異世界から帰ってきたと思ったら火星。   作:第616特別情報大隊

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ジャンクヤードと食事

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 ──ジャンクヤードと食事

 

 

 帰りは何のトラブルもなく、七海たちはテンノヴァズ・ルームを出た。

 

「次は私の修理だ。いいか?」

 

「オーケー。医者に行くのか?」

 

「まさか。自分で治せる。いくつかの部品さえあればな」

 

 七海の問いにアドラーがそう返す。

 

「部品はどこで?」

 

「ジャンクヤードに行く。安い部品が手に入るはずだ」

 

 アドラーはそう言ってオポチュニティ地区をジャンクヤードに向けて進んだ。

 

「そう言えばBCI手術って具体的はいくらぐらいするんだ?」

 

「簡易なものならば7000ノヴァ程度で受けられるはずだ。ただ、そこからちゃんと(アイス)などを準備しておかないと、私の攻撃を受けたギャングどもみたいに脳みそを焼き切られるぞ」

 

「ふうむ。とりあえずは金を稼がないとな」

 

 7000ノヴァということは、為替相場がどうなっているかによるが70万円というところだ。結構な大金である。そして今の七海は文無しだ。

 

「ああ。BCI手術がなくともお前は十分に戦えている。暫くは問題ないだろう」

 

 アドラーもそう請け負い、彼らはオポチュニティ地区の通りを進む。

 

「あそこがジャンクヤードだ。またしてもギャングの縄張りだが」

 

「またかよ」

 

「今回はトラブルを避けよう。穏便にやる」

 

「了解だ」

 

 アドラーの提案に七海が応じ、彼らはジャンクヤードに近づく。

 

 ジャンクヤードは一見して粗大ごみが不法投棄されているゴミの山を抱えた場所に見えるが、ちゃんと有刺鉄線を付けた高い柵があり、あちこちに監視カメラあって、機関銃で武装したドローンが飛行している。

 

 さらには実に陽気なアロハシャツの上から、物々しいタクティカルベストなどを身に着け、自動小銃で武装してギャングと思しき連中が10人もいる。

 

 確かにこれはトラブると偉いことになりそうだと七海は思った。

 

「止まれ」

 

 七海たちがジャンクヤードに近づくと、そのギャングが静止してきた。

 

死体漁り(スカベンジャー)どもじゃないだろうな? 生体認証だ」

 

 自動小銃を握り、パナマ帽を被った男がそう言って、七海とアドラーの網膜や顔の骨格から生体認証が実行される。認証を行うのは男の機械化された眼球にインストールされたスキャナーだ。

 

「オーケー。死体漁り(スカベンジャー)ではないな。何の用事だ?」

 

「パーツを買いに来た。バイオマス転換炉のグレード5以上のものが欲しい。軍用のものであれば文句なしだ」

 

「ふん。それならあるかもしれないな。今、在庫を確認するが金はあるんだろうな?」

 

「もちろんだ」

 

「分かった。待ってろ」

 

 パナマ帽のギャングはそう言って仲間に確認し始めた。

 

「バイオマス転換って?」

 

「あらゆる有機物をエネルギーや補修部品として転換する無公害システムの一種だ。私のそれは壊れかけている。交換しなければ何を摂取しようともエネルギーにならず、最終的にはエネルギーが切れて倒れる」

 

「そいつは重要だな」

 

 人間で言えば食べ物を分解して吸収する消化器官のようなものが、バイオマス転換炉だ。この手の技術は資源が限られる火星では重要なものであった;。

 

「在庫があった。しかし、金が先だ。1500ノヴァだ」

 

「値段交渉はしないから、工房を貸してくれないか?」

 

「いいぞ。それぐらいならサービスだ」

 

 さっきのギャングたちと違って、こっちのギャングは話が分かるらしい。アドラーの要望に軽く応じてくれた。

 

「送金する。IDを」

 

「ああ」

 

 どういう仕組みか七海には分からないが、もう現金というのは使われていないらしい。ギャングですらキャッシュレス決済であった。

 

「確認した。工房はこっちだ。置いてある機材は自由に使え」

 

「助かる」

 

 ジャンクヤードの柵の中に工房はあった。元は車修理のためのガレージだったのだろう、車を持ち上げるためのジャッキやクレーンなどが備えられている。

 

「自分で修理するのか? 俺に手伝えることはある?」

 

「大丈夫だ。少し待っていろ。すぐに終わる」

 

 そう言ってアドラーは服を脱ぎ始めたので、七海がぎょっとする。

 

「そ、外で待ってるからな」

 

 七海はそう言って工房の外でアドラーを待った。いくらアンドロイドだとしても、アドラーは美女で、その裸を見るのはなんだか悪いことのような気がしたのだ。

 

 そして、待つこと30分足らずで、アドラーが戻ってきた。

 

「終わった。これで万全だ。使えなかった機能も復旧した」

 

「それはよかった。じゃあ、次は飯食いに行くか?」

 

「ああ。待たせて悪かった」

 

 それから七海とアドラーはジャンクヤードを出て、再びオポチュニティ地区の通りを進み始める。コンクリート、落書き、ゴミという光景はどこまでも続く。

 

「火星の飯って何が美味いんだ?」

 

「ヌードル系が無難だろう。合成品になるが」

 

「おお! ヌードル系ってことはラーメンもあるのか!?」

 

 異世界で過ごしていたときにずっと食べたかったラーメンが、この火星にもあるのかも知れないとなり、七海が興奮し始める。

 

「当然あるだろう。検索しておいておく」

 

「豚骨醤油がいい。横浜のラーメンな」

 

「ふむ。調べてみよう」

 

