小林、ボーダー辞めたってよ   作:アルピ交通事務局

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第5話

 

 お年玉の平均的な額、それは分からない。

 しかし学生にとって10000円とは非常に大金である。数万円となればリッチ過ぎるぐらいリッチだ。

 

「…………何があったのか……」

 

 卓蔵は自分の預金通帳を見つめていた。預金通帳の中には250万円というか大金が入っていた。

 アルバイトはしていない、今の今までボーダーに務めて居たのだが綺麗サッパリと記憶を失っている。しかし、ボーダーに居たという証は残っていた。250万円という子供が持つのにはありえない額の預金が発覚した。

 自分がボーダーに居た頃に稼いだ金だがなんの記憶も残っていない、金は金なので不愉快な思いはしない。ボーダーに対する憎悪は消えていないが、もうボーダーとは関わり合いを持たない様に、所謂世間一般で言うまともってやつになろうとしている。

 

「気持ちの整理は追いついたか?」

 

「……なんとも言えない」

 

 朝ご飯を食べ終えたので皿洗いをしていると父が気持ちの整理が出来たかと聞いてくる。

 自分の中のエピソード記憶が消えるレベルでしっかりと記憶を封印してもらった、自分の事を知っているあの太った男性は自分の事を忘れているとわかった時は少し悲しそうな顔をしていた。それでも自分が記憶がなにもかも封印されていると分かれば救われた気持ちになった。もう頑張らなくてもいいんだと気持ちがスッキリした。

 ただ、まだ終わってない。エピソード記憶をゴッソリと持っていかれた、この数年の出来事をゴッソリと持っていかれた。もう苦しい思いをしなくてもいいんだと心が楽になっている反面、三輪を思い出せば罪悪感を抱いている自分が居るのに気付く。それはきっと、自分が逃げたことに関しての罪悪感から来るものだ。

 

「少し気分転換に出かけるといい……ボーダーで得たお金はこの為にある」

 

「……うん……」

 

 三ヶ日を終えたがまだ冬休みは続いている。

 お正月モードはもう終わりな雰囲気を醸し出しているが、その時は余り物の福袋とかがある。

 ボーダーで得た250万と言う大金、使うことに関しては特に思うことは無い。父に言われた様に気分転換の為に出かければいいのだと出かけることを決めた。

 

「10000円でも大金なのに、250万か……俺はなにをしていたんだろう?」

 

 こんな大金があるのに全くと言って使わなかった。

 欲しい物がきっとなにかある筈なのに、全くと言って使った痕跡が無い。記憶を封印される前の自分はいったい、何をしていたのかが気になるが卓蔵は使える物は使おうと銀行に向かいお金を下ろした。額は4万円、充分な大金だ。

 

「………………………ヤバいな…………………なんにも動かない」

 

 ショッピングモールに卓蔵はやってきた。

 日用品から雑貨品まで色々な物が売られている総合施設なのだが、卓蔵は何処の店に行きたい!と言う食指が動かなかった。なにが欲しいとかそういうのが浮かばない。4万円という大金を下ろした、折角だから贅沢をしよう!と贅沢をしようとしたのだが贅沢の仕方が分からない。回らないお寿司や注文形式の焼肉?……そんな気分じゃない。

 

「…………」

 

 卓蔵が足を運んだのはスポーツ用品店だった。

 自分の中で区切りをつけたから未練は無い!と思っていたのだが、どうしても足を運べば未練が出てきてしまう。だから今まで近付かない様にしていた、近付けばボーダーで頑張る自分を保つことが出来なくなるから。

 

「あ、小林くん」

 

 今まで見ないようにしていたものを見てしまった。関わり合いを持てば色々と出てきてしまう。だから我慢をしようと店から去ろうとするのだが那須隊の熊谷と遭遇をする。

 

「……なにか?」

 

「なにかって言われても……珍しいわね、スポーツ用品店に居るだなんて」

 

 卓蔵は声を掛けてきた美少女についてなんにも覚えていない。

 プライベートで仲が良かった三輪ですらギリギリ覚えているレベルなので、プライベートな付き合いがあるかないかで言えば無い熊谷を見てもなんにも思い出せない。元旦に会った小南と違って不快感を感じないので悪い感情を抱いていないのは確かだろうが、なにも思い出せない。

 

「俺がスポーツ用品店に居るのがそんなにおかしいか?」

 

「おかしいって言うか……そういうのに興味が無い?自分で筋トレしたりしているけど、なにかスポーツをしてるって印象は無いわ」

 

「…………そうか」

 

 どうやらなにも知られていない感じだな。

 自分がボーダーを辞めたら三輪達に対して申し訳ない気持ちがあったし、ボーダーを辞めた事に関しては言わないでおこう。

 何事もない様に、コイツが知っている小林卓蔵として対応をして終わらせよう……そう思っていると、自分の中のなにかが警戒をした。

 

「っ!?」

 

 それは卓蔵は分からない、でもこれ以上はここに居てはいけない。いや、居たくはないのだと思った。

 眼の前に居る女性と話をしても不快感は特に感じなかった。元旦に会った女とは違う感覚、自分がなんとも情けないと思える感覚が走った。

 

