FOXに脳を焼かれた、PMC兵士達のお話   作:アッポラピッタポン

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追憶 ⑨

 

 

 

 

「…………」

 

体が外から冷えていくのを感じる。

 

桶の水をひっくり返した様な土砂降りが、街を濡らしている。

いつか見た灰色の街は、その濃淡を片側に傾けていた。 

 

朝から前の見えない程の豪雨。

滝の中にいると見紛う程の水量は、自治区全体を水没させかけていた。

風も強く、斜め45度で降りつける暴風雨は、自治区に住む者達に猛威を振るう。

 

『……G5のやつはそろそろ崩れるな。周りも持っていかれるかもしれない』

『こちらRAPTOR4、B2からC4までが倒壊しています。地図を修正して下さい』

「……了解した。そのまま監視を続けろ。疲れたら戻って来ても構わない」

 

RAPTOR小隊の宿舎も例外ではなく、建物が頑丈な為倒壊こそ免れているものの、一階は入口の土嚢を貫通し既に水没していた。

 

隊員達の被害報告を耳に入れながら、地図に筆を入れていく。

筆を入れた回数は決して少なくはなかった。

 

「………気が滅入るな」

「この天気じゃ呑気に散歩も出来ませんしね……」

 

口から漏れ出た愚痴にRAPTOR6が同意する。

 

前兆は前の日からあったのだ。

試験日から数日経ち、基礎訓練から小隊単位での対戦形式に切り替わり。スバルとサオリの戦術の擦り合わせを繰り返して行く中、午後から雨が降り始めた。

多少の雷雨なら、それすらも戦術として取り入れてこそだと考えて、訓練を続けていたのだが……

 

雨は勢いを止めるどころか勢いを増し続け、濁流と成り果てていた。

 

ここの外では恐らく 『記録的な豪雨』や『洪水警報が発令』の文字がテレビに並んでいるのは想像に難くない。

如何に文武両道や、規律を守ることを掲げているトリニティでも学府の門を閉ざし、生徒達は僅かな喜びと共に家に居るに違いない。

 

だが、アリウス自治区は違う。

追放されてから数百年が経過し、ほぼ遺跡に住んでいると言っても過言ではない。

雨漏れは当然であり、床板は愉快な音をあげながら軋み、建造物の耐久性は地の底だった。

防音設備などある筈もなく、爆音の中で体を震わせることしか出来ない。

 

だというのに——

 

『……こちらRAPTOR2、依頼人より伝達。『訓練を続行せよ』……繰り返す『訓練を続行せよ』……スマン』

 

依頼人からすれば、それは取るに足らないことだったらしい。

 

『おいおいおい、正気かよ!』

『馬鹿な……!節穴か!?』

『……聞き間違い?』

 

「……っ!」

 

ダンッ、と机に拳を叩きつける。

地図に皺が浮かぶが、そんなことはどうでもいい。

 

「……続けろ、というのか?下手をすれば命に関わるというのに……」

「無茶苦茶です、こんなの……死ねと言っている様なものでしょう!」

 

珍しく声を荒げるRAPTOR6の怒号さえも、外の轟音に掻き消されていく。

確かに、SOFの訓練ならば「弱音を吐くな」と言うことが出来るのは確かだ。

だが、それは幼少期から健康的な食事を食べ、訓練を受けるに足る体力や体格を持った者だからだ。

 

間違っても、栄養バランスもへったくれもない残飯の様な飯を一日一食も満足に食べられない子供が対象ではない。

たとえヘイローがあったとしても

この天候で訓練を決行すれば、生命活動に支障をきたす。

 

それを織り込み済みで、ベアトリーチェは続行しろと言っていた。

死んだのならそれまでだ、と。

 

『隊長、全員で抗議に行くべきです……!RAPTOR6の言う通り、死ねと言っているのと大差がありません』

 

RAPTOR4の言葉はもっともだ。だが

あの生物として根本から異なっている様な相手に対して、果たして抗議は意味を為すのか、ただ神経を逆撫でするだけではないのか。

あの女は愚かだが、間抜けではない。

何十何百年と続いてきたアリウス自治区の内紛を平定した力は本物だ。

 

「……既にRAPTOR2が交渉はした。これ以上は期待出来ない……休息時間を増やすことで対処する」

『……RAPTOR4、了解しました』

 

