FOXに脳を焼かれた、PMC兵士達のお話   作:アッポラピッタポン

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FOX小隊、実装おめでとう!


エデン条約調印式 ①

 

 

エデン条約締結日 調印式会場 午前九時

 

調印式が行われるエデンの会場は、朝から異様なほど整っていた。

磨き上げられた床、等間隔に並ぶ椅子、微動だにしない警備員。

空気にまで規律が染み込んでいるかのようだった。

 

トリニティ側の生徒たちは、正装の制服を着込み、背筋を伸ばして立っている。

誰もが落ち着いた表情を装っているが、指先や視線の揺れが、内心を隠しきれていない。

 

「……本当に、今日なんですね」

小さく漏れた声は、すぐに飲み込まれた。

この場で不用意な言葉は許されない。

 

一方、少し離れた場所では、ゲヘナの生徒たちが固まっていた。

制服は同じだが、着こなしはばらばら。

腕を組む者、壁にもたれる者、露骨に退屈そうな顔をする者もいる。

 

「へぇ、ずいぶん気合入ってるじゃん。向こうは」

「気合じゃなくて“体裁”だろ」

小声のやり取りに、笑いはない。

 

会場の中央、条約文書が収められたケースは、まだ固く閉ざされている。

数時間後、そこに署名が並び、歴史が更新されるだろう。

 

警備の動線は何重にも確認され、想定問答も繰り返された。

「万全です」

その言葉が、何度も報告される。

それでも、完全な安心はなかった。

 

トリニティの生徒は、ゲヘナの視線を警戒し、

ゲヘナの生徒は、トリニティの沈黙を不気味に感じている。

互いに敵意を抑え、礼節という名の仮面を被り、

その下で感情が燻っている。

 

誰も口にしないが、「もしも」が頭をよぎらない者はいなかった。

この場所は、平和の象徴になる。

だが同時に緊張が極限まで張り詰めた境界でもある。

時計の針が進む、あと数時間。

 

まだ何も起きていない。

それが、逆に不安を増幅させていた。

静かすぎる朝は嵐の前触れのように、重く澄んでいた。

 

 

 

 

 

 同時刻 会場の外

 

封鎖線を越えた先の通りは、まるで別の街のようだった。

屋台が並び、簡易的な旗が風に揺れている。

トリニティとゲヘナ、両学園の紋章を並べた記念バッジが、半ば冗談めかして売られていた。

「ほんとに仲直りするんだってさ」

「へえ、歴史的瞬間じゃん?」

一般の生徒や市民たちは、深刻な様子もなく、

むしろ珍しい行事を楽しみにしているようだった。

写真を撮る者。友人と待ち合わせをする者。

「調印式終わったら何か起きるんじゃない?」と、無責任に期待する声もある。

会場から少し離れた公園では、ベンチに腰掛けて談笑する姿が目立つ。

警備用のフェンスはあるが、誰もそれを本気で気にしていない。

 

「警備すごいねー」

「まあ、お偉いさん来るらしいし」

その程度の認識だ。

中で交わされようとしている条約の重さを、正確に理解している者はほとんどいない。

 

空にはドローンが浮かび、

「エデン条約調印式まで、あと◯時間」と表示されたホログラムが流れる。

それを見て、歓声すら上がる。

 

祝祭のような空気。

未来が良くなると、疑いもなく信じている顔。

誰もが思っている。

――これで、面倒な争いは終わるのだと。

会場の中で張り詰めている緊張とは裏腹に、

外の世界は、あまりにも無防備だった。

 

この穏やかさが、

この軽やかさが、

あと数時間後も続くと、誰もが信じて疑わない。

 

 

そんな人混みの中を、ひとつの人影が静かに進んでいく。

肩が誰かに触れても、軽く会釈するだけ。

足取りは急がず、遅れもせず、流れに逆らわない。

 

側から見れば、どこにでもいる一般人

条約調印を見に来ただけの、名もない通行人にしか見えなかった。

制服でもなければ、特徴的な装備もない、装飾的な記念リボンもつけていない。

それが逆に、この場では目立たない。

 

