馬車の乗客になる際に、護衛の冒険者たちにこちらの素性は明かしていない。
守護竜や〈神獣〉はもちろんのこと、第三位階冒険者だということもだ。
緊急時に手を貸すのは吝かではないが、基本的には客なのだから必要の無い情報だろう。
知ったことにより変な緊張をされたり、戦力としてあてにされても困る。
今回の馬車の護衛は第四位階の冒険者たちだ。
御者をしていた斥候風の男、リーダーと思われる剣と盾を装備した青年、魔術師のローブ姿の妙齢の女と弓使いの少女、といった編成で全員人族である。
このくらいの規模の一団の護衛なら平均的な戦力であり、野生の魔獣くらいなら撃退可能だが今回は相手が悪いようだ。
冒険者たちは月華団とやらに囲まれて完全に委縮してしまっている。
こういう馬車の旅で事故や事件に巻き込まれる確率はどれくらいなのだろうか。
何事においても人生ハードモードなこの異世界だからな。
現代日本と違って街から街へ移動するだけでも結構なリスクがあるとは思うが、こんな出発してすぐに出くわすものだろうか。
つまり誰かさんの運が悪い可能性が……。
「ああん?なんだこの畜生は」
「こちらの代表と決闘をするんだろう?それなら第三位階の俺が相手だ」
そう言ってゆるキャラがマフラーに括り付けてあった冒険者証を掲げると、冒険者サイドからどよめきが起こった。
お、思わぬ援軍にちょっと顔色も良くなったぞ。
第三位階というのは冒険者全体で二割程度しかいない強者なので、彼らからすれば地獄で仏に会ったようなものだろう。
だがそんな強者の登場にもおっさんことザーツは動揺していない。
「駄目だ。決闘はもう成立している。だからそこの坊主が代表で負ければ全部月華団のものだ」
「俺みたいは可愛らしい亜人に負けるのが怖いのか?腰抜けだな」
「……今なんて言った?」
マクフライ家くらいにしか効かない、安い挑発だったがザーツは見事に引っ掛かった。
肩に担いだ巨大な斧をぐるりと回すと、斧頭で勢いよく大地を突く。
するとおっさんを中心に地震のような揺れが起こり、それと一緒に殺気も飛ばしてきた。
おかげで折角良くなった冒険者たちの顔色が再び悪くなる。
彼らの血圧の乱高下が心配だ。
ふむ、当たり前だが竜族の放つ殺気と比べれば、ザーツのそれはたいしたことはない。
樹海に住む豹人族のイレーヌといい勝負くらいか。
「なんて言ったか聞いてるんだ。ああん?」
「腰抜けって言ったんだよ」
「いいだろう。てめえの毛皮を剥いで雑巾代わりにしてやるぜ」
こめかみに青筋を立てながら、ザーツがゆるキャラを睨みつける。
そんなにすぐキレてると、過去や未来にワープした時に苦労する羽目になるぞおっさんよ。
ザーツが親指を立てて背後を指して「表へ出ろ」の仕草をしたので素直について行くと、月華団とやらの団員も二名追従してくる。
左右に五人ずつ、前後に三人ずつの配置だったので全員で十六人構成だ。
対してこちらの戦力が冒険者四名に、守護竜様御一行がアナを除いて四名の合計八人。
単純に頭数で相手が倍か。
自己申告だがルリムは忍者男には手も足も出ないが、忍者女や結界師よりは強いそうだ。
冒険者の階級で言えば第三位階くらい。
馬車から少し離れたところまで来るとザーツが振り返った。
「俺様は昔〈頭蓋割り〉って二つ名で第三位階の冒険者をやっててな。もうすぐで第二位階に上がるところだったが、取り入ろうとしてきた貴族が気に入らなかったからぶっ殺してやった。実質第二位階の俺様にてめえみたいな畜生亜人が勝てると思ってるのか?」
このおっさんも元だが第三位階なのか。
第三位階以上は少数のはずだが、周囲に沢山いるような気がする。
現状から勝手に想像すると、ザーツは戦闘能力だけは一端なので順調に階級を上げたが、素行の悪さは直るどころか悪化。
最終的に貴族に手をかけて追放といったところだろうか。
「おい聞いてるのか」
「辞めた時点では俺と同じ第三位階ってことだろ。つまり同列相手にびびってるわけだ。それに第二位階に上がるところってもの嘘臭いな。口から出まかせじゃないのか?」
「ぶっ殺してやらあ!」
だから短気すぎるっての。
銃なんて捨ててかかってこい、と言う暇もないな。
ザーツは決闘の始まりの合図も無しにゆるキャラに襲い掛かり、肩に担ぎ直していた巨斧を振り下ろした。
流石に元第三位階なだけあって鋭い一撃だ。
高速で迫る巨斧をゆるキャラが飛び退いて躱すと、巨大な金属の塊はそのまま地面に激突する。
まるで大砲の砲弾が着弾したかのような衝撃で、爆音と共に地面に大穴を作ると土片を周囲に撒き散らした。
もし直撃したら〈頭蓋割り〉どころか全身が縦に割れてしまうな。
ザーツは巨斧を手元に引き寄せると、再び肩に担いでゆるキャラに突撃してくる。
同じ軌道で振り下ろされた巨斧を今度は右に飛んで避けると、地面に着弾後は手元に引き寄せずにそのまま攻撃を仕掛けてきた。
丸太のように太い腕の筋肉に力を込めて巨斧を持ち上げると、地面に着地する直前のゆるキャラの顔面目掛けて振るわれる。
ゆるキャラは鳥足を使わず、空中で座るような姿勢のまま尻から地面に落ちた。
直立していれば直撃だったであろう頭上を巨斧が通り過ぎた後、尻もちの状態から転がって距離を取る。
直後に今いた場所へ追撃の巨斧が着弾した。
「ちくしょう、じっとしていやがれ」
「そう言われてじっとしてる奴なんていないだろ。馬鹿じゃないの」
「ああっ!んだと」
土煙の向こうからザーツの悪態が聞こえてくるので返事をしてやる。
いくら巨漢とはいえルリムより重そうな巨斧を、片手の筋力だけで振り回すのは無理だろう。
何かしらの加護の力が働いているとみえる。
威力も速度も申し分ないが、攻撃の軌道は直線的で連続性もないので、ゆるキャラの動体視力と運動神経をもってすれば回避はたやすい。
当たらなければどうということはない、というやつだ。
だが当たれば間違いなく死ぬため、恐怖を感じて体の動きが鈍ってもおかしくないのだが、それも今更なんだよなあ。
悲しいことに既に二度ほど死にかけているため、ゆるキャラの肝は据わってしまった。
回避可能な死の危険くらいなら慣れてしまったというわけである。
ただまあ慣れほど怖いものはない。
斧の取り扱いも(扱ってるのは敵だが)注意しなければ重大事故に繋がるものだ。
故にこの巨斧はヒヤリハット事例だと思って、気を抜かず真剣に当たるとしよう。