「熊ちゃん、これなんかどうかしら?……あ」

 

「…………あ、いや、その……」

 

「……珍しいわね、逃げないだなんて」

 

 可憐な見た目の美少女こと那須玲が現れた。

 那須を見た途端にこの場には居たくない、居てはいけないのだとなる。卓蔵は逃げたいのだが、なんでこんな思いをしているのかが分からない。この気持ちがなんで生まれているのか、ここにいれば自分が惨めになるのにと思っている理由が分からなかった。

 だから動かない卓蔵を見て熊谷は珍しいものを見るように見ている、ボーダーに居た頃の卓蔵は那須に会いたくないと思っている。ホントに聞く人が聞けば些細な理由で会いたくないと思っていた。

 

「小林くん、あけましておめでとうございます」

 

「…………」

 

「何時もの事だけどその反応はやめなさいよ!」

 

「…………何時も、なのか……」

 

「何時もって言うよりは毎回?……どうしたの?なんか変なものでも食べたの?」

 

「…………なにも覚えていない」

 

「え?」

 

「多分、ボーダー関係の知り合いだろうが俺はお前等を覚えていない……記憶を封印してゴッソリとエピソード記憶を持ってかれた。お前等を見て誰なのかが分からない」

 

 素知らぬ顔で動こうと思ったが、自分とそれなりの関係性にあるのが分かった。

 記憶封印されている事は言わないでおこうと思ったのだがこれ以上は無理だと卓蔵は観念したのか自分が記憶を封印されている事を正直に告白した。

 

「記憶封印って、なんで」

 

「ボーダーを辞めたからだ」

 

「……え!?」

 

「……悪いが、ここには居たくない。じゃあな」

 

「ま、待って!」

 

 2人を見ていればなんとも言えない気持ちになっている。

 嫉妬とも言えるし自分が情けないと思えるなんとも複雑な思いであり卓蔵は去ろうとしていたら那須が腕を掴んだ。だが、卓蔵は払った。頭は覚えていない、でも体は覚えている。それは那須に対しての行いではない、熊谷に対してそれを何度かしていると何となくで覚えている。どうしてなのかは分からないのだが卓蔵はここには居たくないのだとスポーツ用品店を去った。

 

「なんなんだ……なんなんだよ……」

 

 あの2人を見ていればよく分からないモヤモヤが出てくる。

 異性として好きとも嫌いとも違う思いであり、それは良くない物だと認識している。それを理由に当たり散らかす自分が居そうなので必死になって感情を押し殺した。

 

 

 

 

「小林くんがボーダーを辞めたって……」

 

「冗談にしては……普段とは違うわよね」

 

 スポーツ用品店に居る那須と熊谷は小林の発言を思い出す。

 何時もは那須を意図的に避けている、余程の事が無い限りは自ら接触する事は無いし、向こう側からの接触も拒んでいる。プライベートですらそれは変わらない、いや、むしろプライベートだからこそ接触を避ける。

 小林は那須に会いたくない、外にいる時は結構な割合で熊谷がセットなので意図的に熊谷と那須を避けるようにしているのだが今回は違う。なんだか何時もと違う雰囲気を醸し出しており自分達と顔を合わせた。

 

「なんか何時もとぎこちない感じだったから……記憶封印って」

 

「透くんに聞いてみるわ……三輪くんならなにか………え?」

 

 従兄弟である奈良坂ならばなにか知っているだろうと連絡を取る……その結果、奈良坂から三輪を経由して知った。

 卓蔵がホントにボーダーを辞めたと言うことを、一番交流が深い三輪ですらまともに覚えていないレベルで記憶を封印されているのを。

 

「ホントに小林くんはボーダーを辞めたって……」

 

「な、なんで!?」

 

「わからないわ……辞めたのは確かだって……」

 

「そんな……でも……それでも避けるの?」

 

 ボーダーを辞めて記憶を失った卓蔵はそれでも那須と熊谷を避ける。

 自分達を嫌っているわけではなくホントに些細な理由で関係を持ちたくないと思っている。だがしかし、熊谷と那須は別だった。

 

「お友達になりたいだけなのに」

 

「玲……」

 

 純粋に友達になりたいと思っている那須だが小林は那須を拒む。

 連鎖的に熊谷も拒んでいるところがある。友達のこんな顔を見たくないからなんか物凄くムカつくのだと思えばボーダーから支給されている端末から電話が入った。電話の向こうの相手は三輪だった。

 

「もしもし」

 

『……これ以上、卓蔵を傷つけるな』

 

「傷つけるって……なにもしていないわ?」

 

『なんで卓蔵がお前達を避けているのか分からないからだろう……卓蔵自身もそれが醜い物なのも理解している。だけど、自分でもどうしようもないと思っているからお前達を避けているんだ』

 

 三輪から卓蔵を傷つける事をやめろと言われるのだが那須はなにか酷い事をしている自覚は無い。

 三輪は卓蔵が那須達を避けている理由を1回聞いたことがある、それはなんとも言えないことであり自分を制御する為に2人から避ける様にしている。それがどういうことなのかをますます意味が分からない。

