家庭科準備室で勇者部が使った大赦がらみの請求書を整理している。今日は天気もいいからかほとんどの勇者はうどん屋巡りに足を運んでいた。神託があったらしくまもなく新しい勇者が来るというが……もはや大赦の記録を遡っても名前が出てこない以上俺も身構えるだけ無駄だろう。……結局、俺の腕のことはあの二人は誰にも話していないらしい。らしいというのは会話がないからで、なんなら俺が意図して同じ空間にいないようにしている。そんな中、横で勇者部のホームページを編集していた東郷が部室に来た若葉と話始める。
自分が二人いることについて聞く若葉。東郷はそれに対して問題ないと言うが、自分の身に降りかかることを知っているから、それを須美に伝えるかどうかという話をしていた。園子(中)に相談された事柄だなと思いながら、整理を続ける。俺が園子に言ったのは、今この状況で伝えたところで、現実は変わらない。なら、伝えたところで戻っても何も変わらないだろう。伝えるだけ負担を強いるだけだ、と。それでも、二人は伝えたいらしい。
俺が銀に言った嘘は何のためになるんだと思うが……本人たちの意思だ。横から言ってどうにかなるものでもないだろう。
「そうか。私もどうすべきか一緒に考えよう」
「ありがとう、若葉さん。話したら、少し楽になったわ」
そんな話の終わりが耳に入り、整理の手はより早くなる。次は、この前の歓迎会の食費とかか……
「逆に聞くが、今の時代に私たちのことは伝わっているのだろうか。人類を護れたのはいいが……詳細な話があれば聞きたい」
「そうね……大赦の記録は結構検閲されていてあまり私達には伝わってないけれど……緋月くんは何か知っている?」
「そこで俺に振るか……?まぁ、俺は大赦書史部記録課の人間だ。普通の人が知らない大赦の歴史、人類の歴史はある程度頭に入っている。だが……」
「そうなのか……!?ぜひとも教えてほしい。私はリーダーとして知っておきたいんだ、頼む」
前のめりになる若葉の様子に押され、口を半開きにまでは開ける。だが……どこまで話す?どこから話す?お前以外の4人は戦いで死んでしまうなんてこと、言えるわけがない。ましてや千景は歴史からも消されてしまったなんてこと、言えるはずもない。
「……どこから聞きたい?」
「人類を護ったあとの詳細な話だ」
「そうか。俺が読んだ文献によれば、戦いが終わった後に壁の外は灼熱の地獄と化している。バーテックスを遣わせた天の神との講和が結ばれ、人類は壁の外から出ないということを条件に生きながらえた、ということだ」
「そう、なのか……私達の時は、まだ荒廃した世界が残っていたんだ。何かが行われたな」
「だろうな。……俺が知るのは、この事実は隠蔽されていて、人類は謎のウィルスによって滅んだとされている。そういう風に一般には知れ渡っている。歴史から、バーテックスという存在は消されたんだ」
「何……!?じゃあ、あの日の出来事は……!」
「大赦の記録にしか残っていない。それも、大方検閲されている。だから俺が今話しているのは……7割は推論だ」
ふうと一息ついて若葉は落ち着く。
「教えてくれてありがとう、緋月」
「推論だと言った、正しくないことを言っているかもしれないんだぞ?」
「お前が意味のない推論を話すことはないだろう」
「驚いた、そこまで評価されているとはな」
若葉が俺を見る目は園子のそれに似ていたが、確実に信頼の色が見て取れる。そこまで信頼されるようなことをした覚えはない。
「評価もするさ。風さんも園子も、千景だってお前の推察は当たることを話していた。実際、樹海で戦っているとき何度助けられたかわからん」
「敵の性質を見抜き、陣形を見抜き、作戦も見抜いている。それだけで私たちは戦いやすいのよ」
「へぇ、先輩と園子だけならいざ知らず、千景もか。それは褒められているんだろうな」
「まぁ、そうだな。千景があそこまで人のことを話すというのは、相当なことだ。何があったのかは知らないが……私としては、嬉しく思う」