屋台の前で足を止める人々の間を縫い、写真を撮る生徒の列の横をすり抜け、立ち止まって地図を確認する観光客の背後を通り過ぎる。

誰一人として、その人影を気に留めない。

表情は穏やかで、少し眠たげですらある。

緊張も高揚も読み取れない。

まるで、ここに集まる理由そのものを持っていないかのようだった。

 

しかし——

その視線だけが、わずかに違っていた。

会場の方向を見ているわけではない。

人の顔を追っているわけでもない。

群衆全体を、俯瞰するように捉えている。

 

警備の配置、ドローンの巡回ルート、人の密度が不自然に薄くなる場所。

それらを、意識しているとも、していないとも取れる距離感で。

誰かが肩越しにぶつかり、「すみません」と言う。

人影は同じ言葉を返し、足を止めない。

その間にも、カウントダウンの数字は一つ減り、遠くで小さな拍手が起こる。

祝福の空気は、まだ濃い。

人影は、群衆の端に近づくにつれてほんの一瞬だけ、歩調を変えた。

速くも、遅くもない。

 

公園と通りの境目、人影は通りを一本外れ、喧騒がガラス越しに少しだけ遠のく一角へと向かった。白い外壁に控えめな看板、特別高級でも安っぽくもない会場周辺にもいくつもある、有名なチェーンレストランの一つだ。

 

ドアを開けると、ベルの音が小さく鳴り、空気が切り替わる。

中は落ち着いた照明で、調印式の話題を小声で交わす客がまばらにいる。

祝いの日だというのに、ここでは皆どこか静かだ。

騒ぐなら外で十分、という暗黙の了解がある。

 

人影は迷わず窓際の二人掛けの席を選ぶ、背中を壁に、視線はガラス越しに外。

街路樹の向こうに、人の流れと、奥に調印会場の白い建物が見える位置。

 

悪くない席だ。

椅子に腰を下ろす動作は自然で、鞄を足元に置く仕草も、「少し休憩に立ち寄った一般客」そのものだった。

 

メニューを開く。

だが、文字を追っているようで、実際には見ていない。

反射するガラスの中、ドアの前で足を止める、もう一つの影が映ったからだ。

 

ベルが鳴る。

入ってきたのは、少し遅れてきた待ち合わせ客、

あるいは外の喧騒に疲れて一息つきに来た一般人。

服装は人影と同じく、地味で、記憶に残らない。

視線を巡らせる仕草も自然で、店内の空席を探しているだけに見える。

その人物は、

一度だけ、窓際の席に目を向ける。

合図は、それで十分だった。

 

迷いなく、当然のように人影の向かいの席に腰を下ろす。

 

「遅れた」

声は小さく、雑音に紛れて消える程度。

人影はメニューから顔を上げずに答える。

「問題ない。まだ何も頼んでない」

それは、昼食の話にしか聞こえないやり取り。

 

二人の間に、握手も確認もない。

椅子に深く腰掛け、自然に窓の外を見る。

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 

やや祭りの様な雰囲気に当てられているのか、足取りが軽い店員が二人の下に訪れる。

 

「コーヒーとサンドウィッチを」

「ハンバーグとトマトパスタで」

 

目の前の男の言葉に、呆気に取られる。

「……おい」

 

「かしこまりました。他には何かございますか?」

「卵は両面焼きで」

 

男の視線など無かったかの様に、店員に追加の注文をする男。

足早に去っていく店員を横目に、机の下で相手の脛を蹴る。

 

「いっ……ここのメシ美味いんだって、後で分けてやるからさ」

「そういう問題ではない、ピクニックじゃないんだぞ」

 

有事の際に寝息を立てられては堪らないと、暗に仄めかす。

だが当人は、どこ吹く風といった様子。

 

いざという時には置いていくか、などと物騒な考えをしながら、男は軽く首元に手を当て、スーツの下にあるチョーカーのスイッチを押した。

 

——ICB第三班、予定地点に到着

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ時間帯

 

