異世界から帰ってきたと思ったら火星。   作:第616特別情報大隊

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亡命//情報収集

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 ──亡命//情報収集

 

 

 七海たちはジェーン・ドウから仕事(ビズ)を受けたのちに、李麗華のマンションに向かった。仕事(ビズ)について情報を共有するためだ。

 

「受けたんだ。企業の仕事(ビズ)

 

「だって50万ノヴァだぜ? 大金だぞ」

 

 李麗華が困った様子で言うのに七海がそう主張した。

 

「まあ、いいけど。で、仕事(ビズ)の具体的な内容は?」

 

「メティス・メディカルの技術者エーミール・ハイデッガーの引き抜き。ジェーン・ドウからは企業亡命案件だと聞いている」

 

「企業亡命か。それも前の仕事(ビズ)で出てきた人物を」

 

「繋がりがあると思うか?」

 

「あるだろうねえ」

 

 前の仕事(ビズ)──ハッカーと宇宙海賊からデータを奪うという仕事(ビズ)では、結局は七海たちもハッカーがどんな情報を送信しようとしていたのか、完全にはつかめていなかった。

 

「で、向こうから計画の指示はあったの?」

 

「情報提供だけで、計画はこっちに任せるとさ。だけど、狙うとしたら目標が火星に来る時しかない。ハイデッガー博士は火星の軌道衛星都市で開かれるシンポジウムに参加するために火星を訪れる」

 

「オーケー。まずはそのシンポジウムについて調べてみよう。それから作戦立案の参考になりそうな情報を集めるよ」

 

「こっちも情報屋を当たったりしてみる」

 

「まだマトリクスにダイブする気にはならない?」

 

「まだ事情がさっぱりだからな。いきなり仕事(ビズ)の本番で潜ろうって気には」

 

「そっか。いつでもマトリクスの案内はしてあげるから言ってね」

 

「ありがとな」

 

 李麗華が悪戯げな笑みを浮かべて言うのに七海も笑った。

 

「じゃあ、それぞれ行動開始だ。ぬからずやろうぜ」

 

「おー!」

 

 そして、七海たちウィザーズは行動開始。

 

 七海は李麗華から受け取ったワイヤレスサイバーデッキを身に着けて、アドラーとともにオポチュニティ地区の裏道を目指す。

 

「おお。すげえな。ARでも凄いと思ったけど、マトリクスに接続していると、これは何というか……。見える世界が違う、とでもいうべきかね……」

 

 七海の身に着けているワイヤレスサイバーデッキは火星の人類生存圏に張り巡らされたマトリクスに自動的に接続している。

 

 七海がスラムで銃を構えた軍服の人間に目を向ければ、それが民間軍事会社(PMSC)のコントラクターなのか、それともコスプレしたギャングなのかをすぐに明らかにしてくれる。

 

 他にも自動販売機の案内であったり、道路の込み具合であったり、あるいは今いる場所の身の安全や健康に関する警告をリアルタイムで受け取れるのだ。それは七海がBCI手術を受けず、生身のままならば見えないもの。

 

 そう、見える世界が違った。本来ならば見えない情報が見える。

 

「マトリクスを第二の現実(リアル)と呼ぶ人間もいる。人類が人工的に作った新しい世界であると」

 

 アドラーは驚く七海に向けてそう語った。

 

「それには同意していいかもな。確かにこれは現実(リアル)の延長というより、新しい現実(リアル)だぜ」

 

 七海もそんなアドラーの意見に同意して見せる。

 

「さて、七海。マトリクスに接続する楽しみを本格的に体験する前に、仕事(ビズ)の方を済ませるとしよう。今回もスプートニクを当たる」

 

「オーケー。異論はないよ。まだ他の情報屋を知らないしな」

 

「いずれは情報屋も増やすべきだろうが、今は仕方ない」

 

 一流の仕事には一流の情報がいる。情報はどんな仕事(ビズ)でも必須だ。

 

 七海たちは以前のように情報屋のスプートニクに会いに酒場に入った。

 

「よう、スプートニク。景気はどうだい?」

 

「よくもないし、悪くもない。ほどほどだ」

 

