「あのう、その……調子に乗ってすみませんでした。王国王家と公爵家に所縁のある方々の馬車だとは知らなかったんです。本当です……知ってたらお声はかけなかったです、はい」
華麗な二コマ落ちを決めたクルール男爵令嬢が、無表情のまま俯いてか細い声で謝罪する。
高圧的な態度で馬車を要求してきたクルールだったが、様子を見に出て来たルリムのメイド服と〈隷属の円環〉に施された刻印を見て態度を一変させた。
見た目は普通の馬車なので、中身も当然平民だと思ったのだろう。
実際にみな貴族ではなくあくまで関係者なのだが、レンの言う通り王家と公爵家という後ろ盾の効果は抜群であった。
敵国なのに敬われる理屈がゆるキャラ的にはしっくりこないのだが。
「車軸が折れたのは災難でしたが、怪我がなくて良かったですね」
「ひっ、は、はいそうですね。私なんかが無傷ですみません」
対面に座ったゆるキャラが話しかけると、クルールは左隣の護衛騎士に抱き付いて怯えながら答える。
別に何もしていないのだが、さっきからこの卑屈な態度が続いている。
ヤンキーに絡まれて怯えているかのように、終始謝り倒しで目線も一切合わせてくれない。
「気を悪くしないでおくれよ亜人の旦那。お嬢様は帝都の貴族街育ちで亜人を見慣れてないのさ。悪気はないから勘弁しておくれ」
「はあ」
抱き付かれた護衛騎士の女性が、騎士にしては随分と蓮っ葉な口調でクルールを庇う。
短い茶髪に小麦色の肌をしていて、腕や顔には無数の傷があった。
口調や仕草からは歴戦の騎士というよりも冒険者の方がしっくりくる。
「同じメイド服なのに見た目も生地も良いじゃないかい。まあおばさんの私にそれを着ろと言われても似合わないってか、着れなくて張り裂けちゃうか」
右隣りに座るぽっちゃり中年女性のメイドは、対面にいるルリムのメイド服をしげしげと見つめていた。
そしておもむろにスカートをがっつり捲ると裏地を触って確認しだした。
それ対面にいたらスカートの中身丸見えだよね。
対面が全員女性で良かった。
「そうなんです。見た目が可愛いだけでなく生地もすごくしっかりしてるんですよ」
ルリムはおばさんメイドの不躾な扱いを気にした様子もなく、にこにこ笑顔で雑談に応じている。
かつてしていたように、人種の世界での交流を純粋に楽しんでいるようだ。
邪人ではあるが奴隷として縛っているので安全だと伝えたからか、おばさんメイドは物怖じせずにルリムと話している。
このおばちゃんなら野放しの邪人でも気にしなそうだが。
「本当に最寄りの街まででいいんですか?シャウツ男爵家の領都はその先だと聞きましたが」
「はいっ、大丈夫です。次の街に騎士を一人送りましたので、合流するから大丈夫です。代わりの馬車も手配するよう指示してあるので、ええ大丈夫です」
自分に言い聞かせるようにクルールが「大丈夫」を連呼する。
ぐぬぬ……ここまで拒絶されるとさすがにショックを隠せない。
これまで異世界でもラブリーを売りに皆に慕われてきたという〈コラン君〉の矜持があった。
地球の着ぐるみ時代でも、たまに幼児相手だと巨大な〈コラン君〉を怖がって泣かれることがあったが、あれに匹敵する心のダメージだ。
いや、あれは地味に凹むんだって。
どうにか〈コラン君〉の良さを分かってもらいたいところだが、生理的に無理な場合ごり押ししても余計に嫌われるだけだしなあ。
会話を続けて探りを入れてみるか。
「随分と少数のようですがお忍びで移動中でしたか?」
「いいえこれが普通なんです。帝位継承権が下から二番目の私には、こんな辺境でボロ馬車と傭兵あがりの騎士と農民メイドがお似合いなんですう」
今度は自虐が入っている上になかなか失礼な物言いだが、平民相手なら許されるのだろう。
その割に懐いているのか護衛騎士の服の裾はしっかりと握っていて、元傭兵の女騎士は苦笑いを浮かべている。
農民メイドのおばちゃんはルリムとの世間話に花を咲かせていて、主のことは完全にスルーしていた。
いいのかそれで。
ちなみに敬語で話しているのは、あくまでゆるキャラたちは王国の王家、公爵家の関係者なだけであり、王族貴族そのものではないからだ。
〈混沌の女神〉の仕い?の神獣だとか竜族だとかいう素性は隠している。
なのでタメ口で話して不敬だと言われればその通りであった。
不敬罪といった大義名分を与えてしまえば、王家や公爵家の後ろ盾があってもこちらに手を出してくる可能性が高い。
……のだが、完全に白旗状態のクルールを見ていると心配はなさそうだ。
なんだかこれ以上ゆるキャラがいても、ブービーなクルール嬢を怯えさせるだけのようだ。
あとはルリムと会話には参加していなかったが同席しているアレスに任せて退席しよう。
クルール嬢的にルリムは大丈夫みたいだ。
まあ全体的に色合いが人族とは違って耳が長いだけで美人だしな。
アレスに対しては俯きながらも、ちらちらと視線を向けていたので興味があるようだ。
おのれイケメンめ。
走行中の馬車から飛び移って後続の馬車に戻ると、乳児カリーナをゆるキャラ御一行の三姉妹が取り囲んでいた。
「ふわあああほっぺぷにぷに」
「ん、饅頭みたいにやわらかい」
アレッサに抱かれた乳児の赤みを帯びた頬を、両サイドからつんつんと突っつくフィンとシンク。
アナも触りたそうだが我慢をしている、というか位置取りが悪く手が届かないだけか。
「こらこら、赤ん坊はおもちゃじゃないんだぞ」
「このくらい大丈夫よトウジさん。むしろ妖精族や竜族に触ってもらえるなんて、特別な加護がありそうね」
獅子舞に噛まれて無病息災みたいなことをアレッサが言い出す。
「もちろんアナちゃんも触っていいのよ」
「いいの……?」
「ええどうぞ」
結局アネアド村で洗いざらい話してしまったため、ルーナイト夫妻もゆるキャラたちの素性を知っている。
ルリムとアナが邪人と聞いて、もっと敬遠されるかと思ったがそんなことはなかった。
非戦闘員にとって邪人は滅多に遭遇しない存在なので、実感が湧かないという面もあるだろう。
だがそれよりも商人という職業柄、外見ではなく中身を見てくれているのではないかとゆるキャラは思っている。
いやアレスたちも好意的だけどね。
アレッサにずいっとカリーナを差し出されて、アナがおずおずと手を伸ばす。
するとカリーナも手を伸ばして、アナの指を掴んできゃっきゃと笑ったじゃありませんか。
自分の手よりも小さく熱のある手に指を握られて、アナがつぶらな瞳を輝かせる。
ほのぼのとした光景にゆるキャラがほっこりしていると、隣で一緒にほっこりしていたケインに話しかけられた。
「トウジさん、ところでアレの件ですが……」