異世界から帰ってきたと思ったら火星。   作:第616特別情報大隊

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野良犬狩り

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 ──野良犬狩り

 

 

 七海たちは“ウィザーズ”というチーム結成後、スカーフェイスから最初の仕事(ビズ)を受けに向かった。

 

 待ち合わせ場所はいつものようにキュリオシティだ。

 

「おや。結局、こいつらの仲間になったのか、李麗華?」

 

 スカーフェイスは李麗華が七海たちに同行しているのを見てそう言う。

 

「まあね。悪くなさそうだから」

 

「俺としても優秀なハッカーが傭兵の支援をしてくれるのは助かる。座るといい」

 

 李麗華は軽くそう返し、スカーフェイスが席を進めた。

 

「スカーフェイス。仕事(ビズ)があるって連絡もらったんだけど」

 

「ああ。仕事(ビズ)はあるぞ。お前たち向きのやつがな」

 

 七海が尋ね、スカーフェイスは小さく笑った。

 

「教えてくれ」

 

「オーケー。前に依頼した仕事(ビズ)のことは覚えているか? レッドスターからサイバーウェアを強奪(スナッチ)した仕事(ビズ)だ」

 

「覚えている。それと関係あるのか?」

 

「まさに。今回依頼したいのは殺しだ」

 

 スカーフェイスはストレートのウィスキーを片手にそう言う。

 

「レッドスターが以前に目標になったブツを手に入れた経緯が分かってきた。本来、あのブツはスコーピオンズに渡るはずだったんだが、それをハッキングで情報を盗み取り、レッドスターに強奪(スナッチ)させたやつがいる」

 

「スコーピオンズってのはギャングだったよな?」

 

「元軍人の集まりだ。不良軍人ばかりとは言えど、エリジウムのギャングの中ではもっとも戦闘力が高いやつらだといえる」

 

 スコーピオンズは以前アドラーから説明を受けた元軍人たちのギャングだ。

 

「ちなみにスコーピオンズはレッドスターが壊滅したことに喜んでいるクライアントのひとつだ。スコーピオンズはレッドスターが壊滅したことで、ヴァレンティン・グルシュコ地区に勢力を拡大しているからな」

 

「へえ。それはいいことを聞いた」

 

「ひとつのギャングが潰れれば、他が伸びる。そういうことだからな」

 

 レッドスターが大打撃を受けたことで火星首都エリジウムにおけるギャングの勢力図は変化しつつあるそうだ。

 

「さて、そのハッキングを行った人間にスコーピオンズは()()をしたいそうだ。わざわざ手間かけさせてくれたことへの()()だってな」

 

「なるほどね。お礼に首を刎ね飛ばして差し上げますってか」

 

「そういうことだ。しかし、ことはシンプルじゃない」

 

「というと?」

 

 スカーフェイスが続けるのに七海たちが怪訝そうな顔をする。

 

「このハッカーは地球企業に火星の情報を売ろうしているらしい。そいつを強奪(スナッチ)して、食い止めることも求められている。というより、スコーピオンズとしてはそっちがメインだろうな」

 

「どんな情報なんだ?」

 

「そこまでは聞いてない。ただ価値のある情報だとしか」

 

「どうも変な話になりそうだな……」

 

 報復は理由がシンプルだが、正体不明の情報の強奪(スナッチ)というのはあまりシンプルではない。

 

 どんな利権がそこに絡んできているか。それによっては面倒ごとになる。

 

「やるか、やらないか。お前たちがやらないなら他に回すだけだ」

 

「いや。受けるよ。危ない仕事(ビズ)かもしれないが、今は金が欲しい」

 

「オーケー。詳細の情報を渡しておく。役立ててくれ」

 

 七海はそう言い、スカーフェイスは七海のARデバイスに情報を送信。

 

「ハッカーの名前は“キャッチ=22”? これ、本名なのか?」

 

「んなわけないだろ。ハンドルネームだよ。本名が分かるようならば、お前たちに依頼せずスコーピオンズが自分で始末している」

 

「ってことは、このふざけた名前のハッカーの本名から特定するわけだ」

 

「そういうことだ。期限は情報が地球企業に渡されるまで。誰も火星の重要な情報が、地球企業のハイエナどもに奪われるのは望んでいない」

 

「あいよ。励みましょう」

 

 七海はそう言ってアドラーたちを連れてキュリオシティを出た。

 

「さてさて。ハッカーをまずは探さないとな。話はそれから」

 

「ねえ。そのハッカーは間違いなくキャッチ=22って名前?」

 

「そう書いてあるけど? 知り合いだったりするのか?」

 

 李麗華が尋ねてくるのに七海がそう尋ね返す。

 

「昔、とある電子掲示板(BBS)でやりあった仲ってところかな。そこまで深い関係じゃないけど、絶対に好きとは言えない関係」

 

「罵り合ったむかつく相手ってことか。となると、こいつについての情報は多少はあるのか?」

 

