樹海化が解けたとき、祠のある屋上ではなく家庭科準備室……勇者部部室に戻っていた。
友奈と東郷は園子がいることを確認していたが……俺の注目はその隣にいる少女。大赦の巫女様の格好をしている。そこまでは読み通りだ。
「皆さん、御役目お疲れ様でした。私、上里ひなたといいます」
その名前を聞いた瞬間、俺は三歩下がり土下座のような礼を少女に向けて行った。大赦では当然のことだ。
「わわ、ひーくん!?」
「上里……!?ってあの上里家!?大赦の巫女の中でも最高の発言力を持つっていうあの……!?」
「そういえばそうだね~、基本的なことを見落としていたよ~」
「……それより、この緋月はどうするのよ」
礼をして微動だにしない俺に向けられた視線は痛いだろうが……そんなことを気にしてなんていられない。目の前にいるのは上里家、しかもその初代の上里ひなた様。300年前の人間であろうと、今ここに目の前にいるのならばこうするしかないのだ。
「乃木園子が命ずるんよ~、のぼるん、普通に立って」
「……畏まりました」
園子様の命とあればと仕方なしに立ち上がる。正直冷汗はだらだらで何かしようものなら消されてもおかしくはない状況にある。樹海で記録の仕事をしているときより命の心配をしてると言っても過言ではない。
「貴方が、緋月昇さんですね。……」
「私の、顔に、何か……?」
「いえ。私と同じ巫女の皆さんがお世話になった方に似ていたので」
固唾を飲む。喉も乾いて仕方がない。何か言えば、何かすれば文字通り首が飛びかねん状況だ、本当に生きた心地がしない。
「似ていると言えば……驚きました。声も性格も同じなので」
そう言って上里様が友奈の方を見る。友奈は友奈で上里様のことを心配していたようだが、それのおかげか落ち着いたらしい。
「こほん、落ち着きました」
「昇は……まだみたいね」
「さっき樹海で声をかけてくれたのは、あなただったんですね」
「言われた通り、力を使ったリスクはなかったわ。色々説明してもらえるかしら」
「ごめんねひなタン、ちょ~っと待っててね~今のぼるんを落ち着かせるからね~」
そう言って園子様が俺を部室の隅に連れていく。呼吸もなかなかうまくいかない。
「ゆっくり吸って~吐いて~深呼吸だよ~」
「すぅ……はぁ……」
「昇がここまで緊張するなんてことあるのね。驚いたわ」
「私と初めて会った時もこんな感じだったんよ~のぼるん、大丈夫?」
背中をさする園子様の手の暖かさを感じながら、自分の思考が戻ってきたことに気づく。まだパニックの範疇だが、これくらいなら……誤差の範疇に入れられるか……
「えぇ、ご心配をおかけしました、園子様」
「敬語はだ~め!ここは大赦じゃなくて~勇者部なんよ~」
「はぁ…………落ち着いた、ありがとう園子」
「おっけーだよひなタン、待たせてごめんね~」
クリアな思考が戻ってきた、まだ震えはするが、誤差の範疇ってことにする。多分、そのうち膝に力が入らなくなるだろうが……その時はその時だ。
「その……落ち着いていただいたのはありがたいんですが、今から衝撃的なことを言うので……楽にして聞いてくださいね。椅子に座ってもらっても結構です」
そんな失礼なことはできるかと思いながら俺は気合で立つことを選んだ。友奈と東郷は座ることを選んだが、それは彼女たちの自由だろう。
「実は、私たちが今いるここは、神樹様の中なんです。神樹様の造った特別な世界」
想定、というかさっき考えた仮説の通りだった。
「大方……土地神様の集合体である神樹様の中にいる神様が神樹様から離れようとしている、その神様はもともと天の神側だった神様で……バーテックスの模倣は造作もないということ、そして、独自の尖兵も作れるほどの位の高い神様の反乱といったところでしょうか」
「……すごい。先ほどの戦いだけでそれほどの推理を正確に行っているだなんて」
「お~さすがはのぼるん。私の考えと一緒なんよ~」
「考えれば、わかりますよ……」
がくんと膝から力が抜ける。後ろに椅子を用意しておいたおかげで椅子に座るだけで済んだが、やはり限界のようだ。
「少し休憩にしましょう。お茶とぼたもちを用意しますね」
東郷の淹れたお茶とぼたもちを食べたことで体力はある程度回復した。いやほんと、過度な緊張は体に毒だ……まぁ、さっきまで震えが止まらなかったが暖かいお茶で何とかなった部分はある。
「ぼたもち、とってもおいしかったです。ご馳走様でした」
「それで、ここは神樹様の内部なのよね?なんだか学校にそっくりなんだけど」
「はい。皆さんが過ごしやすいように、神樹様が実際の四国に見立ててくださっているとか」
「もしかして。私たちはしばらくここにいることになるんですか?」
「はい、そうなります。現実とは時の進みが違いますから、戻っても時間は経過していませんよ」
「それは普段の樹海化と一緒、か……」
「そうですね。それで……これを見てください。この世界の四国の現状です」
上里様の提示したデバイスに映っているのは紅く染まった四国の地図。俺たちがいるところだけが青い。
「赤い部分が造反神が占拠した部分です」
「相当に反乱が進んでいますね、俺たちのいる部分しかもう残っていないのか」
「これが全て赤くなってしまうと、手遅れってこと?」
「はい。そうなれば神樹様の分裂が確定、力を大きく失います」
「まずいわね……それはなんとしても防がないといけないわ」
「はい。造反神が鎮まれば、神樹様はまた従来通りに活動できるそうです。ですのでそのために皆さんには、この世界で生活し、御役目を果たしていってもらいたいのです」
分かりやすい話になった。土地を狙ってくる造反神の攻撃を撃退し、奪われた土地を取り戻す。だが……この広大な四国、俺たちだけでは食料などが持たないぞ?
