異世界から帰ってきたと思ったら火星。   作:第616特別情報大隊

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亡命//カバー

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 ──亡命//カバー

 

 

 開催のスピーチが終わり、七海たちは懇親会が開かれているBホールに移った。

 

 Bホールではドーン・エキシビションの雇ったスタッフが、飲み物と料理を提供しており、立食形式でそれらを味わいながら、このシンポジウムに招かれた研究者や技術者たちが会話に興じていた。

 

「美味そうな料理だ」

 

「怪しまれないように振る舞うんだぞ、七海」

 

「分かってるって」

 

 アドラーにそう忠告されて、七海はまずは飲み物のソフトドリンクを片手に持ち、それを味わいながら周囲を油断なく見渡した。

 

「こっちのIDは連中に見えてるのかね」

 

「見えていないと怪しまれる」

 

「じゃあ、ニューロラボの職員の振りをしないとな」

 

 七海がアドラーに言われてため息交じりにそう言う。

 

 今の七海たちはニューロラボの職員というIDで行動している。そのIDは他の招待客にも見えている。七海たちからも招待客のIDは見えているのだから。

 

 七海は合成品のキャビアが乗ったカナッペを取りながら、誰も話しかけてきませんようにと祈っていた。

 

 七海はニューロラボの職員ではないし、学者ですらない。なので、会話になれば絶対にボロが出ると思っていた。

 

「やあ、ニューロラボの方ですよね?」

 

 しかし、運が悪いことににこやかに笑った男が七海たちに声をかけてきた。

 

「何か用事か?」

 

「い、いえ。挨拶をと思いまして。私はマーシュ・ブレインテックのギャスパー・カスタネール。以前、ニューロラボとは一緒に仕事(ビズ)を」

 

「ああ。そうだったな」

 

 やばいぞ。よりによって取引のある相手が話しかけてきたと七海はややパニック。

 

「それからプロジェクトの方はどうですか?」

 

「ぼちぼち。いろいろと難しい点が多くてね」

 

「でしょうね。やはり地球のナノマシン技術に追いつき、追い越すには、様々なブレイクスルーが必要になりますから」

 

「あ、ああ。この火星と地球の対立はよくない。技術が停滞する」

 

「そうです。当然ながら技術は交流することでしか高まりませんよ。脳神経関連のナノマシンは火星だけで製造しようとするとどうしても無理がある。ホルモン類似反応をするナノマシンについても我々だけでは」

 

「そうだな。その通りだ」

 

 七海は必死にそれらしいことを答えておいたが、いつ今のカバーが剥げてもおかしくない状況だ。七海は話題になっているプロジェクトとやらが何なのかすら全く分かっていないのだから。

 

「おっと」

 

 そこでアドラーがワインを七海のスーツにぶちまけた。

 

「これは失礼!」

 

「お、おっとと! スーツを洗わなければいけないな! では、失礼!」

 

 アドラーは即興でこの場から離脱する口実を作り、七海がそれに乗って離脱。

 

 七海たちはBホールを出てトイレに向かう。

 

 トイレは男女で分かれている昔のものではなく、複数の個室があるもので、七海たちはそのひとつに駆けこんだ。

 

「危なかった……。危うくカバーが剥げるところだった……。本当に助かったよ、アドラー……」

 

「全くだな。しかし、いい具合に話を合わせていたと思うぞ」

 

「ならいいんだけど。もう俺には何が何やらだったぜ」

 

 アドラーが言うのに七海がそう言って首を横に振る。

 

「このままトイレに隠れているか?」

 

「それもひとつの手だが、気になることがある。G-APPを強奪(スナッチ)するという連中だ。どう思う?」

 

「ああ。事前にそいつらの顔を拝んでおこうってわけかい?」

 

「そうだ。連中が先走れば、ハイデッガ―の講演前に騒ぎが起きる」

 

「そいつは不味いよな」

 

 アドラーが懸念していることはもっともだった。

 

 七海たちの計画ではG-APPの強奪(スナッチ)を偽装するタイミングは、ハイデッガーが講演するタイミングだ。それがずれるとハイデッガーは演台に上がらず、恐らくはシンポジウム会場から姿を消す。

 

 そうなれば七海たちの仕事(ビズ)は大失敗。

 

