異世界から帰ってきたと思ったら火星。   作:第616特別情報大隊

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亡命//スナッチ

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 ──亡命//スナッチ

 

 

 李麗華とアドラーは目標であったシンポジウムの招待客リストを無事に入手。

 

 彼女たちはマトリクスから現実(リアル)に戻った。

 

「おや。七海がまだマトリクスに潜ってる」

 

「起こそう。仕事(ビズ)の話をしないといけない」

 

 李麗華がマトリクスに潜ったままの七海を見るとアドラーが七海にマトリクス経由で連絡を送る。すぐに起きろ、と。

 

「おお。リスト、手に入ったのか?」

 

「ああ。お前は何を見ていたんだ?」

 

「無料の動画。今のVRの動画ってすげーのな」

 

 アドラーが尋ねるのに七海がやや興奮した様子でそう言う。

 

「なになに? エッチなVRでも見てた?」

 

「女友達の家でエロ動画見るほど俺は肝は座ってないよ。普通の火星の景色とか宇宙空間とかのVR。あとは地球の光景を映したVRかな。懐かしい光景もあったし」

 

 李麗華が茶化すのに七海が不服そうにそう述べた。

 

「そう言えば地球の出身だったよね、七海は」

 

「ああ。自由の女神とかエッフェル塔とかはそのままだったんだけど、日本はかなり変わったみたいだな。皇居はそのままだったけど、スカイツリーも東京タワーもないの。老朽化したから取り壊したのかね」

 

 七海がそう言うのに李麗華とアドラーが顔を見合わせた。

 

「七海。2020年から来たお前には分からないかもしれないが、地球では2035年に九大同時環太平洋地震(ナイン・リング・ファイア)というとても大きな地震があってな。それによって日本も甚大な被害を受けたんだ」

 

「え。つまり、全部地震でぶっ壊れたからないってことか……?」

 

「そうなる。既に復興自体は終わっているが、お前の知っている光景は日本にはあまり残っていないかもしれない」

 

「そうか……」

 

 七海は彼が知らなかった地震が起きた結果、日本で知った光景が既に消えてしまったことをすぐには受け入れられなかった。どこか地球に戻れば、またかつての日々に戻れるのではないかという気持ちがあった。

 

「ま、いいさ。日本が変わっていようと、まずは地球に行けるようにビッグにならないとな。で、次の仕事(ビズ)は何だ?」

 

「招待客リストは手に入ったから、この中から成り代われそうな人間を探す」

 

「オーケー。早速やろうぜ。シンポジウムまで時間はないだろ」

 

「シンポジウムの開催は2日後だな」

 

 七海が言い、アドラーが頷く。

 

「リストにある招待客で企業連合に加わっているようなメガコーポは論外として避けるとして、残るのはと……」

 

「メガコーポに所属していない研究機関になるな」

 

 李麗華がフィルターをかけるといくつかの研究機関の名前がリストに残る。

 

「ニューロラボって研究所、使えそうじゃない? そこまで大きくない研究所だし、招待されているのもちょうどいいことにふたりだ」

 

「よし。それで行こうぜ。どこでどう拉致(スナッチ)するかが問題になるが」

 

 李麗華がニューロラボという会社を見つけ、七海が次の計画を促す。

 

「ニューロラボから招待されているのは、エンゾ・マルケスとシェスティン・オルソン。彼らの行動について調べてみよう。もう既にドーンに向かってないといいけど」

 

「そうだな。ドーンに入られていたら拉致(スナッチ)は不可能だ」

 

「ちょいちょいと調べてしまいましょう」

 

 李麗華がそう言いながら検索エージェントを走らせ、軌道衛星都市との行き来をするシャトルの予約状況や、マルケスとオルソンのふたりのSNSへの書き込みなどを調べ上げていく。

 

「おーっと。今日の深夜、ふたりとも揃って出発予定だ。ぎりぎりだったね」

 

「まさにな。迅速に行動しないとやばいぜ」

 

「オーケー、オーケー。レンタカーの情報も入ってきてる。このレンタカーを襲って、ふたりを拉致(スナッチ)しよう。レンタカーの運営会社はあたしがハックするから、ふたりは物理(フィジカル)で襲撃して」

 

「あいよ。すぐにかかろう」

 

「足はこっちで準備する」

 

 そして、七海たちは動き始めた。

 

 七海とアドラーは李麗華のマンションを出て、李麗華が準備する足とやらを待った。

 

「お。あれじゃないか?」

 

 マンションの外で待つ七海たちの下に無人の車両が走ってきた。

 

『ぷっぷー! お客さん、乗って、乗って!』

 

「車が喋った!」

 

 七海たちの前に止まった車両が喋りだすのに、七海がびっくり。

 

「足というのはタクシーか。しかし、あまり聞いたことのない会社だな。ビックル・タクシー?」

 

「ちょっとボロいな……」

 

 やってきたタクシーは少しばかり車体に傷があって、車両自体も古めのものだ。

 

『お客さん、乗らないのかい?』

 

「乗るよ。目的地は……」

 

『既に登録されているのでご心配なく! 出発進行!』

 

 七海が目的地を述べようとするのに、タクシーの電子音声が勝手に走り出した。

 

「なあ、あんたこの会社の社員かい?」

 

『ぶっぶー。不正解。私はトラヴィス・ビックル。他でもないビックル・タクシーの最高経営責任者(CEO)だとも』

 

