FOXに脳を焼かれた、PMC兵士達のお話 作:アッポラピッタポン
足を踏み入れ、その光景を目に焼き付けるよりも先に、鼻を鋭い臭いが劈いた。
悪臭という訳ではないが、空気が止まったかの様な澱んだ臭い。
風が吹く音以外には、時々何処かで何かが崩れる音が響くのみだった。
「……遺跡の方がまだ住めそうだな」
誰の呟きかは定かではないが、内心で頷く。
豪華絢爛なトリニティの流れを汲むとは思えない灰色一色の街。
元から灰色だったのではなく、永い時間が全ての色を飲み込んだ様に感じられた。
入り口から見る限りでも、穴の空いた屋根、崩れた壁、割れた石畳が一面に広がっており、人が人らしく生活することは不可能に近いことが分かる。
「……こっち」
呆気にとらわれる隊員達に、ミサキと呼ばれていた少女が声をかけ、街の中心部に向かい歩いていく。
「…………」
「…………」
歩いていく最中でも、大量の視線を感じる。
細道や、建物内からの視線が突き刺さる。
警戒心か、或いは物珍しさ、怖いもの見たさかは分からないが、数十人の呼吸音が耳に届いていた。
「……あの教会がいつもマダムが居る場所」
廃墟とも呼べる場所を抜ければ、急激に視界が開ける。
指差す先には、唯一まともな形を保った巨大な建造物が見える。
教会と学舎をくっつけた様な不思議な見た目だが、他の建物と違い損傷箇所は数える程しかなかった。
「……マダムが一人で住んでるのか?」
「うん、私達はさっき通った建物の中で暮らしてる」
「そうか……」
ミサキからの返答に顔を顰める。
この時点でRAPTORA小隊は、まだ会ってもいないマダムという人物に対して、あまり良い印象を持っていなかった。
(あんな広い建物に住んでるのが一人か……嫌な予感がするな)
(空きがない訳ではないだろうし、権力誇示の為ですかね)
(独裁者の圧政……追放された先でこれか)
どう見ても、厄ネタでしかないが、この場を切り抜ける為には会うしかない。
ジレンマを抱えたまま、隊員達は建物の下に辿り着く。
「……入っていいのか?」
「……いつもはリーダーが報告してるんだけど……気絶してるし、代わりに私が行く」
「……俺も行こう、お前達のリーダーを気絶させたのは俺だ。弁明とはいかないがな……」
「頑張れよー、オレ達はここで待ってるからな!」
「……お前も来るんだぞ、RAPTOR2。副隊長だからな」
既に腰を降ろして座っているRAPTOR2の動きが固まる。
「……オレはここで他の奴らを見張んなきゃいけないからな、残念だが」
「RAPTOR6、お前が監督しろ。いいな?」
「了解、お任せ下さい」
「慈悲はないのか……」
肩を落としたRAPTOR2、普段の行いである。
「私にも慈悲を下さい……」
後方で潰れているRAPTOR4の声が、教会前に木霊していた。
「……マダム、失礼します。客人を連れてきました」
「構いません、入りなさい」
見た目とは裏腹に、内部は荒れ果てていた教会内を進み、最奥に辿り着く。
ミサキが口調を丁寧なものに変えながら扉を叩くと、向こうから女性の声が聞こえる。
許可が出ると共に扉が開かれ、奥の景色が明らかになる。
地面に打ち捨てられ山積みとなった本の上に人影が見える。
背後のステンドグラスの所為ではっきりとは見えないが、同じ生物とは思えない強さの格を実感する。
「ようこそアリウス自治区に……ミサキ、報告は結構です。出て行きなさい」
「……了解しましたマダム」
軽く手を払い、ミサキが部屋から去ると、マダムが立ち上がる。
「もう知っているものだと思いますが、改めて、私はベアトリーチェ。このアリウス自治区の支配者です」
鮮血の様な肌の色、それとは対照的な純白のドレス、頭部には複数の目を持つ。