多分好き放題罵ったりなんなりしてたのだろうか、何を言っていたのかは怖くて聞けないが、少なくとも悪い評価はされてないのかもしれないな……
「しかし、よくもまぁこんなことを受け止めたものだな」
「強いのね、若葉さんは」
「私個人は、そんなに強くないさ。だが、強くしてくれる人がいる」
「わかるわ」
強くしてくれる人、か……なるほどな。
そんな会話から数日後、俺の預かり知らぬところで勇者と巫女が1人ずつ召喚されたとの報が入り、第二勇者部室から家庭科準備室に向かった。書類整理もついに一段落ついたから少しはのんびりできると思った矢先にこれだ。まぁ、戦力が増えるのは嬉しいことだ。
「お、全員揃ったわね。それじゃあ改めて自己紹介お願いできるかしら」
視界の先には深緑の髪をした少女と、茶髪の少女。この2人が召喚された勇者と巫女なのだろう。
「はい。改めまして、諏訪の勇者白鳥歌野です。趣味は農業です。よろしくお願いします」
「藤森水都です。趣味は……特にないかな」
諏訪……西暦時代の地名だろう。神樹様が壁を作る前から戦っていたのだろうな……
「それじゃあこっちも自己紹介がてら、趣味の農業について色々喋って貰おうかしら」
そんな先輩の提案を蔑ろにするように警報音が鳴る。あぁ、いつもこのタイミングだな……
「コレがこの時代のハザード……?なるほど、手荒い歓迎ね」
「歌野さん、端末を持っていってください。使い方は皆さんが教えてくれます」
「この世界の説明はあとでするから……行ってらっしゃい、うたのん!」
「えぇ!勇者白鳥歌野、征きます!」
樹海の中へ少女たちは駆け出していく。今回の敵も多そうだなと思いながら、勇者に霊札を渡していく。一人増えたから……14人か?俺も含めると15枚の霊札の振動を共通化させて通信の担保をするなんざかなりの荒業だが……まぁそれぞれが全て違う動きをするよりかははるかにやりやすい。常に全ての音を拾ってはいるが、閾値を設定しておいたから会話の意思があるものしか聞き取れないようにはしている。もっとも、その閾値の調整は毎回変わってくるが……
「っと、もう戦闘が起きそうな距離か……」
「それじゃあ変身!勇者になーる!」
13人の少女たちが携帯端末を操作し、それぞれの勇者服を身に纏う。ただ一人、先ほど召喚されたばかりの歌野は驚いていた。
「あれ、敵が来てるわよ、変身しないの?」
「サプライズにもほどがあるわ……皆、ボタン一つでチェンジできるなんて……」
「そうか、歌野は戦う時は着替えていたと言っていたからな」
「手動で着替えていたんですか……!?」
「えぇ、せいって脱いで、そいって着て……それで、私の勇者服はどこかしら?」
なんて言いながら、歌野は来ていた制服を脱ぎ始める。まずい、そんな行動をするなんて考えてねぇよ!
「昇さんごめんなさい!」
「へぶっ!?」
「ナイスよ杏ちゃん!そのままお願いするわ!」
とりあえず杏がとっさに俺の両目を塞ぎ、風先輩がわざわざ脱がずとも変身できることを歌野に慌てた声で説明していた。本当に危なかった、本当に、危なかった……いや、自分から目を瞑ればいいだけの話だが、顔をそらせばいいだけの話なんだが、想定してない以上一瞬でも隠されているべきものが視界に入ってしまうところだった。俺の記録能力では、覚えてしまうから……杏が塞いでくれて助かった。
「おー、いけた!いけたわ!すっごい便利!」
「ふぅ……ありがとう杏……本当に助かった……想定外過ぎて動けなかった、すまん……」
「咄嗟にやっちゃったんで目の周りとか痛くないですか?変身した姿でやっちゃったので普段より力がかかっちゃってるかもですが……」
「大丈夫だ……このくらいのぼやけ方なら慣れている」
眉間を押さえ、ピントを戻す。多分、今までで一番危険だった事柄だな……
「敵、来ます!」
「それじゃあ気を取り直して……行くわよ!」
次回、第9話「進化」
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