「へえ。社長自ら案内してくれるとは親切だね」

 

『当然のことです。何せ私の会社は私しか従業員がいないのでね』

 

 電子音声がそう返事をする。

 

「そりゃ忙しくないか? それとも車両が少ないとか?」

 

「七海。まさか相手が人間だと思って喋ってないだろうな? こいつはAIだぞ」

 

「えっ!」

 

 アドラーに横から指摘されて七海が驚く。

 

『そうとも。私は火星政府に認められた権利あるAIのひとり。驚いた?』

 

「お、おう。びびったぜ」

 

『ははっ! 新鮮な驚きは人生を豊かにするよ!』

 

 七海がただただ驚くのにビックルが笑う。

 

「そういや火星には会社を経営しているAIとかがいるんだったな……」

 

『火星は国連非加盟国。パンドラ条約なんて知ったことじゃないってわけ』

 

 七海がメガコーポの最高経営責任者(CEO)にもAIが存在することを思い出して唸り、ビックルがそう告げる。

 

「パンドラ条約ってなんだ?」

 

「AI──特に自律AIを規制する条約だ。昔はチューリング条約というものがあったが、時代が進んで実態に沿わなくなったので、改めて締結されたのがパンドラ条約」

 

「そいつがあるとAIは最高経営責任者(CEO)になれない?」

 

「まさに。基本的にAIの権利を認めない条約だ」

 

「ふうん」

 

 よく分からないがAIにとっては火星の方が自由らしい。

 

『お客さんの注文は面白いね。『この車を追ってくれ!』って全タクシードライバーの夢の注文じゃないか。腕がなるよ!』

 

「おう。よろしく頼むぜ」

 

『任せたまえ! 飛ばすぞ!』

 

 ビックルはそう言い、速度を上げた。ビックルの運転するタクシーは加速し、火星の道路を疾走。オポチュニティ地区を出て、前に七海たちが利用したフィリップ・K・ディック国際航空宇宙港がある方向に向かう。

 

『七海、アドラー。タクシーの乗り心地はどう?』

 

 ここで李麗華から連絡が。

 

「悪くないよ。目標の車両を追いかけてるんだよな?」

 

『そろそろ追いつくから準備いして』

 

「あいよ。で、レンタカーの方はログとか残らないようにしてくれると思ってるんだが、このタクシーはどうするんだ?」

 

『大丈夫。ビックル・タクシーはユーザーのログを基本的に残さないから。あたしだって足が付く足は選ばないよ』

 

「足が付く足ね。上手いこと言ったつもりか?」

 

『へっへー!』

 

 七海が突っ込むのに李麗華がにんまり。

 

「しかし、流石に犯罪行為を目撃したら通報されるのでは?」

 

『ぷっぷー。ご心配なく。当社が行うのは旅客自動車業のみ。街の治安維持やらは民間軍事会社(PMSC)にでもやらせておけばいい!』

 

 ここで心配するなと言うようにビックルが言う。

 

「では、俺たちの仕事(ビズ)に口出しはしないでくれるわけだな」

 

『もちろん。無駄な質問はせず、ログを残さず、何も知らないようにしておくことで、私は無関係であるという立場を貫くのだよ』

 

 共犯や幇助、教唆とならないように、法的に武装しているとビックル。

 

「七海。そろそろ追いつくぞ。準備はいいか?」

 

「オーケー。いつでもいけるぜ、相棒」

 

「やってやろう」

 

 七海たちが乗ったタクシーは、李麗華がレンタカー企業をハックして入手した位置情報で示されたマルケスとオルソンが乗った車両に近づいている。

 

「あの車を追い抜いてから止まってくれ」

 

『任せたまえ。飛ばすよ!』

 

 ビックルの運転するタクシーは凄まじい速度で加速し、強引にレンタカーを追い抜くと、レンタカーの新路上で停車した。

 

「助かった、ビックル! 料金は?」

 

『前払いしてあるよ。いってらっしゃいませ、お客様!』

 

「ああ!」

 

 七海たちばビックルにそう言ってタクシーを降り、レンタカーの前に立った。

 

『おふたりさん。レンタカーのオンラインシステムは全て焼き切ってある。襲っても通報されることはないよ。安心して襲撃してねー』

 

「了解だ、李麗華」

 

 アドラーは李麗華にそう返事するとレンタカーに銃口を向けた。

 

 レンタカーは自動運転のものだったが、李麗華にオンラインシステムを焼き切られたことで停車してしまっており、社内ではふたりの男女が動揺しているのが見えた。

 

「車から降りろ! すぐに!」

 

 七海も“加具土命”を手にそう脅す。

 

「こ、殺さないでくれ……!」

 

 ふたりの男女──マルケスとオルソンは車から降りて両手を上げた。

 

「七海。これで拘束しろ」

 

「あいよ」

 

 七海は結束バンドをアドラーから受け取るとマルケスとオルソンをそれで拘束。

 

「後は逃げるだけだな」

 

『警察業務を代行しているウォッチャーに連絡が行ったみたいだけど、まだ出動していない。逃げるなら今のうちだよ』

 

「あいあい。さっさと逃げましょう」

 

 七海たちは拘束したマルケスとオルソンをレンタカーのトランクにぶち込み、そのままレンタカーを運転して現場を去った。

 

 拉致(スナッチ)は成功だ。

 

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