「卓蔵……どういうつもりだ?」
小南達の前から去っていった後に二宮に捕まった。
正確に言えば親戚が集う場所に行って二宮と出会い二宮が卓蔵を見つけたぞと鋭い眼光で睨みつけた。
「どういうつもりって、なにが?」
「なにがじゃない、なんでボーダーを辞めた?」
「それに書いてある通りだよ」
ボーダーを辞めた、それは二宮にも理解することが出来なかった。
親戚同士が集う場所で卓蔵の父から卓蔵はボーダーを辞めた事を知らされた。最初は何の嘘かと思ったがホントに辞めていた。
二宮も理解することが出来なかった。卓蔵とは従兄弟で競い合いをする関係性だったが突如として卓蔵はリタイアした。何かがあったら一言ぐらい自分に相談するのが筋だ。道理だと本気で思い込んでいる。
「【もういい、もう頑張る事に理不尽に抗う事に疲れた。傍観者でもなんでもないモブキャラAになりたい】」
二宮がボーダーに記憶を消去される前の卓蔵が残した最後の手紙を読んだ。
卓蔵は酷く疲れていた。卓蔵は酷く苦しんでいた。傍観者でもなんでもないモブキャラAになりたい、そう願った。それがなんなのか分からない。色々と無理しているが卓蔵は特別に才能に恵まれているわけじゃない。香取葉子の様に難しい問題等を練習も何も無しで一発で高得点を取れるほどに器用じゃない。才能が無い分、努力をしている。努力で足りない要素をカバーしている。勿論努力じゃどうすることも出来ない世界はある。そういう時は仲間に頼るという手段を卓蔵は知っていた。それでしっかりと成果を残し、卓蔵はA級隊員になっていた。
「……なにがあった?」
そんな卓蔵が折れた。疲れたと逃げた。苦しい時が沢山あったのを二宮は知っている。だがそれでも前に進んでいた。
苦しくても辛くてもどうして自分がこんな目に遭わないといけないんだと嘆いてもそれでも前に進んでいっている。血の繋がりは少しだけだが弟の様に思っていた。そんな卓蔵が折れた……コレはありえないことだとなり詳しい詳細を聞こうとする
「いや、なにがあったかって言われてももうなにも覚えてないんだけど」
「…………っち」
「え、これ、俺が悪いの?」
なにかがあったのだろうと二宮は卓蔵に問い詰める。だが卓蔵は既に記憶封印措置を取られている。
ボーダーに居た頃の記憶は無い。心で何となく覚えている者達は何名かは居る。小南がその内の1人だったりするがホントになにも覚えていない。どうして辞めたのか……分からない。
「匡貴、もういいじゃないか」
「おじさん……」
「卓蔵の意思でボーダー入隊を認めた。なにがあったかは分からない、だが卓蔵は卓蔵の意思でボーダーを辞めたんだ」
「だがっ」
「苦しいと思った。辛いと思った。それでも頑張った。でも、理不尽な事があった。だから卓蔵は折れたんだ……私としてはボーダーを辞めてくれてよかったと思っている」
卓蔵の父が卓蔵には色々とあってボーダーを辞めた、息子が戦場に立っていることは嫌な事だと認識していたからスッキリしている。
色々理由はあれども卓蔵はボーダーを辞めた……これ以上は危険な目に遭わない、苦しい思いをしないで済んだ。辛いことや面倒な事は避けてはいけないことだが、時には逃げてもいい。逃げなければならない。卓蔵は強い子供だがそれでも折れた。ならばと否定しない。
「…………お前は……お前はそれでいいのか?」
「……それでいいもなにも記憶が無いからなんとも言えない。これで良かったとも言いづらい……でも、俺の心にあるのは……やっと苦しい思いをしなくて済む、自分らしく生きれるって何かから解放された思いかな」
「っ……」
きっとなにかあった、色々と苦しんだ末の答えの筈が卓蔵は苦しんでいない、むしろ肩の荷が下りたと気楽になっている。
今まで自分というものを徹底的に押し殺していたのは知っている。だけど我慢の限界がやって来た。卓蔵は逃げるという選択肢を取った。その事について卓蔵の父は卑怯者とは言わない。大人は逃げることが出来るが子供は逃げることが出来ない、学校がいい一例だ。
やれることはしっかりとやったし悔いは残っていない……と言う思いはあるかどうかは分からないが卓蔵はスッキリしている。
「………………」
今の卓蔵はボーダーを辞めた、去るものについてとやかく言っていいことなのか?