祝祭の音が薄れる。やや離れた場所。

休日のビルは、昼間だというのに静まり返っていた。

まるで、音を失った箱のように静かだ。

 

稼働しているのは最低限の照明と、警備のための動線だけ。

それ以外は、まるで時間が止まったようだ。

 

その裏口に、清掃用カートを押した二人組が現れる。

灰色の作業服。

胸元の簡素なタグ。

顔立ちも、年齢も、覚えにくい。

 

「いやー、休みの日の現場って最高だよな。人いない、クレーム来ない、床はまあまあ汚い」

カートを押しながら男が、やけに楽しそうに言う。

 

「……今は、そういう会話は控えてください」

少し若い声の男は小声で返す。

 

「はいはい。真面目だねえ、新人くん」

肩をすくめつつも、足取りは一切崩さない。

 

角を曲がると、警備員がいた。

男は、さっきまでの軽さをすっと消す。

背中が少し丸まり、顔に「面倒な仕事中です」という表情を貼り付ける。

 

「すみませーん、今日は下の階だけですよね?」

語尾は柔らかいが、余計な感情は一切乗っていない。

警備員は二人を見て、端末を確認する。

 

「そうだ。上は立ち入り禁止だ」

 

「了解です。助かります」

男は笑顔で答え、それ以上の会話を引き延ばさない。

 

もう一人は視線を床に落とし、一言も発さない。

その沈黙が、逆に自然だった。

警備員が視線を戻す。

通過。

 

角を越えた瞬間、男は小さく息を吐いた。

 

 

 

 

 

制御室の前は、妙に静かだった。

廊下の照明は最低限。

足音が響きすぎない代わりに、小さな物音でもやけに耳に残る。

男は立ち止まり、

指で空中を二度、軽く叩いた。

 

——ここだ。

若い男は喉を鳴らし、

呼吸を一段落とす。

視線はドア、その向こう。中に人がいないことは分かっている。

それでも、気配だけが消えない。

 

ドアは、音もなく開く。

制御室は暗く、機器のランプだけが規則正しく瞬いている。

壁一面に並ぶモニター。

それぞれが、この瞬間の平穏を映していた。

 

男は軽く機器に触れて、懐から一枚のメモリを取り出す。

当たり前のように、差し込むと、監視カメラは僅かな沈黙の後、日常の繰り返ししか放送しなくなっていた。

 

それを完全に見届ける必要はなく、二人は制御室から離れる。

警備員の動線は把握しているし、ここ数分の録画は入れ替えたが、長居する余裕は無かった。

 

そのまま、軽い掃除をしながら、エレベーターへ乗り込んだ。

 

静かに上昇していくエレベーターの中。

数字が一つずつ増えるたび、若い男の肩はわずかに硬くなる。

 

「エレベーターで降りる時のさ、体の浮遊感?あれ苦手なんだよな」

 

「……今、その話題いります?」

 

「緊張ほぐし。それとも、もう限界?」

 

男の質問には答えない。

代わりに、カートの仕込みを確認する。

 

チン、と軽い音で扉が開く。

最上階の一つ手前、ここからは階段だ。

 

照明は落とされ、人の気配はない。

休日のビル特有の、無機質な静けさ。

ここまで来ると空調の音すら遠い。

 

清掃用カートは、壁際に自然に寄せられていた。

誰が見ても作業の途中で置かれたままにしか見えない。

 

周囲を一度だけ確認する。

 

「ここいいな。見晴らしも悪くない」

「……仕事中です」

若い男が即座に返す。

 

「はいはい」

軽く返しつつも、男の手つきは真剣だった。

カートの留め具が外される。

 

中身は、清掃用具ではない“別の配置”に切り替わる。

音は出ない、金属の擦れる気配すら計算されて抑えられている。

息を詰め、男の動きを横目で追う。

 

「こういうの、最初に見た時は笑ったな」

「笑ってる場合じゃないでしょう」

「冗談だよ……半分は」

カートの内部から、細長いシルエットが姿を現す。

無駄を削ぎ落とした形。

派手さはなく、役割だけが残っている。

 