 七海がスプートニクのテーブルに加わるのに、スプートニクがそう言って工業合成された質の悪いアルコールを口に運ぶ。

 

「それぐらいがいいのかもな。で、仕事(ビズ)の話なんだが」

 

「聞こうか」

 

「エーミール・ハイデッガーって技術者が火星に来る。オービタルシティ・ドーンで開かれるシンポジウムに参加するために。その情報が欲しい」

 

 七海はそう情報提供を求めた。

 

「その情報なら高くつくぞ。8000ノヴァだ」

 

「オーケー。払うよ」

 

 七海はスプートニクの端末に8000ノヴァを送信。

 

「こいつは一見するとただの学術シンポジウムに見えるが、扱ってる話題がやばいって評判になっている。このハイデッガーってメティスの学者はある意味では電子ドラッグの専門家だからだ」

 

 スプートニクが声を落として語る。

 

「で、このシンポジウムでは最新の電子向精神薬の原理が発表されるらしい。もし、そいつを手に入れられれば、ドラッグカルテルは大金を払ってそいつを購入するだろう。最新の精神医学で作られた代物だからな」

 

「へえ。だから、やばいって評判なのか」

 

「ああ。昔のオールドドラッグと違って電子ドラッグは合成が容易だ。技術さえ手に入れて、そこそこのプログラマを雇えば出来上がる。そして、大金でそいつを売りさばくことができるんだ」

 

「その技術がシンポジウムで公開される。じゃあ、普通に出席すればよくないか? そうすれば最新技術をゲットだ」

 

「できるわけねえだろ。シンポジウムに出席できるのは招かれた技術者と研究者だけだ。つまりは地球のメガコーポと火星のメガコーポの連中だけ。カルテルの息のかかっているような人間に招待状は届いてない」

 

「そうだよな。そこまで簡単なら誰も苦労しないか」

 

「ああ。だからこそ、カルテルも、他の犯罪者どもも、どうやってかシンポジウムの情報を引き出そうと必死だ。俺のところにも何度もその手の連中が来て、いろいろと聞き出そうとしてきた」

 

「教えたのか?」

 

「金さえ払ってもらえば情報は誰にでも売る」

 

 俺は情報屋で食ってるんだぜとスプートニク。

 

「なら、他に教えてくれることは?」

 

「シンポジウムには実際にハイデッガーの技術を使った次世代電子向精神薬が展示されるらしい。どんなクソ塗れの悲惨な状態でも天国のように幸せな気分になれるっていう電子ドラッグ“G-APP”」

 

「そいつはまた地球からえらいものを持ち込むんだな。どうぞ狙ってくださいって言ってるようなものじゃないか」

 

「間違いなく複数の強奪計画が動いているだろうな。そういうお前たちも狙いはこのG-APPじゃないのか?」

 

「秘密だ。下手な人間に伝えてクライアントを怒らせたくない」

 

「そうだな。俺も下手に関わりたくない」

 

 知らなくていいことは人生に多々あるものだとスプートニクは言って、七海を問い詰めるようなことはしなかった。

 

「それじゃあ、情報ありがとな。またよろしく頼むぜ」

 

「あんたらに幸運がありますように」

 

 七海はそうスプートニクに礼を言って酒場を出た。

 

「どう思う、アドラー? 俺はG-APPってのは陽動だと思うが」

 

「ハイデッガー本人が引き抜きに同意しているというジェーン・ドウの情報が正しいならば、自分よりそっちに警備が割かれるようにしたと考えて間違いないだろう。お前の言う通り、一種の陽動だ」

 

「だよな。そうでなきゃ、わざわざ電子ドラッグなんて運んでこないだろう」

 

 ハイデッガーが持ち込んだG-APPという電子向精神薬は、ハイデッガー自身の逃亡を助けるための囮だ。そう七海たちは判断した。

 

「このことは覚えておこう。私たちの作戦に使えるかもしれない」

 

「そうだな。向こうが準備してくれただろう囮だ。上手く使いたい」

 

 七海たちはそう言葉を交わして、オポチュニティ地区の薄汚れた通りを去った。

 

 場が(フリップ)する。

 

 七海たちがスプートニクから情報を得ている間に李麗華も動いていた。

 