二宮はボーダーに入ってから様々な出会いがあった。だが、本当の別れを経験した数は少ない。ボーダーを辞めたのは勿体無いと思っている。だが卓蔵の口からなにかから解放されたと言う言葉は嘘偽りなかった。
「…………失礼します」
「……俺の足取りを追っても無駄だと思うよ」
親戚が集いこの1年に色々とあったななどの様々な愚痴り合いをしている正月あるあるの場所から二宮は抜け出す。
卓蔵がボーダーを辞めたという事実は受け入れた。卓蔵が苦しい思いから解放されたというのが嘘じゃないのは分かった。だから今の卓蔵はもう追わない……でも、なにが卓蔵を苦しめたのか、なにが卓蔵をボーダーに辞めさせるまで追い詰めたのかを知らなければ気が済まない。
「…………迅だな」
上層部に問い詰める、ということをしても意味はあるだろうが如何せんボーダーと言う組織はとにかく隠し事が多い。
守秘義務があるのはわかるしその内容からして外部に漏らしてはいけないというのは嫌でも分かっている。自分が率いている部隊もとある一件を絶対に喋るなと情報規制をしている。上層部に問い詰めても卓蔵が悩みに悩み抜いてボーダーを辞めるという決意をしたのだと言われるのがオチ。実際問題、悩み抜いてボーダーを辞めたのだからその後については文句は言わない。
ただ、どうしてそうなったのか分からない……その真実だけを聞きたい。例えそれが自分の中で納得することが出来ない答えだったとしても真実は知っておきたい。
「む、にのみやか」
「……迅は何処だ?」
大体の事は知っているであろう人物、それは人生トロッコ問題、ボーダーが誇る実力派エリートこと迅悠一だ。
迅の口からなにがあったのかを聞き出す為に二宮は足を運べばお子様S級こと林藤陽太郎と雷神丸に出くわした。二宮は何時も通りにしているが若干だが冷静さを欠いている。
「ジンならレイジのおせちを楽しんでるぞ」
「迅、なにがあった!卓蔵になにがあったんだ!いや、お前のことだ卓蔵になにかしたんだろう!!」
玉狛支部でレイジ特製のおせちを食べていると言われればズカズカと上がり込む二宮。
迅はレイジ特製のおせちを堪能しており二宮が現れると驚いた。
「二宮さん、なんなの?」
「なんなのじゃない、卓蔵についてだ!お前なにか知っているんだろう!教えろ!!」
「卓蔵……え、嘘!?ボーダー辞めちゃったの!?」
なんで二宮が玉狛支部にやってきたか分からない迅
卓蔵について言われれば予知で色々な未来が視えて……卓蔵がボーダーを辞めたと言うのを今知った。と言うか視た。
迅のリアクションを見て嘘ではないと分かり二宮は強く迅を睨みつける。
「なにか隠しているだろう?」
卓蔵がボーダーを急に辞めた。我慢の限界を迎えて辞めた。
それ相応の理由がある。上層部以外でそれを知っていそうなのは迅、自分が知らないところで何かがあったに違いないと確信を得ている。
「う〜ん……まぁ……先月に色々とあったのは確かだけど……」
「教えろ、なにがあった?」
「悪いとは思いますけど、これに関しては守秘義務があるんで教えれないです……オレもなにが決定打になったか分からないんで」
「っ……つまりはなにかがあったんだな……」
「まぁ、そうですよ」
迅も守秘義務があるから喋れない。なにがボーダーを辞める為の決定打になったのか分からない。
知らぬ存ぜぬでとぼけるわけではなく守秘義務で喋れないと言った。何かがあったのだと二宮は聞くと迅は否定せずに認めた。
「……邪魔したな」
「いえいえ……まさかボーダー辞めるのか……読み逃した……いや、視えてても止められなかったな……」
なにかがあったからボーダーを辞めた。それは確定だった。
迅ですら卓蔵がボーダーを辞めると言うのは完全に予想外、しかし仮に知っていても止めることが自分には出来なかった。
無力さを迅は痛感しない。それはとっくの昔にしているから。卓蔵の心を折ったのは自分にある。そうしないといい未来に辿り着かない、残念そうにするが……ある程度の割り切りはする。
「…………他の奴等は知っているのか……」
ポケットからスマホを取り出した。なにかがあったのだけは確定、そのなにかについて暴き出さないといけない。
部隊の面々から連絡は来ていない、それはつまり卓蔵がボーダーを辞めたと言うのを知らないことだ。従兄弟である自分でさえ親戚一同の集いでポロッと零した話題から知ったこと。プロ野球選手や芸能人の様に大々的に引退宣言をするわけではない。
話題にならなければ今日、自分は知らなかった。だったら他の面々も知らなくても当然の事だ。無理に連絡をして騒ぎを起こすべきか?
