Beat SCraPed -episode.0- 作:にいじま
音を奏でたい。
共に歩みたい。
仲間が欲しい。
……友達が、欲しい。
ひとりぼっちの私にとって、それは必ず叶えたい夢だった。
幼いころからアコーディオンを弾いていた。
必死に努力を重ねた末に、ある曲を完璧に奏でることに成功した。にも関わらず、心の一部は満たされることはなかった。
生きるべき世界はここじゃない。「絶対なる完璧」は独奏では完成されない、と。そう気づいて、アコーディオンを辞めた。
そんな世界に適応できるわけがないと、心のどこかで気がついていながら。
誰かと共に歩むなら、誰かと共に
本当の仲間を見つけるのは、たった一度で良い。一度キリが良い。そうして理想を勝手に定めた結果が、ご覧の有様……とでも言うべきなんだろう。
理想は遥か高みにあって、追えば追うほど距離が遠くなっていく。何時かは手が届く距離にあったのかもしれないけれど、私の振る舞いが原因で今はただただ離れていくのみ。
大学の軽音サークルに入って丁度一年。環境が変わればきっとその理想は見つかるはずだと信じて、心躍らせて大学に入学してからもう一年が経った。
大学の軽音サークルレベルで見つかるはずもなかった――――と言ってしまうのは、やや傲慢かもしれない。他の大学と比べれば、比べ物にならないくらいには良い環境なのだから。
何度も誘われて、何度もテストをして、何度も断った。どれだけレベルが高くとも、音を聞けば"分かって"しまうから。
(……分かるのよ。音楽で食べていく気がない、って)
芸術は、お金に変わる。
それは昔にやっていたアコーディオンも、今やっているキーボードでも変わらない。
実力があれば"お金"という形で評価される。価値のある芸術にはそれ相応の対価が支払われる。
究極のプロフェッショナルというのは、音楽で食べていける人間。音楽で食べていける人間がいるとすれば、それは実力があることの最もな証明になる。
努力を続けて来た人の行きつく先がそれなのであれば、私はそこに行きつきたい。そこに辿り着ける仲間と、"ロック"を奏でたい。
だから、断り続けて来た。
いつか理想の仲間と出会えるまで。いつか手を取っても良いと思えるまで。
運命の出会いは、たった一度キリが良い。たった一度キリしかないから、"運命の出会い"なんだと思っていたい。
それが正しくないと、分かっていたとしても。選別まがいの事をして、ダメならダメと断って。妥協できない不器用な性格なのにそんな事をして、その度理想が遠くなって――――
(……そうして結局、一人ぼっちになっちゃうのよね)
行きつく先が"これ"だというのは、分かっていた。
断り続けた結果誰にも誘われなくなり、サークル内でも浮き、誰かと音楽を奏でたいという夢だけ残していつものスタイルへと逆戻り。幸い実力は認められてるから居場所は失ってないけど、それもそろそろ限界。
(……潮時、ね。そろそろ)
身丈に合わない夢を背負うのは、やめるべきかもしれない。
浮かんでほしくなかった考えがよぎるようになったということは、自分でも理解してしまっているということ。
"このまま待っていたとて、誰も私に声をかけることはない"と。
今日は、今日こそは。私の手を取ってくれる人が来るかもしれない。
その考えも、完全に消え失せようとしていた時。
「あなたにお願いがあります!」
――――鈴を転がすような綺麗な声に、私の演奏は止められる。
「最高にカワイイボクを彩るために、ボクとバンドを組んでください!」
伝えられたのは、二言だけ。
極めて極端なやりとり。だけど、それは、私が何よりも待ち望んでいたもので。
実力は分からない。けど、二度と後悔したくない――――そう考える前に、私の手は強すぎる光に"引っ張られた"。
「……自己紹介がまだだったわね。私は空志戸 麗海。あなたは?」
「ボクは宇羅々 桜子です! サイコーにカワイイ音楽を奏でる仲間を探すためにここに来ました!」
ぷらぷら、ぷらぷらと。
春風に乗って桜が舞う学園内のベンチに足を揺らしながら座り、二人は"感想戦"をしていた。
感想戦。もっと正確に言えば、実力を測り終えた後の褒め合い。
桜子も麗海も、最高のロックを奏でたいという目標は同じだ。その上で、同じロックを奏でる仲間の実力を妥協したくないというのも一致している。
桜子は麗海の実力をある程度把握しているが、百聞は一見に如かずという言葉を知っていた。麗海に至っては、桜子は正体不明かつ実力不明のただの新入生でしかない。
あくまであの言葉は誘い文句でしかない。その上で、実力がなければ、音楽を舐めていれば切り捨てる。
お互いがそのつもりで、お互いが完全に歩み寄っているとは言いにくかった。だから、実力を知りたかった。一日でも早くに。
麗海が奏でるキーボードの音に乗せて、桜子が歌を披露する。これ以上なくシンプルで、実力を測るにはあまりにも充分過ぎるテスト。
そのような中で行われたテストの結果を端的に言ってしまえば、互いに合格。
そうして今になって思えば、まだ名前すら聞いてないじゃないか、と。だからこうして、少し遅れて自己紹介をしているというわけである。
「理由はともかく、真摯でストイックよね」
「ともかくって言わないでください! みんなが言う"ロックをしたい"と同じですよ!」
「実力を見れば本気なのも分かるわ。私がここで聞いた中で一番上手だったもの」
「ありがとうございます! ……あ、チョコ味も食べますか?」
「……食べかけよね?」
「食べかけでもいいじゃないですか! ボクは気にしませんし、なによりボクの食べかけですよ!」
「……そう、それじゃあ少しだけいただくわね。私のも食べて良いわよ」
あむ、と。可愛らし気にシュークリームを頬張った桜子は、にんまりとした"カワイイ"笑顔で食べかけのシュークリームを差し出す。
「食べかけでも気にしないでください!」と言われてしまえば、その善意を受け取るしかない。差し出されたシュークリームを口に含めば、甘いカカオの味がした。
(……初めて、人が食べたモノを口に含んだわね)
――――これは、友達と呼んでも良いんだろうか?
