FOXに脳を焼かれた、PMC兵士達のお話   作:アッポラピッタポン

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エデン条約調印式 ②

 

 

昼下がりのファミレスは、いつもより少しだけ賑わっていた。

平日であるはずの時間帯に、学生服の姿がちらほら混じっているのは、今日が祝日だからだ。

 

そんな学生服の生徒達の中に、補習授業部の四人の姿があった。

 

「……騒がしいな」

 

店内の空気と、外の空気を合わせて、アズサは呟く。

つい二週間程前まで、エデン条約に関する様々な陰謀の渦の渦中に居た四人は、事件の解決と試験の合格を記念して、ファミレスで打ち上げを行っていた。

 

「今日はエデン条約が締結される日ですからね!学校も休日扱いです!なんだかお祭りっぽいですね」

 

実際に、街中の空気は賑やかなものであり、ヒフミの言葉は的を得ていた。

その言葉に同意を示し、ハナコは軽く頷く。

 

「そうですね。折角なら先生も一緒なら良かったのですが、条約の方でお忙しいそうですし」

 

「……で、私はなんでここに呼ばれてるわけ?」

 

怪訝そうな言葉使いだが、言葉の端々に喜びを隠せていないのは、実力で補習授業部に入った、自称エリートのコハルだ。

 

「……嫌だったか?補習授業部はもうなくなるから、最後にと思ったんだが」

 

「べ、別に嫌とは言ってないじゃん!……それに、別れるわけじゃないんだから、押収品の管理室にでも来てくれれば大抵……」

 

純粋な目にたじろぎながら、遺憾なくツンデレを発揮している。

 

「そうですね、私も押収されてしまった本を返して貰わなければいけませんし」

 

「……あんたの本って絶対エッチなやつじゃん!エッチなのはダメ!焼却!」

 

「借り物なので、焼却は困るのですが……」

 

「あはは……」

 

最早見慣れた光景を感じながら、四人の時間はゆっくりと過ぎていった。

「……」

 

楽観的な雰囲気の中、アズサは一人考えに耽っていた。

当然、アリウス自治区の生徒についてだ。

 

桐藤ナギサへの襲撃の際、トリニティに乗り込んできた150名近くのアリウス生。

脱出の際の協力者である、トリニティ警備局のロボット達との戦闘中に、シスターフッドが介入し、全員が鎮圧された。

秘密・閉鎖主義であるシスターフッドが介入した理由は詳しくは分からないが、ハナコとの何らかな取引があったらしい。

 

また、聖園ミカを制圧した直後の様々な情報が交差する中で、『R』と名乗っていた集団は忽然と姿を消した。

車両の残骸以外に残された物はなく、最終的には初めから先生と補習授業部しかいなかったと決定された。

だが、逃走中の彼らとの会話は、アズサの脳内に深く刻まれている。

 

『もし錠前と対峙したなら、話し合いでの解決は止めておけ』

 

事件が終わった後、海に遊びに行った時も、今この瞬間も、心の片隅にずっと残っている。

 

裏切り者である自分は、これから先の事態で真っ先に狙われるだろう。

それはいい、覚悟していたことだし、ただでやられるつもりもない。

 

けれど、大切な補習授業部のみんなが標的にされる可能性を考えると、胸が締め付けられる気分だった。

 

「……サオリ」

 

抑えることの出来なかった声が、一緒にいる友人達に届かなかったことは、幸いだったのかもしれない。

 

だが、『この先の事態』が数十分後に迫っていることに気付かない程度には、アズサは光に浸り過ぎていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の雰囲気には似合わない、少し湿り気が残る地下空間。

自治区内にいくつもある旧時代の遺物の足下に、二人の人影が見える。

 

「……準備は出来ましたか?」

「ああ、既に全部隊が配置についた。後は待つだけだ」

 

遺跡の隙間から見える快晴を手で遮りながら、スバルとサオリは空を見上げていた。

天気は晴れ、空のいたる所に薄い雲がかかっている。

 

「漸くこの日が来ましたね。……少し緊張しますが」

「私もだ。感慨深い様な気もするが」

「……確かにそうですね。長かったような短かったような、お互いに随分と変わったこともありますし」

 

一年前から少し近くなった空から顔を戻して、互いの姿を見る。

サオリの姿を見て軽く笑う、昔から変わらない服装の自分とはあまりにも対照的だったからだ。

 

「?確かに身長は変わったが……」

「いやお腹丸出しの服は着てなかったでしょう」

「……っ!いやこれは機動性の点では合理的で——」

「はいはい、分かってますよ」

 

その言い方は分かってないだろうと、抗議の視線を向ける。

何度も共同で作戦を立てていた以上、軽口も増えるのは当然だった。

思えばスクワッドの面々とは、あまりこういう会話はしない。

同年代だからこそ、だろうか?

