異世界から帰ってきたと思ったら火星。   作:第616特別情報大隊

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バイバイ、異世界

……………………

 

 ──バイバイ、異世界

 

 

 青白い炎を帯びた剣が振るわれ、魔王バロールに致命傷を与えた。

 

「ぐう……っ! おのれ、勇者め……!」

 

 魔王バロールが憎悪に満ちた視線を向けるのは、他ならぬ勇者である。

 

 勇者──魔王が代表する邪悪を討つもの。

 

「覚悟しろ、バロール」

 

 勇者“七海(ななみ)将人(まさと)”は異世界人だ。

 

 彼は5年前に異世界から召喚され、この世界で魔王を討つために戦ってきた。

 

 炎の魔剣“加具土命”を操り、炎の精霊イグニスを使役する様は、まさにこの世界を救うために現れた勇者そのものであった。

 

「私を討とうとも貴様には決して平穏は訪れない! 呪われろ、勇者よ!」

 

「うるせえ。黙って死ね!」

 

 八つ当たりとでもいうべきか、魔王バロールは“加具土命”に貫かれ、内部から炎上させられた。松明のようになった魔王バロールはそのまま息絶え、邪悪な魂もろともこの世から消滅したのだった。

 

「勝った……! くそう、やっとだぞ……! 5年……! もう絶対に戻ってこない俺の青春の5年間……!」

 

 七海は今年で22歳。

 

 2020年に17歳で異世界に呼ばれた。

 

 小説などの創作物ではこの手の勇者として召喚されるのは、七海ぐらいの年齢が定番と言えど、呼ばれた方はたまったもんじゃない。

 

 文化がまるで違う場所で強制的に暮らすように強いられ、さらには魔王を倒すための鉄砲玉である。これに不満を抱かなくて何に不満を抱けと言うのか。

 

「ついに魔王を討たれたのですね、勇者様!」

 

 しかし、それもここまで。魔王さえ倒せば七海がここにいる理由はないのだ。

 

「おうおう。約束は果たしたぞ、姫様。俺を元の世界に帰してもらおうか」

 

 先ほどの勇者ヅラもどこへやら。七海はチンピラめいてドレスと鎧が合わさったようなファンタジーな装備を身に着けている麗しい──が、やや年齢が七海より……いや、割とぐっと七海より年上の女性に要求する。

 

「もちろんです、勇者様。この世界を救ってくださり、ありがとうございます。ですが、まずは王都で戦勝を祝したパレードを……」

 

「ノーッッ! 絶対にノーッッ! 俺を一分一秒でも早く元の世界に戻してくれ!」

 

 七海の戦いを見届けた王女が言うのに、七海が叫ぶ。

 

 七海は5年間待ったのだ。もうこれ以上は待てない。

 

 元の世界に帰ってラーメンが食べたい。中身は何でもいいからおにぎりが食べたい。インターネットで馬鹿みたいな動画が見たい。SNSで話題になっているものを知りたい。ファンタジーじゃないゲームがしたい。あの気になっていた漫画の続きが読みたい。

 

 と言うように、やりたいことは山のようにあるのだ。

 

「わ、分かりました。せめてお礼の品を受け取ってください」

 

「ふーっ。オーケー、オーケー。いただくよ、姫様」

 

「これを。お守りです。呪いから身を守る効果があると言われています」

 

 王女はそう言って身に着けていたネックレスを七海の首に下げた。

 

「では、幸運を、勇者様。あなたの戦いは私たちが必ず語り継ぎます!」

 

 七海の視野が暗転し、彼は浮遊感に襲われた。

 

 召喚されたときもこうだったので驚きはしない七海であったが、次に起きたことには困惑しなければならなかった。

 

「……ここどこ?」

 

 戻ってきたのは、見たことのない場所だった。

 

 なんだか近未来チックな光景が広がっている。

 

 どこまで高く伸びるビルに空を飛ぶ車のようなもの。それに加えて極彩色でカラフルなホログラムがあちこちに広がっており、七海が修学旅行で見た東京のネオンの倍以上はけばけばしい。