――――いや、それを口に出して投げかけるのはなんか嫌だ。
――――でも、楽しいことには変わらない。
友達と何かを食べることも、それをシェアすることも。全てが初めてだった麗海の心に、あたたかな気持ちが宿る。
友達。なるには許可を取る必要がある……かも……しれない……と。自分のシュークリームを差し出しながら、少しだけ不安になる。
目の前の少女は、おそらくそんな事を気にすることは断じてないだろう。
それでも、否が応でも不安になってしまう。この出会いを手離したくないと、強く思ってしまうからこそ。強く、強く、喜ぶと同時に心が騒めいてしまうのだ。
「宇羅々さんはいつからギターをしてたの?」
「桜子でいいです!」
「桜子さんはいつからギターを?」
「桜子って呼ぶまで答えません! ボクのカワイイ名前を呼んでください!」
「……桜子はいつから?」
「ふふん! やっと呼んでくれましたね!」
――――もう、友達ってことで良いよね?
空志戸 麗海は、チョロかった。消しゴムを拾ってもらっただけで好きになる男の子のように。
空志戸 麗海は、知っていた。名前を呼んで良いという許可は、友達になることと同義だという事を。
……実際は、そんな事はないのだが。
ニコニコと笑いたい気持ちを堪えた。初めての友達ができて嬉しいだとか、仲間が見つかって嬉しいだとか、そういうのを全部ひっくるめて必死になって押さえ込んで、麗海は桜子との会話を純粋に楽しんでいた。
お互いの身の上話やら、これからの展望やら。話足りない事は山ほどあるが、そんな事よりも早急に解決しなければならない事がある。それは、互いが理解していた。
「ギターとキーボードは揃ってるんですけどねぇ。ボクたちだけじゃあそこそこカワイイ音楽止まりです!」
「確かに、ロックバンドならリズム隊がいなくちゃだよね。キーボードとベースがいないとステージに立てないもの」
ベースとドラムの実力は、そのままバンドの実力に直結すると言っても過言ではない。つまり、選ぶのであればより慎重にならなければならない。
しかし。これはたまたま運が良かったというだけで、麗美のようにそう都合よく転がっているものではない。
バンドによっては必要としないキーボードとは違い、バンドを構成する上で必要なベースとドラムとなれば引く手数多。加え、その音を聞いて二人が合格を下すというチェックまでしなければならない。
となれば、学内にはもういないのではないだろうか――――という考えになるのが必然だった。
「困りましたねぇ。これは見つけるのに苦労しそうです」
「……いや。そんなに苦労することはない、かも」
思い当たる節があり、確実に引っ掛かりを覚えている言い方。
ただし、あくまで"かも"止まり。苦労しないかもしれないが、確実にそうだとは言い切れず、ただしそれなりの労力を必要としても良いなら許容範囲である。
麗海の言葉からは、そういう意味が読み取れた。
「実力があって、音楽に対して真摯で。でも、私と同じで仲間がいない人。そんな人を、私は知ってる」
「ふふん、ボクたちにピッタリってことですね!」
「人の言葉をすぐに信じるのね?」
「麗海の言う事なので!」
「……そ。悪い大人に騙されないようにね」
麗海の許容範囲が文字通りではないことを、桜子は知っている。故に、その人は実力という足切りラインを優に越えているのだとも。
百聞は一見に如かず。ただ、信頼できる仲間が同じ目を持っているのなら、自分が見ていなくてもまずはその言葉を信じてみる。
桜子からすれば、麗海は"仲間"なのだから、そうして当たり前というわけである。
――――そんな人を、私は知ってる。
麗海のその言葉を、桜子は疑うわけもなかった。
「なので、ボクの言葉も信じてください! 麗海にはウソはぜ~ったいつきませんからね!」
「カワイイ嘘なら?」
「……つく、かも、しれません」
「あら。嘘つきはいけないわよ?」
「……でもたぶんですけど、カワイイうそなら麗海は笑って許してくれるじゃないですか」
「……そうね。カワイイ嘘なら許してあげる」
出会いの季節がもたらしたのは、人生一の運命の出会いだった――――と。
この時点で、二人はそう確信していた。