「少しだけね。昔の情報だから更新しないと仕事(ビズ)には使えない」

 

「いいニュースだ」

 

 李麗華の言葉に七海が頷く。

 

「じゃあ、李麗華はインターネットでそのハッカーを探してくれ」

 

「インターネット? 今はマトリクスっていうんだよ、おじいちゃん」

 

「悪かったな。でも、インターネットとマトリクスってどう違うんだ?」

 

 七海が疑問に思ったことを尋ねる。

 

「インターネットが可視化されたのがマトリクス。それだけ分かっていればいいよ」

 

「了解。で、あんたがマトリクスとやらで探している間に、俺とアドラーは地道に足で情報を探しておくよ」

 

 李麗華がシンプルそうにマトリクスについて告げ、七海はアドラーの方を向いた。

 

「そうだな。使えそうな情報屋をさがしておかないとな。これからこの手の仕事(ビズ)をやるならば、私たちに必要なのは裏社会とのコネだ」

 

「そ。俺もいい加減に火星の裏社会での暮らしを受け止めないと」

 

 李麗華にマトリクスでの情報収集を任せている間に、七海とアドラーは情報屋などの裏社会との繋がりを構築し、今回の仕事(ビズ)だけでなく、今後の仕事(ビズ)にも備えることにした。

 

「決まりだね。何か分かったら逐次そっちに報告するよー」

 

「ああ。頼りにしてるぜ、ハッカー」

 

 七海たちと李麗華は彼女の暮らす貧困層向けマンションの前で別れ、七海たちはそのままオポチュニティ地区のさらに治安の悪い場所に向かった。

 

 李麗華は自室に戻ると、早速端末にBCI接続。

 

 次の瞬間、彼女はマトリクスにいた。

 

 マトリクス。可視化された情報ネットワーク。

 

 それは無数の情報を示す光の点で満ちており、それらの光が集まって銀河のように無数のネットワークを形成していた。

 

 マトリクス上では李麗華はアニメキャラの姿をしている。とあるドタバタ学園もののアニメに出て来るサブキャラの恰好で、これがマトリクス上で活動する李麗華のアバターであった。

 

「さーて。こういう時に向かうのは……」

 

 李麗華が火星のマトリクスを見渡す。

 

 恐ろしく巨大に聳えるのは企業連合のネットワークで、それに次いで火星政府及び火星統合軍のネットワークが巨大なビルのようにして存在している。

 

 だが、今はそれらに用事はない。

 

「BAR.黒猫」

 

 BAR.黒猫は火星のマトリクス上に位置する電子掲示板(BBS)だ。

 

 完全な会員制であり優れたハッカーが招待される、ということになっている。だが、実際にはそこまで大したことのないハッカーも住み着いているのが現状だ。

 

 だが、情報の精度に関しては無数にある電子掲示板(BBS)の中でも随一。

 

 もちろん李麗華もBAR.黒猫の会員だ。

 

 彼女はログインすると、BAR.黒猫の中に入った。

 

 BAR.黒猫は少しばかり洒落たところだった。

 

 2050年代の大衆酒場をモチーフにした落ち着いたデザイン。テーブルや椅子は現実にはもうほとんど存在しない天然の材木をマトリクスで感じられるように、現物を触った記憶データを採取したと言われている。

 

 そのテーブルひとつひとつがトピックになっている。トピックで行われている話に加わりたければ、テーブルに近づいて椅子に腰かければいい。

 

 カウンター席は雑談スペースでハッカーたちが個人的な情報をやり取りしている。

 

「よう、シュリーマン。今日もオカルトネタ探してるのか?」

 

 李麗華がそんなBAR.黒猫を見渡しているときに、昔の映画に出て来る殺し屋のアバターをした男が声をかけてきた。

 

「フォックスロット。残念でした。今日は違う用事だよ」

 

 李麗華がそれにそう返す。シュリーマンというのは李麗華のハンドルネームだ。

 

 またフォックスロットというのもハンドルネームで、この殺し屋のアバターの男性のもの。そして、このフォックスロットはBAR.黒猫の古株であった。

 

「何かの仕事(ビズ)か?」

 

「まーね。最近、キャッチ=22を見なかった?」

 

「キャッチ=22? また喧嘩しているのか?」

 

「やだな。またも何も2年前にやりあったのを最後に、彼にはずっと会ってないよ。で、知ってるの? 知らないの?」

 

 フォックスロットが険しい顔をするのに李麗華はそう問いを重ねる。

 

「3、4日前に見かけた気がするな。ここに来たのは久しぶりみたいだったから覚えている。だが、それ以降はもう見かけてない」

 

「どこら辺で見かけた?」

 

「宇宙海賊に関するトピックだ。で、俺も聞きたいことがあるんだが」

 

 李麗華の質問に答えたのちにフォックスロットが李麗華を見つめる。

 

