Beat SCraPed -episode.0- 作:にいじま
ザ・ウィンドフォールズに出会えたおかげで、人生は良い方向に進んで行った。
最大のコンプレックスだった突発性難聴も治って、自分の全てを注ぎ込みたいと思えるほどの趣味まで見つかった。
両親や祖父母はやりたい事があると言った自分を歓迎してくれた。すぐにそこそこ良いドラムを買って貰えたあたり、輝くものを追いかける子を見るのが嬉しかったのだろうと子供ながらに思った事もあった。
ザ・ウィンドフォールズのようになるためには実力が必要だ。
実力は練習を積めば積んだ数だけ伸びることも知っていた。それが分かっていたから、必死に努力した。
平日も、休日も、春も、夏も、秋も、冬も、24時間365日季節関係なく努力を積み重ねた。
ザ・ウィンドフォールズのようになるためには運が必要だ。
実力と違い、運ばかりは自分の力ではどうにもならないことも知っていた。
だから。形だけでも良いから、バカらしいと笑われても一ヶ月に一回は神社でお賽銭をした。
ザ・ウィンドフォールズのようになるためには自信が必要だ。
自信をどうやって生み出すかは、分からなかった。
――――どうしたら良い?
ウィンドフォールズに出会い、突発性難聴が治り、ドラムも始め、なりたい姿まで見つかったとしても、心の根を変えなければ自信が湧いてくることはない。
結局のところ、どれだけ前を向いたとしても過去は変わらない。そこから生まれたコンプレックスに近い影が完璧に消え去ることはない。
それがある限り、本物の自信が湧いてくることなんてない。
事実、一度"逃げ"、それを最後にただ夢を追いたいという姿勢を見せているだけ。
(……叶わない夢を、素直に諦められれば良かったんだけどな)
ここに居場所はない。それが分かっていたとしても、一ヶ月に一回の、サークル内での報告会にだけは律儀に出席している。
それすらも失われたら、自分には何も残らないのではないかと。そう思ってしまうから。
(……帰るかな)
ここに来るのはまた一ヶ月後。それまで死んだ音を奏で続けて、発生した義務のために訪れて。
そうして、ゆっくりと音楽家としての人生を無意味に浪費していく。真っ暗な部屋にただ一人、閉じ込められているような感覚。
「貴方に用があってきました!」
――――その部屋に差し込んできたのは、一筋の光だった。
「会って早々で悪いけど……貴方の力を借りたいの。話だけは聞いて頂戴」
――――次いで扉がこじ開けられて、手を差し出された。
名も知らない来訪者の手によって。真っ暗な部屋は、開かれた。
例えるならば、これは、そう。"運命の出会い"と呼ぶべきなんだろう、と。
二人の言葉を聞いて、そう思っていたのだった。
麗海の言葉を信用すると決めてから数日後が経った。
麗海が知っているその人物は、どうやら普通に毎日通っていたとしても現れないらしい。唯一会えるチャンスは一ヶ月に一回必ずある、サークル加入生全員が必ず参加しなければならない日のみ。
それまでやる事もないので、キーボードとボーカルで合わせたり、都内のお高いパフェを食べに行ったり、桜子が麗海にカワイイ服を選んだり――――と、色々あったがそれは置いておいて。
そうして当日を迎えれば、確実に本人がいることを確認するために時間ギリギリに二人は部室へと入った。
ここを逃せば一ヶ月後。可能なら一日でも早く接触したいというのに、いなければまた一ヶ月なんて許せない、待っていられない。
いてもらわないと困る。そう信じて室内を見渡してみれば、姿を知っている麗海が反応を見せた。
「……いたわね。最後列で一人でいる人よ」
「あの人がですかぁ?」
"黒い前髪で目元を少しだけ隠している"、最後列に一人で座っている男。麗海がその男を発見すれば、二人はその人物の近くの席に座った。
当人も感じているであろうなんとなくの居心地の悪さが、こちらにもひしひしと伝わってきた。
十数分の会が終わり、そそくさと立ち上がって帰ってしまう前に呼び止める。そうして呼び止めた理由を端的に――――その力が欲しいと話し、今に至るのだ。
「……なるほどね。それで、僕に声をかけたってことか」
「そうですよぉ! 麗海が信頼できるからってわざわざ二人で来てあげたんです!」
「そっか。麗海さんは僕の演奏、見たことあるの?」
「ない。……けど、"胡桃さん"に実力があるのは知ってる。たぶん、ドラムに限るならこのサークルで一番上手なことも」
麗海のその発言に対し、"胡桃"と呼ばれた男は目を落とす。
"ドラムに限るなら"と制限を加え、この中で一番上手いと言い切らなかったのは、自分の実力に対する絶対的な自信があるからだろう。
揺れ動くことのない己という絶対的柱がある。胡桃はそれが羨ましかった。
だから、目を逸らした。自分とは違う人間なのだと、そのたった一言で理解できてしまうから。
「麗海は聞いたことがないのに実力を知ってるんですか?」