返ってきた声はRAPTOR4のみだったが、他の隊員の感情を含んでいるのは容易に想像出来た。

隊員達から多少の反感は出るだろうが、依頼人からの要請であり、尚且つそれが自分達の生存に直結しているのなら従う外ないだろう。

 

「……広場に集めろ、訓練を始める」

「了解しました。直ぐに」

 

誰にしているかも分からない言い訳を内に留め、訓練の用意をする。

今考えると、この時からRAPTOR4は離れ始めたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「チームⅣは擲弾筒を用意、弾種は催涙弾、チームⅠ、Ⅱは突撃準備」

「了解!ガスマスクを忘れるなよ、発射!」

 

降りつける雨は、自然と生徒達の声量を上げた。

普段よりも鳴りを潜めた銃声や爆発音を新鮮に感じる暇もなく、全員が訓練に没頭していた。

後方部隊の射撃で前線に穴を開けて、その隙に突入し乱戦に持ち込む。

使い古された古典的で単純な作戦だが、それ故に使い所は多い。元々の人数が少なく、奇抜な戦術が取りにくいアリウスならば尚更である。

 

「行くぞ!——うわっ!?」

 

だが、もう直ぐ千に到達するであろう訓練回数を経ていながら、生徒達の動きは鈍い。

膝まで浸かってしまっている雨水が機動力を奪っていた。

服に染み込んだ水と水の抵抗の相乗効果で、走るどころか歩くのさえ困難になっている。

匍匐前進などしようものなら水泳に早変わりし、瓦礫やゴミに足を取られ、転倒する生徒も後を絶たない。

 

「…………」

 

少し離れた高台から、隊員達がそれを見ていた。

砂漠すら飲み込んでしまいそうな豪雨を前には、一個人の強さは何の役にも立たない。

 

「……今日連中に殺されても、何も言えないな」

『まったくです、何の抵抗もなく訓練を始められると、罪悪感が勝ちます』

「罵倒か、拳でもぶつけてくれた方が楽なんだがな……」

 

はぁ、と誰が吐いた分からない溜息が耳に届く。

最悪の場合は銃撃で無理にでもと考えていたのだが、不満が口に出ることはなかった。

或いは、彼女達も察していたのかも知れない。

教官達もマダムには逆らえないのだ、と。

 

この場所に来てから幾度と無く感じてきた申し訳なさと無力感が募るが、顔に出すわけにはいかず、ただただ黙って訓練を見守る。

 

「……今日はあと二時間で切り上げる」

「切り上げた所で、体を休める場所がないけどな……」

 

「先程RAPTOR3から、明日の朝には雨足が弱まるかもしれないと」

「朗報だな、連中にも————」

 

 

瞬間、その場にいたRAPTOR1、RAPTOR2、RAPTOR6の三人は言葉では言い表せない悪寒を感じた。

陳腐な言い方ではあるが、兵士としての直感である。

 

エネルギー消費抑制の為に、最低限にしていたレーダー感度をコンマ数秒で最大に引き上げる。

脳に叩き込まれた情報の波に顔を歪める暇もなく、頭上を見上げる。

 

まるで水の中の魚の様に、ソレは舞っていた。

 

『こちらRAPTOR4!C3区の住居の屋根が飛びましたっ!現在そちらに飛翔中!』

 

「……狙撃は可能か?」

 

『狙撃自体は可能です、ですがあの大きさでは有効打には……』

 

「そうか、一応だが試しておけ」

 

RAPTOR4が瓦礫を破砕しようとしていた時、風向きが変わった。

瓦礫は怪鳥の様に自治区上空を回っていたが、その巨躯を斜めに傾け地に落ちる。

 

予想落下地点は……演習場

『脚部ユニット、最大駆動』

 

「訓練中止!退避しろ!」

 

RAPTOR1が声を張り上げるが、それが聞こえたのは手前にいた数人のみ、豪雨銃声爆発音は音の壁を作り上げていた。

足を加速させ、演習場に入った頃には三割近い生徒が瓦礫を認識していたが、完全な避難には未だに至っていない。

 

教官が複数突入して来たことで、ようやく全員が異変を察知し、避難を開始した。

だが、不運はそれを待つことは無かった。

空中に飛んだ瓦礫は勢いを落とすどころか加速を続け、地表へと激突する。

 

