Beat SCraPed -episode.0-   作:にいじま

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生きることは音楽的であること。

 

 

体内の血が踊り出すところから始まる。

 

 

すべての生命がリズムを刻んでいる。

 

 

君は、君の音楽を感じているかい?

 

 

-マイケル・ジャクソン-

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

 暖かな風が、新しい季節の訪れを伝える頃。

 咲き誇る満開の桜を見れば、情緒的な日本人であれば出会いと別れの季節が訪れたと考えることだろう。

 始まりがあれば終わりがあり、また新たな生活が始まる。桜並木の下を小走りで駆ける少女も例に漏れず、新生活の始まりを迎えたその一人だった。

  

(……遂に。遂に、始まるんですね!)

 

 身丈に合わない大きさのケースを背負った少女は、目をキラキラと輝かせながら巨大な門を見上げる。

 新たな場所、自分を知っている人が誰もいない場所。しかし、無事にやっていけるだろうかという心配は、一つもなかった。

 

(ボクの理想を現実にしてくれる人たちが、必ずここにいるはずです!)

 

 心に押し寄せるのは、未来への希望のみ。

 今まで得られなかったモノが、ここでは確実に手に入る。そう信じているのではなく、確信しているのだから。不安など、どこにもあるはずもなかった。

 

 理想を。

 理想を、現実にしてくれる仲間が、ここにいる、と。

 少女は――――"宇羅羅 桜子"は、そう確信しているから。

 

(ボクが世界一カワイイと証明してくれる、仲間が――――!)

 

 これは。神殺しの音楽を奏でるきっかけとなる、エピソード・ゼロのようなもの。

 世界一カワイイ少女が、世界一カワイイ音楽を奏でるために、はぐれ者たちの手を引く物語。

 

 

 

♢♦♢

 

  

 

Who will kill The Rock?

Beat SCraPed -episode.0-

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

 夏樹お姉ちゃんが教えてくれた"ロック"は、正にボクの理想そのものでした。

 自分の内側にある気持ちを歌や音に変えて、それを聞いている人に届ける。これはロックじゃなきゃできない事ですから、正しく当時のボクからしたら革命だったワケです!

 

 ダンスでも、クラシックでも、ジャズでも、たぶん同じ事ができると思うんです。

 でも。声にして想いをそのままぶつけるというのはロックにしかできない。ボクはそう思います。

 それに、クラシックやダンスだとボクのカワイさが浮いちゃいますからね! ロックみたいに少し荒れてる方が良いと思うんです。

 

 ともかく。ロックとの出会いは、ボクの人生を大きく変えたんです。

 朝も、昼も、夜も、時間があればギターと向き合いました。カワイイボクがキュートな音を奏でられなかったら本末転倒ですからね! 

 

 そこにいるだけで蜂を惹きつけちゃう、魅力たっぷりのカワイイお花。

 ボクという存在を何かに例えるなら、それが一番近いんだと思います。何かに例えること自体おこがましい、というのは置いておいてですけどね! 

 だから、いろんな人に誘われました。ボクと同じくらいカワイイ人や、楽器をそれなりにやってる人。ボクってと~ってもカワイイので、男女問わずモテモテなんですよね!

 

 ……でも。正直言っちゃうなら、ボクからすればぜんぶ"遊び"でした。

 ボクと同じくらいカワイイ人や、楽器をそれなりにやってる人、軽音部に来ないかと誘う人。みんな揃って"カワイくなかった"んです。

 その気持ちも、分かります。ボクはカワイイだけじゃなくて天才なので、本気で何かを成し遂げたいって思う人がぜんぜんいないのも知ってますからね! 

 

 ――――ボクは妥協しません。

 ――――最高にカワイイ音楽を奏でる。それがボクの目標なので、遊びでやってる貴方たちと組むつもりはありません!

 

 その言葉でぜんぶ断って、断って、断って。

 誰かと併せた経験が一度もないまま、ここに―――― 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

 ――――だから、"ここ"に来たんです。

 懐かしく、これからの事を考えればどうでも良い記憶。不意に思い出されたそれをぶんぶんと頭を振って、大教室の扉をガラガラと開ける。

 アンプやドラムなどが置かれた部屋に、異なる楽器を構えた男女が十数人。その過半数は、開いた扉に目もくれずに何かを複数人で語り合っている。

 

(……ふふん。やっぱりここを選んで正解だったって事ですね!)

 

 研ぎ澄まし続けて来たセンサーが、"ここで合っている"と告げているのが分かった。

 お遊びでやっているわけではなく、純粋に、ひたむきに、音楽を追求し続ける者たちの場所である、と。

 

「どうも、初めまして。もしかして新入生の子かな?」

 

 物腰和らげな青年が、入室した桜子を出迎える。

 話しかけて来た青年に対して、まずはこう考える。――――おそらく先輩なんでしょう、と。

 そうして、次にこう考える。――――これは実に都合が良いですね! と。

 

「ここに所属している人で、ベースとキーボードとドラムが一番上手な人を教えてください!」

 

 そうして桜子の最後に生まれたのが、"ボクと組むべき人を見繕ってくれる人とすぐ話せるなんて、実に都合が良いですね――――!"という考えだった。

 キャッチボール、初球、豪速球。桜子が全力で投げたボールを、青年はギリギリで受け止める。

 