携行性に特化した狙撃銃。

他にも一清掃員が持っている筈もない道具が、次々と吐き出される。

 

慣れた手つきで銃を組み上げ、背中に背負う。

久しぶりの重さだが、感慨はない。

 

屋上への階段を登り切りドアを開ければ、夜とは違う、乾いた朝の風が流れ込んだ。

冷たさはなく、代わりに眠気を完全に吹き飛ばす明るさがある。

空は高く、薄い雲がゆっくり流れている。

 

二人は自然と足を止め、屋上の縁へと近づいた。

 

生徒達の笑い声や、商店の掛け声の残響が耳に響く。

 

そしてその中心に、調印式の会場があった。

白亜の建物は、夜よりもはっきりと輪郭を持ち、照明ではなく、太陽の光に照らされている。

 

「……朝だと余計に現実感ありますね」

若い男が言う。

「逃げ場がない感じ、するだろ」

男は低く返した。

 

屋上のコンクリートは、夜の冷えを残していない。

足元は安定している、視界はクリア、距離も角度も、すべて想定通り。

 

男は、軽く視線を横に向ける。

相方にではなく、別のビルの屋上へと。

 

そこにも、二人組の人影が見える。

こちらを視認したのか、光信号で完了の報告が目に届いた。

一つだけではない、様々な方向からの光の掃射。

 

その全てを確認した後、男か首元に手を伸ばした。

 

——独立狙撃中隊、全部隊準備完了。

 

 

 

 

 

 

 

作戦司令部は、カイザーコーポレーション本社の地下一階だった。

地下では白色灯が均一に灯り、企業ロゴの入った端末が静かに稼働している。

壁面モニターには、街の俯瞰図が多層的に投影されていた。

 

境界線、治安管轄、警備権限――本来なら交わるはずのない色分けが、無理に重ねられたような歪な配置になっている。

 

「……継ぎはぎだな」

誰かが小さく漏らす。

長年いがみ合ってきた二校が条約という形で同じ街を警備している。

警備体系も、通信規格も、思想も違う。それを無理やり一つにまとめた結果が、今の街だった。

 

違和感の集合体を写す司令室の後ろには、ジェネラルとプレジデントが立っていた。

だがその目線はモニターではなく、プレジデントの手元にある小さなホログラム投影装置に向けられている。

 

『流石ですね。潜入員の数が多いだけはあります』

 

「……そちらは職務中なのでは?防衛室長」

 

手の中で、青い影が揺らめく。

 

『そうですね、今もハンコを片手に仕事中です』

 

「流石に不用心ではないかね?」

 

プレジデントの問いかけに、不知火カヤは小さく笑う。

 

『FOX小隊に警戒を頼んでいます。『キヴォトス最高の特殊部隊』が警護につくなんて、私も偉くなったものです』

 

心にも無さそうな喜び方で、逆に本心にすら見えてくる。

狐というのは、この女のことではないのかと、ジェネラルは密かに考えていた。

 

「今回の条約、連邦生徒会は本当に関与しないのか?」

 

『……シャーレ以外は、特に動きはないですね。稼働するのが精一杯ですよ、休みが恋しいです』

 

こちらの疲れ果てた顔は、間違いなく本心なのだろうが、精々同情することしか出来ない。

 

「……既にICBと独立狙撃中隊は配置済み、SOFも外縁部に待機、いつでも戦闘行動に移行が可能です」

 

『RAPTOR小隊はいいのですか?そちらの最高戦力では?』

 

「戦争を仕掛ける訳ではないからな、強化アーマーも安くはない」

 

偵察だけならば適任がいると言うプレジデント。

 

 

その最中に、地図上に大きな反応が現れる。

スクリーンのスピーカーからニュースの音が流れる。

 

 

『見て下さい!ただいま、シャーレの先生が到着しました!!』

 

 

緊張は加速度的に高まっていき、ジェネラルは知らずの内に手を握りしめていた。

 

 

エデン条約締結まで、あと三時間

 

 

 

 




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