「ちょっと噂になってることがあって。その噂が本当なら……って感じ」
「噂……まあ、やっぱ知ってるよね。今年入って来た新入生じゃないんだし」
「噂ですかぁ?」
噂と実力がどうやって紐づくのかと、何も知らない桜子の頭には疑問が浮かんでいた。
ただ、麗海と胡桃は知っている。疑問もあるが、今は事実を聞くしかない。そのように考えて待っていれば、"やっぱり知ってるか"と。そのような反応を見せて、胡桃がその噂について言及する。
「このサークルの中で一番上手なバンドのドラマーとして活動してたことがあってね。まあ、色々あったんだけれども」
「麗海、このサークルで一番上手いバンドってどのくらい上手いんですか?」
「もうインディーズで活動してる。世間一般的にはそういう評価を受ける実力があるってことよ」
「そう。まあ、一応そのバンドに所属してた経験があったって話なんだけれどもね。……まあ、本当に訳があって、こっちから脱退したんだよね」
訳あって、で納得してくれるはずもないことくらいは分かっていた。
音楽に対する信頼を寄せられている。白いか黒いか分からない噂を知っていながらここに来たのであれば、尚更。
噂は話したくない、で逃げ切れるはずもない。正直に言った上でどう判断するかを委ねた方が良いのは、誰が見ても当然だった。
それでも、完全に自分が悪いというのは明白だからこそ、当時のことを思い出すと申し訳なさが蘇る。
力が欲しいと言っている二人に、また迷惑をかけるてしまうかもしれないから。
「……初ライブを迎えるってなった前の日に、バックレたんだよね。体調が悪いって嘘ついて」
「それが噂ってことですか? 噂の真偽はどうなんです?」
桜子が、麗海に答えを伺う。
「噂の内容自体は知らなかった……けど、私が知ってた事がおそらく本当だったって事にはなったわ」
「本当だったって、どっちがです?」
「一番上手いバンドのドラムだったって事よ。世間一般的な人の記憶からすれば、そのバンドのドラムは別の人ってわけだから」
しかし。これで、そのバンドに所属していたという確証は取れた。
明確なチャンスであることには違いない。ただ一点、"逃げた"ということを除けば、ではあるが。
「ふ~ん……なんでバックレたんですか? ロックが嫌になっちゃったんですか?」
「嫌だなって思った事はないよ。……ただ、自信がなくて。立つってなったら、体が硬直しちゃって」
「実力があるなら自信は勝手についてくるものだと思うんだけれど。貴方は違うの?」
「僕は君たちみたいに強い人じゃないから。昔に色々あったのも理由の一つ……かな」
「なんだか色々大変なんですねぇ。ボクはそういうのは考えたこともありませんでした」
「同じくね。自分が行ってきた努力が返ってくるに決まってるもの」
上手く伝わっていなく、あっけらかんとしているのは人間性の違いからだ。
実力もあれば自信もある。だから、怖気づいて逃げるなんてありえない。そうするはずもないのだから、そうしてしまう苦しみが理解できない。
感覚が違う相手に対して説得をしなければならない。しかし、上手な説得の方法など知る由もない。
ならば――――熱意を、感情を、想いのままにぶつけるしかない。動かぬ山を動かす奇跡を起こすには、これしかない。
胡桃の言葉を聞き、二人はチラリを互いを見合う。そうして、アイコンタクトで通じ合いうんと頷けば。まずは麗海が口を開く。
「単刀直入に言うわ。私は、貴方をバンドに加えたい」
「……自信がなくて逃げるような人をかい?」
「それでもよ。私はこの繋がりを無駄にしたくない。その為ならなんだってしてみせる」
「初ライブで逃げるようなことがあったら?」
「逃がさない。私と桜子が自信を付けさせる」
ここを逃したら二度と"ロック"を奏でることはないという覚悟の表れ。
迷いと躊躇いのない返答は、その想いの強さを表している。答えを用意してきたはずもない。その言葉が本心であることの証明だった。
ここで必ず仲間に加えるという熱意は、それ以上を語らなくとも大いに胡桃に伝わっていた。
「貴方は"積んできた"側の人間でしょう? その実力が裏切ることはないわよ」
「……とりあえず、君の言いたい事は伝わった。そっちの君はどうやって説得するつもり?」
次いで、桜子に視線を合わせる。
「どれだけ心配だったしても、お客さんはみーんなボクを見てるんですから! 気にする必要なんかありませんよ!」
「……それが説得?」
「説得です!」
「……まあ、貴方らしくて良いと思うわよ?」
たった一言。説得にしては軽すぎる言葉。
麗海の言葉を受けた後だからというのもあるが、その言葉から重みを感じることはなかった。隣にいた麗海も、説得対象の胡桃でさえも。
ともかく、本人としては本気で行っている。"それだけが分かる"。
「……そっかあ」
そっかあ。
それだけを漏らして、ふふと胡桃が笑った。
――――バカらしくて?