「長丁場になりそうね……補給は大丈夫かしら」
「その点は大丈夫です。この世界には、現実と同じ街が広がり、現実と同じ人が住み、生活しています」
「空虚な箱ではないと……勇者システムの運用の観点から、か……」
「さすがですね。勇者システムの運用は精神の安定が大事です。皆さんのメンタルは常に健全でなくてはいけませんから」
「言われてるわよ、昇」
「勇者じゃない俺に言われても……霊札の操作に支障が出るくらいだ、問題、しかないか」
つまり、普通の生活が保障されていると。……ここで二つ疑問が出る。一つは上里様のこと。もう一つは俺のことだ。
「まぁでも、みんな普通の生活は今まで通りできるってことね」
「しかし……上里様。300年前の存在である貴方には家がないでしょう。それに……俺が樹海にいたことの説明がまだつかない。園子は弾かれていたのに、何故俺は入れたのです?」
「え、ひーくん今なんて!?」
「さすがは大赦に所属しているだけあって、情報が早いですね。そうです私は約300年前から来ているのです。神世紀ではなく西暦の時代から。ですので……中学近くの空き物件を使わせてもらいます」
「こちらから大赦に話を通しておきましょうか」
「いいのですか?よろしくお願いしますね」
「急にビジネスめいた話が始まったわね……緋月、友奈がおいていかれてるわよ」
「あとでゆっくり説明します。一番重要なことはここからでしょう」
姿勢を正し、上里様を見る。園子のおかげかさっきほどの緊張はない。しかし……それでも緊張はする。核心に迫る時は、いつもそうだ。
「神樹様が認めた大赦の優秀な人間、緋月昇さん。貴方は、その類稀なる観察力と推理力。そして……その体質から造反神に対して有効な存在であると神樹様が判断された存在です。……正直私も貴方がどうしてここに呼ばれたのかを正確には知りません。ですが……その頭脳は、私たちの助けになると今身をもって知りました」
「買い被りすぎですよ。でも……理解はしました」
間違いなく『叢雲』絡みかつ霊札関連だろうな……元天の神一派だったことも考えるとそうとしか考えられない。つまり……『叢雲』で戦うことも視野に入れておいた方がいいということだ。だが、霊札がないのではな……
「それに、神樹様の内部なので利点がいくつかあります。まず一つ、力を使ってもリスクなし。緋月さんの使うお札も欲しい時に欲しい分だけ使えます」
「それは、凄い」
「遠慮なく戦えるのは本当に大きい、ありがたい話ね」
「もう一つは歴代の勇者や巫女をこの世界に呼び寄せることができることです」
「上里様がいい例ですね」
「はい。……その、私は普段このような言葉遣いですが、皆さんさえよければ私には敬語抜きでお願いします。フレンドリーに」
「あはは~だって、のぼるん」
「うぐぐ……できるけれども、いわゆる『技術的には可能』っていう範疇だよ……」
「あら、園子さんにはできているのにですか?」
「うぐっ……わぁった……」
大赦としての緋月昇が苦しい声を出す。園子とは時間があったからまだなんとかなったってのに、これは苦しいと言わざるを得ない。
「ひーくん、見たことない顔してるね……」
「なかなか見れるもんじゃないわね~、いい表情してるじゃない」
「お姉ちゃん……」
そんな会話の中、アラームが鳴る。しめた、この状況から逃げられる。
「来るなら一度に来なさいっての……まぁ、頭がパンクしそうだったからちょうどいいか」
「それじゃあ行くわよ、勇者部GO!!」
次回、第三話「召喚」
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