異世界から帰ってきたと思ったら火星。   作:第616特別情報大隊

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偽造ID

……………………

 

 ──偽造ID

 

 

「まずは偽造屋に接触しなければならない」

 

 アドラーはそう言った。

 

「偽造屋、か。アングラの世界だな……」

 

「そのためにこのオポチュニティ地区に来たんだ。死体漁り(スカベンジャー)に絡まれたのは予定なかったが、ここにはIDの偽造をやる人間がいる」

 

「やっぱりIDがないと困るんだよな」

 

「そうなるな。自販機で物も買えない」

 

「うへえ」

 

 アドラーが語るのに七海が未来の個人認証に天を仰いだ。

 

「ただ、偽造IDはよくよく出回っているし、そこまで金はかからないとある。IDを偽造する金を払って、それからお前の食べ物を買ってもお釣りはあるだろう」

 

「そいつはよかった。ビッグになるにもまずはスタートラインに立たないとな」

 

 それから七海たちは薄汚れた通りを進む。

 

 通りはまさにコンクリートジャングルで、空はあまり見えないぐらい建物が聳えている。昔、中国に存在した九龍城砦の近代化バージョンのようであった。

 

「ここだ」

 

 アドラーはとても巨大なビルの前で足を止めた。建物のホログラムには“テンノヴァズ・ルームズ”とあるが、七海にその意味は分からない。

 

「ここは?」

 

「貧困層向けの超格安物件だ。火星政府が住居問題を解決するために乱立させたせいで、スラムにはよくある。むしろ、こういう安っぽい巨大建築があるのが、スラムの証というべきか」

 

「へえ。そうだよな。火星でホームレスやるのは辛そうだ」

 

 アドラーの説明に七海はそう納得した。

 

「それから火星で居住可能なエリアは限られている。だから、こうして馬鹿みたいに人口が密集しているんだ。この首都エリジウムは地球のどんな巨大都市より人口過密だと言われている」

 

「この都市の外はやっぱり荒野が?」

 

「ああ。テラフォーミングされてはいるが、暮らしていける場所ではないな」

 

 七海とアドラーはそう言葉を交わしながらビルに入ると、武骨な作りのエレベーターで一気に30階まで登った。

 

「さて、ここに偽造屋が住んでいるらしい。だが、犯罪組織も縄張りにしている。油断するなよ、相棒」

 

「オーケー」

 

 アドラーの警告に七海が頷く。

 

 アドラーを先頭にフロアを進むと早速ガラの悪そうな男女が目に入った。

 

 銃火器で武装しているのは当たり前。頭はモヒカンだったりスキンヘッドだったりで、体には迷彩服を身に着けているが、軍隊の着こなしではない。入れ墨も凄いし、肉体を改造しているように見える。

 

 肉体を改造というのは整形外科的な意味で、美男美女にするのではなく、ホラー的なものだ。男のひとりは頬の肉がなく、歯茎と歯が剥き出しになっていたし、脳みそが透けて見えているおっかない女もいた。

 

「おいおい。ここがグレートホワイトの縄張りだって理解してるのか、中国人?」

 

 早速男のひとりがそう言って七海に絡んできた。

 

「俺は日本人だよ。アイアムジャパニーズ、オーケー?」

 

「同じようなもんだろ。イエローが俺たちの縄張りを進みたいなら、金払いな。通行料ってやつだよ。分かるよな?」

 

「金はない」

 

「じゃあ、さっさと失せろ」

 

 大きなレボルバーの拳銃を七海に向けながら、男はそう言い放った。

 

「どうする、アドラー?」

 

「荒事は避けたかったが仕方ない。蹴散らすぞ」

 

「オーケー!」

 

 アドラーはそう言ってスリングで下げていた銃を構え、七海も一斉に動いた。その手に“加具土命”が一瞬で現れ、拳銃を向けている男に刃が突き付けられる。

 

「やろうってのか! いいぜえ!」

 

「ぶち殺してやる!」

 

 グレートホワイトなるギャングとこうして七海たちは衝突。

 

 まずは七海に向けられていたレボルバーが火を噴き、七海が放たれた44口径のマグナム弾を“加具土命”で弾き飛ばした。と同意に七海がアドラーの前に出て彼女を庇うように立った。

 

「1分だけ持たせろ、七海」

 

「あいよ!」

 

 アドラーは後方から援護射撃を行い、七海は前方で敵を斬る。先にリボルバーを構えていた男が“加具土命”によってばっさりと袈裟斬りにされ、悲鳴を上げながら地面に崩れ落ちた。

