異世界から帰ってきたと思ったら火星。   作:第616特別情報大隊

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騒ぎの後の祭り

……………………

 

 ──騒ぎの後の祭り

 

 

 李麗華はそれから七海たちにマンションまで送ってもらい、すぐにマトリクスにダイブした。彼女が向かう先はBAR.黒猫だ。

 

「さてさて、と」

 

 李麗華は早速トピックを検索してドーンの件が話題になっていないか調べる。

 

「ヒット! えーっと……」

 

 新しいものからトピックを李麗華が見渡す。

 

「“オービタルシティ・ドーン・テロ事件”とか“ドーン事件で火星=地球の危機は高まるのか?”とか……」

 

 李麗華にしてみればドーンでのテロのことはよく知っている。自分たちが仕掛けたものなのだから、当然であろう。だから、今あるトピックに目新しい情報はないように思われる。

 

「ま、七海が気にしてたしな」

 

 しかし、彼女は七海がビッグになれたか心配していたことを思い出し、一応覗いてみることにした。

 

「テロだよ、テロ! 現地にいたけどマジで!」

 

「現地にいたってことは、お前はメガコーポの人間かよ」

 

「ちげーよ! ただのマトリクス技術者だ! ドーンの保守管理の下請け!」

 

 そう叫んでいるのは20世紀の有名な漫画に出て来るクラシックなロボットのアバターをした男性で、周りからやいのやいのと言われながらも発言を続けている。

 

「いきなり火災警報が鳴ったかと思ったら、ドーンのネットワークの一部が制圧されて、あとは何が起きたのか……。事件の後でウォッチャーの警備責任者とやらに、俺を尋問するとか言われたしさ」

 

「それはお気の毒様。で、尋問されたのか?」

 

「まだ保留中。なあ、ウォッチャーの連中が末端神経刺激剤を使うってマジか?」

 

「噂には聞くな。連中が痛覚制御を引き剥がしたあとで、その手の悪趣味なペインデバイスを使うって話は。ウォッチャーの半分はその手の拷問が大好きな情報軍上がりの人格破綻者どもだっていうし」

 

「ああ。クソ、マジかよ」

 

「けど、そんなことするより、海馬にスキャンナノマシンを突っ込んで記憶を丸裸にした方が早いから、噂は噂だな」

 

 困った様子のクラシックなロボットのアバターに、李麗華は少しばかり同情した。しかし、ハッカーとしては自分のケツは自分で拭くべきであるという考え故に、完全には同情しなかった。ハッキングされるような状況にしてあったのが悪い、と。

 

「具体的にどういう被害が出たんだ? 死人は?」

 

「金持ちだらけだから誰が死んでも心が痛まない」

 

「そういう考えはまさに金銭で人間を差別する金持ち的な思考だぞ」

 

 先ほどからペインデバイスの話をしたりしている、不思議の国のアリスの何度目かの映画化で登場した帽子屋のアバターが軽率な発言に注意を飛ばす。

 

「被害というか、どうみても超高度軍用グレードだろう機械化ボディの残骸は見たよ。それも1体じゃなくて、10体とか20体とか」

 

「そいつは……テロというよりも戦争だな」

 

 クラシックなロボットのアバターが言うのに、帽子屋のアバターが唸る。

 

「つまり、現地ではそんな超高度軍用グレード品を使っていた生体機械化兵(マシナリー・ソルジャー)がばたばた死ぬような事件が起きたってことか? どういうことだよ。現地には何があったんだ?」

 

「そのレベルの生体機械化兵(マシナリー・ソルジャー)は戦車やシェル並みの戦闘力だからな。それと、ひとつ訂正しておいてやる。誰も死んじゃいない」

 

「はあ?」

 

 ある発言者に向けてそういう帽子屋に皆が怪訝そうな顔をする。

 

「このレベルの生体機械化兵(マシナリー・ソルジャー)で、火星に派遣されてくる民間軍事会社(PMSC)のコントラクターはあくまでバックアップ・コンストラクトを疑似脳神経に焼いてるだけだ。いわばコピー。本人たちは今も地球で生きてるよ」

 

「その手の技術は地球だと非合法なんじゃないのか?」

 

「火星に派遣される分は例外だ。地球は火星を、地球の連中が言う国際秩序と法の支配が及んでいない野蛮の大地と見做しているからな」

 

「ふざけてんな、マジで」

 

 バックアップ・コンストラクト──いわゆる人間の記憶と人格を電子的に記録したものだ。以前、話に出ていたマトリクスゴーストの一歩前の段階である。

 

 これを疑似脳神経に焼き付けることで、自身のコピーを作ることができるというのが、帽子屋のアバターが言っていたことである。

 

 マトリクスゴーストを含めて、権利関係の議論が進んでいない技術なので、そう簡単に使うわけにはいかないはず。そう、コピーの側がオリジナルと同等の権利を主張したら、ややこしくなるのは目に見えているだろう。

 

 だが、どうやら今回の生体機械化兵(マシナリー・ソルジャー)たちには使われていたようだ。

 

「死んでいるにせよ、死んでいないにせよ、生体機械化兵(マシナリー・ソルジャー)がばたばた倒される事件が起きた。ウォッチャーと地球の連中がやりあったのかね」

 