「じゃあ、どうにかしてG-APPの強奪(スナッチ)を考えている傭兵と接触して、段取りをつけておかないとな」

 

「その前にスーツのワインを落としておけ。また厄介なのに絡まれたら、同じようにして離脱させてやるから」

 

「あいあい。よろしく頼むよ、相棒」

 

 それから七海はワインを落とすと、スーツを着なおしてトイレを出た。

 

「でさ。どうやって傭兵を探し出す?」

 

「相手も我々と同じような方法で侵入していると仮定しよう。つまりは招待客に成りすましていると。その上で招待客の中から不審な人間を探しだす」

 

「ふうむ。俺たちと同じとなると、見知った人間に会わないように接触を避けているってところだな」

 

「そう。Bホールで不審な人間がいないか探そう」

 

「了解だ」

 

 七海たちはそう言葉を交わして、Bホールに戻った。

 

 Bホールでは依然として懇親会が開かれており、メガコーポや著名な研究機関からの招待客たちが談笑している。

 

 七海たちはぐるりと周囲を見渡し、一見して不審だと分かる人間を探した。

 

「流石にちょっと見ただけじゃ分からないな……」

 

「そうだな。怪しそうなのを片っ端から当たってみるか」

 

「なら、李麗華にも手を貸してもらおう」

 

 そこで七海が李麗華に連絡。

 

「李麗華。こっちは今、G-APPの強奪(スナッチ)を狙っている傭兵を探している。そっちの方に何か情報はないか?」

 

『G-APPの強奪(スナッチ)を狙った傭兵を? こっちには個人を特定できるまでの情報はないよ』

 

「どうにかして探せないか?」

 

『接触してきたハッカーに聞くのが手っ取り早いと思うけど、そもそもどうして傭兵を探しているの?』

 

「こっちにはこっちの仕事(ビズ)のタイミングがある。それを打ち合わせておきたい。先走られたり、遅れたりするのは困る。だろ?」

 

『それはそうだね。じゃあ、ハッカーに聞いてみるけど、教えてくれる保証はないよ。向こうとはチームってわけじゃないし』

 

「できるだけのことはしようぜ」

 

『了解ー』

 

 場が(フリップ)する。

 

 李麗華が接触してきたハッカーであるレッドパンダにメッセージを送る。

 

 レッドパンダからの返信はすぐだった。

 

『どうしてそれを知る必要が?』

 

 警戒しているのは間違いない。潜伏している仲間のことについて教えるのは、当然ながら仲間を危険に晒す行為だ。

 

『こっちの傭兵が仕掛け(ラン)のタイミングを危惧している。そっちに先走られても、遅れても仕事(ビズ)が失敗するから』

 

 李麗華はそう返信。

 

 次にレッドパンダから返信が来るのは、やや時間がかかった。

 

『メルクリウス・インスティテュートに偽装している』

 

 時間がかかったのは、教えるかどうか考えたのだろう。だが、最終的にレッドパンダは情報を共有することを選んだ。

 

「オーケー。どこにいるかなっと」

 

 李麗華はその情報に従って傭兵を探す。既にドーン・エキシビションの無人警備システムは李麗華のコントロール下にあり、彼女は好きなように監視カメラやセンサーを使って会場内を調べることができた。

 

 大抵のカメラやセンサーにはIDリーダーが備わっており、映っている人間の所属と名前を読み込むことができる。

 

 李麗華はBホールを監視するカメラを使って、メルクリウス・インスティテュートの人間を探した。懇親会で談笑する招待客の中から、招かれざる客を探すのである。

 

「おっとと!」

 

 そこで李麗華はメルクリウス・インスティテュートのIDの人間を発見。

 

 IDを有するのはふたりのアジア系の男性で、よりによってウォッチャーのコントラクターと一緒にいる。どうやら何か質問をされているようだ。

 

「七海、アドラー。緊急事態だよ。傭兵は発見したけどウォッチャーに捕まってる」

 

『マジかよ。どうしたものかね』

 

「助けてあげたら? 私の準備したIDならある程度の無茶はできる」

 

『そもそもなんでウォッチャーに捕まったんだ?』

 

「調べてみる」

 

 七海に尋ねられ、李麗華がウォッチャーの通信ログを漁った。

 

「これだ。『ディンゴ・フォー・ワンより本部(HQ)。Bホールで酔って暴れている連中がいる。これより拘束する』と。あらら……」

 

