TS転生ハイエルフが、幸福になるために必要なこと 作:ハイエー
世の中には幸福と不幸というやつがあって、大抵の人間は自分を不幸だと思って生きている。
少なくとも、前世の私はそうだった。
趣味という幸福の合間に、労働という不幸を背負って生きていたのだ。
そんな私が転生したのは、ハイエルフと呼ばれる絶世の美貌と、魔術に関する類まれな才能を約束された種族の少女だった。
いわゆるオタクという生物だった私は、「転生」というものについてそれなりに理解がある。
「転生」といえば、不幸な前世から幸福な来世へと生まれ変わることだ。
それは些か穿った見方だが、そういう側面があることもまた事実。
では、ハイエルフにTS転生した私が幸福だったか。
答えは、残念ながら否である。
なにせ転生によって手に入れた強さも、美貌も、種族も、厄介事を引き寄せる種でしかなかったのだ。
最初のウチは、転生と恵まれた状況に喜んだものの、気がつけばそんな気持ちは霧散していた。
結局、人生というのはそういうものなのだ。
不幸の中で、少しの幸福を糧に生きていく。
ただ、物事は何事も考え方一つである。
人生が不幸でしかないのなら、その不幸は不幸と受け入れればいい。
ようは、その中にある幸福の大切さを忘れずに生きていけばいいのだ。
ハイエルフの人生は長い。
私は常に、自分が幸福なるために必要なことについて考えながら生きていた。
――
「光よ」
魔術を行使して、回転する光の輪を生み出す。
敵を八つ裂きにしそうなその光の輪に対して、相対するは二匹のゴブリン。
緑の肌をしたそいつらは、下卑た笑みを浮かべて私を狙っていた。
けど、私にとってゴブリンはさして面倒な相手ではない。
今こうして、わざわざゴブリンと戦っているのは、そんなゴブリンの相手を更に楽にするためだ。
「行け」
「……ぎゃっ!」
私が放った光輪が、迫りくるゴブリンへ吸い込まれるように直撃する。
すると、直撃した部分がスパッと綺麗に両断され、血しぶきをバラマキながらゴブリンはその場に倒れた。
私は続けてその光輪を操って、もう一体のゴブリンを狙う。
「ぎゃ!」
こちらも、ほとんど抵抗らしい抵抗もできず八つ裂きにされた。
そのまま光輪は宙をかけて、近くの木に直撃。
しばらく回転を続けた後、私の意志に従って停止した。
「……成功だな」
満足の行く結果に頷いて、私は光輪を消そうとして――
「ぎゃぎゃぎゃ!」
直後、背後から突如として襲いかかってきたゴブリンに、その光輪を思わず叩きつけてしまった。
「あっ」
八つ裂きにされるゴブリン。
その間近にいる私。
吹き出す血が、私の顔に襲いかかる。
回避する間もなく、私は血まみれになってしまった。
「うええ、最悪だ」
背後にもう一匹ゴブリンがいることは解っていた。
だけど、あの惨状を見たらそのまま逃げ出すと思っていたのだ。
それがまさか、無謀にも不意打ちを仕掛けてくるなんて。
普段だったら冷静に剣か魔術で叩き落としてから、とどめを刺していただろうけど。
今回は使っている得物がゴブリンに対して効果がありすぎた。
「……この光輪を対ゴブリン対策にするのは、なしだな」
いい方法だと思ったのだけど。
まぁ、私は使わないけどギルドに報告したら誰かが使うかもしれない。
「いやあ、報告書を提出するのも面倒だな。ギルドの受付に雑談程度に話して、それが拡散されるのを期待しよう」
とりあえず、服と顔にべったりついた血を洗い流すため私は河を目指した。
しばらく歩いて、森の中に流れる小川までたどり着く。
そこで、身体を覆うローブを脱いで、それを水につける。
とりあえずこうして洗濯はしてみるものの、匂いも血もそう簡単には落ちないだろう。
安物のローブだし、いっそクリーニングに出すのではなくそのまま廃棄してしまおうか。
なんて考えつつ、顔を洗った。
「うー、水が冷たい」
河の水面に、私の姿が映る。
透き通るような白髪と、長い耳。
髪の長さは腰のあたりまであって、背丈は百五十あるかないか。
手足は枝じゃないかってくらい細いけど、胸はそこそこある。
あくまでそこそこね、この体型にはこれくらいの大きさが一番いいのだ。
なんて、適当なことを考えつつ。
「エルフだなぁ」
もう転生して結構な年月が経つっていうのに、未だに少し関心してしまう自分の美貌を眺める。
厄介事を引き寄せてしまう蠱惑的な美しさは、しかし自分のものだと思うと少しだけ優越感もある。
うん、少しだけ幸福になった。
こういう感覚は、大事にしていきたい。
――
