FOXに脳を焼かれた、PMC兵士達のお話   作:アッポラピッタポン

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条約締結前日

 

 

 

 

夜のブラックマーケット。

本来の活動時間ということもあり、昼間よりも人通りは多い。

欲望に滲んだ黒い地区の一角で、影が走っていた。

 

 

 

 

 

 

背中で空気が裂ける音がした。

——来ている。

 

肺が焼けるほど酸素を吸い込み、路地から路地へ跳ぶ。足裏が地面を叩くたび、体が限界を訴えてくるが、止まれない。

胸ポケットの内側、薄い端末の感触がまだある。これを失えば、すべてが無意味になる。

 

乾いた発砲音。

次の瞬間、肩に衝撃が走った。

「……っ」

 

痛みはある。だが、倒れるほどじゃない。

身体はまだ動く。動かせる。

壁を蹴り、鉄製の階段を駆け上がる。視界の端で影が増える。複数――囲まれつつある。

 

もう一発。

今度は脇腹。呼吸が一瞬乱れる。

(……焦るな)

歯を食いしばり、屋上へ飛び出す。夜風が肌を切る。

向こうのビルまで、距離は——

 

着地の瞬間、視界が揺れた。

鈍い衝撃。

背後から叩きつけられるような一撃。

膝が崩れ、世界が傾く。

(……まずい)

最後に見えたのは、無言で近づく影と、

夜空に滲む光。

 

——意識が、闇に沈んだ。

 

 

ヘイローの消えた体を、複数人の影が取り囲む。

 

 

 

 

 

 

 

 

呼吸はある。脈も安定している。

隊員たちは無言のまま周囲を警戒していた。銃口は下げない。

 

 

その様子を見下ろしながら、HUNTER1が口を開いた。

 

「やっぱ硬いな……流石はゲヘナ学園情報部だ」

 

かなり手こずったなと溢す口調、だが顔には達成感の類の感情は一切無かった。

気絶した生徒の胸ポケットに無造作に手を入れ、情報端末を抜き出す。

 

「……あれくれ」

 

HUNTER1の言葉に隊員の一人が懐から二つの物体を取り出した。

一つは偽データの入った情報端末。

もう一つは、

 

「よっと」

 

軽い口調で生徒の首元に注射器を刺す。

当然のことながら、意識のない生徒に抗う術は無く、手足をだらんと伸ばしたままだった。

 

注射器を抜き、胸ポケットに偽の情報端末を放り込む。

 

「……こいつをゴミ箱に入れとけ、蓋は閉じてな」

 

目が覚めたスパイは、薬品によって直近の記憶を混濁させたまま、偶々ゴミ箱に隠れてカイザーの捜索をやり過ごしたと思い、学園に帰還するだろう。

 

そうでなくてはならない。

 

一部の隊員が、生徒をゴミ箱に輸送する中、HUNTER1の下には数件の通信が来ていた。

 

「……全員捕獲か、処置は?そうか」

 

今回のスパイ狩りはなんとか勝ちを拾えたらしいと軽く息を吐く中、待機状態の隊員達は不満を漏らす。

 

『……完全に監禁出来ないのが歯痒いですね』

『記憶混濁剤だって完璧じゃないしな……何かの拍子に違和感を持つことも』

『こっちの潜入員は帰って来てない奴もいるのに、あっちだけ無傷で返すのは癪だ』

 

大規模なスパイ狩りをしている間に、不満が溜まっていたらしい。

情報戦の末端に居る者として、一方的に殴られている現状は納得など出来るわけもない。

 

その感情には理解を示しつつ、HUNTER1は隊員達を宥める。

 

「……分かっているとは思うが、シャーレとカイザーの関係が最悪な以上、学園所属の生徒を行方不明にする訳にはいかん。たとえスパイでもな」

 

反論のしようのない事実の列挙に、声を上げる者はいなかった。

そんなことは、百も承知だからだ。

 

 

連邦捜査部S.C.H.A.L.E

数ヶ月程前に突如として設立された組織。

 

SRTの時でさえ反対されたというのに、それを遥かに上回る権力を持った超法規的機関。

凡ゆる学園の生徒を自身の所属にすることが可能という馬鹿げた力を持つ。

 

しかし、その庇護は生徒のみに限定され、大人は対象ではない。

カイザーをはじめ、ブラックマーケットに存在する数多の企業の上層部を発狂させたそれは、完全に目の上のタンコブだった。

 

『生徒達の味方である』と公言するシャーレに、もし行方不明の生徒の話が入ったのなら。

 

「終わりだ、ミレニアムだかの協力で、あっさりと真実がバレる」

 

その後のことは想像に難くない

 

法を無視することが出来る存在による合法的な虐殺が始まる。

 

ただでさえ単体の力では生徒には及ばないというのに、法の力まで彼女らの物になってしまった。

 

 

だが、認めたくない絶望的な事実を受けようと、立ち止まることは許されない。

 

「……ま、そもそもゲヘナの風紀委員長は元情報部だからな、変に話が行って単騎突撃されても困る」

 

RAPTORが手を焼くことになると笑い飛ばすHUNTER1によって、場の空気は多少緩むのだった。

 

 

 

 

 

——数時間後

 

カイザーコーポレーション本社  第一会議室

 

 

カイザーの会議室は、音が少なかった。

正確には、音が出ないように設計されている。

足音を吸う床材、反響を殺す壁、低く抑えられた空調音。

人が集まれば集まるほど、逆に静かになる空間だ。

長いテーブル。

磨き上げられた天板には、天井の照明が歪みなく映り込んでいる。

 

