、目線を敵に向けたまま気遣う。
「問題無いよ、雛森さん。思っていたよりいいのは貰ったけれど……向こうだって、無事じゃない」
少女———雛森桃の霊骸にそう返した霊骸のイヅルはほくそ笑む。その目線の先には、黒い右腕の拳を地面スレスレまでぶら下げていた。
「大丈夫かい!?茶渡くん!」
霊子の弓を構える眼鏡の青年ががっしりとした体格の青年、茶渡泰虎に訊ねる。
「……ああ。少し、右腕が重いが……」
「恐らく、吉良副隊長の斬魄刀である"侘助"の能力だろうな。斬られたものの重さを倍増させるものだ」
純白の刀身と真白い帯を持つ斬魄刀を構え、小柄な死神の女、朽木ルキアがそう告げる。なるほど、と泰虎は得心がいった。とはいえ。
「だが……動けなくなる程の重さではない。俺はまだいける」
「無理はしないようにね。接近戦を挑むのは、僕らに不利だ」
「かといって、離れて撃ち合うには相手が雛森副隊長の霊骸だというのが難点だな。斬魄刀の能力もそうだが、何より彼女は鬼道の達人だ」
参ったな、と眼鏡の青年、石田雨竜は霊子の弓を矢につがえた。
小柄な
「ウルキオラ!」
ウルキオラは身体を貫く氷柱を、左手を背中側に回し
望実、竜貴、千鶴の非戦闘員三人に怪我はない。コンは細かな氷の破片を少し被っているだけで、特に問題は見当たらない。そんな中で、織姫は霊力を消耗しているのか笛が鳴るような呼吸音を鳴らし、季節と現在の気温に似つかわしくない量の汗を流していた。
(あれだけ消耗していれば、防御が間に合わないのも当然か。これ以上戦闘を長引かせる訳にはいかない……が、今の俺には奴等を纏めて仕留めるだけの決定力が無い。どうしたものか……)
舌打ちして、ウルキオラは
「
ドリルのように捩れた
霊骸の冬獅郎は瞬歩で氷の壁を穿ち抜いた
「……ッ!ダメ!」
織姫が揺れる身体に鞭打って、盾舜六花を構成する精霊のうち火無菊、梅厳、リリィを飛ばす。三人が頂点となって結ばれたオレンジ色の三角形の膜が、間一髪間に合ってウルキオラを灰から守った。
オレンジの膜が解けると同時、ウルキオラは
「ッ!織姫!」
「姫!?大丈夫!?」
竜貴と千鶴が織姫の肩に手を添える。織姫は二人の声が遠く聞こえるような感覚に陥った。
豪雨が降ったかのような、ぼやけた視界の向こうで、霊骸の冬獅郎が卍解し、宙空のウルキオラに斬りかかるのが見える。それを辛うじて捌いた背後から、霊骸の乱菊が灰猫を旋回させ、ウルキオラの右肩を刻んだ。
(どうして)
織姫は歯を食いしばる。
(戦わなきゃ。守らなきゃ)
また自分は、誰かを一人で戦わせてしまうのかと。織姫は両手を爪が食い込む程に握り締める。
(今何もしないまま、何もできないまま。ウルキオラくんが一人で傷付いてるのを見ているだけでいるなんて……そんなの、そんな私じゃ、黒崎くんに合わせる顔がない……!!)