「……え、えっと。サークル加入希望?」

「ここに所属している人で、ベースとキーボードとドラムが一番上手い人をボクに教えてください!」

「い、いや、だからね? サークル加入希望かどうかだけ教えて欲しくて――――」

「もちろん! サークル加入希望ですよ!」

「それを先に教えて欲しかったんだよなあ……?」

 

 会話ができるんだかできないんだか。そう考えつつ頭を抱えつつも、青年は対応を続ける。決して、面倒くさいとかは、考えていない。

 ……決して、考えてはいない。

 

「失礼しました。まずは自己紹介からですね! ボクの名前は宇羅羅 桜子です! 世界一カワイイ音楽を奏でるためにここに入学しました!」

「カ、カワイイ音楽……えっと、ポップな音楽を奏でたいってことかな?」

「ボクのカワイさが伝わる音楽って事です! そのために演奏が上手な人を探してるんです!」

「……君、面倒くさいね?」

 

 流石に漏れてしまった。

 漏れてしまったが、もう隠せなくなったものは仕方がない。というより当の本人はあんまり気にしてなさそうだ。こほんと咳をして、青年はその問いに答える。

 

「んいや、上手い人って言ったってなあ……大抵技術のある人はもう組んでることの方が多いし、僕が知ってる範囲じゃ所属してなくて上手い人なんて……」

「いるんですか?」

「それを今考えてるところ、なんだけれどもねえ……」

 

 う~んと唸り、そして一言。

 

「……んまあ、いるにはいる、なあ」

 

 いるかいないか、絶妙に捉えにくい回答ではあるが。

 苦虫を噛み潰したような顔で、青年はその問いに答えた。

 

「いるんですか!?」

「いや」

「いるんですね!?」

「ま、まあ、いるよ。ぱっと思いつくのはキーボードだけだけど……」

「だ、か、ら! それが誰なのか教えて欲しいって言ってるんです!」

「やっぱり面倒くさいね!?」

 

 とはいえ。何も知らない桜子でも、漠然とではあるが分かる事はある。

 いるときっぱり答えなかったということは、"訳アリ"なんだろう。実力だけ飛び抜けているけれども、何かが欠けている、とか。

 その欠けている何かまでは、流石に会ってみないと分からない。

 

(……本当に、そうですかねえ?)

 

 でも。それはなんとなく、違う気がした。

 漠然と分かり、なんとなく違う気がした。実際に会わなければ分からないというのを理解した上で、自問自答をしてみた。

 ただ、答えは出なかった。そうして残されたのは、喉仏に魚の骨が引っかかったような違和感のみだった。

 

「二年生の女の子で、組んでない理由は……まあ、言葉遣いがキツいから、なのかな。僕は話したことないから分からないけど」

「ボクよりカワイイですか?」

「流石に人によると思うよ。……まあ、それは置いておいて。あそこで一人で弾いてる娘。あの娘がたぶん、一番上手だと思う」

「ふ~ん……ボクと同じくらいカワイイじゃないですか! 才能のカタマリですね!」

 

 青年が指さした方にいるのは、繊細な指で音を奏で続ける青メッシュの少女。

 周りに人は誰もおらず、正に"孤高の存在"と言って差し支えないだろう。意図的に一人でいるのかどうかまでは伺えないが、確かに傍目で見ても誰とも組んでいなさそうなのは見て取れる。

 おそらく技術があり、おそらく一人でいる。それが目に見えて分かった時点で、桜子はただ立ち止まっていることを辞めた。

 

「噂じゃ誘いかけてきた人全員にテストをして……って、どこに行くつもり?」

「どこって、決まってるじゃないですか。あの娘のところですよ!」

「最後まで説明は聞いた方が良いんじゃないかな!?」

「聞かなくてもどんな人かは分かりますよ! ボクの時間は価値がありすぎて無駄にできないんですから! 行ってきますね!」

 

 善意でどういう人かを説明してくれているのは、流石に分かっている。

 もっと詳細に聞いた方が誘うのが上手く行くというのも、分かっている。

 

(でも。やっと分かったんです)

 

 欠けている何かが、音を聞いた瞬間に埋まった。

 分かるかもしれないと考えていた桜子の直観は、間違ってはいなかった。

 実力があって、その上で音楽に真摯だからこそ、仲間ができない。それは、相手に要求するレベルが高すぎると言い換えることもできるだろう。

 漠然とした違和感の正体は、"それ"だった。

 

(それは、知っていますから)

(知っているから、それ以上聞く必要はありません)

(ボクと貴方は、似た者同士……ってことかもしれませんね!)

 

 ――――ボクは妥協しません。

 ――――最高にカワイイ音楽を奏でる。それがボクの目標なので、遊びでやってる貴方たちと組むつもりはありません!

 

 追い求める物は違えど。あの時の自分の姿と、寸分狂わず重なった。

 故に、それ以上の説明は聞かなかった。聞かずとも、どういう人かが分かってしまったから。

 

(だから、今度はボクが行く番です)

(ボクが、その手を取ってみせます)

(たぶん、仲良くなれると思いますからね!)

 

 話したこともない人だけれども、似ている人だと理解しているから。

 宇羅羅 桜子は、歩むのを止めなかった。

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