「オービタルシティ・ドーンの警備は滅茶苦茶厳重だねー」

 

 彼女もシンポジウムの内容とそこで展示されるG-APPの情報を手に入れ、さらにシンポジウムが開かれる軌道衛星都市の情報も並行して調べていた。

 

 それからエーミール・ハイデッガー本人についても。

 

 それを調べているのはBAR.黒猫である。

 

「よう、シュリーマン。ハイデッガーについて調べているのか?」

 

 そう言って現れたのは以前もシュリーマン──李麗華に声をかけてきた殺し屋のアバターをした男フォックスロットだ。

 

「まーね。ちょっとばかり気になって」

 

「まさかお前もオービタルシティ・ドーン襲撃に加わるんじゃないだろうな?」

 

「G-APP狙いで? 違う、違う」

 

「そうか。まあ、ドラッグカルテルはG-APPに懸賞金をかけている。こいつを上手く奪ってくれば150万ノヴァだとさ。どのハッカーや傭兵どもも血眼になって警備に隙がないかを調べている」

 

「君自身はどうなのさ? 興味ないの?」

 

「ないといえば嘘になるが、正直今のドーンに突っ込むのは自殺も同義だぜ。ウォッチャーの連中は戦闘艦も配備している。それに加えてハイデッガーの警備もがっちりだろうしな。疑わしきは撃ての原理で動いている連中がわんさかだ」

 

 フォックスロットが言うように軌道衛星都市の周囲には既にウォッチャー・インターナショナル所属の戦闘艦が配備されており、それに加えて当日には地球からも民間軍事会社(PMSC)の部隊が配備される。

 

 まともに突っ込めばハチの巣にされても文句は言えない。

 

「やれやれハイデッガー博士ってのは有名人みたいだね」

 

「そりゃな。今、地球でも火星でも流行している電子ドラッグ“Spyder”の元となる技術を開発したのが、他でもないハイデッガーだ。こいつは既にドラッグカルテルの巨万の富をもたらした」

 

「でも、彼はそこから研究方針を変えた。でしょ?」

 

「そうだな。罪の懺悔のつもりかは知らないが、電子ドラッグや過剰な脳へのインプラントで変性した精神を回復させるための技術開発、だったか」

 

「そう。人格回復って言われる技術だね。生前のデータから人格を解析して、それに従って変性した人格を回復させる」

 

 人格回復と言われる技術をハイデッガーが研究していることも、李麗華は突き止めていた。彼は電子ドラッグを作る技術から、電子ドラッグの影響を受けた精神を元に戻す技術に研究をシフトさせていた。

 

「生前のデータってのがみそだな。全人類がほぼBCI手術を受けて、マトリクスに何らかのデータを残すようになったからこそ実現できたというか」

 

「だね。今日日、マトリクスを通じて自分の人物像(プロファイル)に関わるデータを情報保全企業(インフォセック)にバックアップしてない人間はいないし。昔みたいに夢や日記から人格を想像する心理学とは違う」

 

「フロイトもユングも今になっては中世の錬金術みたいな扱いだもんな」

 

 今では脳科学が徹底して解明されたことで、以前は経験論的にやるしかなかったものが、きちんとしたデータに基づいて行えるようになっている。

 

「錬金術だって科学の基礎は作ったさ。それよりハイデッガーについて一緒に調べない? 恐らくはシンポジウムは平和裏に終わらないだろうしさ。絶対にここでトピックが立って『ハイデッガーってどんなやつだ?』って話になるよ」

 

「興味あり、だな。付き合おう」

 

「そうでなくっちゃ。まずはハイデッガーをキーワードに過去ログを漁っているんだけど。何かいいワードはあるかな?」

 

「思いつかないな。やつはメティスの技術者だから、情報は隠蔽されているだろうし、地道にエーミール・ハイデッガーで検索するしかないんじゃないか? 今、俺も検索エージェントは走らせ始めたところだ」

 

「オーケー。じゃあ、過去ログを見てみよう」

 

 李麗華がそう言い、BAR.黒猫のジュークボックスの形をした過去ログ保存庫から、エーミール・ハイデッガーについての情報が検索される。

 

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