異世界から帰ってきたと思ったら火星。   作:第616特別情報大隊

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先にブツを見せな//マトリクス

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 ──先にブツを見せな//マトリクス

 

 

 七海たちがストリートで情報収集をしている間、李麗華はマトリクスに潜っていた。

 

 まず彼女が当たったのは、やはりBAR.黒猫。

 

「宇宙海賊関係のトピックはあるかなー?」

 

 李麗華はそう言ってBAR.黒猫の中を見渡すが、それらしきトピックはない。

 

「おや」

 

 代わりにあったのは“地球製の商品品薄問題”というトピックであった。

 

 地球製の商品と言えば、それを仕入れてくるのはごく一部の限られた商社か、あるいは宇宙海賊だ。

 

 商社はほぼ個人と取引せず、メガコーポ相手の取引しかしないため、ここで問題になっているのは宇宙海賊による密輸が締め上げられていることに違いない。

 

 そうであるが故に関係ありそうなトピックだと李麗華が顔を出す。

 

「──ストリートは何でも値上がりしてる。地球の貴重な天然もの以外にもな。便乗値上げってやつだよ。全く、資本主義ってものは忌々しい強欲を生み出すな」

 

 早速火星でも人気のパズルゲームのキャラがそう愚痴っている。

 

「そもそも密輸に頼った経済だったのがおかしかったんだ。政府はいつまで地球製品の輸入規制をやるつもりんだんよ」

 

「火星の経済的自立が確立されるまで、だろ」

 

「何をもってして自立というのか」

 

 そんな話題がトピックでは繰り返されている。議論というより、愚痴の疲労会場みたいな感じだなと李麗華は思った。

 

「しかし、今回の締め付けはかなり厳しいものらしい。どの宇宙海賊も密輸をやっていた連中は検挙されまくっている。こいつは宇宙海賊を絶滅させようって気なのかね」

 

「それは無理だろう。宇宙は広大で、全てを本当に把握できるわけじゃない。光の届かないところは必ず存在して、そこに犯罪者たちは群がるんだ」

 

「宇宙の広さは犯罪の温床ってか」

 

 ロマンがないねとばかりに列席者たち全員がため息。

 

「航空宇宙軍は今になってどうして密輸の取り締まりなんぞしようと思ったのかね。今までは野放しだったじゃないか。それがどういうわけか突然取り締まりが始まった。何かあったのか?」

 

「そこだ。そこが謎なんだよ。別に新しい法律が施行されたわけでもない。本当に突然航空宇宙軍は密輸取り締まりを強化し始めた。理由は? 分からん!」

 

 次にトピックは何故火星航空宇宙軍が密輸取り締まりを始めたかという話題になった。確かにこれは気になることだ。

 

「地球の方の事情が変わったってことは?」

 

「地球の犯罪組織などについては情報が少ないが、地球の方で取り締まりが強化されたって話は聞いてないな。あくまで取り待っているのは火星の側だけ」

 

 列席者たちはそう困惑したように会話を続ける。

 

「何か火星に入れたくないものがあるってのはどう?」

 

 そこで李麗華がそう発言。

 

「入れたくないもの? 地球で何かパンデミックが起きてる、とか?」

 

「それもあるかもしれない。どうして世界各地に税関ってのはあるのかと言えば、それは検疫を兼ねているからでしょ? 地球の方で発生した不利益なものが、密輸で入り込むのを防いでいるのかも」

 

「なるほど。そう考えると……少し恐ろしくなってきたな」

 

 李麗華の発言にトピックの列席者たちは考え込んだ。

 

「そう言えば、別に規制が強化されたのは密輸だけじゃないみたいだぞ。地上でもオールドドラッグ、電子ドラッグの両方の取り締まりは強化されているとか」

 

「ドラッグの取り締まりが? 俺はてっきりもっと感染症みたいなのを媒介する動物とかの規制が強まったのかと思ったんだが」

 

「どういうわけだろうな。俺たちは関係ないふたつの動きを無理やり結びつけようとしているだけのかもしれない。航空宇宙軍の密輸取り締まりとドラッグ取り締まりは無関係でしたってオチで」

 

 あれこれと何が脅威になっているから、火星当局が密輸規制を始めたのかが議論されるが結論が出る様子はなく、李麗華はトピックを離れた。

 

「U&Bだったよね。そっちも調べておこう」

 

 李麗華はそう呟いてログを漁る。

 

「“火星ドラッグ事情”って、まさにアングラな電子掲示板(BBS)だねー」

 

 李麗華は苦笑しながらログを再生。

 

『まずこの電子掲示板(BBS)の利用規約として電子ドラッグをやりながらのログインは禁止だ。その上で話し合ってくれ』

 

 基本的に常識がある電子掲示板(BBS)では電子ドラッグを使用しながらの利用は規約で禁止されている。場所によっては電子ドラッグジャンキーというだけで、利用を断られるとところもあるぐらいだ。

 

『また地球で新しいのがリリースだぜ、兄弟。今度のもかなりぶっ飛ぶって話だが、もう試したやつはいるか?』

 

『噂になっているコロンビア製のやつだろ。あれはまだそんなに火星じゃ出回ってない。ドラッグカルテルが扱うとは言ってるけどな。アセンション・ゼロとか、そこら辺の電子ドラッグを扱う連中が』