立て、と自分の身体に何度も命令した。動け、戦え。できないなら死んだ方がまだマシだと。
織姫が不甲斐ない自分への怒りで叫びかけた、その時。
———
ノイズ混じりの声が、自らの内側から聴こえた。
「え……?」
織姫が、内側から聴こえてきた声の正体を探るよりも早く。
左の眼窩から白い何かが溢れ出た。
それに竜貴と千鶴が度肝を抜かれるとほぼ同時に、宙で戦っていたウルキオラが再びアスファルトに叩きつけられる。白いパーカーを自身の血で汚すボロボロのウルキオラと、明らかに異常事態が起きている織姫とを交互に見て、コンは頭を抱えた。完全に、コンがなんとかできるキャパシティを超えている。
「ウルキオラ……」
望実が震える声でウルキオラを呼ぶ。ウルキオラは首だけで振り返り、口パクで"大丈夫だ"と返してぎこちなく笑んだ。それを見た望実は、より一層悲痛に表情を歪める。
さてどうしたものか。ウルキオラは霊骸の冬獅郎と乱菊に向き直る。今の自分では霊骸の隊長格2人がかりに勝ち目は薄い事は承知の上だが、それに加えて織姫に起きた異常事態に冷や汗が滲んだ。何だアレ。何故彼女から
「舐めてんのか?」
霊骸の冬獅郎が苛立たしげに吐き捨てる。
「舐めていたら、ここまで追い込まれないだろう。背丈は愚か、頭にまで養分が行き届いていないようだな」
頬で乾きかけて、ぶよぶよの塊になりかけた血を左手の甲で拭ったウルキオラは、苦し紛れに言い返した。霊骸の冬獅郎は眉を顰め、てめえ、と唸る。前のめりになりかけた霊骸の冬獅郎を、霊骸の乱菊が手を翳して制した。
「舐めていない、っていうなら。
「……成る程。そういう見方もあるだろうな」
ウルキオラは胸に空いた孔の周辺が、緊縮するような感覚を覚える。
正直なところ、ウルキオラは
大前提として、霊圧が足りていない。これはネリエルにも共通するのだが、本来の力を使おうとすれば相応の霊圧が必要になる。それが不足している以上、解号を唱え名を呼んだとして、斬魄刀に封じ込めた
だから、いくら
「……やる気がねえなら、とっとと終わらせてやるよ!!」
霊骸の冬獅郎の霊圧が膨れ上がる。来る、とウルキオラは斬魄刀を構え、歯を食いしばった。
「卍解!!大紅蓮氷輪丸!!」
霊骸の冬獅郎が氷の竜人のような姿に変身する。身体をすっかり覆い隠してしまうほど大きな翼で空へ舞い上がり、斬魄刀を振り上げた。
「群鳥氷柱!!」
霊骸の冬獅郎が斬魄刀を振り下ろすと同時、無数の氷柱がウルキオラへと降り注ぐ。ウルキオラは斬魄刀を掲げ、照準を合わせるように左手の人差し指を交差させた。
そこに割り込む、影が一つ。
「孤天斬盾」
小さな刃が氷柱の群れへと猛スピードで突っ込んだ。かまいたちのように飛び回るそれによって、氷柱は次々と砕かれる。氷の破片が雨のように落ちて、ウルキオラは思わず両腕で顔を庇った。
「なぁに?随分間抜け面を見せてくれるじゃんか」
ノイズ混じりの少女の声。ウルキオラがそっと両腕を下ろして、視界に捉えたものは。
「……あんた、一体何者……?」
警戒心を露わにした霊骸の乱菊が問う。長く伸びた胡桃色の髪を揺らす少女は、シニカルに笑った。
「
結膜を黒く染め、虹彩は禍々しさを宿した金に輝き、左目の周辺に不完全な
「
訝しげに霊骸の乱菊が首を傾ける。"織姫"はノイズ混じりの声でクツクツと笑い、そう、と続けた。
「私は"影"。マイロード、井上織姫の"影"。マイロードに致命的に不足している、凡ゆる"悪意"の代行者」
「悪意だと……?」
宙から降りてきた霊骸の冬獅郎が、怪訝にしながら疑問を声に出す。織姫は盾舜六花を周囲で旋回させながら、朗々と詠った。
「怒り、憎しみ、妬み、恨み、怨嗟、そして殺意。生き物が生来持つ他害性に結びつく、ありと凡ゆる害意。マイロードには、それが少しばかり欠けている。最近は少しマシになってきたけれど、彼女は基本的に苦痛や悲しみを齎した他人を攻撃する事をよしとできず、内に抱え込んで自罰的になるところがあるから、これからはそうさせない為に
どろり、と空気が重くなる。それが"織姫"の霊圧だとその場にいる者達が気付くのに、少しばかり時間を要した。
"織姫,が指を真っ直ぐに伸ばした両手の人差し指と親指の指先を合わせ、作られた三角形の中心に
「じゃ、死ね」
身の毛もよだつ程冷酷で無機質な、ノイズ混じりの声が短く死刑を宣告した。生理的な恐怖を覚えた霊骸の冬獅郎は咄嗟に氷の壁を作り、防御を固める。
次の瞬間、