鳥の鳴き声を連想させる風切り音の後、砲弾が落ちたかの様な爆音が炸裂。

爆音が去ると同時に、何かが軋む音がなる。

 

「……まずい」

 

思わず漏れた声

不運にも、瓦礫の落ちた先はかなりの高さを誇る高台。

上から真っ直ぐに穴を開けられ、雨の中湿気を含んだ土煙を上げていた。

同時にそれは、その上に配置されていた人員が安否不明であることを意味する。

 

「こちらRAPTOR1、瓦礫の落下によりA2の高台が倒壊、内部の生徒……槌永ヒヨリの安否が不明だ。至急——っ!待て錠前!」

 

自身の横を通る影の腕を咄嗟に掴む、予想は出来ていたが、サオリは余裕のない表情で叫ぶ。

 

「何故だ!中にヒヨリがいる!早く行か「お前が突撃して何になる、状況を考えろ」っ…」

 

「こちらRAPTOR2、全隊員集まった。あと体力に余裕がある奴も何人か呼んだ、急いで退かすぞ!」

 

RAPTOR1の背後のRAPTOR2の報告と同時に、高台周辺に多くの人影が展開される。

隊員達は兎も角、生徒の中に体力的な余裕がある者などいる筈も無かったが、仲間の危機を前にそんな言葉を吐く生徒は誰もいなかった。

 

注意深く、だが迅速に、瓦礫の撤去を進める。

徐々に沈む太陽と、それに伴う生徒達の体温の低下が加速する。

体が震えに包まれる生徒が出始めた頃、ようやく安否が確認される。

 

意識なし、外傷なし、低体温症の恐れあり、また一時的な閉所恐怖症の発症の恐れあり、一時的な酸素欠乏あり、絶対安静を厳守。

 

「……全員、よくやってくれた。槌永の治療はこちらで行う。今日はもう解散しろ」

 

返答は聞こえないが、生徒達は纏って、いつも寝ている場所への移動を開始した。

 

雨は、まだ止まない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……容態はどうだ」

 

「意識は戻っていませんが悪化等は特に何も、柱が上手い具合に組み合ったらしく、外傷もありません。ただ雨水で全身を冷やしたせいで、軽度の低体温症の兆候があります。今はRAPTOR4が看病と、焚き火を行っています」

 

ベアトリーチェへの報告を済ませて宿舎に戻ったRAPTOR1、雨足は段々と収まり始めており、一階の土嚢は漸く役目を果たし始めていた。

 

「……他の生徒の体調はどうだ?」

 

「何名か風邪を引いた生徒はいますが、体を温めて寝れば朝には回復するかと、RAPTOR5、RAPTOR8が着火用具の支給と、お湯の配布を済ませました」

 

そうか、と浅い溜息を漏らす。

あの豪雨でこの被害は、殆ど奇跡と言っていい。

だが、責任者である自分は甘んじる訳には行かない。

 

もっと早く救出出来ていれば

 

あと少し早く、声を上げられれば

 

そもそも今日の訓練を中止していれば

 

結果論にも近いとは分かっているが、それで片付けては駄目だという確信はある。

 

何か、落ち着いて考えを纏めたかった。

 

「……そろそろ交代時間か」

 

壁に刻まれた数字の羅列が目に入る。

夜間の歩哨、次は自分の番だった。

 

今はもう殆ど名ばかりだが、一人になるには良い口実だ。

銃を手に取り、階段を降りる。

床板の軋みすら雑音にはならない。

 

ゆっくりと、歩哨への道を歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

空は既に月と雲が出ており、その明かりの下では焚き火が焚かれていた。 

1人の隊員が座っている。

 

彼の頭身よりも長い銃を地面に置き、様子を確かめている。

だがその視線はそれの更に奥、寝かせられた人影から目を離すことはない。

 

後ろからのRAPTOR1の声かけに、後ろを振り向き立ちあがろうとするRAPTOR4を RAPTOR1が手を振り抑える。

 

互いに無言のまま、向かい合い形で腰を下ろしたRAPTOR1、焚き火の火の粉で僅かに輪郭がぶれた様に見える。

 

「……調子はどうだ、RAPTOR4」

 