人間というよりは、怪物に近いその姿に絶句していると、ベアトリーチェが目を細める。
「貴方達の様な野蛮で暴力的な人種とは、本来話すことすら穢らわしいのですが、今回は特例です。……名前を聞きましょうか」
口を開く度に、重力が増したかの様な感覚を味わうが、冷静さを損なわず、RAPTOR1は言葉を返す。
「……その寛大な処置に感謝しよう。我々はカイザーコーポレーションの特殊部隊、RAPTOR小隊隊長のRAPTOR1だ」
「同じく、副隊長のRAPTOR2、代表者としてここに来た」
「カイザーコーポレーション……あぁ、あの黒服の隠れ蓑ですか。……それで?何故ここに?黒服の命令でしょうか、探りを入れに来たと?」
ベアトリーチェの口から出た、黒服という単語を聞き、二人の脳内には該当者が浮かび上がる。
「……確かに、黒服という男は知っているが、何の関係もない。ここに来たのは唯の事故だ」
RAPTOR1の言葉に、ベアトリーチェは身を乗り出し、目を見つめる。
何もない、ブラックホールの様な目と、強化アーマー越しに視線が交わる。
「……成程、嘘ではない様ですね、本当に偶々来ただけだったとは、遂にあの迷宮を攻略する者が表れたのかと、僅かに期待していましたが……期待外れでした」
もう興味は失せた、と言わんばかりにこちらから顔を背けるベアトリーチェだったが……
「……前座はもういいだろう、本題は何だ」
RAPTOR1の言葉に、興味を惹かれる。
「……ほう、何故その様な考えを?」
「……ここで態々、護衛も付けずにコチラの会話に応じている。俺なら正体不明の侵入者を無傷、無拘束のまま、重要な人物の前に出したりしない。何らかの用事があるから、恩を着せることも兼ねて、呼びつけた。違うか?」
「……」
ベアトリーチェを相手に、本能的な恐怖を押し殺し、自分なりの推察を話す。
「……加えて、ソチラが力を持っているからこそ、大した脅威にはならないと判断した。こんなところだな……」
「……頭の回転は悪くない様ですね、いいでしょう、本題に入りましょうか」
「私は、あの迷宮の変化パターンを把握しています。仕事をしてくれてば、外部へのルートをお教えしましょう」
先程とは違い、笑みを浮かべるベアトリーチェ。
最も、依然として不気味なことに変わりはないのだが
「……その仕事とは?」
「貴方達が先程撃ち倒したスクワッドは、アリウス内で屈指の実力を持っていました。それを無傷で制圧した、その腕を買いましょう」
「貴方方には、この自治区で1ヶ月間、教官を勤めてもらいます」
それは、その不気味な見た目とは裏腹に、素直な依頼だった。
強さを認められ、役職を任される。
驚くほどに分かりやすい提案に、二人は目を丸くする。
「……了解した。その依頼を受けよう。だが、その間の居住地と食料はそちらが保証しろ。これが最低条件だ」
「……その位なら構いません。キチンと配給することを約束しましょう」
生存するために必要な項目を契約に加えるが、ベアトリーチェが何かを言うことはなかった。
まるで脅威ではない、と言外に示された様なものだが、RAPTOR1は堪える。
油断してくれた方が、やり易いのだから。
だが
「あぁそうでした。訓練の大まかなことは私が決定します。後ほど内容を伝えましょう」
耳の奥にへばりつく様なその言葉に、僅かに身を硬直させ、ベアトリーチェを見上げる。
そこに見えるは、絶対的な捕食者の目。
異議を申し立てようものなら、この場で殺害することを厭わない異常者の目だった。
結局、この言葉に対する嫌な予感を覆すことができぬままに、二人はベアトリーチェの元を去るのだった。
「……精々、私が崇高に至るための踏み台を作るのを手伝わせるとしましょうか」
「教官?しかも一ヶ月?本気ですか……」