 七海の生まれは九州の熊本でそれなりに故郷を愛しているが、ラーメンにおいては愛郷心は別にすることにしている。

 

「フルーツラーメンというやつではダメか? 近くにあるんだが」

 

「ダメ。絶対にダメ」

 

「分かった。しかし、ヌードル系はいろいろとあるからな……」

 

 ベトナムのフォーやらカンボジアのクイティウやらとアドラー。

 

「そういや火星独自の料理ってのは?」

 

「ない。そういう食文化が生まれる土壌がなかった。火星はかつてのアメリカみたいなものだ。移民たちの国であり、移民たちの惑星。それぞれがそれぞれの出身国の料理を持ち寄っているが、オリジナルというとさっぱりだ」

 

「残念だな。ちょっと興味あったんだけど」

 

「まあ、火星だけで販売しているお菓子などはあるぞ」

 

 七海が肩を落とし、アドラーはそう言いながら通りを進む。

 

「ここが飲食店の多い通りだが、残念なことに豚骨醤油ラーメンと言うのはないようだ。他のものを食べるか?」

 

「分かった。日本のラーメンなら何でもいい。我がままは言わない」

 

「分かった。こっちだ」

 

 アドラーが案内した先には龍龍亭と看板が出ていた。店構えは少しばかり中華ちっくだが、漂ってくる香りは、懐かしい豚骨ラーメンの香りだ! これは間違いなく豚骨ラーメンの店だ!

 

「うう……。ラーメンの匂いだ……。待ってたぜ、ラーメン……」

 

 思わず七海の目に涙が浮かぶ。

 

「おい。どうした? 食べたかったんじゃないのか?」

 

「いや。悪い。あまりにも懐かしくてな。入ろうぜ。腹ペコだよ」

 

 アドラーが心配するのに七海はそう言って龍龍亭の扉を潜った。

 

「いらっしゃい! 2名様?」

 

 店はそこまで広くないが、肉まんを蒸している蒸し器があったり、ホログラムの食品サンプルが表示されていたり、やはりホログラムの近未来的な食券機があったりと、あれこれいろいろなものが置いてある。

 

「そう、2名ね」

 

「食券を購入されてから、カウンターにどうぞ!」

 

 七海が店主だろう鉢巻き姿の男にそう言い、店主は食券機を指さした。

 

「何にする?」

 

「俺はチャーシュー麺に味玉を3個トッピングして、後はチャーハンと餃子と……」

 

「待て。そんなに入るのか?」

 

「とにかく食べたいんだ。金は足りそうか?」

 

「金は心配するな。だが、腹の心配はしておけよ」

 

「オーケー」

 

 アドラーにそう言われて七海はちょっと規模をスケールダウンして、ラーメンとチャーハンのセットを選んだ。ホログラムのボタンを押すと、紙の食券が出て来る。ここら辺は全然変わってないなと七海は思った。

 

 またアドラーはシンプルにラーメンだけを頼んだ。

 

「こいつを頼むよ」

 

「あいよ! チャーハンセットとラーメン単品ね!」

 

 カウンター席に座った七海たちが食券を出し、店主がラーメンを作り始める。

 

「七海。これからのことをここで相談しておこう」

 

「ああ。食い物の次は住む場所ってところか?」

 

「衣食住だな。衣類も準備しないと、お前のその格好はコスプレみたいだぞ」

 

「悪かったね。勇者のコスプレでさ」

 

 アドラーは完全武装の格好だし、七海は中世丸出しの荒い作りのチュニックにズボンだ。これではどう見ても不審者コンビである。

 

「やはりこれからビッグになるのだから、格好はちゃんとしないとな。それに住居を借りる際にもちゃんとした格好をしておいた方が評価が高い」

 

「そういう問題もあったな。なら、次は衣類だが、本当に金は足りるのか?」

 

「まだまだ大丈夫だが、住居を借りても払える家賃は数日分だけだ。暫くは棺桶(コフィン)ホテルに宿泊すべきだろう」

 

棺桶(コフィン)ホテル? なんだか物騒なホテルだな……」

 

「日本のカプセルホテルをさらに安物(チープ)にしただけのものだ。人がひとりようやく眠れる棺桶(コフィン)が得られるだけで、その他のサービスはシャワー程度」

 

「まあ、金がないんじゃしょうがないな」

 

 七海はとにかく金の心配をしていた。人間は金がないと精神が安定しないものだ。

 

「はい! チャーハンセットとラーメン単品ね!」

 

 そこで注文した品が届いた。

 

 豚骨ラーメンの独特の香りを漂わせるのは、まさに豚骨ラーメンだ。スープの表面には脂がたっぷりで、大きなチャーシューは食欲をそそり、ネギときくらげがドンブリを彩っていた。

 

 チャーハンも香ばしく焼き上げられており、大きなブロック状の肉が入っている。

 

「いただきます!」

 

 七海はまずラーメンからずるり。脂と熱くて濃厚なスープを纏った中太麺は、地元熊本のラーメンを思い出させてくれた。豚骨醤油の太麺も食べたかったけど、これはこれで大満足である。

 

「美味い、美味い。こいつは最高だ!」

 

 七海は5年ぶりにラーメンに歓喜していた。まさにここが天国だ。火星だけど。

 

「合成品にしては上手く加工してるな。なかなかだ」

 

「合成品?」

 

「お前、火星でコストのかかる畜産や農業がまともにやれるはずがないだろう。だから、火星では食料工場で一括して生産が行われている。ほとんどの食品は大豆とオキアミの加工品で、それに化学薬品だ」

 

「へえ。でも、普通にラーメンだぜ。美味しいから問題なし!」

 

 それから七海は替え玉して、腹いっぱいになるまでラーメンを貪ったのだった。

 

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