いいや、違う。
――――それとも、ただ単に面白くて?
いいや、そんなはずはない。
麗海と桜子は、何も考えず、ただ自分たちの想いだけを伝えることに専念した。
無論、胡桃がそれを知ることは決してできない。二人がどんな気持ちで言葉を伝えようとしているのかは、胡桃には一切分からない。
(……でも、なぁ)
分かることが、一つだけある。
アレコレ考えず、ただ一つの事を意識して説得をしたが故に、胡桃に伝わった事がある。
たとえ。
たとえ、この先何が起こったとしても。
たとえ、自分が暗闇で彷徨うことになったとしても。
この二人は、必ず明るい光で自分を導いてくれる――――と。
自分に差し伸べられた手は、嘘偽りのないあたたかなものである――――と。
それだけは、確かに伝わっていたから。
それ以上は、何もいらなかった。
「……僕からは何も言わない。僕の音楽を聴いてみて、判断してくれればそれで良い、かな」
「ん! ボクの仲間になってくれるってことですね!」
「音は聞かせてないから、少しだけ待ってくれると嬉しいかな。年下の子にそこまで言われたらやるしかないからね」
「胡桃先輩……であってるのかしらね? 期待してるわよ」
「胡桃で良いよ。そこまで気にしてないから。……それで、そっちの娘は?」
「自己紹介がまだでしたね! ボクは宇羅羅 桜子です! 気軽にヨーコって呼んでくださいね!」
「そっか。よろしくね、桜子。声をかけてくれてありがとう」
ぬ、と。座っていた胡桃が、ゆっくりと立ち上がる。
胡桃にとっては人生の転機、ラストチャンスとも言える出来事だったのだから、感謝を述べるのは至極当然の話だろう。
それ故に、桜子に握手を求めた。対等な関係性で音楽を奏でる仲間になるための、契りの1つようなもののために。
しかし、だ。
「えっ」
「えっ?」
「デカ……!? ちょ、そんなに大きいカラダで気弱なんですか!?」
――――デカ過ぎんだろ……
――――いや、本当にデカ過ぎませんか?
それはそれとして。桜子の頭の中には、全くもって関係のない思考が駆け巡っていた。
一部異なる思考が混じっていた気もしなくもないが、まあそれはとりあえず一旦傍に置いておいて。
自分に自信がないと言っていた男が、いざ立ち上がって見れば自分よりも頭2つ分は大きいのだ。何故そんなに大きな体で自信に満ち溢れていないのか、と。桜子からすれば、疑問でしかないのである。
「体の大きさと心の強さは比例しないよ。なんかごめんね」
「比例しないならボクに身長を分けてください! いらないですよね!?」
「桜子は小さくくても素敵だと思うわよ?」
「それは百も承知です! こんなにちっちゃくてカワイイのはこの世にボクだけしかいません!」
「そこはちゃんと自認してるんだ……」
「そこはちゃんと自認できてるのよ、この娘」
胡桃の手を握ってぶんぶんと振り回しながら、桜子は不満をぶーぶーと垂れる。
身長がコンプレックスだという人も世にはたくさんいる。特に、平均身長を優に下回っている桜子なら尚更その気が強くてもなんらおかしくはない
麗海も、胡桃も、低身長故のコンプレックスを抱いているわけでもなかったものだから、絶妙にその点には触れにくかった。どう取り繕ってどう期限を良くしようか、と考える他なかった。
「その。……桜子は、今のままでもかわいいと思うわよ?」
「それはそうです! それでもカワイイをこれ以上詰め込むには限界なんですよ! このカラダ!」
「そこ?」
「そこ、って。麗海は理解できてるの?」
「……あんまりね」
「……あんまりなんだ」
――――カワイイを詰め込むってなんだよ。
宇宙に誘われて困惑している猫のように、自分の理解力を越えた出来事に遭遇して呆けた顔をしている二人を横目に、桜子は独自の理論――――"カワイイ保存の法則"を語り続ける。
「ボクのこのキュートなカラダが後30cmデカければ、カワイイの容量もその分増えるというのに! メモリの無駄遣いじゃないですか! 罪ですよ! 罪!」
「その分、カワイイの総量は増えるの?」
「増えるんじゃないかしら?」
「……増えるのかな?」
「……増えるのよ、きっと」
「……増えるのかなあ」
これ以上に振り回される未来を予知し、二人はやれやれと頭を抱える。
だが。それでも、この手を取ったことに対する後悔は一つもなかった。
そうして、それとはまた別で。二人は、一つ思うことになる。
――――心から笑ったのは、何時ぶりなんだろうなあ。
と。そう思い、苦笑するのだった。