FOXに脳を焼かれた、PMC兵士達のお話 作:アッポラピッタポン
「……報告は以上だ。訓練は途上だが、期間内には求める成果を提供しよう」
深夜を通り越した教会で、暗がりの中RAPTOR1は目の前で闇と対峙していた。
本の上で寝そべるそれは、興味深そうに報告を聞いた後、口を開いた。
「ふむ……中々の仕事ぶりですね。はっきり言えば予想以上です。……まだ一日しか経っていないというのに」
「早ければ早い方がいいだろう。無駄に出来る時間などない」
「……ですが、どの様に纏め上げたのですか?」
無数の赤い瞳がこちらを覗き込む。
気を抜けば身震いでも起こしそうな程に、その姿は冒涜的だった。
傲慢な目上の者に対して、間違いを犯さぬように、RAPTOR1は言葉を選びながら回答する。
「……共鳴と共同の脅威を使わせてもらった」
「……」
「自分達と立場が同じだと思わせ、トリニティやゲヘナがこちらを滅ぼしにするという思い込みを利用させて貰った。……あとは多少飴を与えたが」
実際の所RAPTOR1の言葉には、嘘とまではいかないが多分の虚飾が入っていた。
実際には弱者側でもあり、トリニティとゲヘナにも目をつけられている。飴も多分に与えている。
嘘だと見抜かれぬように、誇大と解釈の拡大で真実を塗り固める。
カイザーでは常套手段だが、この小さな自治区でお山の大将を張っている者、弱者を脅威と認識できない者には通用する。
事実として、ベアトリーチェはRAPTOR1の話を疑いもせず満足気に聞いている。
「……気に入りました。言葉を操り相手を自在に搾取する。正に『大人のやり方』ではありませんか?」
「……全くだな」
同列にされるのは嬉しくもないが、カイザーもしていることは変わらない。
違う点は力を持たない弱者が群れている程度だ。
これが同族嫌悪というやつか、と自嘲する。
「……これからの報告は口頭ではなく書類形式になる。訓練が忙しくなれば暇もなくなるからな」
「えぇ、それで構いません。ただ————」
「っ!」
瞬間、呼吸が止まる。緊張で息を止めたのではなく。
目の前にいる存在が、手で自分の首を掴んでいた。
「私の許可を得ずに、新たなリーダーを選ぶのは頂けませんね」
「——っ」
細腕とは思えない握力がRAPTOR1を締め付ける。
視界が霧の様に朧げになりかけて尚、RAPTOR1は一切の抵抗をしなかった。
抵抗すれば、契約違反と見做され隊員ごと殺されるだろう。という確信があったからだ。
「ここは貴方の家ではありません。私の自治区、私の庭です。分を弁えなさい」
屈辱の数秒の後、ベアトリーチェは手を離す。
「——はぁ……はぁ…!……忠告、感謝しよう」
満足気に口元を歪めるベアトリーチェに背を向けて、RAPTOR1は部屋を去るのだった。
「……命が何個あっても足らんな」
教会から出て、宿舎に帰るまでの道でRAPTOR1は一人呟く。
流石に許可を得なかったこちらの落ち度だが、ミスの度に命を取られかけてはたまらない。
「書類だけになっただけ、改善したと考えるべきか……」
見るだけで精神科送りになりそうな見た目だが、毎日見る必要はなさそうだ。
「……あの女のことを考えても、何の進展もない。訓練の用意だけしてさっさと寝るとしよう」
姿を思い出さないように頭から掻き消して、帰路を急ぐのだった。
(数日後)
早朝からアリウス自治区には、爆発音や銃声、うめき声が響き渡っていた。
「いいねぇ、熱気に溢れてる。PMC時代を思い出すな」
「浸ってる場合か?暇なら近接格闘の手本にさせてもらうが」
「バカ言え!オレは連中が作った爆発物を検査する重要な仕事があるんだよ!」
「教官、できました」
「自信作です」
「ほらほら、暇じゃないんだ。他を当たれよ」
「残念だ……日頃の恨みをぶつけたかったんだが……」
「帰れ!!」
あまり見ることのない大人同士の言い争いに耳を傾けながら、目の前の標的を見据えて銃弾を放つ。
そんな喧騒が聞こえる自治区の中心から少し離れた外縁部では、二つの影が座っていた。
ヒヨリとRAPTOR4との狙撃訓練班(二人)である。
アリウス自治区にはヒヨリしか対物ライフルを使用する者がいなかったため、実質マンツーマンとなっていた。
自身の同職が少ない苛立ちからか、RAPTOR4の訓練は苛烈を極め、ヒヨリが溜息を吐く暇もない程に厳しい指導が行われている。
とは言え、今は小休憩。
『子供にそこまでの集中力は期待していません』と主張するRAPTOR4により、他の生徒よりも多くの休憩時間が(ヒヨリ本人は知らない)与えられていた。