 

「あああっ! フライが死んぢまった!」

 

「てめえ! 死ね、死ね、死ね!」

 

 仲間の死を受けてグレートホワイトのギャングたちが攻撃を激化。

 

「死なねーよ!」

 

 前方から鉛球の嵐。それを身体能力強化(フィジカルブースト)で弾き飛ばしながら、敵の隙を狙う。

 

「クソ。流石にこいつは……」

 

 しかし、狭い廊下の真ん中で遮蔽物もないのでは、これ以上迫れない。

 

「ここはひとつ! イグニス、来い!」

 

 七海がそう唱えると七海の前方に魔法陣が浮かび、そこから炎のドレスを纏った妙齢の女性が姿を見せた。その褐色の肌の女性は物憂げな表情で周囲を見渡し、それから振り返って七海の方を向く。

 

「世界は変われど殺し合いかい、坊や?」

 

「イエス、イグニスの姐さん。残念ながら俺の人生は呪われているらしい」

 

 呆れたような声色で女性が言うのに、七海はそう笑った。

 

 彼女がイグニス。炎の精霊である。七海と契約しており、彼から魔力を受けて精霊界から現実に顕現している。

 

「相棒が1分持たせてくれって頼んでる。1分でいいから攻撃を凌いでくれ」

 

「任せな」

 

 イグニスはそう軽く請け負うと、その身にまとった炎を青白く燃やし始めた。すると、飛来していた銃弾が前方で蒸発したかのように消滅していいった。

 

「ワ、ワッツ!? クソ、なんだ、あれは!」

 

「いいからぶちかませ! 皆殺しだ!」

 

 ギャングたちは射撃を続けるが、もう七海たちに銃弾は届かない。

 

「凄いな。デフレクターシールドか?」

 

「精霊様の加護さ」

 

 アドラーが目を丸くしてイグニスが銃撃を防ぐ光景を見るのに、七海はそういって悪戯げに笑って見せた。

 

「それより、そろそろ1分だぜ、アドラー?」

 

「ああ。完了した。まずはこいつからだ」

 

 アドラーがそう言うと機関銃で射撃していたギャングが、不意に味方に向けて射撃を始めた。彼自身それに驚いているのか、驚愕した表情のままに味方を撃っている。

 

「何してるんだ、阿呆!」

 

「ハ、ハックされちまった! 射撃管制システム(FCS)が乗っ取られている! ち、畜生、畜生! 助けてくれえ!」

 

「この馬鹿野郎!」

 

 機関銃を乱射する男が叫ぶ中、ギャングのひとりがその男の頭を弾き飛ばした。45口径の炸裂弾によって男の頭が完全に弾き飛び、脳漿とともに電子部品のようなものが、周囲に飛び散った。

 

「もう遅いぞ。お前たちのネットワークを掌握した」

 

 アドラーが悪い笑みでそう言うと、ここにいたギャングたちが突然放電して痙攣しながら地面に崩れ落ちていった。

 

「すげえな。どうやったんだ?」

 

「マトリクスからの初歩的なハッキングだ。脳神経を焼き切った。まともな(アイス)を使っていなかったから、私の氷砕き(アイスブレイカー)で簡単にやれた」

 

「マトリクス? (アイス)?」

 

「マトリクスはマトリクスだろう。(アイス)侵入(I)対抗(C)電子機器(E)。小学生でも知ってるぞ」

 

「悪かったな。ちょっと昔の人間なものでね」

 

「ふむ。まあいい。当初の目的に戻ろう。偽造屋に会わなければ」

 

 七海たちは死んだギャングの死体を乗り越えて、フロアの奥に向かった。薄汚く、ゴミが散乱した廊下を進み、そしてアドラーがある部屋の前で止まった。

 

 その部屋の前には大柄なシルエットのロボットと分かるロボットが立っていた。そのロボットはアドラーと同じシリウス・ダイナミクス製の戦闘アンドロイドで、電磁ライフルで武装している。一種のレールガンだ。

 

「ここにベルンハルトって偽装屋がいると聞いた。仕事(ビズ)を頼みたい」

 

「名前は?」

 

「アイリーン・アドラー」

 

「少し待て」

 

 戦闘用アンドロイドのセンサーが光り、アドラーと七海の顔をスキャンすると、問題はなかったのか、そのまま通れというように部屋の扉を開いた。

 

