FOXに脳を焼かれた、PMC兵士達のお話 作:アッポラピッタポン
雨音を耳にしてゆっくりと目を覚ます。
天気予報は外れか、と脳裏に浮かべながら瞼を開く。
だが、瞼を開こうとした時に、体の向きに違和感を感じる。
足の裏にかかっている圧力は、自分が立っている事を言外に示していた。
「…………」
目を見開くと同時に、腰の拳銃に縋る様に伸ばした手は虚しく宙を切った。
違和感と共に情報が網膜から流れ込んでくる。
暗闇、トンネル、足元を流れていく雨水、反響する歩行音、自身のアーマーのバッテリー残量、残弾数、自身の指揮下に入っている部下の人数。
これらの見慣れた情報の数々から、RAPTOR1が導きだした回答は——
「…………夢か……」
折り合いをつけたと思っていたあの時の後悔が、今再び出てきたというものだった。
「……彼女達に話したからか?」
昨晩の出来事を思い返しつつ、RAPTOR1は足を前に動かす。
この夢を何回も見せられて来た彼は、これはある程度進まなければ次に行く事が出来ない事を嫌という程知っていた。
背後からは、タライをひっくり返したかの様な、激しい雷雨の音。
それをBGM代わりにしながら、RAPTOR1はトンネルの先に光を見つけ、そこになんの感慨もなく進む。
光まで後10メートルもない所で、RAPTOR1は意識を暗転させた。
瞬きよりも早く感じた暗転の後に場所が変わり、彼は先程と同じように立っていた。
空は既に月と雲が出ており、その明かりの下では焚き火が炊かれていた。
自身の前で、1人の隊員が座っている。
他の隊員達と比較しても、特に姿に違いはない。
ただ、その隊員の整備している銃は、その男がRAPTOR4である事を証明している。
「……調子はどうだ、RAPTOR4」
口を開いてなどいないのに、自分の声が耳に届く。
怪奇現象とも言えるそれを、RAPTOR1は微動だにせず、話に聞き耳を立てる。
「そうですね、槌永は順調に狙撃の腕を伸ばしています。
1年程経てばキヴォトスの狙撃手の五指には入れるでしょう。……連携や位置取りはまだまだですが」
「……随分と入れ込んでいるな、RAPTOR5も戒野を可愛がっているそうだが、お前もか?」
過去の自分が火の粉の向こうの、もう居ない部下に声を投げる。
「……違います、同じ様な銃を使っていただけです。本来ならRAPTOR3の方に加入させるべきですが……」
「アリウススクワッドだからな……訓練内容も多少変わる」
「気が遠くなりますね……訓練所にしては衛生面が悪すぎる」
「そうだな……」
その言葉と共に、RAPTOR1は焚き火に視線を落とし、ゆっくりと闇に飲まれていく様に意識を落とした。
「隊長!RAPTOR4が見つかりません!」
意識が浮上する前に、あの場所に向けて走り出す。
市街地とは反対方向の山の中へ。
走りながら歯噛みをする、これが過去のものだと知っても、知っているからこそ歯噛みをする。
アイツは耐えられなかった。
多数の子供が虐げられたあの環境を破壊しようとした。
俺達が『任務』だと割り切っていた事を割り切れなかった。
だから
脳内を駆けていく考えの最後の1つに、強く脳が拒否反応を起こす。
「逆らっていたのは————
逆らっていたのはコチラだ。
『我々はもう兵士達が絶対的な強者に怯えていた頃に戻ってはならない』
設立理念に逆らっていたのはコチラだった。
あの瞬間、アイツだけが
結末は変わらないにも関わらず、RAPTOR1の足は限界を超えて駆動する。
どれだけ急いで走った所で、自分があの場所に辿り着くのはRAPTOR4がベアトリーチェを撃った後
それを今、目の前で実感している。
「RAPTOR4!!」
山の少し開けた場所にRAPTOR4の姿を見つける。
狙撃に成功した事を喜ぶ横顔に向かって走り、右腕を掴んで引っ張る。
体勢を崩しながらこちらを見るRAPTOR4の正面方向から、何かが飛んできている。
空気の鎌は吸い寄せられたかの様に、RAPTOR4の左腕に命中し————
「……久々に見たな……」
夢から覚め目を開けると、事務所の椅子に座っていた。
昨晩帰って来た後に直ぐに眠ってしまったらしい、服に染み付いた焼肉の匂いもそれを表している。
椅子から立ち上がり、銃を机に置いて分解してみると、寝る前に整備は済ませていた様だ。
職業病だな、と苦笑しながら、コップに水を入れて一気に飲み干す。
冷えた水が体の隅々まで染み渡り、思考が明瞭になっていく。
「……あいつらは……まだ寝てるか……」
奥の部屋からは、大人数の寝息が聞こえる。
時計は4を指しており、起床時間はまだ先だった。
「……今日の予定は……正午から会議か……」