「なんか嫌な予感はしてたんだけどな」
「また長丁場になりそうですね、気張らないと」
自分達が教官になると認識した隊員達の反応は、概ね同じだった。
各々様々なことを思案しながら、ベアトリーチェに指定された居住地へと足を運ぶ。
変わり映えのない風景に気味悪さを覚えて足を速めれば、目的地に到着するのにそう時間はかからなかった。
「……ここだな」
「臨時とは言え、気乗りしませんね……」
辿り着いたのは二階建ての建物。
他の廃墟とは違い、大規模な崩落こそ起こしてはいないものの、入り口の横には大穴が空き、天井のライトは千切れかけていた。
足を踏み入れれば、天井から土埃が降り注ぎ、思わず顔を顰める。
とは言え、いつまでも立ち尽くす訳にもいかず、室内に入り、軽くトラップの類が無い事を確認した後、積もった瓦礫に腰を下ろした。
「……住めないことはないな」
「ブラックマーケットの裏路地の方が住めそうだな」
「「…………」」
気休めの言葉を一刀両断され、室内に沈黙が蔓延する。
「……今日は片付けで一日が終わりそうだな」
「最低でも、横になれる場所は確保するべきだな」
「一応、周辺の地理の確認もして損はないでしょう」
「……RAPTOR3、RAPTOR4、RAPTOR6は周辺の地形確認を。RAPTOR2、RAPTOR5は物資保管庫を、残りはここで瓦礫の撤去だ。……急ぐぞ、余り余裕はない」
RAPTOR1の言葉に、隊員達は行動を開始した。
「……」
「……瓦礫もそうですが、壁の穴を埋めなければ話になりませんね……」
「まぁ部屋の奥にいれば雨は当たらない、最悪の場合は土嚢でも使うか?」
「ずっと曇り空なのが不穏……」
「RAPTOR2、倉庫は見つかったが……」
「空だったか?」
「いや、ぎっしり詰まってる。……殆ど武器だが……」
「いよいよ内戦の様相を呈してきたな……」
「あー、ビールでも飲みたい」
『こちらRAPTOR4、RAPTOR3応答を、こちらの地形確認は終了しました。そちらはどうですか?』
「……こっちも、ある程度は終わった。大して見るものもなかった」
『さっさと終わらせて、瓦礫の撤去に向かいましょうか』
「……眠い」
『……変わりませんね、貴方は』
隊員達は全力で働いたが、部屋の大きさも相まって全員が再び集合したのは、太陽が完全に沈み切ってからだった。
「自治区は盆地状の土地にあると見ていいでしょう、四方を山に囲まれています。
該当する地形はキヴォトスにはなく、現在地は不明のままになります」
「倉庫を見てみたが、9割以上が銃器や爆弾だな……戦車やヘリは無かったが、対空ミサイル発射機は何機かあった。ってことより、保管してあったレーションがゴミみたいに不味いな。ヘイローがなかったら連中は栄養失調で死んでるな」
「今もそうですが、遠巻きに見られています。歩哨を立てるのは必須ですね」
月明かりは雲に隠れて、箱を被せられた様な暗闇で埋め尽くされた自治区の中、光が漏れ出していた場所がある。
無論、小隊の居住地なのだが。
そこに吸い寄せられる様に、生徒が集まっているのを視線で感じながら、隊員達は報告会を開いていた。
「……全員、良く頑張ってくれた。今日はこれで終了だが、最後に依頼人からの要求を確認する」
小脇に抱えられた茶色の封筒を開封し、中から数枚の紙を取り出す。
依頼内容 戦闘訓練
期間 一ヶ月
注意事項
食事は一日一食まで
長期間の休息禁止
音楽の演奏禁止
楽器の所持禁止
読書禁止
怪我人、病人の休息禁止
指示に従わない者は、反省室に
「…………?」
軽く、目を擦った。
だが、残念ながら見間違いなどではなかったのだ。
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