席はすでに埋まっているが、一つだけ空いている。

誰も、その席を見ない。

だが、誰もがその存在を意識していた。

各席の前には、薄い端末。

すでに起動済みで、同じ資料が表示されている。

概要、評価、結果、そして問題点。

——情報は、全員に渡っている。

だから、確認の言葉はない。

「読んだか?」も、「質問は?」もない。

 

誰かが端末を操作すると、

そのわずかな指の動きが、やけに大きく感じられる。

別の誰かは、椅子の背に深くもたれ、腕を組んだまま動かない。

視線は合わない。

合えば、余計なことが伝わる。

 

資料に目を落とす者。

 

天井を見つめる者。

 

窓の外、企業区画の夜景を眺める者。

 

だが、考えている内容はほぼ同じだ。

なぜ、こうなった

誰の判断だ

空席の前に置かれた端末だけが、

主を待つように淡く光っている。

 

時間は、進んでいる。

だが、会議は始まっていない。

開始の合図は決まっている。

 

最後の一人が来た瞬間だ。

廊下の向こうで、かすかな足音。

 

誰かが一瞬だけ、顔を上げる。

 

再び、沈黙。

空調が、一定のリズムで空気を循環させる。

それすらも、今は煩わしい。

 

全員が理解している。

この会議は、説明の場ではない。

責任をなすりつける場でもない。

 

ただ——

「どう処理するか」を決める。

やがて、ドアの向こうで、確かな足音が止まる。

 

重い開閉音を鳴らしながら、プレジデントが入室した。

 

 

「すまないな、少し遅れた。始めてくれ」

 

自身の席に向かいながら話すプレジデントの言葉を受け、ICBの代表者が椅子を後ろに飛ばす勢いで立ち上がった。

 

「既に情報はご確認頂いていると思いますが、今回の議題はトリニティ総合学園とゲヘナ学園の間に締結される不可侵条約。『エデン条約』について、確定された情報の共有となります」

 

長机に埋め込まれた投射装置が、リアルタイムで情報を更新していく。

 

エデン条約が締結される。

 

そのことについては既に既知の事実だった。

二大校の仲の悪さなど、キヴォトスでは一般常識であり、締結したからといって仲が良くなる訳もなく、水面下の戦いが激化するだろうが、互いの負担を減らす鎖の様なもの、というのがカイザーコーポレーションの意見になる。

 

強いていうのなら、余った兵力がこちらの脅威になる程度。無視できる範疇だ。

 

だがここで、僅かに不可解な出来事が発生した。

 

「我々ICBの事前予想では、締結場所は二つの地区の境目『グレーゾーン』とも呼ばれる緩衝地帯でした。ですが——」

 

マップのピンがトリニティ方面へとズレていく。

 

「実際には、大きくトリニティ総合学園方面に寄る『通功の古聖堂』に決定されました」

 

通功の古聖堂

最早歴史の遺物とも言える建築物は、保存作業の名目の陰で大改修が実施されていた。

 

 

改めて事実を脳に入れた後に、プレジデントが話を受け継ぐ。

 

「万魔殿はこれについて『重要な催しなのだから、権威のある場所が望ましいと判断した』と語っている」

 

ニュースでも連日言われているその理由は、幹部達の首を傾げさせた。

 

「流石に違和感がありますな、あの狸はバカですがアホではありません」

「アレのトリニティ嫌いは周知です。負担軽減の条約を締結するのを認めたとしても、態々トリニティ側には行かないでしょう」

「同感だ、身内の不祥事でも起きて近付けたくないのかもな」

 

各々が意見を言う中、プレジデントは軽く手を挙げ、注目を集める。

やや騒がしかった会議室が静かになるまで、そう時間は掛からない。

 

「今回、君達を集めたのは、なにもニュースの内容の話し合いなどではない」

 

リモコンのスイッチが、カチッという小気味の良い音で仕事を始めた。

今までマップの写っていたスクリーンに被せる形で、別の画像が貼り付けられる。

 

「……これは」

「確か、第三工場が製造していた……飛行船?」

 

写っていたのは、画面一杯にその巨体が埋め尽くした飛行船。

白い機体の上を走る赤いラインは、間違いなくカイザーが製造したものだった。 

唯一の異なる点は、各所に施された万魔殿のマークのみ。

 

「そうだ、三週間程前に匿名の依頼者に納品した飛行船だ。つまり、その依頼者からの提供という形で、ゲヘナはこれを手に入れた。という訳だ」

 

傾けていた首が更に角度を上げる。

 

「……依頼人がゲヘナ、という可能性は」

 

至極真っ当な質問だが、インダストリーの代表は首を横に振る。

 

「大規模な依頼だったから、素性くらいは探ろうとしたが、カメラに映った顔はゲヘナ並びにその系列校、果ては協力関係にある企業の店員まで、全て一致しなかった」

 

「では、その匿名の依頼者が締結地の『ズレ』を生んだ、と?」

 

プレジデントはそうだと言わんばかりに頷く。

「そうだ、先日のRAPTOR小隊が報告したアリウス分校の生徒との交戦。微かな可能性ではあるが、乗れる波だと判断した」

 

本来なら、態々爆心地に突っ込む様な真似はしないが、プレジデントはこれが好奇だと考えていた。

 

かつて、アビドスに金を貸すことを決定したように

 

何かを良い方向に変えるという確信があった。

 

 

 

 

 

「カイザーコーポレーションは、エデン条約に関して起こる事件に対して、関与することを決定した」

 

 

「これは、革新になるだろう」

 

皇帝を思わせるその態度を、会議室に響き渡らせる。

 

「今までにない規模の作戦になるだろう」

 

社長としての威厳を、幹部達に見せ続ける。

 

「君達の奮闘が必要だ」

 

 

 

 

この日、カイザーコーポレーションは表舞台に登る階段の第一歩を踏み出すのだった。

 

 

 




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