木陰の下で銃器の分解と整備を行っているRAPTOR4から少し離れた場所、壁で視界が切れている場所でヒヨリは立ち止まる。
「へへへ……」
不気味な笑い声を上げながら座り込み、バッグの中に手を突っ込むと……
「だいぶボロボロになっちゃいましたねぇ……」
手には所々色の禿げたボロボロの雑誌が握られていた。
RAPTOR小隊に送られてきた依頼書にある様に、アリウス自治区において読書は禁じられている。
『学ぶ』という行為のきっかけになる可能性があるためだ。
当然雑誌も禁止されており、ヒヨリが持っている雑誌類は迷宮内に落ちていたものや、外に偵察に向かった際にゴミ捨て場にあったものを拾ったものだった。
見つかれば、没収されて懲罰房に叩き込まれることは想像に難くなかったが、それでもヒヨリは読むのを止めることが出来なかった。
叛逆心なんてものではなく、単純に雑誌の内容に心を惹かれたからだった。
「この服……可愛いですね……着るのは夢のまた夢のようなものでしょうけど……」
だが、ポジティブなのかネガティブなのか分からない、浮き沈みの激しい感情から迂闊にも出た声は
「何をしているのですか」
猛禽を呼び寄せることになってしまった。
「あばばばば!え!えっと!これは違います!何かの間違いです!」
咄嗟に雑誌を後ろに投げ飛ばし、意味の通らない言葉を羅列する。
だが、雉も鳴かねば撃たれまいと言わんばかりに、言動を怪しんだRAPTOR4は後ろを覗き込み、雑誌を発見する。
「これは……雑誌ですか……」
血の気が引くとはこの事か、と体温がグンと下がるのを感じる。
先程は懲罰房などと言ったが、スクワッドを巻き込む可能性すらある。
自分のせいで仲間に迷惑をかけるなど、想像したくもなかった。
「あの……えっと!……これは……!」
焦りと喉のつまりから、弁明が出来ない。
最悪の事態を想像して、現実から逃れるかのように目を瞑った時。
「……成程」
「貴方が何に怯えているのかは考えつきますが……まぁいいでしょう」
本の内容を確認したRAPTOR4は雑誌を閉じて、ヒヨリに差し出した。
「え?」
手に収まった現実に思考が停止する。
何故この大人は何もせずに雑誌を返してきたのだろうか
「……流石に集団での訓練中に見つけたなら、規律の為に罰を与えますが……ここには私達二人しかいません。私も態々罰を与える許可をとりにいくのも面倒です。それに——」
今まで苛立った顔ばかりしていた男は、その時初めて笑った。
「その雑誌の時計は趣味がいい」
この時計、入社したての頃憧れてたんですよ。
クツクツと愉快そうに静かな声を漏らすのを見て、案外変な人なのかも知れないと思うのだった。
「なんだよ、気持ち悪い。急に笑うなよRAPTOR4」
自分の目の前に座るRAPTOR7からの声に思わず顔に触れる。
自分が今笑っていた?そんな馬鹿な
「……気が緩んでいたようです」
「珍しいですね。ウチの隊は二人とも仏頂面狙撃手なのに」
「……一緒にしないで……コイツはプライドが高いだけ、オレは眠いだけ」
「ぶっ飛ばしますよ?」
動揺しながらもいつもと同じ様に軽口を叩き合う。
隊長と副隊長がいない6人の時間はいつも騒がしい。
結成時にはそれなりだったが、今では騒がしいのが常だ。
相方に銃口を向けかけるのも、いつもの日常だ。
「……すまない、少し遅れた……何かあったか?」
「どうせいつものだろ?」
階段をRAPTOR1とRAPTOR2が上がってくる。
「今日も居残り実習ですか?」
「……流石に梯や錠前には基礎を叩き込んでおきたい」
「その結果、SOFの訓練と大差なくなってますよ……」
「水中とか空挺がないだけだな」
「期待してんだよ、明日には洒落の効いた作戦名の付け方を「いらん」……そうか?」
「確かに、オレもミサキには結構目をかけてるんだがな?今日も——」
RAPTOR5が何かを思い出したかのか、話を始める。
娯楽に飢えた空間で僅かな娯楽を聞き逃すまいと、部屋の全員が聞き耳を立て、RAPTOR1の報告書を書く音だけが響いていた。
「…………」
「あー、そろそろ休憩するか?」
「……飽きた」
「飽きる要素ないだろ?どっちかって言えば刺激的な爆発だろ?」
「……面倒」
「マジか………」
地面にミサイルを置いたミサキとRAPTOR5の間に、奇妙な沈黙か流れる。
爆発物が好きな男は信じられないとでも言うかの様な顔を見せる。
会ってから毎日、百発以上のミサイルを撃っていた彼女は、飽きを見せ始めていた。