 プロらしからぬ行動に李麗華もあきれ果てる。

 

「まあ、ウォッチャーの動きは見張っててくれって頼まれてたし。七海たちにどうにかしてもらおうか」

 

 李麗華はそう考えて再び七海に連絡。

 

「七海。そいつら酔っぱらってる。仕事(ビズ)の前に酔いを醒ましてあげて」

 

『なんとまあ。ここの酒は美味いから気持ちはわからんでもないが』

 

 場が(フリップ)する。

 

「アドラー。聞いたな。酔っ払いどもをレスキューだ」

 

「全く。仕事(ビズ)の現場で酔っぱらうとは三流だな」

 

「それには同意する」

 

 七海たちは困った酔っ払いを助けにBホールを進む。

 

「──だから、ちょっとぶつかっただけだって!」

 

「黙れ。騒ぎを起こした以上、出ていってもらう」

 

 そうして例の酔っ払い傭兵とウォッチャーのコントラクターの会話が聞こえてきた。

 

「摘まみだされかかってる」

 

「やれやれ」

 

 七海がうんざりしたようにそう言い、アドラーも深いため息。

 

「軍曹。こいつらを外に叩き出せ」

 

「おい。待ってくれ」

 

 ウォッチャーのコントラクターが酔っぱらったふたりの傭兵の腕を掴もうとする中で、七海が声を上げた。

 

「ん。どうされました?」

 

「そのふたりは俺の友人なんだ。どうにか見逃してもらえないか?」

 

「しかし、こんな騒ぎを起こされたのでは」

 

 七海がふたりを助けようとするが、ウォッチャーの指揮官が渋る。

 

「これでお願いできないか? もう騒ぎは起こさせないから」

 

「……了解。もう一度騒ぎを起こしたら叩き出しますからね」

 

 アドラーはウォッチャーの指揮官に賄賂を送金し、指揮官はふたりの傭兵を解放した。そして、ふたりの傭兵は怪訝そうな顔をして突然現れて自分たちを助けてくれた七海たちを見ている。

 

「来いよ、兄弟。まずは水でも飲んで酔いを醒ませ」

 

 七海はふたりの傭兵にそう言い、傭兵たちは七海についてくる。

 

「まず聞くがG-APP目当ての傭兵で間違いないか?」

 

「さ、さあ? 何のことだ?」

 

「安心しろ。そっちの仕事(ビズ)と協力することになっている人間だ。あんたらのお仲間のハッカーから連絡が来てないか?」

 

「待ってくれ」

 

 ここでふたりの傭兵がマトリクスにいる仲間のハッカーに連絡。

 

「オーケー。確認を取った。自己紹介しよう。俺はスハイル、こっちはヴィヴェーク」

 

「俺は七海、こっちはアドラー。よろしくな」

 

 ふたりの傭兵はスハイルとヴィヴェークと名乗った。

 

 かなりの大柄で明らかにインプラントと分かる右目をしている方がスハイル。それよりはかなり小柄で両手を機械化しているのが分かるのがヴィヴェークだ。

 

 名前の響きからしてふたりともインド系だろう。

 

「そっちはG-APPが目的ではないって聞いたが」

 

「ああ。だが、そっちの仕事(ビズ)は手伝う。条件付きでな」

 

「条件というと?」

 

 スハイルがそう尋ねる。

 

「こっちの狙いは技術者の拉致(スナッチ)だ。それを成功させるためにタイミングを合わせてほしい。そうすればさっきウォッチャーに摘み出されそうになっていたのを助けてやったのはちゃらだ」

 

「クソ。さっきのは、その、アルコール分解のナノマシンが上手く働いてなくて」

 

「言い訳はなしだ。タイミングを合わせるだけでいいんだ。協力してくれるよな?」

 

 七海がそうスハイルとヴィヴェークに詰問するように尋ねる。

 

「分かった。あんたらの指示に従うよ」

 

「オーケー。じゃあ、時計を合わせておこう」

 

仕掛け(ラン)のタイミングは?」

 

1430(ヒトヨンサンマル)

 

「了解だ」

 

 七海たちはこうしてG-APPの強奪(スナッチ)を狙う傭兵たちとタイミングを合わせる。彼らがハイデッガーの拉致(スナッチ)を仕掛けるまでは間もなくだ。

 

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