「おかえりなさい、アルナさん」
ギルドに戻ると、受付の女の子に名前を呼ばれる。
フードで顔を隠してはいるけど、アルナという名前とエルフの美貌はギルドでは有名だ。
入ってくれば、一定の視線は常に集めてしまう。
「どうでした? ゴブリン対策の魔術」
「光魔術を回転させてゴブリンを切断するって、考え方自体は間違ってなかった」
「……何か問題があったんですか?」
「ちょっと闇属性のゴブリンに光属性の回転ノコが、殺傷力ありすぎたね。間近でスパッと行くと返り血で酷いことになる」
一応洗ったけど、全然シミの取れなかったフードを見せる。
臭いもするのだろう、受付の女の子が顔を引き攣らせていた。
「それにしても、驚きましたよ。ゴブリン対策の魔術を考えたからって、今更アルナさんがそういう依頼を受けるなんて」
「君、私のこと何だと思ってるんだ?」
「面倒な依頼が大嫌いな、怠惰系エルフ?」
酷い。
この子、新人の頃からの付き合いだからって私に遠慮がないのだ。
とはいえ、間違ってはいない。
ゴブリンなんてのは、新人冒険者が討伐するような雑魚魔物だ。
報酬だって低いし、私みたいな冒険者が受ける依頼ではない。
ただ、倒しても倒しても切りが無いので、常に張り出されてる依頼でもある。
だから今回みたいにちょっとした魔術の実験台として、冒険者がゴブリンを屠殺することは珍しいことではないのだ。
私も、今回はゴブリン退治ではなく魔術の実験が目的だったんだから。
「いいか、この魔術は凄いんだぞ」
「はぁ」
具体的に言うと、ゴブリンってのは闇属性のマナが集まることでポップする魔物だ。
なので、光属性のマナによって生み出された魔術に弱い。
さっきの八つ裂き……じゃない、回転する光輪は当然光属性の魔術。
加えて、常に回転し続けるという単純な命令によって動いているから、消費マナが少ない。
だけど回転による遠心力は非常に高い切断力を生み出すから、闇属性の魔物にたいしてコスパがいいのだ。
闇属性の魔物以外には効きが薄いのも悪くない。
さっきなら、木に突き刺さってもそれを切断しなかったように。
まぁ、コスパがよすぎてゴブリンを真っ二つにしてしまい、その返り血でひどい目にあったけど。
「まぁ、私は二度と使わないけど」
「ですよね」
「それと、一応訂正しておくけど、私は面倒な依頼が嫌いなわけじゃないぞ。必要がなければ受けないだけだ」
「……同じじゃないですか?」
違うのだ!
私は訥々と持論を語る。
「いいか、労働ってのはね、基本的に面倒なことなんだ」
「……私は結構好きですけど、ギルドのお仕事」
「それは給料がいいからだろ? 嫌なことだってあるはずさ。酔っ払った冒険者の相手とかね」
「それは……確かに嫌ですね。視線が厭らしいですし」
要するに、プラスとマイナスの天秤があるのだ。
仕事というのは、天秤をマイナスに傾ける。
給料という形でその天秤はプラスに向かって傾くが、マイナスをプラスが上回るかは人による。
「労働という不幸に対して、給料という幸福の他に、様々な要因で重なった幸福が不幸を上回った人間だけが、労働を幸福と言えるんだ」
「哲学的な言い回しで、働きたくないって高らかに宣言してますね」
「そもそも私にとって、労働が幸福になることはないけどな」
常に労働は不幸な行為だ。
幸福になることなんてありえない、労働を幸福と感じられる人間は人じゃないんじゃないか?
なんて過激なことを頭の中だけで考えつつ。
「だから私は、その不幸をできるだけ考えないようにしてるんだ」
「はぁ……」
「今回だって、思いついた魔術を試してみたい、上手く行ったら幸福だろうな……という考えで行動してる。だからゴブリン退治の依頼の面倒は二の次なんだよ」
ようやく話がまとまった。
受付の子も、ははぁ……と納得したように頷いている。
「それで、アルナさんってどう考えても面倒くさがりなのに、厄介な依頼を二つ返事で受けることもあるんですね」
「私の中に、人とは違うロジックがあるってことだな」
うんうん。
こうして言語化できて、自分のスタンスを改めて理解することができた。
これは幸福なことだ。
「……その割には、最終的に不幸な結果に終わることが多いですよね、アルナさんの行動って。今回もローブが血まみれですし」
「それは言わない約束だろ!」
仕方ないのだ、ただでさえ私は厄介事に巻き込まれやすい身の上なのに、更にトラブル体質まで併発してるんだから。
しかし、それでも私は生きなければならない。
だからこそ行動の中に幸福を見出して、生きているのである。