「火星歴史博物館が誰かによって襲撃されたらしい。心当たりは?」

 

「あたしが少なからずかかわっているとだけ」

 

「ふうん。何かお宝目当てか?」

 

「それこそオカルトネタを仕入れにね」

 

「懲りないやつだ」

 

 李麗華がオカルトネタ──古代火星文明云々に関して調べ回っている変人だということは、BAR.黒猫の住民のほとんどが知っていた。

 

 彼女はそのオカルト好きのせいでトラブルを起こしたことは多々あるが、その悪評を上回る技術力によって大勢に認められている。

 

「今度、何があったか聞かせろよ」

 

「オーケー。今度ね」

 

 李麗華はフォックスロットに別れを告げて、宇宙海賊のトピックを探す。検索を行えばいくつかの宇宙海賊のトピックがヒットした。

 

「ふんふん。“伝説の宇宙海賊キャプテン・ムラカミについて語る”と“最新の火星軌道事情”、“地球の玩具が欲しい人が集まるトピック”などなどか」

 

 それから李麗華はキャッチ=22が出入りしたトピックを検索エージェントで探す。

 

 ヒット。“火星=地球貿易について話そう”というトピックだ。

 

 今もトピックには人がいて、話に盛り上がっている様子。李麗華はそのトピックにあるテーブルの椅子に座った。

 

 すると一気にテーブルが拡大し、列席しているアバターたちの映像が広がる。

 

「──だからさ。火星政府は地球製品の禁輸処置を改めるとしても、滅茶苦茶高い関税をかけて事実上シャットアウトするに決まっているさ。火星にとって最悪のシナリオは、地球の経済的植民地にされることだからな」

 

 そう語るDJ風のアバターがまずトピックに入ってきた李麗華の目に留まる。

 

「地球製品を永遠にシャットアウトしてれば、火星が経済的に自立するってか? そいうのいは自立じゃなくて孤立っていうだぜ」

 

「火星が火星だけでやっていけるって示せれば、地球企業だって多少は遠慮するんじゃないか? 遠慮するというか、足元を見れなくなるというべきか」

 

 今の話は宇宙海賊とは関係なさそうなので、過去ログを李麗華が漁る。

 

 すると過去ログでは宇宙海賊についての話題があった。

 

『手っ取り早く地球の品が欲しければ海賊を頼るしかないな。連中は密輸入のプロだよ。そして、大抵の海賊どもは地球の犯罪組織に繋がっていて、どんな品だろうが手に入れてくれる』

 

『それで定価の5倍、10倍の額を払わなきゃならんわけだ。やれやれ!』

 

 今とは違う様々なアバターの男女が宇宙海賊について話していた。そのログで再生される光景を李麗華は慎重に見つめる。

 

『宇宙海賊って仕事(ビズ)が成り立つのは、今の状況があってこそだよな。火星と地球の冷戦とブロック経済化。だから、密輸入業者である宇宙海賊が大手を振るっている。だろ?』

 

『そうでなくとも連中は稼いでたぜ。火星=地球間の貿易がまだ存在したころには、その貿易路を襲撃して品物を盗んでいた。それがなくなったから、今の仕事(ビズ)の形に帰結したってのが正しいだろ』

 

『生命は道を探すし、悪党も道を探すってな』

 

 宇宙海賊というのは火星入植後に発生した犯罪者集団だ。彼らは密輸入やハイジャック、誘拐など様々な犯罪に手を染めている。

 

『宇宙が広いからな。まさにブルーオーシャンだ』

 

『かつての地球にいた海賊たちは、海の広大さに地球の司法と行政が負けているのに目を付けた。そして、宇宙海賊たちも宇宙の広さに我らが火星統合軍を始めとする司法と行政が負けているのに目を付けた、と』

 

 ここで李麗華が目を付けるべき発言が出てきた。

 

『なあ、ここにいる人間で実際に宇宙海賊に仕事(ビズ)を頼んだ人間は?』

 

 そう発言したのがキャッチ=22だ。

 

 キャッチ=22は第二次世界大戦中のアメリカ陸軍航空隊の軍服姿をした中年男性のアバターで、それは彼のハンドルネームの由来である小説の登場人物だ。

 

『あるぞ。とあるブツを仕入れるのにな』

 

 そう答えるのは2030年代のファッションモデルのアバターをした女性。

 

『信頼できる相手だったか?』

 

『まあ、荷物は届いた。それだけだ』

 

『その宇宙海賊の名前を聞いても?』

 

『あんた、警察じゃないだろうな?』

 

『違うよ。俺の仕事(ビズ)の参考にしたいだけだ』

 

 ほうほう。我らがキャッチ=22君は宇宙海賊を頼るような仕事(ビズ)をやっている、というわけだ。そう李麗華が内心で考える。

 

『ポセイドンって宇宙海賊だ。参考になるか?』

 

『ああ。助かる』

 

 そう言ってキャッチ=22は消えた。

 

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