「…………東さんに相談する……いや……東さんも新年の集いに……行くか」
色々と考えても埒が明かない。
困ったら頼りになる人こと東春秋こと東さんに相談すべきかと思ったが、東さんも新年の集いに出ている……ならばボーダー本部に行くしかないのだとボーダー本部に足を運べば大人同士の背徳の職場飲み会をしている冬島や東を見かけた。
「東さん……ちょうどよかった」
「二宮じゃないか、どうしたんだ?」
「……卓蔵がボーダーを辞めました」
「……!?……それは、ホントなのか?」
「本当です……ボーダーの公式サイトから名前が抹消されてますし、本人も記憶封印がされています」
直ぐに見つかった東に卓蔵がボーダーを辞めたと言うのを伝えれば東は一瞬だが思考がフリーズした。
そして直ぐに卓蔵がボーダーを辞めたと言う情報を頭に入れて真偽を探るのだが二宮は既に色々と知っており名前が抹消されて本人も記憶封印されていると伝える。
「……どうして急に……」
「……小林は頑張ったんだ。もう休ませてやれよ」
東もどうして急に辞めたのか分からなかった……だが、隣で酒を飲んでいた冬島はもういいだろうと終わりにしようとした。
この話そのものを終わりにしようとしているのでなくこれ以上は深く卓蔵について追わない、ゆっくりと休ませるように言う。
「冬島さん、なにか知ってるんですか?」
「知ってるもなにも、アイツの記憶を弄ったのは俺だよ」
「……っ!?」
「部隊もやってることも違うけど今のボーダーが出来てから一緒になって頑張ってきた関係性だ。ある一件の事で思うことがあった。だからって辞めるまではないんじゃないのか、ほんの少し話し合った。そしたらアイツ、泣いてたんだ」
「泣いてた……」
「これ以上、ボーダーという組織に居たら自分はおかしくなっちまう。やっていることが戦争ならばナチスドイツぐらいに非道にしろ……もう、これ以上は頑張ることは無理だって」
記憶をボーダーに封印される前の最後の卓蔵と語り合った冬島は覚えている。
これ以上はボーダーという組織に居たら自分はおかしくなる。これ以上は我慢できない、頑張れないと。
二宮から見れば弟みたいな奴だがそれでもしっかりと自立してる……だが、それでも泣いてしまった。これ以上もう頑張る事が出来ないと。
「……なにが、あったんです?」
「……悪いな。守秘義務で教える事は出来ない……でも、もういいじゃないか……小林は充分なまでに頑張ったんだ」
「アイツがなんでボーダーに入隊したのか冬島さんは知っているはずだ。それなのによく頑張ったの一言で終わらせる事が出来るのか?違う」
「ああ、違うな」
「!」
近界民に対して憎悪を抱いてボーダーに入隊した。近界民に日常を奪われた。ボーダーに日常を奪われた。
だから踏ん反り返る、近界民に対して色々と奪い返す。許すという選択肢は最初から無い。卓蔵はそんな思いを持っており、努力をし成果を残した。それなのによく頑張ったの一言で終わらせるのは間違いであると言えば冬島は素直に間違いであると認める。
「でも、これ以外の言葉は一切見つからねえんだ……記憶を封印される最後にほんの少し会話して、小林は頑張った、我慢した、疲れている、肩の荷が下りる、苦しまなくて済む、そんな事を言われたし言葉1つ1つに思いがヒシヒシと伝わって……最後の最後に面白いサイドエフェクトを持ってるって教えてくれた……」
「……小林、サイドエフェクトを持っていたのか」
「ああ、中々に面白いサイドエフェクトだ……まぁ、迅や菊地原みたいに戦闘で使えるわけじゃない。村上みたいな使い方……いや、何でもありだな」
小林卓蔵の最期について見届けた、コイツはもう休む時が来たのだと頑張ったなと言うのが大人な自分の仕事だと思った。
最後の最後に卓蔵の持つ面白いサイドエフェクトについて知ることが出来……別れを認めた。
「……………」
「真実を追っても構わない……けどな、アイツは、小林卓蔵はもう辞めたんだ。これ以上無理をさせるな。真実を知ってもう1回戻ろうと言ってもアイツはもう戻らない……今は前をしっかりと見ろ」
「っ……」
冬島は全てを知っているが言うに言えない。例えそれを話すことが許されたとしても卓蔵は戻ってこない。
引き止める言葉は何度も何度も言った。それでも止まらない。これ以上はもう無理だと離脱した。
「……俺は……受け入れることが出来ます……でも」
「三輪か……確か同期でクラスメイトで1番の仲良しだったな」
卓蔵がボーダーを辞めたという事実を二宮はなんとか飲み込もうとする。
だが、飲み込むことが出来ない者が居る。卓蔵と同期で卓蔵と同じクラスで近寄り難い雰囲気を醸し出しているが仲良しな関係性にある三輪が。今はまだ正月だからと浮かれている。この事を知らない。二宮よりも詳しいことを知っている三輪はどうなるのか、それはまだ誰にも分からない