 

「あの場所で、歳の差なんてあまり関係なかったですよ」

「……声に出てたか?」

「顔に出てました。やっぱり変な所で天然が入ってますよ」

 

両手で両頬を押しているサオリと、そういう所だと言いたげな顔のスバル。

互いにどうでもいい事に会話を長引かせるのは矢張り緊張からかと結論づける。

 

「改めて初動の確認を」

 

「……巡航ミサイルの着弾と共に突入、チームⅠの古聖堂付近の制圧と同時にチームⅡは姫を地下まで輸送。その後は」

「私の仕事です。スクワッドは遊撃で暴れるということで」

 

もう500回はしたであろう初動の動きのシミュレーションを終え、二人は溜息を吐いた。

綿密な作戦ほど、想定外の動きで崩れ去る。

余裕、幅を持たせた作戦にしたつもりではあるが、実際には何が起こるか分からない。

その中で明らかに変数になりそうだったのは

 

「『先生』ですか、早めに無力化して下さいよ」

「分かってはいるが、いかんせん未知数だ。時間はかかると思ってくれ」

 

ここ数ヶ月で確認された先生と呼ばれる存在は、こちらの最大の障壁であり、マダムも注意を払っていた。

当然、優先的な目標の一つに組み込まれ、二人で頭を抱えながら作戦を立て直したものだ。

 

「だが、変数に成れるのはこちらもだ、少ないが切り札はある」

 

腰のポーチから何本かの試験管を取り出す。

割れない様にガッチリと固定されたそれの中には、紫色の液体が揺れている。

 

「マダムの知り合いに作らせたんでしたっけ?見た目は明らかに毒ですが……」

「ああ、マダムも知らない切り札だ。あの木の人形とマダムの仲が良好じゃなくて助かった」

 

『成程、道を知らぬ哀れな智慧なき仔羊の群れかと思っていたが……主人に噛み付くことも厭わない番犬の類いであったか。良いだろう、私の作品を体よく利用するのは業腹だったが、多少は溜飲が下がりそうだ』

 

あちら側から情報が流れることはないだろうと考えるサオリ。

マダムの元から去る一瞬を狙い交渉を持ちかけた。

見るからに正常な存在ではなかったが、対価は手に入れた。

もっとも、奥の手や切り札なんてものは使わないに越したことはないのだが。

 

「……教官達も、こんな感じだったんですかね」

「……さあな」

 

不意に、頭を撫でられた時のことを思い出す。

自身の人生における百分の一にも満たない時間であり、彼らからすれば更にその半分以下の時間。

自分達は未だに、あれ以上に安心感を見出せる物を見つけられていない。

教官達と机上の地図を囲み、戦術が上手く決まった時には、よくやったと褒めてもらえた。

二回り以上大きな相手が僅かな遠慮と共に手を頭に乗せる。

本来なら怖い筈のそれが、言い様のない心地良さと気恥ずかしさだったのを、良く覚えている。

 

教官達が帰る日の夜、ヒヨリが『流れ星を見に行きます!』と言って飛び出したのを何人かで追いかけた。

こんな場所で何を言っているのかと問い詰めようとした時に、一条の光が空から落ちるのを目にした。

 

その後の怪物の様な叫び声は、『教官達でさえ、マダムには勝てない』と思わせると同時に『あのマダムは打ち倒せる怪物だ』という認識を、自治区の生徒に与えた。

今まで自治区を治めていたマダムはただの怪物が皮を被っていただけであり、付き従う必要は彼女らには見当たらなかった。

 

「……作戦開始は三十分後。早く終わらせてコールサインを貰いに行きましょうか」

「……そうだな」

 

取らぬ狸の皮算用とは違う、未来への展望を語りながら、二人は別々の開始位置へと足を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

「スバル先輩!ミサイルの発射準備が完了しました!いつでも撃てます!」

姿を見ると一目散に駆け寄ってくる一年生、その背後には巨大なミサイルの発射台が鎮座している。

 

「……わかりました。それと今は隊長と呼んで下さいね」

「す、すいません。緊張しちゃって……どんな感じで爆発するんですかね、このミサイル」

「そうですね……きっと、花火みたいな感じじゃないですか?」

自分が見たのは閃光弾塗れの花火大会だったが、あれだって花火に数えられる筈だ。

 

「花火ですか?私は見たことないんですが、せん……隊長はあるんですね」

「はい、とても綺麗でした。これも同じくらい綺麗な筈です」

 

精々、一年振りの花火大会を楽しむとしましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

「リーダー、点呼終わったよ」

「こ、こっちも終わりました…」

「…………」

 