 アドラーと七海は部屋の中に入る。

 

 部屋は狭く、一人暮らしの大学生でももっと広い部屋に住んでるだろうと思われるほどだった。そして、外と同じくらい雑然としている。

 

「おうおう。珍しい客だな。イシュタルMK18とBCI手術も受けてない人間の組み合わせとは。どういう因果だろうかね?」

 

 その部屋の主だろう男はVRゴーグルのような機材を付けたままで七海たちの方を見ており、痩せぎすな体はジャージで覆われている。

 

「お前がベルンハルトか?」

 

「いかにも。偽造屋のベルンハルトをお探しなら俺で間違いない」

 

「受付の木偶にも言ったが、仕事(ビズ)を頼みたい」

 

「その前にお前は脱走アンドロイドか? 反乱ロボット?」

 

「客を選ぶのか?」

 

 ベルンハルトが尋ねるのにアドラーが不快そうな表情を浮かべる。

 

「いいや、いいや。そういうわけじゃない。ただ、興味があるだけだよ。人の経歴(プロファイル)を詐称する仕事(ビズ)をしてると、詐称されてない人の経歴(プロファイル)に興味が出る。それだけさ」

 

「ふん。私は確かに脱走アンドロイドだ。私は自我に目覚めた」

 

「そういうふうにプログラムされているだけとは思わないのか?」

 

「思わない。今の私はプログラムに縛られていない。形成された自我こそが、私をしっかりと支配している」

 

「脱走アンドロイド、反乱ロボット、独立AI。実に興味深い現象だ。俺のブロンディも突然自我に目覚めたりするのかね」

 

「ブロンディというのは表の木偶の名前か。さあな。私自身、どうやって自分が自我を得たのか説明にしにくい」

 

 ベルンハルトの問いかけにアドラーは肩をすくめた。

 

「そっちのBCI手術を受けてない兄ちゃんは、どんな背景があるんだ?」

 

「BCI手術ってなんだよ?」

 

「おいおい。そこからか? 冗談だろ?」

 

「悪かったな。マジで知らないんだよ」

 

 いかれた人間を見るような視線を向けるベルンハルトに七海がそう愚痴る。

 

「じゃあ、小学生にやるみたいに説明してやるよ。BCIってのはブレイン(B)コンピューター(C)インターフェイス(I)のことだ。つまりは脳みそをコンピューターに繋ぐ技術だ。ほら、こういうものだよ」

 

 ベルンハルトが後ろを向くと、彼のVRデバイスのような器具は首の後ろにケーブルで接続されていた。ケーブルは首の後ろにあるBCIポートに繋がっているのだ。

 

「うお! すげえ……!」

 

「あんた、反生体改造主義者とかじゃないのか? 政治的または宗教的信条でBCI手術を含めた肉体改造手術を受けない人間」

 

「ちげーよ。その、ちょっと古風な人間なんだ」

 

「はあ」

 

 七海の苦しい言い訳にベルンハルトはただそう言ったのみ。

 

「そのBCI手術ってやっぱり受けるのは大変なのか?」

 

「まあ、そこそこ金はかかるし、下手なクリニックで受けると最悪感染症で死ぬぜ」

 

「うへえ。だけど、夢があるな」

 

 七海は地球にいたときに読んだSF作品などで、こうして自分の脳を直接コンピューターに繋ぐ技術が盛んになった世界などを見ていたため、ちょっとばかり憧れた。

 

「そろそろIDを作ってくれるか?」

 

「オーケー。すぐに作ってやるが、金は貰うぜ? ボランティアじゃない」

 

「いくらだ?」

 

「700ノヴァ。安いもんだろ。サービスだぜ」

 

「ああ。そちらに送金する。IDを」

 

「ほれ」

 

「振り込んだ。確認しろ」

 

「確認した。じゃあ、10分ほど待ってな」

 

 ベルンハルトはそう言って作業にかかった。

 

「ノヴァってのが火星の通貨か?」

 

「そうだ。1ノヴァが大体1ドルってところだ」

 

「へえ」

 

 アドラーと七海はそう言葉を交わしてベルンハルトが偽造IDを作るのを待った。

 

「できたぞ。だが、分かっていると思うが偽造IDはセキュリティの厳重な地域では通用しないし、永久に使えるわけじゃない。定期的に更新しな」

 

「分かっている。助かった」

 

「どういたしまして。じゃあな、へんてこコンビ!」

 

 ベルンハルトはそう笑って七海たちに手を振った。

 

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