異世界から帰ってきたと思ったら火星。   作:第616特別情報大隊

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亡命//シンポジウム

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 ──亡命//シンポジウム

 

 

 いよいよシンポジウム当日。

 

「行くぞ、アドラー」

 

「ああ、七海」

 

 アドラーと七海はホテルを出て、シンポジウム会場であるドーン・エキシビションを目指した。オービタルシティ・ドーンは朝からシンポジウムのためにやってきた多くの人でにぎわっている。

 

 七海たちはドーン内を走るトラムでドーン・エキシビションに向かい、午前10時ちょうどに到着した。

 

「ここがドーン・エキシビションか」

 

「まずは偵察だな」

 

 ドーン・エキシビションは煌びやかなドーンの雰囲気にあった建物だった。高級感があり、清潔感があり、何より未来的な見た目をしている。言ってみればオポチュニティ地区とは180度別のもの。

 

 そして、そのドーン・エキシビションの周囲にはウォッチャーの警備部隊だ。

 

『七海、アドラー。会場には侵入できた?』

 

「まだ。これから挑むことになる。IDの偽装はばっちりだよな?」

 

『問題なし。あたしを信じて』

 

「あいあい」

 

 李麗華に言われて七海がシンポジウム会場に繋がる道路で検問(チェックポイント)を展開しているウォッチャーの部隊に近づく。

 

「失礼。保安プロトコルに従ってください」

 

「了解だ。好きなだけ調べてくれ」

 

「では」

 

 ウォッチャーのコントラクターが七海を検査し、特に武器の類を持っていない彼は無事に通された。

 

 アドラーもそれに続き、無事に検問(チェックポイント)を通過。

 

「どこから見て回る?」

 

「各フロアの警備状況からだな。それとハイデッガーを拉致(スナッチ)したあとの逃走経路の確認。そんなところだ」

 

「オーケー。とりかかろう」

 

 アドラーと七海はまずはAホールに入る。Aホールではハイデッガーの講演が行われ、七海たちは恐らくここでハイデッガーを拉致(スナッチ)することになる。

 

「まだ本格的な警備は配置されていないようだな」

 

 Aホールはちょっとした音楽ホールほどの広さがあり、構造も音楽ホールのようになっていた。そこには無数の椅子が設置されていた。全ての椅子の向きが正面の演台を向いている。

 

「クソ広いけど、どのタイミングで仕掛けるかね」

 

「ああ。このホールいっぱいの聴衆も障害物になる」

 

「障害と言っても無関係な人間を殺すわけにはいかないぜ」

 

「そうだな。どうにか傷つけることなく追い払えればいいのだが……」

 

 七海たちはAホールの構造をその目で把握してから、次にBホールに向かった。

 

「ここでは立食形式の懇親会が開かれる。だが、まだ警備は来ていないようだな」

 

「食い物も並んでない」

 

 このBホールでは招かれた客たちが談話をする場となる。

 

「ここでG-APPが展示され、さらにはハイデッガーが演台に立つまでの時間を過ごすのだが、カバーが剥がれないように注意しろ。下手な客に接触すると私たちがニューロラボの職員でないことがばれる」

 

「なるべく人と話さないようにしないとな。飯でも食って待ってよう」

 

「それが無難かもしれない。私たちには本来参加するはずだったマルケスとオルソンの情報はあまりないからな」

 

 七海が適当に言うのにアドラーもそう返した。

 

「続いてCホール。ここはG-APPが展示される。既に準備は始まっているようだ」

 

 Cホールでは電子ドラッグであるG-APPが展示されることになっている。G-APPの説明を記載しただろうボードなどはもう既に運び込まれ、ドーン・エキシビションのスタッフによって設置されて始めていた。

 

「思ったけどさ。これって展示する意味あるのか? そりゃあ陶器とか絵画なら展示する意味を感じるけどさ。これってプログラムじゃん。ゲームと違って映像があるわけでも、試遊できるわけでもないし」

 

「確かに疑問ではあるが、これのおかげで私たちの仕事(ビズ)はやりやすくなるんだ。文句は言わないでおこう」

 

「それもそうだな」

 

 G-APPはハイデッガーが設置してくれた囮だ。最大限活用すべき。

 

「李麗華。G-APPが今どこにあるか分かるか?」

 

『んー。まだ会場には運ばれてないみたい。恐らくは国連宇宙軍(UNSC)の戦闘艦の中かな。でも、警報システムの方は把握できてる。いつでも警報を鳴らして、陽動を行うことができるよ』

 

「オーケー。万事順調」

 

 場が(フリップ)する。

 

 李麗華はマトリクスからオービタルシティ・ドーンとそこにあるドーン・エキシビションのネットワークに侵入していた。

 

 彼女がネットワークを伝ってあちこちを見て回るのに、不意に接近するものがあった。李麗華は(アイス)の反応かと身構えるが、そうではなかった。

 

「正規のIDじゃないな。あんたもこのネットワークに侵入しているのか?」

 

「そういうあなたも?」

 

 やってきたのは動物をテーマにしたシミュレーションゲームに登場する、タヌキのキャラをアバターにしたハッカーだ。

 

「ああ。目当てはG-APP。あんたもだろう?」

 