「……まぁ、数日でここまで文句を言えるようになったのは成長か?」
「……」
皮肉混じりに言っても、イヤイヤ期の赤ん坊の様に黙りこくってしまったミサキ。
何か良い方法を探そうとするも、作戦外で子供を相手にした経験は少なく、自身の体験を元にするしかなかった。
「……電源オフ……よし」
「……何?」
RAPTOR5の眼部から光が失われ、僅かな間の後、RAPTOR5は強化アーマーの頭部を脱ぎ去った。
「今から少しだけ、これを被ってもらう。軽い暇つぶしくらいにはなるだろ」
僅かに自慢げな顔をしながら、RAPTOR5はミサキににじり寄る。
自分が小さい頃は、メカメカしい物に目を輝かせていたと記憶に浸りながら
「止めて……止め、重たっ!」
被るのを拒否するミサキを他所に、RAPTOR5は遠隔で指示をだす。
「電源オン、セット、首部の補強開始……ちょっと締まるぞ」
「……!?」
キュイーンと、機械音が響くと同時に首のパーツが収縮する。
シュールな格好となったミサキが、思わずアーマーを掴むが、ビクともしない。
十秒が経ち、アーマーの眼部に光が戻った。
「ロケットランチャーの弾道と加害半径をモニターに表示」
RAPTOR5の声で内部のモニターに次々に情報が映し出される。
「お前には、今見えてる情報を体に覚え込ませて、機械なしでも出来る様になって欲しい。今のスクワッドには必要な役割だ」
「……」
「これで少しはやる気が……ミサキ?」
「……」
「……どうかしたか?」
今後の目標や展望を語りながら、ふと目線を向けてみると、ミサキが頭を抱えて蹲っている姿が目に映った。
(不具合か?いや、動作チェックの時は何も)
焦りながらも、冷静に首部の補助機能を解除する。
首元が緩むと同時に、ミサキはしゃがんだ体勢のままアーマーを取り外し、地面に打ち捨てた。
「……」
「おい、何が……えっ?ちょ!泣くなって!」
「……泣いてない……驚いただけ……」
「いやいや流石に——そういう事にしておくか……」
目元に涙を溜めたまま、ロケットランチャーをこちらに向けられ、RAPTOR5は両手を上げるしかなかった。
「……悪かった、同意もなしに被せたしな。ドライフルーツ2……いや4でどうだ?」
「……」
無言の否定で、RAPTOR5は頭を抱える。
やる気を出させるつもりが閉所恐怖症を誘発し、完全に塞ぎきってしまった。
こちら側に完全に非がある以上、時間をかけるしかないが
腕の至る所に傷を作り、包帯に巻かれたこの少女相手に、時間は逆効果に思える。
「詰みか……?」
距離感を測り間違えた挙句にこの始末、RAPTORどころかPMCにも笑われるだろう。
だが、笑われるにしても、責任は取らなくてはならない。
「……分かった。なら、もし気が向いたなら、なんでも1つ命令してくれ」
「狡い言い方だが、今のオレに出来る事なら、なんでも」
相手の顔を伺うことは出来ないが、耳は貸してくれているらしい。
「……」
「謝罪の代わりにはならないが……一先ずはこれで容赦してくれ……」
RAPTOR1なら、もっと良い言い方や謝罪を思いつくかも知れないが、子供の相手というのは、今の自分には難しいらしい。
「ってな訳で、明日ミサキに『死んで』って言われたら小隊の人数が一人減るからな、穴埋めよろしく」
半分諦めた顔をしているRAPTOR5は、乾いた声で笑っている。
恐らく明日のミサキの顔を想像しているのだろう。
当然のことながら、擁護される筈もなく。
「……装備の無断利用で今お前を地面に埋めてもいいんだぞ……」
「……相手はSOFの同期ではないんですよ?」
「今の内に遺書書いとけよ、遺産の半分はミサキで残りは山分けな」
「後で土下座してきて下さいね……ちゃんと」
弱った相手を囲んで殴る。というカイザーの裏理念の元に
目の前の爆弾魔を処理した方がいいのではないかという発想が生まれかけるが、取り敢えずは銃床で勘弁することにした。
「っと言うか、ドライフルーツどんだけあるんですか!」
「ガムもあるんだが、数がなくてな!」
「……一日一食だからな……今の主食は配給、生徒が取ってきた木の実や根、ドライフルーツだ」
「栄養バランスが偏りすぎてなぁ……」
「……zzz」
床にRAPTOR5を張っ倒したまま雑談の話題は移り変わり、夜が更けていく。
RAPTOR4離隊まで後————
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