話す話題もなく、ただ会話のラリーを始めるために、RAPTOR1が口を開く。

その言葉にRAPTOR4は銃の整備を止め、顔を上げる。

 

「そうですね、ヒヨリは順調に狙撃の腕を伸ばしています。1年程経てばキヴォトスの狙撃手の五指には入れるでしょう。……連携や位置取りはまだまだですが」

 

「……そうか」

 

「何か可笑しな所でも?」

 

俺はお前の調子を聞いたつもりだったんだが、と言わない程度にはRAPTOR1は隊員達の性格を知っている。

ここで揶揄って、意固地になられては堪らない。

 

だが、似た意味の言葉を吐くくらいは許されるだろう。

 

「……随分と入れ込んでいるな、RAPTOR5も戒野を可愛がっているそうだが、お前もか?」

 

夜の闇で輪郭が薄ぼんやりとしている中、光る複眼だけが、その存在を示している。

 

「……違います、同じ様な銃を使っていただけです。本来ならRAPTOR3の方に加入させるべきですが……」

 

「アリウススクワッドだからな……訓練内容も多少変わる」

 

「気が遠くなりますね……訓練所にしては衛生面が悪すぎる」

 

「そうだな……」

 

そこまで言って、再び場は沈黙に包まれる。

中心の毛布に巻かれたヒヨリが場違いに映る程度には。

 

パチパチと音を立てながら、空に上がっていく火の粉を何の感情もなく見つめる。

そこからどれくらい時間が経ったのか、定かではない。

四十秒程度かもしれないし、三十分は既に越えたかもしれない。

 

少し悩むかの様に首を傾げた後、RAPTOR4は口を開いた。

 

「RAPTOR1……この状況下で、貴方を支える信念とは何ですか?」

 

「……らしくない。いや、ある意味お前らしいか。だがもう何度も伝えた筈だ」

 

「『我々はもう兵士達が嵐に怯えていた頃に戻ってはならない』」

 

隊の成立時から、一度も変わったことのないそれを慣れた口調で呟く。

RAPTORの存在理由であり、存在意義。

 

納得した表情、だが顔には未だに僅かに疑惑が残っていた。

それを確かめるために、RAPTOR4は言葉を続ける。

 

「『我々』とは?」

 

「この小さな箱庭の中で、今なお上へ行く機会を待ち続ける者達だ」

 

この身はカイザーにあるが、守る対象はロボット全員。

企業同士の潰し合いには関与しない。

 

俺達は唯、嵐の中を飛ぶのみだ。

 

言外にそう言うRAPTOR1、その迷いの薄い目を見てRAPTOR4は覚悟を決めた。

自身を肯定されるか否定されるかはわからないが、それを問う覚悟を。

 

「もし」

 

そこまで言って口を閉ざしかける、だが聞かなければならない。

 

 

 

「私が隊を抜けたいと言ったなら、止めますか?」

 

視線がピタリとこちらに固定される。

意図を図ろうとする目は、いつ見ても慣れない。

 

「……ついに、俺の知らない隊内の虐めでも起きたか?」

 

軽いが、決して軽んじている訳ではない口調。

 

「別にその様な事実はありません。……ただの仮定です」

 

RAPTOR4の言葉に、RAPTOR1は僅かに考え込む。

 

「……正直に言えば、お前の能力は無二の物だ。手放す判断は出来ない」

 

「そうですか……」

 

顔を下げ、地面を見る。

分かってはいたことだったが、他者に背中を押されずに成し遂げられるだろうか

そう考えた時

 

「だが否定はしない。信念は同じだが、考え方は千差万別だ。もしお前が隊の信念を貫くために、結果的に隊から離れたのなら、応援はする」

 

手助けはしてやれないが、と笑うRAPTOR1

それを見て、何かがきっちりとハマった様な感覚になる。

 

「……ありがとうございます」

 

「……お前が素直に言うと、感謝してるのか分からないな」

 

そろそろ戻れ、とRAPTOR1が顎で宿舎の方を指す。

 

 

 

この日、この時間のこの会話は、決定的なズレを生んでいた。

RAPTOR1からすれば、自治区の現状を見て悩むRAPTOR4への激励。

 

だがRAPTOR4からすれば、直ぐにでもあの怪物を一人で殺害する。という覚悟の提示だった。

 

 

RAPTOR1がこの会話を後悔する日は、決して遠くはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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