 

「そ、空飛ぶ車……? ええ……?」

 

 七海は全く事態が呑み込めず、もう少し周囲を見渡す。

 

 遠くに赤い山が見えた。七海の故郷は熊本で、山に囲まれた場所だったが、そんな山だけに恵まれた辺鄙な田舎の熊本にだって赤い山なんてなかった。

 

 やがて重低音の何かの音が聞こえてきたかと思うと……。

 

「う、宇宙船!?」

 

 そう、宇宙船だ。巨大な宇宙船。

 

 それも七海がいた時代とは明らかに異なる洗練されたデザインで、SF映画に出てくるような存在だ。それがゆっくりと海底から浮上する潜水艦のように、重低音の音を響かせながら宇宙に向けて出発していた。

 

「おいおいおい。あの姫様、俺をどこに送ってくれたんだ!?」

 

 七海がうろたえる中でホログラムに七海にも読める文字が流れてきた。懐かしき日本語の表示だ。すぐさま七海はその方向を向く。

 

『──スリースター・ダイヤモンド社は火星=地球間の旅客事業再開に向けて、火星当局との話し合いに入り──』

 

 か、火星……火星だ……。これはもう火星に決定だ……。

 

 いや。もしかしたら、そういうテーマパークの可能性も。と七海は思ったが、さっきの宇宙船がその甘い考えを思いっきり否定してくる。あれはテーマパークで準備できるものではなかった。

 

「じゃあ、何だ? ここは未来の火星だってか。マジかよ、クソ!」

 

 どうやら本当にここは未来の火星のようだ。

 

 周囲を行き来する人は未来によくあるぴっちりした服など来ておらず、普通のスーツだったり、ジャージだったりする。一部のデザインは未来的で、七海がいたときのファッションではなかった。

 

 だが、よく見るとどうもこの付近は通りに異臭を放つゴミが散らばっていたり、落書きがあちこちにあったりと治安が悪そう。待ちゆく人々も七海などに目を留めず、足早にこの地区を去ろうとしていた。

 

「で、さらに火星のスラムってか! はははははっ! 最高だぜ!」

 

 もう七海はひとりで笑うぐらいしかできることがない。人々はそれを白い目で見て、関わり合いになるまいと決意したかのように立ち去っていく。

 

 そこで悲鳴が聞こえた。同時に銃声も。

 

「ああん?」

 

 七海が今度は何だとばかりに苛立った様子で銃声の方向を見ると、若い女性が男たちと銃撃戦を繰り広げていた。

 

 女性は20代前半ほどで背丈はさほどではないが、すらりとしている。そして、七海が昔、雑誌で見たようなPMSCファッションだ。民間軍事会社(PMSC)のコントラクターのような装備ということ。

 

 黒いポロシャツ、ジーンズ。その上からプロテクターやプレートキャリア、チェストリグを装備している。だが、手に持っている武器は見たことがないようなもので、どこの国のものかも不明だが、女性には大きそうだ。

 

 その女性と撃ち合っているのはいかにもなチンピラ集団。顔を隠すようにスマイリーなホログラムを浮かべており、プロテクターもプレートキャリアもなし。それこそジャージと銃だけで女性と撃ちあっている。それが6、7人だ。

 

「んんー?」

 

 事情がさっぱり分からない。

 

 ここで『下手に顔を突っ込むと両方からハチの巣にされたり、警察の厄介なるぞ!』という声も七海の中であれば、それとは別に『多勢に無勢の女性の方に味方すべきだ!』という声もある。天使と悪魔というより、悪魔と別の悪魔のささやきだ。

 

「よし。女の子に味方しよう」

 

 それに女性は可愛かった。

 

 地球に戻れたと思ったら未来な上に火星のスラムという状況での決断としては、割と冷静な判断だったといえるかもしれない。

 

「そこのお姉ちゃん! 義によって加勢する!」

 

 七海はそう言って魔剣“加具土命”を手にして戦闘に乱入した。

 

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