机の上に置いてある予定表を軽くみると、会社の重鎮が集まる会議が予定されていた。
本来なら、別に出席する必要はないが、RAPTOR1にとっては数少ない、同期に会う機会の為、毎度出席している。
「……準備しておくか……」
荷物を用意しながら、今日の会話について心を弾ませるRAPTOR1
だが、この数時間後にシャーレによって、アビドス砂漠に展開していた軍勢が壊滅する事となる。
「……すまないが緊急招集だ。傭兵団『R』の依頼は保留にしておいてくれ」
「わかりました!お気をつけて!」
準備を整え終わり、起きて来た隊員達と会話を交わしている最中に本社から緊急連絡が入り、会議の時間が前倒しになった為、RAPTOR1は本社のあるブラックマーケットの中央区に向かうのだった。
「……慌ただしいな……」
本社に足を踏み入れれば、社員達が冷や汗を流しながら動き回っていた。
山積みのダンボールを別の場所に移そうとしている者や。書類の山を持ち、転びそうになりながらも走るもの。スマホを両手持ちし、怒声と共に指示を飛ばす者など。
はっきりと言えば修羅場と化していた。
「RAPTOR1、此方へ」
少し足を止めている間に、横から声をかけられる。
PMCと比べて細身な体に、全身を覆う黒い装備、更には無機質な声
数名のSOF隊員は、RAPTOR1に背を向けて、関係者しか使えないエレベーターへと進んでいく。
エレベーターの制御盤にカードを押し当てれば、直ぐに最上階を指し示す。
ピーン、という拍子抜けする音でドアが開き、エレベーターの内部が明らかになる。
一般職員用の全面ガラス張りなどではなく、ただ防御力にのみ重点を置いた要人用エレベーター。
「……相変わらず窮屈だな」
「わかります……」
口から漏れ出た言葉に横のSOF隊員が同意を示す。
エレベーター内に妙な空気が充満しかけた頃、それを破る様にエレベーターが目的地への到着を知らせた。
「「「………………」」」
奇妙な安堵と共に一行は会議室へと向かい、30秒も数えない内に扉を叩く事が出来る位置に辿り着いた。
扉の前でSOF隊員がRAPTOR1に向かい直る。
「では、我々はこれで、御一緒出来て光栄でした」
「……次は戦場で共に戦える事を祈っている」
その言葉に、SOF隊員は敬礼を返し、去っていった。
久方ぶりの名前も知らない後輩との会話で、気分が良くなったRAPTOR1は軽い足どりで扉を開け————
ロビーとは桁の違う殺気の充満した会議室に足を踏み入れた。
その会議室において、RAPTOR1は怒り狂っていない数少ない人物である。
例えば他のメンバーは
額の血管がはち切れんばかりに青筋を立てたジェネラル
予算部門の横幅の豊かな男はワナワナと震え
情報統括局のメガネ男は額に手を当て、溜息を吐き
その後ろのHUNTER1もマスクの下は穏やかではないだろう。
神秘科学局の代表は顔を笑顔で憤怒に染め
そして、プレジデントは
机に肘を置き、頬を肘に置き、つまらなそうに息を吐いていた。
そんな地獄の空気の中、RAPTOR1が着席した事で会議は幕を上げた。
「……ICB、報告を」
覇気のないプレジデントの言葉を受けて、ICBの代表者が立ち上がる。
「……2時間前にゲマトリアから『アビドス生徒会』所属の小鳥遊ホシノの退学の報告が入りました。それを受けた理事は大隊を率い、アビドス高等学校を襲撃、『シャーレ』の影響で少数の犠牲は出ましたが包囲に成功」
ここまでは順調だった。だが、顔を歪めながらICBは語る。
「直後に包囲完成の為に動いていたマイク小隊を不明集団が襲撃、同時に多数の爆発を確認、『便利屋68』が攻撃した事が判明しています」
会議室内の温度が数度下がるが、報告は止まらない。
「結果として、『アビドス高等学校』と『便利屋68』からの攻撃により大隊は壊滅し、理事は撤退しました」
「その後、どの様に小鳥遊ホシノの場所を把握したかは不明ですが、敵集団はそのままアビドス砂漠基地に突入、展開済みの基地防衛隊と交戦を開始、理事の乗った新型兵器『ゴリアテ』の投入によって戦況は優勢に傾きましたか、が」
予算部門が白目を剥きながら耳を塞いでいるが、現実は無常だった。
「……『ティーパーティー』所属のL118榴弾砲が基地内に発射され、基地防衛隊は大打撃を受け、同時に北方から『風紀委員会』所属の空崎ヒナ——」
「十分だ、もういい」
プレジデントの言葉で着席するICB、連続で話を続けたせいか、その額には汗が浮かんでいた。
「あっ!ICB、最後に、ひっ被害報告を!」
予算部門が叫び声を上げる、聞きたくないだろうに聞く姿勢は彼の性根を表していた