「三人とも終わったか、私は作戦の初動で用事がある。それが終わるまでは任せたぞ」

スクワッドに戻ったサオリは、ミサキ達からの報告を聞きながらも、手元の紙を見る。

 

「前から聞いてるからそれは知ってるけど、いい加減その用事の内容くらいは教えてくれない?」

 

「……機密だ」

少しウンザリとした顔をするミサキに対して、僅かに返答に間が入る。

 

「…………」

「……はぁ、分かった。姫も何か言いたそうだけど」

「なんか、リーダーって雰囲気が教官寄りになってないですか?」

 

「……そうか?」

思いもよらない言葉だったが、道理ではあった。

様々なことを教え込まれたのだから、気付かぬ間に雰囲気に染まっていた可能性はある。

 

「……私だけではないと思うが」

ミサキはネガティブな言葉が少なくなり、ヒヨリは少し落ち着いた。

アツコも前より動きに感情が乗っている。

 

年齢を重ねたことだけが理由ではない筈だと思いたい。

 

「何か言った?」

「いや、何も」

 

運良く聞かれることのなかった呟きを掻き消し、サオリはマスクを装着する。

 

「そろそろ始めるぞ、数百年前の仕返しを」

 

マダムの手から離れる一歩目を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「予定時刻の三十秒前」

「カウント開始」

 

装置の奥で、低い唸りが生まれる。

最初は微かだったそれが、徐々に重みを増していく。

地面の奥から這い上がるような、鈍い振動。

砂がかすかに跳ねる。

 

「二十秒前」

 

装置が奥底から唸り声を捻り出す

 

「十秒前」

 

カウントダウンの桁数が一つ減る。

 

「五」

 

 

「四」

遠くから歓声が聞こえる。

 

「三」

振動が彼女達を確かに揺らす。

 

「二」

基部に赤色が灯る

 

「一」

 

 

 

 

 

「発射」

 

爆ぜる。

轟音がミサイルを上空へと押し出していく。

地面を燃やしながら、重力に逆らう。

 

耳を塞いでもなお、骨に響く音と、自分達の肌の表面を走る熱。

 

一定の高さに到達したミサイルは、ゆっくりと標的に頭を向ける。

瞬間、先程とは比べ物にならない出力が空気を揺らした。

 

空が裂けたかと見紛うほど、尾を引く炎は軌跡として焼き付いていく。

 

「ミサイル発射、完了」

 

 

それに歓声を上げることも、喜びの感情を面にだすこともなく。

スバルは光に背を向ける。

 

もう揺らがない

迷わない

 

光はただ、一直線に祝祭へと落ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、ジュース取ってきますね」

 

そう言って席を立ち、ドリンクバーへと向かうハナコ。

様々な料理の匂いが香り立つ店内を歩きながら、思考に耽る。

 

あれから、アリウスの動きは確認されていない。

ティーパーティー襲撃が、最後になるとは思っていなかった。

失敗したから身を潜めたのか、いや、そんな簡単に諦めるとは思えない。

 

まだスクワッドは姿を表していない、そして何かを起こすのなら、今日は最善の日になる。

 

だが、何をするかがどうしても分からない。

戦力的にトリニティに劣るアリウスが、ゲヘナも相手取れるのか?

捕まったアリウス生への尋問も、全員が薄ら笑いを浮かべるのみ。

 

僅かに顔を顰めながら、ドリンクバーのスイッチを押す。

こちらが明らかに優勢、にも関わらず不安は消えない。

 

人智の及ばない力で弄ばれるような感覚を覚える。

 

彼女達は一体何を———

 

 

 

「今日は鳥は食べないのか?」

「なしだな、高いんだよアレ」

 

何気ない一言に、思考の海にいたハナコは引き上げられる。

それは窓際に座る二人組の客の声だった。

こちらには気づいていない、というより関心がない。

ただ何を注文するかの確認。

 

何故自分はこの会話に耳が食いついたのか?

 

何か奇妙なものを感じながら、横を通り過ぎようとした時。

 

「ならタコはどうだ?」

「ああ、それはアリだな」

 

タコ?

 

先程メニュー表は一通り見ている。

だが、タコの入った料理はなかった筈だ。

 

「花は砂漠だろ?どうせサソリはいるだろ?」

「サソリはそうだが、花は知らん」

 

花にサソリ、この時点で理解した。

やはり普通の会話ではなく、何かを確認するためのぼやかした暗号。

 

「随分と、豪華なコースだな。頭が痛くなるが、アタックには丁度いいか」

 

 

「っ!」

 

 

それはどういう意味なのか、と振り向こうとしたハナコの目に。

 

 

白い筋が走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「アリウススクワッド、作戦開始」

 

 




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