 

「そもそもでなんで玲を避けるのよ?辻ちゃんじゃないんだし」

 

『……2人が仲良くしているのを見て理不尽に怒る自分が居るからだ」

 

「……?」

 

 卓蔵はボーダーが表に出てきて友人関係や家庭環境が壊れた。

 ボーダーに対して憎悪を抱いているのだが、ここに那須に対して思うことがある。那須は病弱な肉体を健康に出来ないか云々の研究に関わっており、熊谷と友達でとても仲の良い関係性にある。

 

『卓蔵は今のボーダーが出来た事で色々な物を失った。対するお前は今のボーダーが出来た事で熊谷と言う友達を始めに多くの物を得た……ボーダーのおかげで救われている人とボーダーのおかげで絶望に落とされた人……卓蔵自身はそれが醜い嫉妬なのも理解してる。だが、自分自身で気持ちの整理が出来なかったんだ……だからお前達を意図的に避けていた』

 

 ボーダーによって住んでいた土地が奪われて、家庭環境が友人関係が全て崩壊した卓蔵。

 ボーダーによって病弱でも元気に動ける環境を手に入れて仲のいい学校が違う友達と遊ぶ那須。

 異なっているのだが似ている部分もそれなりにある。自分の様なよく分からない犠牲者を踏み台にして那須の笑顔が生まれている、自分は辛い目に遭っているのにと。勿論、それは口にはしない。そういう事は言ってはいけない事なのも余計な感情なのも理解している。

 

『なにかの拍子でキレてお前達に暴言を吐きたくなかった、幸せになっているのならばそれでいいと……もし、お前達と深く関われば卓蔵が我慢している部分を、本音を暴露する……あいつは、本音を語りたくないと割り切るのに必死だったんだ』

 

「…………小林くんが……」

 

 自分達に対して嫌いの感情を向けてはいなかった。ただ深く関わってしまえば最後、出してはいけない感情を出してしまう。

 それを出したら最後、一番最悪な関係性を築き上げてしまう。それだけはなんとかしないといけないのだと卓蔵は2人を意図的に避けている。事情を知らない者達が上手く鉢合わせさせようがそれでも避ける。じゃないと抑え込んでる感情が飛び出てしまう。

 

「なんで……なんでそれを黙っていたの!?」

 

『逆に聞くが、お前はこれに対してなにかしらの対応方法は浮かんでいるのか?』

 

「それは……」

 

『奈良坂経由で相談は何度か受けている、俺ならばなにかと思っていて俺が聞いた。俺も俺なりに考えたが、どうすることも出来ない』

 

「……新しい一歩を、新しい人間関係を作ろうって」

 

『それが出来たのならば苦労はしない。あいつは出会いや変化を求めてボーダーに居るわけじゃない…………あいつは、ずっと1人で悩みを抱えているんだ』

 

 一番仲が良い自分ですら、従兄弟の二宮ですら、卓蔵の悩みを知らなかった。

 便利なサイドエフェクトを持っていながらも自らの才能の無さに何度も苦しめられている。人との交流を意図して避けている。人付き合いが嫌いではなく、ボーダーが嫌いなのでボーダーで友人は作りたくないと。ランク戦は楽しいとかその手の感情を宿してはいけない、線引きをずっとし続けている。

 

「我慢、していたのね……自分の為に、玲や私を傷つけない為に。記憶を封印されていてもまだ」

 

「どうして小林くんは辞めたの?」

 

『あいつはこれ以上は頑張ることや我慢する事が出来ない、ホントにやりたいことを捨てても無能なのを理解させられたから。俺も二宮さんも……誰も、あいつの苦しみを理解出来なかった。冬島さん達は1人の大人として逃げていいって言っている。それが正しいかどうかはわからない。でも、あいつが辞めたって事実は変わらないし、なにが決定打なのか分からない』

 

 ボーダーを辞めたホントの理由を誰も知らない。でも、誰よりも苦しい思いをしていた。

 

「…………なにをどうすればいいのかしら?」

 

 今の卓蔵に対してなにかいいアドバイスをと思ったが、卓蔵に関して那須はなにも知らない。

 仲のいい三輪から色々と聞いている程度でありその三輪すらも線引きして生きている。友達という言葉を軽々しく使わない。

 

「失った物を今から1つずつ拾う……なんて事は言えるけど……」

 

『……卓蔵はホントはやりたいことがあった、そのやりたいことに関しての才能もあった。だが、経済的な事情で出来なくなったらしい』

 

「…………それってコレじゃない?」

 

 卓蔵がスポーツ用品店で見ていたもの、それはゴルフクラブだ。

 ゴルフと言えば金のかかるスポーツの代名詞の1つであり、卓蔵はそれを見ていたのを熊谷は見ていた。

 おそらくは卓蔵がやりたかったのはゴルフじゃないのかと熊谷と那須は考えたのだが三輪もホントにやりたいことを知らないのでなにも言えなかった。

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