「……基地防衛隊は壊滅、アビドス砂漠方面軍は全滅、ゴリアテは全壊、デカグラマトン大隊は4分の1が犠牲に、しかし、『部隊訓練評価隊』はデカグラマトン大隊の援護を受け、無事に離脱した模様です」
「さ、最悪は免れた、のか?」
「そうだな、悪い事には変わらないが……」
「デカグラマトン大隊によると、北方に空崎ヒナを確認した時点で理事が脱出を計らせた様で、アビドス砂漠方面軍と基地防衛隊、ゴリアテが時間を稼いでいる間に、デカグラマトン大隊はL118榴弾砲に突貫、被害を出しながらも近くの補給基地に避難を完了した、との事です」
「理事の御手柄ですね……」
「全くだ、敗北の瞬間まで合理的な男だった」
理事に対する敬意を各々が言葉にする。
現在行われている、発掘事業にはデカグラマトン大隊が必須だと判断し、自身の身を削ってでも時間を稼いだ。
感服の言葉しか存在しない。
「相変わらず口は回るが有能な男だ……ICB、便利屋68は?一度の失敗を見逃したにも関わらず、こちらに噛みついて来た駄犬はどうなった?」
「それについては執行部隊から、HUNTER1」
「了解しました」
上司の言葉によって、HUNTER1が立ち上がる。
「便利屋68からの襲撃の情報を入手した瞬間に、ブラックマーケット内の隠れ家に潜入、高性能爆弾『S-11』を設置、4名が入室した瞬間に起爆しました。その後、首謀者である『陸八幡アル』及びに構成員の『伊草ハルカ』の制圧に成功。しかし、残存メンバーが2名を奪還、追撃を行いましたが、トリニティ自治区に逃げ込み、追撃は失敗しました。現在、総力を上げ現在地の特定を急いでおりますが、トリニティ自治区での影響力の低さを考えると、成功の可能性は低いかと……」
「ご期待に添えず、申し訳ございません」
「いや、一先ずはそれでいい、だが二度とブラックマーケットに入れるな』
HUNTER1の謝罪を軽く流すプレジデント、ブラックマーケットへの侵入禁止を命じた後で、席から立ち上がった。
「今回の大損害の原因は、全てゲマトリアにある。黒服が退学届の誤情報を流さなければ理事は誘拐犯にはならなかった!」
黒服が印鑑の不備に気づいていたならば、カイザーが小鳥遊ホシノを実験室に輸送する事など絶対にありえなかった。
目を掛けていた部下を誘拐犯にしたて上げられたプレジデントは拳を強く握りしめる。
「理事は即座に解雇措置を行なったが、『実際に』解雇をするつもりはない」
「ほとぼりが冷めるまでは、末端に飛ばして履歴書を改竄する。履歴書の改竄は黒服にさせろ!神秘科学局!」
「はい、
白衣を羽織るその男は不敵に笑うのだった。
(30分後)
会議中に『黒服確保』の報告を受けてプレジデントとジェネラルが「「ちょっと殴ってくる」」と言い退席した為、休憩時間となっていた。
「よっ!RAPTOR1、昨日振りだな」
「……そうだな」
特にする事もない為、廊下で一息ついていると、背後からHUNTER1がやって来た。
背中の銃が後ろの人にぶつかりそうな程、体が激しく動いている。
「今日は飲むぞ!狐の嬢さん達についても、な?」
「なっ?、じゃない……話す事もない」
成人男性2人がイチャついている所に何者かが乱入する。
「何かやっていると思ったら、貴方達でしたか」
「……RiNG1、もう帰って来てたのか?」
「黒服を確保したのは聞いたけどな」
2人の疑問を受けた男は、自らの部隊章の花の様に朗らかに笑った。
執行部隊と設立は同時期だが、SOFの中で唯一のゲマトリアと共同で設立されたという背景を持つ。
一般的なSOF隊員の色を反転させたかの様な、白の装甲服に身を包んでいる。
「いやですね?黒服を確保しようと部屋に突入しましたら、呆気ない程大人しく確保できまして、今回の件は流石に反省してるんじゃないですかね?」
「……成程な」
「プレジデントが無茶苦茶笑顔で殴りに行ってたけどな……」
プレジデントとジェネラルの顔を思い出し、少し笑いあった後
「……3人が集まるというのは珍しいな……」
とRAPTOR1が口を開く。
「普段じゃ予定合わないからな……」
「同期と一度に会うなら、それこそ大規模作戦とかですしね」
SOFの1期生はその性質上、RAPTOR小隊や執行部隊などの特務を与えられる事が多く、戦場以外で顔を合わせる機会は少ない。
「いつか、SOFの合格祝いの時みたいに集まりたいもんだがな……」
「…………そろそろ休憩時間も終わりだ、プレジデントも黒服を引っ叩いた後だろう」
「では、私もこれで」
「またな!今度空いたら飲みに行こう!」
遠い未来での約束を交わしながら、RAPTOR1と HUNTER1は会議室に戻るのだった。
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