「んー。ちょっと違う」

 

「そうなのか? 他に金目のものが?」

 

「まーね。こっちの仕事(ビズ)に差し障るから言えないけど」

 

「そうか。だが、協力できないか? 少なくともお互いの仕事(ビズ)を妨害しないって形でさ」

 

「ふむ。詳しく聞こうか」

 

「オーケー」

 

 そこでタヌキのアバターが話し始める。

 

「まずこっちはG-APPの強奪(スナッチ)仕事(ビズ)だ。こちらの調べでは残念なことにG-APPの展示はスタンドアローンの端末で行われる。マトリクスに接続されないから、ここからは分捕れない」

 

「なら物理(フィジカル)強奪(スナッチ)?」

 

「イエス。こっちの傭兵が忍び込んでいる。ドーン・エキシビションで火災を偽装して騒ぎを起こし、その隙にささっといただくわけだ」

 

 タヌキのアバターと彼の傭兵たちは、展示されているG-APPを物理(フィジカル)強奪(スナッチ)する。そのために火災を偽装するつもりのようだ。

 

 宇宙空間に位置する軌道衛星都市で火災は重大な災害だ。火災が起きれば間違いなくパニックが起きるだろう。有力な陽動だといえた。

 

「そっちの仕事(ビズ)を手伝うとしたら、何をすればいい?」

 

「おお。それならウォッチャーの動きを見張っておいてほしい。G-APPを強奪(スナッチ)したら、間違いなくウォッチャーに追われることになる。だが、連中の動きが分かれば、すいすいち躱して逃げるさ」

 

「それぐらいならいいけど、こっちもそっちの騒ぎを利用させてもらってもいい?」

 

「ふん? 火災の方か? それともG-APPの強奪(スナッチ)の方?」

 

「両方」

 

 タヌキのアバターが尋ねるのににやりと笑って李麗華がそう言った。

 

「まあ、仕事(ビズ)を手伝ってくれるならいいぞ」

 

「じゃあ、交渉成立だね。あたしはシュリーマン。そっちは?」

 

「レッドパンダ」

 

「レッドパンダ、ね。ラクーンドッグじゃなくて?」

 

「ああ。みんなそう尋ねるのはなんでなんだろうな?」

 

「そのアバターのせいじゃない?」

 

 レッドパンダはいわゆるレッサーパンダのことで、タヌキではない。

 

「じゃあ、これが連絡先だ。お互いの仕事(ビズ)を成功させようぜ」

 

「はいはい」

 

 李麗華とレッドパンダは連絡先を交換して分かれた。

 

「さて、と。七海たちに連絡しておかないと」

 

 場が(フリップ)する。

 

 七海たちは偵察をほぼ終えて、シンポジウムの開始に備えていた。

 

『七海、アドラー。新しい情報だよー』

 

「どした、李麗華?」

 

 李麗華から通信が来るのに七海がそう尋ねる。

 

『あたしたち以外にも仕事(ビズ)をやっている人間がいる。そっちはG-APPの強奪(スナッチ)仕事(ビズ)。そこで向こうと協力することにした』

 

「G-APPを強奪(スナッチ)する連中と組むのか?」

 

『どうせG-APPの強奪(スナッチ)は偽装するつもりだったし、その点は問題ないよ。向こうが実際に騒ぎを起こしてくれるなら、それに越したこともなし』

 

「まあ、そりゃそうだな……」

 

 G-APPのあるCホールではどの道騒ぎが起きるのだ。

 

「他に協力する点は?」

 

『彼らは火災を偽装するから、それに乗じて行動しよう。今、Aホールの非常口について情報を送る。演台にいる人間は、このデータにある非常口を使って外に逃げるはずだから、待ち伏せるなり何なりお願いねー』

 

「ふむ。それはいいな。聴衆が邪魔だと考えていたところだ。火災でいなくなるなら、こちらの仕事(ビズ)に役立つ」

 

『それは何より』

 

 アドラーはAホールを偵察した結果、聴衆が邪魔になると思っていたが、火災騒ぎが起きればAホールの聴衆は無視できる。

 

「作戦がやや変更になったが、問題なさそうだな。そろそろシンポジウムの開演だ。Aホールに向かわにゃならん」

 

「むしろこっちにとって有利な状況になったはずだ。やってやろう、相棒」

 

「ぬかりなくな」

 

 七海とアドラーはそう言ってAホールに向かう。

 

 Aホールは既に人でいっぱいであり、七海たちは空いている席に座った。

 

『今、マトリクスから監視カメラの映像を見てる。最前列中央にいるのがハイデッガーだよ。そっちからは見える?』

 

「いや。見えない」

 

『なら、状況を伝える。一見して非武装に見える人間がハイデッガ―の両脇にいるけど、こいつらは生体機械化兵(マシナリー・ソルジャー)だから注意して。他にも既にメティスの民間軍事会社(PMSC)部隊が展開しているよ』

 

「そいつは想定している。まだそこまでイレギュラーな事態は起きてないな」

 

 七海たちはシンポジウム開催の挨拶が行われるのを聞き流しながら、これからの仕事(ビズ)に向けて緊張感を適度に保った。

 

 これから起きること大パニックだ。

 

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