 

『そういうときは直接地球から仕入れればいいんだよ。宇宙海賊に金を払えば、地球から持ってきてくれる。まあ、馬鹿高い金はかかっちまうけどな』

 

 どうやらこの流れでU&Bの名前は出たようだなと李麗華がログの再生を続ける。

 

『宇宙海賊も下手なところに頼むと金だけ持ち逃げされるぜ。それか間抜けにも航空宇宙軍に取っ捕まっちまうか』

 

『腕のいい密輸業者を知っておくのも、この娯楽での必須技能。俺はいつも決まったところにしか頼まない』

 

『電子ドラッグならU&Bってところか?』

 

『おいおい。そういう具体名を出すのはやめろよ。どっかで火星中央捜査局やウォッチャーの犯罪捜査部門が見ているかもしれないんだからな』

 

『なにビビってるんだよ。そんな真面目な連中が、こんなところみてるわけないだろ』

 

 実際のところ、ここに火星の治安を維持する火星内務省中央捜査局やウォッチャー・インターナショナルの犯罪捜査部門が出入りしているという話は聞かない。

 

「おう、シュリーマン。新しい仕事(ビズ)の下調べか?」

 

 そこでフォックスロットが姿を見せた。彼はいつも暇そうだ。

 

「まーね。そっちはどうなの?」

 

「最近、現実(リアル)の方が滅茶苦茶忙しいから、休める時はここで駄弁ってるってところだ。率直に言って景気は悪い」

 

「フォックスロットって確か情報保全企業(インフォセック)勤務だったよね?」

 

「一応な。ただの技術者のひとりってところだよ」

 

「会社勤めは大変だねー」

 

「おいおい。定職に就かず、ハッカーだけで食っていけると思うのは若いころだけに許された妄想だぜ。お前さんはまだ若いだろうから分からないと思うが、年取ると理解できるようになるさ」

 

「フォックスロットはいつ頃、その現実(リアル)ってやつを受け入れたの?」

 

「30のとき。結婚したんだ。ここで知り合った人間と。だが、ハッカーだけで家族を養うのは無理だったとだけ言っておこう」

 

「初めて聞いた。結婚してたんだ」

 

「昔な。今は離婚してるがね」

 

 李麗華が意外そうに言うのにフォックスロットはそう言って肩をすくめた。

 

「まあ、確かにアングラハッカーをやってるだけじゃあ、儲からないよね。情報を売り買いする情報屋になるか、あるいは傭兵になるか。それぐらいのことはしないと収入がないよ」

 

「あとはホワイトハッカーの転職か、だ。クソ退屈な仕事だが、収入は安定する」

 

「それはまだ当面はいいや。君を見てると本当に退屈そうだし」

 

「悪かったな」

 

 李麗華の言葉にフォックスロットは渋い顔。

 

「だが、本当にいつまでも野良のハッカーでいようなんて思うなよ。メガコーポにご奉仕する社畜になれとは言わないが、ケツを持ってくれる人間がいないと、不味い状況になってそのまま死に一直線ってこともあるんだからな」

 

「心配してくれるんだ」

 

「そりゃな。長い付き合いだし。死なれると夢見が悪い」

 

「どうも」

 

 フォックスロットが軽い調子でそう言うのに今度は李麗華が肩をすくめた。

 

『李麗華? 情報は集まったか?』

 

 と、ここで七海が連絡を入れてきた。

 

「ぼちぼちってところ。そっちは?」

 

『今回の仕事(ビズ)にはもしかしたらドラッグカルテルが介入してくるかも』

 

「こっちと同じ結論だね。合流しよう」

 

『了解だ』

 

 李麗華は七海に合流を知らせ、七海頷いて連絡を切る。

 

「割と忙しそうだな?」

 

「ほどほどだよー。じゃあね、フォックスロット!」

 

「ああ。またな」

 

 李麗華はフォックスロットに断ってからBAR.黒猫よりログアウト。

 

 プライベート空間に戻ってきた李麗華は、そこに保存されているファイルを眺める。数多くあるファイルの中にG-APPのコピーがあった。

 

「これの解析はどうしたものだろう。なかなか手が付けにくいというか」

 

 既に李麗華は解析に手を付けていたが、出鼻をくじかれている。

 

 まず李麗華が目指したのはG-APPの作用原理の解明であり、コンピューター上でその作用を確認しようとした。いわゆるイン・シリコの解析方法であり、市販されている医療実験用の脳神経シミュレーターに、G-APPを加えてみたのだ。

 

 結果、何も起きなかった。

 

 何も起きなかったのだ。李麗華は偽物をつかまされたのかと思ったが、電子署名には確かにメティス・メディカルとハイデッガーのそれがあった。

 

「どういうことだろうねー?」

 

 全く以て謎である。

 

 電子ドラッグがそう簡単に複製できないようになっていると聞いたことはあるが、これもそうなのだろうか?

 

 分かっているのはこれによって作用原理から解析しようと思っていた李麗華は方針転換を強いられていることだけだ。

 

「ま、ぼちぼちやりましょう」

 

 そう呟いて李麗華はマトリクスから出た。

 

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