「それがウォッチャーと地球の連中が戦闘を行った痕跡はないんだ。連中は表向きだとしても、火災からの避難誘導で協力していた。もちろん、危機を高めないための上辺だけの協力かもしれないが……」

 

 情報が足りず、議論は憶測だけになってしまう。

 

「ふたつ情報がある」

 

 そこで声を上げたのは、李麗華の知り合いであるフォックスロットだ。

 

「ドーンで開かれていたシンポジウムにはエーミール・ハイデッガーという科学者が参加していた。そして、やつはG-APPと呼ばれる電子ドラッグをシンポジウム会場で展示していたってことだ」

 

「つまり、ドラッグカルテル辺りがその電子ドラッグを狙って?」

 

「可能性としてはありえなくないだろう?」

 

 フォックスロットはそう情報を提案した。

 

「ハイデッガーってのどこのどいつだ?」

 

「メティスの人間だ。そして、マサチューセッツ工科大学の教授。人格回復とマトリクスゴーストにかかわっているようなやつと言えば分かりやすいか?」

 

「ああ。なるほどな。思い出したよ。こいつ昔から電子ドラッグに関係する技術を発表していたよな。Spydreとかさ」

 

 フォックスロットの言葉に帽子屋のアバターが頷く。

 

「でもさ。ドラッグカルテルが生体機械化兵(マシナリー・ソルジャー)を、まして超高度軍用グレードの機械化ボディを有する連中を相手にできる人間を本当に飼ってるのか? どうにも腑に落ちない」

 

「それにG-APPを盗むだけならば、そもそも生体機械化兵(マシナリー・ソルジャー)の相手なんてしなくていいはずだ」

 

「じゃあ、生体機械化兵(マシナリー・ソルジャー)の残骸の山の件はG-APPの件とは別件か?」

 

「だとしたら、他に狙われそうなものは? ただのテロなら犯行声明がないし、テロじゃないなら何か利益になるものがあるはずだ」

 

 トピックでそう言葉が飛び交う。

 

「エーミール・ハイデッガー本人の拉致(スナッチ)というのは?」

 

 そこでフォックスロットがそう言った。

 

「ハイデッガーが拉致(スナッチ)されたというわけか? ちょっと待てよ」

 

 トピックの列席者のひとりがそう言うと、列席者たちの検索エージェントが展開され、ハイデッガーについての情報を集める。

 

「マジだ。ハイデッガーは行方不明になっている。シンポジウムのあとで、だ」

 

「その情報がどこから?」

 

「G24Nの火星向け放送。シンポジウム会場で起きた事件との関係は不明だそうだが」

 

「G24Nってことは信頼性は高いな」

 

 G24Nは地球の独立系メディア・コングロマリットで、メガコーポの一角だ。報道は他のメガコーポとの()()の結果であり、全ての事実を知らせないが、完全に間違ったデマの類を流すことは少なく、信頼できるソースのひとつであった。

 

「じゃあ、誰かがドーンに忍び込んで、生体機械化兵(マシナリー・ソルジャー)どもを蹴散らし、そしてハイデッガーを拉致(スナッチ)した? これが全て事実なら。、そいつはすげえ傭兵だぜ」

 

「一体どこのどいつだろうな?」

 

「この手の仕事(ビズ)はメガコーポ絡みだ。傭兵が誰かは永遠の謎だろうな。メガコーポは自分たちが、この手の犯罪行為に加担したと分からないように注意を払うはずに決まっている」

 

 李麗華はこの会話を聞きながら、七海が喜びそうだとログを記録しておいた。

 

 そして、ここら辺だろうと思い、別のトピックに移動しようとしたところだ。

 

「シュリーマン。あんたなんだろう、ドーンの件?」

 

 フォックスロットがそう話しかけてきた。

 

「何の話? あたしは知らないよー」

 

「へん。事件前にハイデッガーについて調べてたのはあんたぐらいだぜ。ま、都合が都合なら詳しくは聞かないが。この業界は沈黙が金であるってことぐらいは、俺も知っているからな」

 

「そうしてー」

 

 フォックスロットはそうとだけ言って、立ち去った。

 

「さて、他には……」

 

 李麗華がトピックを見渡すと、あるトピックが目についた。

 

「“ドラッグカルテル事情について”か」

 

 あのおっちょこちょいなG-APPの強奪(スナッチ)を担当していた傭兵たちは上手くやったのだろうかと、李麗華がトピックを覗く。

 

「ドラッグカルテルのひとつであるアセンション・ゼロが新しいドラッグを出すって匂わせている。何でも地獄から天国までの直行便だとか」

 

「ドラッグカルテルの連中、神なんて欠片も信じちゃいないだろうにその手の例えが大好きだよな。毎回毎回、ジャンキー向けにその手の広告を出しているぜ」

 

 アセンション・ゼロは古くからの火星に存在する多国籍なドラッグカルテルだ。昔は医薬品の横流しでフェンタニルなどの鎮痛剤を扱っていたが、今では電子ドラッグが主力商品になっている。

 

「G-APPが流れたのはアセンション・ゼロかな?」

 

 まあ、あのおっちょこちょい傭兵たちが仕事(ビズ)を達成したようである。

 

「これぐらいかな。少しずつ話題になっているってことは七海に伝えておこうっとー」

 

 李麗華はそう言ってBAR.黒猫からログアウト。

 

 その直後──。

 

 “オールドスカーレットについて調べるトピック”──が静かに立った。

 

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